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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

FRIENDS

作者: 有端 燃

二〇一五年、東南アジア。

 ディルサール共和国、首都バルガワン旧市街。午前四時。    

 軍民共用のバルガワン空港を目前に足止めを食っている、陸軍特科中隊の生き残りを率いるユースフ中尉は静かに軍用無線を切った。

「武器はいつ届くのですか?」

 諦めの口調で聞いてきた友人でもある部下のヤクブは、出血と土埃で人相がわからなくなっている。最も、ユースフの顔も大差ないはずだ。

「送金は今まで通りしているが、ディーラー(武器商人)には二ヶ月振り込みが無いそうだ」

「では……」


 当初八百人いた中隊の生き残りは五十人を切っており、動ける人数はさらに少ない。

 アメリカからの間接的な支援で届くはずの武器の供給が滞って二ヶ月。投下された資金ドルが途中で抜かれることは決して珍しいことではなかったが、問題はそのタイミングが最悪だったことだ。

 そして撤退の時期を見誤ったことで退路も断たれ、完全に孤立してしまった。

「夜明けがヤマだろうな。反政府軍も我々の武器が枯渇しかけているのはわかっているだろう」

「中尉」

「何だ」

「最後、どちらが多く敵を倒せるか賭けませんか」

「いいな。負けた方はビールを奢るんだ」

 不敵な笑みを浮かべたユースフとヤクブは、がっちりと握手を交わした。

 彼岸で戦友と飲むビールは悪くないだろう。


「敵襲!」 

 曙色の空に、不気味な音と共に白煙を曳いてロケット弾が次々と飛来した。

 ユースフは衝撃で吹っ飛ばされながらも、ヤクブの姿を追った。どうやらお互い無事のようだ。

 直後、AKM自動小銃を連射しながら反政府軍が押し寄せる。日干しレンガの壁を盾にM4カービンで応射するユースフが最後の弾倉を撃ちきるのと同時に、AKMから放たれた数発の7.62ミリ弾が体を貫いた。

(俺は十人以上殺ったぞ。お前の負けだ)

 薄れていく意識の中でユースフは、ヤクブが悔しそうに缶ビールを放る姿を思い浮かべて小さく笑う。


 あと二、三人は道連れにできるか……。力の入りにくい手でピンを抜いた手榴弾を握ると、ユースフは止めを刺しに近寄る獲物を待った。


◇◇◇


二〇一五年。東京。

「肝臓を一突き、凶器はワンハンドオープンの折りたたみナイフ。即死に近かったと思います。被害者(ガイシャ)は銃を持っていたのにセイフティも解除していない。狭い車内の運転席側から刺していますし、犯人(ホシ)は相当な手練れですね」

 ナイフが刺さったままの傷口を確認していた鑑識課員に、捜査一課の刑事が頷いた。

 不審な乗用車が昨日から駐車しているとの通報で、臨場した機捜が助手席で死亡している女性を発見。助手席の床に落ちた被害者が所持していたと思われる拳銃も見つかり、状況から殺人事件として所轄と本部による鑑識作業や聞き込みが始まっている。

 足元のトートバッグに入った財布には、現金とカード数枚、コンビニのレシート。女性の身元は、カードケースに入れられていた免許証と身分証明書からすぐに割れた。

 中島なかじま あけみ。勤務先は在日米軍やCIAの出先機関と噂されている、福生市内の特殊法人だった。

 だが、管轄する所轄に捜査本部が起つ直前、公安部長の命令で事件は刑事部の手を離れ、以降一切の情報は開示されることがなかった。


◇◇◇


二〇二五年、米軍嘉手納基地。

「胸くそ悪いぜ」

 昨年末に新設されたアメリカ国防総省独立捜査局の極東支局で、赴任したばかりの独立捜査官のクリス・ターナーはパソコン画面から目を逸らし呟いた。

 十二、三歳にしか見えない、後ろ手に拘束された少女と五十代の白人男性。白人男性が何をするか想像はできたが、実際に目にしたそれは嫌悪感に満ちていた。

 内部告発によってもたらされた性的虐待動画。しかも送られたファイルは一つや二つではない。一番古い物は十年前の物だった。

 赴任した先々で虐待行為を繰り返しており、被害者はざっと見て五十人。ここまで表沙汰にならなかったということは金でもみ消したのだろうが、人数からしても相当な額になるはずだ。ことは性的虐待だけに収まらないかもしれない。


