11話
水曜の午後、ケンジは三軒茶屋の住宅街を歩いていた。
目的地は、タケシが教えてくれた保育園――サンシャインピンクが働いている場所。
戦隊スーツは着ていない。緑のシャツに、少し緊張した表情だけが“元ヒーロー”の名残だった。
「ここだよ。彼女、今は“先生”って呼ばれてるけど、昔の面影はちゃんと残ってる」
タケシは、園の門の前でケンジにそう言った。
彼の声には、懐かしさと誇らしさが混ざっていた。
園庭では、子どもたちが遊んでいた。
その中に、ピンクのエプロンを着た女性がいた。
サンシャインピンク――かつて、正義の象徴として街を守っていたヒーロー。
「ケンジさん、ですね。タケシから聞いてます。ようこそ」
彼女は、柔らかな笑顔で手を差し出した。
ケンジは、少し戸惑いながらも握手を返した。
「……あなたに会うの、ずっと怖かったです。ヒーローとして、憧れていたから」
「そう言ってもらえるのは嬉しいです。でも、私もずっと迷ってました。ヒーローを辞めたあと、自分に何が残るのかって」
園の一角にある小さな応接室で、三人は向かい合って座った。
子どもたちの笑い声が、遠くから聞こえてくる。
「現場にいた頃は、“守ること”が正義だと思ってました。でも、保育の仕事を始めてから、“寄り添うこと”の方がずっと難しくて、ずっと大事だって気づいたんです」
「……僕も、最近ようやくそれに気づきました。戦隊を離れて、誰かの声を聞くことが、こんなに重いとは思わなかった」
サンシャインピンクは、静かにうなずいた。
「ヒーローって、力や肩書きじゃなくて、“誰かの痛みに気づける人”のことだと思います。現場で戦っていた頃より、今の方がずっとヒーローでいられる気がするんです」
タケシが笑った。
「だから俺は、彼女に惚れたんだよ。戦ってた頃もかっこよかったけど、今の方がずっと強い」
ケンジは、少しだけ笑った。
そして、真剣な表情で言った。
「僕も、誰かに寄り添える存在になりたい。戦うんじゃなく、話すことで守れる人になりたい」
サンシャインピンクは、ケンジの目を見て言った。
「それなら、もうヒーローですよ。現場を離れても、志がある限り、ヒーローは続いていくんです」
その言葉は、ケンジの胸に深く染み込んだ。
戦隊を離れ、コンプレックスと関わり、今ここで“かつての仲間”と話している。
それは、戦いを超えた人間関係の証だった。
帰り道、タケシがぽつりと言った。
「ケンジ、お前はもう“戦うヒーロー”じゃない。でも、“聞くヒーロー”にはなれる。それは、俺たちの業界でも新しい形だ」
ケンジは、静かにうなずいた。
(俺は、誰かの声を聞くことで、ヒーローになれる。それなら、もう迷わない)




