10話
火曜の午後、ケンジは自由が丘の児童館にいた。
コンプレックスとの共同企画「声を聞く日」の第一回。
ヒーローでも悪役でもない、ただの“大人”として、子どもたちの話を聞く役割を担っていた。
「学校で、先生に言い返したら怒られた」
「友達に“ヒーローになれないよ”って言われた」
「お父さんが、最近ずっと怒ってる」
ケンジは、ひとつひとつの声に耳を傾けた。
答えを出すのではなく、ただ聞く。
それだけで、子どもたちの表情が少しずつ柔らかくなっていくのがわかった。
コンプレックスの戦闘員たちも、スーツを脱ぎ、ボランティアスタッフとして参加していた。
ミナミは受付で保護者対応をしながら、時折ケンジに目を向けて微笑んだ。
「ケンジさん、あなたの“聞く力”は、戦闘よりずっと強いかもしれない」
「……俺、ヒーロー辞めてからの方が、誰かの役に立ててる気がします」
その言葉に、ミナミは静かにうなずいた。
「ヒーローって、肩書きじゃないんですよ。誰かの声に向き合える人が、ヒーローなんです」
イベントの終盤、ケンジは一人の少女に声をかけられた。
「ねえ、ケンジさん。サンシャインピンクって、知ってる?」
「……うん。知ってるよ。昔、戦ってた人。でも、今は保育士さんだよね」
「私、保育園のとき、サンシャインピンクに会ったことある。すごく優しかった。悪役の子にも、ちゃんと話してくれた」
ケンジは、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
“戦いを超えた人間関係”――タケシとサンシャインピンクの話が、今ここに繋がっている。
その夜、ケンジはタケシにメッセージを送った。
「今日、サンシャインピンクの話を聞きました。いつか、彼女にも会ってみたいです」
すぐに返信が届いた。
「彼女、今は三軒茶屋の保育園で働いてるよ。話すだけなら、いつでも歓迎だってさ」
ケンジはスマホを見つめながら、静かに笑った。
(ヒーローのいない場所で、俺は誰かの声を聞いている。それだけで、十分かもしれない)