 やっかいなことに白人男性は空軍の上級少将(二つ星)であり、下院議員選挙に出馬の噂もあった。

 だが、動画はアングルから見ても将校用の居住区で盗撮されたものだ。それが流出したということは、盗聴盗撮やネット監視が専門のN S A(米国国家安全保障局)が無関係ということはあり得ず、おそらくは選挙絡み。CIAも一枚噛んでいるのは間違いない。内部告発にしても、純粋な正義感かは怪しいところだ。

 また、少女の調達やもみ消し費用を考慮すると、協力者がいるのは間違いないだろう。

 上級少将の赴任地は殆ど、アメリカが間接的に支援していた紛争地帯だ。不自然な金の流れから何か掴めるかもしれない。

 まずは十年前から手をつけるか。ターナーはディルサール共和国の資料を検索した。

 かつてアフガニスタンでの作戦で千億ドル単位の使途不明金を出し、軍部や国防総省は議会で叩かれていた。そのため、東南アジアへの非正規の資金援助は、CIAが隠れ蓑に使っている日本の特殊法人を経由していた。日本からの民間支援を間に入れることで、資金の追跡調査を逃れやすくするためだ。


 すぐにヒットしたのは、ディルサール空港奪還間際での政府軍壊滅と、件の特殊法人に勤務していたCIA現地雇いの女性殺害だった。きな臭さを感じ取り報告を上げたターナーに、殺害された女性の写真を手にした極東支局長は冷たく告げた。

「軍の面汚しと、加担した者にはこれまでの代償ツケを払ってもらう。O S I(米空軍特別捜査部)に先回りなぞされたら、司法取引で逃げられるからな」

「ウチで逮捕ですか?」

「いや、()()だ」


◇◇◇


 東京都福生市、山王橋通り。

 偏屈なマスターが一人で切り盛りしている行きつけのバーで、牧村まきむらがその男を見かけるようになったのは一ヶ月前、あるいはもう少し前か。

 今夜もカウンターでロックグラスを傾ける男は、おそらく四十歳前後。やや彫りの深い顔立ちからすると、クォーターかもしれない。サラリーマンにしては多少崩れているが、かといって反社会的な雰囲気はない。来店は週に三回くらい。マスターが流すジャズを聴きながら静かに一、二時間飲み、店を出る。他の客と話すことは少なく、場の雰囲気を崩すこともない。ロックのウィスキーを何杯飲んでも口調や態度は変わらず、()()()()飲み方だった。

 普段は他の客を気にすることのない牧村が気に留めた理由は二つ。一つはマスターがあっさりこの男のリクエストに応え、レコードを流したこと。マスターが客のリクエストを聞いてくれるまで、牧村の記憶では早くて半年は通う必要があった。わずか一、二ヶ月で偏屈なマスターの懐に入り込めた客は他にいない。

 もう一つは、ごく希に、流れるジャズに合わせてピアノの運指の動作を見せることだった。

 どことなく感じた好意と親近感のあと、牧村は自制するように首を振った。


 ◇◇◇ 


 此の手のバーは、カウンターの隅は常連客の指定席と相場は決まっている。あえて隅から二席空けて座り、ワイルドターキーのロックを飲む下平しもひらは、牧村が餌に食い付いてきたのを確信した。マスターがリクエストを聞いてくれてから、明らかに下平を意識し始めている。カウンターでの運指も効果を発揮しただろう。

 だが、焦りは禁物だ。こちらが牧村を知っていることを悟られたら、全ては終わる。視線が交わるのを避けるため、今夜は早めに引き上げることにした。


◇◇◇


 翌週、牧村が山王橋通りのバーに入ると、月曜日の早い時間ということもあり店内は空いていた。

 先客はカウンターの隅二席を空けて座る()()男が一人。ドアが開く鈍い音に視線を飛ばした男と目が合ったため、目礼をして隅の席に座り、ジャックダニエルのストレートとチェイサーを頼んだ。

「マスター、マッコイ・タイナーのトライデントをかけてくれないか」

 牧村のリクエストに男がわずかに反応、グラスを持ち上げる仕草をした。

 マッコイのピアノを堪能した牧村はマスターにリクエストの礼を言い、三杯目のジャックダニエルをオーダーする。

「マスター、俺もリクエストいいかな?」

 空席を一つ挟んで座る男に、マスターが頷く。

「ロン・カーターのピッコロを。それとワイルドターキーをもう一杯」

 リクエストに、牧村は思わず男を見た。ピッコロベースとケニー・バロンのピアノがお気に入りのアルバムだった。


 三時間後、下平と名乗る男と初めて会話を交わした牧村は、青海線牛浜駅までの道のりを並んで歩いていた。玄人受けする銘盤の好みや、お互いピアノを齧っていたことで一気に距離が縮まった。

 聞けば米軍放出品を扱っており、牧村と同じ羽村市にマンションを借りているらしい。

 ホームの先頭で七分ほど電車を待ち、羽村駅で降車した。改札へ向かう途中、急いでいたのか後ろから若い男がぶつかり、牧村はよろめいた。

「ごめんなさい!」

 頭を下げる若者に、気にするなと手を上げる。

「大丈夫かい?」

「ああ、若い頃はあのくらいじゃビクともしなかったのにな。年は取りたくないもんだ」

 心配そうな下平と図書館通りで別れ、アパートへと向かう。

 いつの間にか下平を受け入れている戸惑いと心地よさ。牧村は一瞬よぎった不安を追い出した。



 牧村と別れた下平は、尾行や監視が無いことを確認し、川崎通りの薄汚れたビルに入った。       

 五階建ての古びたビルは入居者全員が国防総省独立捜査局関係者で、極東支局が丸ごと借り受けていた。最も、家賃は日本が負担する在日米軍駐留経費負担、かつては思いやり予算と呼ばれていた同盟強靭化予算から支払われている。

「まさか支局長自ら出張ってくるとはね」

「沖縄から電話を掛けるより、都内からの方が日本政府に圧力が掛けやすいからな」

 極東支局長のドーン・ブリッジスがコーヒーを片手に資料を見て言った。

 十年前の女性職員殺害については、内閣情報調査室(C I R O)を通じて捜査資料を提出させている。

「どうぞ」

 先ほど牧村にぶつかり一芝居打った若者が、下平にもコーヒーを入れてくれた。

 国防総省出先機関とはいえ現地雇いの人間は多く、このビルの職員も半数以上は日本人か日系人だ。


「早速だが報告を聞こうか」

有罪(Guilty)

 ブリッジスと向かい合って座った下平は結論から先に言った。

「根拠は?」

「殺された職員と同じ特殊(CIA出先機関)に勤務し、ロリコン少将ニック・フライの赴任地への資金操作が可能で現地にも精通、出向していた者は牧村を含め四人です。全員調査しましたが、その内三人は()()()に職員殺害が難しいと思われます。抜いた資金のおこぼれくらいはポケットに入れていると思いますがね」

 続けるよう、ブリッジスが無言で促した。

「殺害された時の状況から、可能なのは牧村だけです。二ヶ月ほど張り付きましたが、先程最終的な()()を済ませました」

 調査内容を詳しく報告した。

「彼には大金やコネが必要な理由もあったからな」

 ブリッジスが資料を見ながら言った。

 十年前、牧村の娘は米国で心臓移植手術を受けている。おそらく一億近い金が必要だったはず。それに、日本人が米国で優先的に移植手術を受けるには、それなりのコネが必要だ。人間的にはクソだが、将校のフライには人脈があった。

「元々は娘のために金を抜いたのがフライにバレて、それをネタに強請られたのかと……。見逃す見返りは少女の調達と金での解決、優先的な手術というところでしょうか」

「最初に抜いた金のせいで、現地政府の一個中隊が全滅したからな。赴任していたフライもそれなりに調査しただろう」

「ですが、牧村が殺した直接的な証拠はありません。本人に吐かせるしかないですね」

「可能か?」

 当時の状況、ブリッジスが手配した資料、殺害された職員の所持品を確認した下平は、わずかに考え口を開いた。

「日本の警察とマスコミ、地元自治体への手回しができれば可能かもしれません」

「聞こうか」

 賭けにはなるが、五分五分かそれ以上の可能性はあるだろう。下平は賭けの内容を話し始めた。



「そもそも牧村はなぜ福生の特殊法人(CIA出先機関)に残っているのでしょう?」

 フライ少将の赴任地に出向することはあっても、籍は十年以上前から置いたままで活動している。女性職員を殺した犯人なら、普通は殺害場所からは離れたいと思うはずだ。

「アジアの別の拠点に移籍しても不思議じゃないからな。福生に残る理由、あるいは必要があるのか」

 ブリッジスが当時の資料に目をやった。

「彼女はかなりの切れ者だったようです。牧村と会うのなら、それなりの()()を掛けていてもおかしくありません。例えば、横領と少女調達の証拠です」

「それをずっと探している?」

「可能性としては十分あると思います」

「君がそこまで言うんだ。勝算はあるのだろうな」

 下平は頷き続けた。

「十年前、福生市で小学校の統合がありました。その際、在校生や卒業生から集めた品をタイムカプセルに埋めています。ちなみに、郵送でも受け付けていました」

「彼女が証拠をそこに入れたと?」

「牧村が()()()()()()()()()()、どうするでしょう?」

「それで手回しか」

 ブリッジスがニヤリと笑った。


「まずは地元紙で構いません。特集記事で、タイムカプセルの存在を改めて紹介させて下さい」

「記事を読んだ牧村は不安になるだろうな」

 下平は頷く。

「殺害当時の資料にそれを匂わせる物がないか、CIA経由で警察に探りを入れるはずです。資料は全て公安が持って行きましたから、通常ルートではアクセスできません」

「あえてアクセスさせるのか」

 ブリッジスの飲み込みは早い。

「私も()()から確認しましたが、証拠品の中にコンビニのレシートがありました。それをすり替えてもらいます。品目は切手と封筒」

 ここまでくれば、()()()がタイムカプセルに入っている可能性を無視できなくなる。郵送で送っておいたと考えるだろう。

「次は何らかの理由、増築や水道管の修理で掘り返すのでも構いません。タイムカプセルを取り出し開封する記事を載せてもらいます。ここでの肝は、取り出したタイムカプセルを一日展示、翌日セレモニーとともに開封する流れです」

「牧村が犯人なら間違いなく開封までの間、深夜にでもタイムカプセルを漁りに来るだろうな」

 ブリッジスが頷く。

「フライ少将は今、タイ王国空軍との訓練にかこつけて、()()()()()の最中です。訓練はまだ二週間続きますから、それまで邪魔は入りません」

「よし! すぐに手を回す。決行は十日後だ」



 東京都福生市、小宮福生小学校多目的ルーム。午前二時。

 屋外につながる点検口から天井裏に侵入、警備会社の熱線センサーを無効化するカバーを取り付けた牧村は、床に降りるとペンライトで展示台に置かれたタイムカプセルを照らした。

 防水ボックスから取り出されたそれは、四桁のダイヤル錠で施錠されている。

 ダイヤル錠は一桁ずつガタを確認しながら合わせれば、意外と解錠しやすい。牧村は五分もかからずに解錠し、蓋を開けた。


「君が探しているのはこれかな」

 突然点灯した照明の下、下平が古びた封筒を手に現れた。

「やはりあんたか……。何かおかしいとは思っていたんだ」

 牧村に驚いた様子はなかった。

「騙すようなことをしてすまなかった」

「気にする必要はないさ。だが一つ教えてくれ。なぜ俺が犯人だとわかった?」

 微妙に間合いを取りながら、牧村が聞いてきた。

「女とはいえ銃を持ったCIA雇いを、一瞬でフォールディングナイフを開いて刺殺している。狭い車内の運転席からそんなことが可能なのは左利きだ。傷の角度からも証明されている。そしてフライ少将への少女調達と金が抜き取れる立場にいたのは四人。その中で左利きは君だけだ」

「俺が左利きだと?」

 無駄だと感じながらも足掻いた。

「君は一見右利きに見える。相当訓練したのだろう。利き足もそうだ。歩き出しも、階段の一歩目もね。だが、ホームの先頭で電車を待っていたときは、体を少し半身にして右足が前だった。利き足が右なら、前に出るのは通常左足だ。おそらく突き飛ばされることを無意識に警戒していたのだろう。危ない仕事をしている性だな」

 ジャズの話をしながら、この男はそんな所を見ていたのか。牧村は自分が罠の中にいたことを悟った。

「そして、改札でぶつかった若者。あの時も君は右足を出して踏ん張った。利き手と利き足が違うのは珍しくはないが、危険を感じたときだけ利き足が変わることはあり得ない。本当は左利きだ」

「彼も仲間だったのか?」

 下平は頷き、牧村を促した。

「行こうか、続きは君の車の中だ」


「彼女は有能でね、だから何か証拠を残していると思ってずっと怖かった」

 運転しながら牧村はポツリと話し始めた。

「俺が金を抜いたせいで八百人の兵士が死に、多くの少女に筆舌に尽くし難い思いをさせた。娘の手術で金が必要だったとはいえ、許せなかったのだろう。だが、出頭するなら友人として一緒に行くと言ってくれた。まさかこんな罠が仕掛けられていたとはね」

「いや、証拠なんて何も無い。彼女の罠と勘違いして疑心暗鬼に駆られた君が、我慢できずに疑似餌に食いついただけだ」

 古びた封筒を窓から投げ捨てた下平を見て、牧村は自虐的に笑った。


 次の瞬間、牧村はサイドブレーキを引き車をスピンさせる。下平はとっさに九ミリ口径のグロック26を構えたが、僅かに早く.四五口径ガバメントを額に突きつけた牧村が言った。

「銃を捨てろ。友人を撃ちたくはない」

「こんなことがあっても友人だと?」

「ああ、何故かあんたを嫌いになれないんだ」

「だが、私は君を逃がすわけにはいかない」

 二人の視線が交錯した。

「なら仕方ないな」

 牧村がハンマーを起こし、下平はグロック26を構え直す。

 同時にトリガーが引かれ、九ミリ口径の銃声のみが車内に轟いた。

「何故?」

 牧村の.四五口径ガバメントには弾が入っていなかった。

「信じて貰えないだろうが、俺にも罪の意識はあったんだ。でも自殺する勇気はなくてね……」

 胸を血に染めた牧村は、苦しそうに一度言葉を切った。

「だから……あんたに殺してほしかった。すまない」

「構わんよ。これが私の仕事だ」

「ありがとう……。友人として、もう一つ頼みたいのだが」

「何でも言ってくれ」

「奴も、フライも地獄へ送ってくれ……」



 タイ王国、コラートRTAF(タイ王国空軍)基地。将校居住区。

 合同訓練中の米空軍少将フライは()()()()を終え、将校クラブへ向かっていた。

「フライ少将、伝言を言付かっております!」

 敬礼をした米空軍尉官がフライを止めた。

「何だ」

 尊大なフライに近づいた尉官は小声で言った。

「八百人の兵士、五十人の少女、二人の日本人が、くたばれと」

 同時に、肝臓を強烈な痛みが襲う。刺されたとわかったのは、さらに抉られた後だった。


 素早く将校居住区を抜けた下平は、尉官の制服からスーツに着替え、国防総省独立捜査局の身分証を下げた。

 ブリッジスの権限で横田へ向かう輸送機に乗り込むと、六時間後には福生の古びたビルに戻っていた。

「よくやった」

 ブリッジスは嘉手納に戻らず、福生で()()を見届けていた。



「支局長、明日少し時間を貰えませんか?」

 タイから戻ったばかりの下平の誘いで、翌日向かったのは大きな霊園の一角。

 戸惑うブリッジスに下平が告げた。

「十年前に殺された中島暁の墓です」

 私の独り言だと思って下さい、そう言って下平が続けた。

「彼女、ファーストネームが支局長と同じDawn(あかつき)なんです。支局長、四十年くらい前横田にいましたよね。その後イラクに赴任したと聞いています。彼女は母子家庭で育っていますし、写真を見た時、なんとなく既視感がありました」

 ブリッジスには当時、付き合っていた日本人女性がいた。結婚も考えていたが、急遽イラクへの赴任が決まり、それっきりになってしまった。一度だけ届いた手紙には、赤ん坊の写真と名前を貰ったとだけ綴られていた。

 事件資料で彼女の写真を見たときに予感はあった。福生まで出張ったのは、それを確かめたかったからだ。

 そして今、姿は見えなくてもはっきりとわかる。

 

「今回、支局長自ら陣頭指揮を執っていましたし、随分熱が入っているなと思っていたんです。さて、独り言はここまでにしましょう。これも何かの縁と言うことで、彼女に解決の報告をして帰りますか」

「下平」

「なんでしょう?」

「ありがとうとしか言えないが、私は君に何かできないだろうか?」

「そうですね、帰ったら例のバーで一杯奢ってください」

 涙を隠すようにサングラスを掛けたブリッジスに言った。

「偏屈なマスターか、楽しみだな」

 

  一瞬強い風が吹き、桜の花びらが二人の背中で舞った。


【 完 】



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