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消された教室

作者: 闇男

## 第一章 新任


四月の桜が散り始めた頃、私は県立桜丘高等学校に新任教師として赴任した。国語科の臨時採用として、一年間の契約だった。


「田中先生、おはようございます」


職員室に入ると、教頭の山田が声をかけてきた。五十代半ばの痩せた男で、常に神経質そうな表情を浮かべている。


「おはようございます。よろしくお願いします」


私は深く頭を下げた。二十六歳、教師になって三年目。前の学校では問題なく過ごしていたが、予算の関係で契約が更新されず、この桜丘高校に来ることになった。


「こちらが田中先生の席です」


案内されたのは、職員室の奥の角にある机だった。窓際で、校庭がよく見える位置だ。隣の席には「鈴木」という名札が置かれているが、まだ人の気配はない。


「鈴木先生は体調を崩されて、しばらくお休みされています」山田教頭が説明した。「田中先生には、とりあえず二年B組の副担任をお願いします」


私は頷いて、自分の机に荷物を置いた。職員室には既に何人かの教師が来ており、それぞれ準備に追われているようだった。


「田中先生」


振り返ると、三十代前半と思われる女性教師が立っていた。短い髪に眼鏡をかけ、知的な印象を与える。


「数学科の佐藤です。同じ二年生の担当なので、何かわからないことがあったら遠慮なく声をかけてください」


「ありがとうございます。田中です」


佐藤先生は優しい笑顔を見せてくれた。この学校にも、親しみやすい先生がいることに安堵した。


始業式まであと一週間。私は新しい環境に慣れようと、校内を見回った。桜丘高校は創立五十年を超える歴史ある学校で、古い校舎と新しい校舎が混在していた。生徒数は約八百人、教職員は五十人ほどだ。


職員室に戻ると、校長の加藤が現れた。六十歳近い年齢で、威厳のある風貌をしている。


「田中先生ですね。私が校長の加藤です」


「お世話になります」


「この学校の伝統と名誉を守っていくために、共に頑張りましょう」


加藤校長の言葉には、何か重みがあった。ただの挨拶以上の意味が込められているような気がしたが、その時は深く考えなかった。


午後、職員会議が開かれた。新年度の方針や行事予定について説明があり、私も含めた新任教師の紹介があった。


「最後に」加藤校長が立ち上がった。「この学校では、何か問題が起きた場合、必ず管理職に報告してください。勝手な判断で行動することは厳禁です。これは学校の秩序を保つため、そして生徒たちを守るための重要なルールです」


校長の声は静かだったが、その場の空気が張り詰めたのを感じた。他の教師たちも神妙な表情で聞いている。


会議が終わり、職員室に戻る途中、佐藤先生が私に声をかけた。


「田中先生、お疲れさまでした。今度、学校の近くでお茶でもしませんか?」


「ぜひお願いします」


私たちは学校近くの喫茶店で会うことにした。新しい職場での人間関係を築くことは重要だと思った。


## 第二章 異変


始業式から二週間が経った。授業にも慣れ、生徒たちとの関係も良好だった。二年B組の生徒たちは素直で、授業にも熱心に取り組んでくれる。


ある日の昼休み、私は校庭で生徒たちの様子を見ていた。春の陽気に誘われて、多くの生徒が外で過ごしている。


「先生、こんにちは」


振り返ると、二年B組の生徒、高橋美咲が立っていた。明るい性格で、クラスでも人気がある女子生徒だ。


「高橋さん、こんにちは。今日も元気だね」


「はい!でも...」


美咲の表情が急に曇った。


「どうしたの?」


「実は、同じクラスの田村君のことなんです。昨日から学校に来てないんです」


田村健太。確かに昨日から席が空いていた。内気な男子生徒で、あまり目立たない存在だったが、真面目で成績も悪くない。


「体調でも悪いのかもしれないね。担任の先生に連絡してもらおう」


「それが...担任の林先生は何も言ってくれないんです。『心配しなくても大丈夫』って」


二年B組の担任は林という五十代の男性教師だ。ベテランで、生徒からの信頼も厚いと聞いている。


「そうか。でも、担任の先生が大丈夫だと言っているなら、きっと大丈夫だよ」


美咲は納得していない様子だったが、「わかりました」と言って去っていった。


午後の授業中、私は田村の空席が気になって仕方がなかった。確かに体調不良で休むことはよくあることだが、美咲の心配そうな表情が頭から離れない。


授業後、職員室で林先生に話しかけた。


「林先生、田村君のことですが...」


「ああ、田中先生。田村のことは心配いりません。家庭の事情で少し休んでいるだけです」


林先生の答えは簡潔だった。しかし、その表情には何かを隠しているような陰があった。


「そうですか。生徒たちが心配していたので」


「余計な心配をかけないよう、生徒たちには適当に説明しておいてください」


"適当に説明"という言葉が引っかかった。普通なら、もう少し詳しい説明があってもいいはずだ。


その夜、佐藤先生と約束していた喫茶店で会った。


「お疲れさまです。新しい学校はいかがですか?」


「おかげさまで、だいぶ慣れました。ただ...」


私は田村のことを話した。佐藤先生の表情が少し曇る。


「田村君ですか...実は、私も気になっていたんです」


「えっ?」


「この学校、時々生徒が突然いなくなることがあるんです。転校したとか、家庭の事情とか、理由は様々ですが...」


佐藤先生の声は小さくなった。


「他の先生方に聞いても、あまり詳しく教えてくれないんです。『詮索するものではない』って」


私は背筋に寒いものを感じた。


「どのくらいの頻度で?」


「年に数人でしょうか。でも、正確な数はわからないんです。記録も...あまり残されていないようで」


喫茶店の明かりが急に暗く感じられた。


「田中先生」佐藤先生が私の手を軽く触れた。「あまり深入りしない方がいいかもしれません」


その言葉の意味を理解するまで、そう時間はかからなかった。


## 第三章 疑念


田村が学校を休んで一週間が経った。クラスの生徒たちの間にも不安が広がっているのが感じられる。


「先生、田村君にメールしても返事が来ないんです」


美咲が再び私のもとにやってきた。今度は一人ではなく、クラスの数人の女子生徒を連れていた。


「田村君の家に電話をかけても、お母さんが『息子は元気だから心配しないで』って言うだけで...」


「でも、声がすごく変だったんです。震えているような」


生徒たちの証言を聞いているうちに、私の中の不安は確信に変わりつつあった。


「わかった。私が担任の先生と相談してみる」


生徒たちが去った後、私は林先生のもとへ向かった。しかし、林先生の机は空だった。


「林先生はどちらに?」


近くにいた教師に尋ねると、「校長室にいらっしゃると思います」という答えが返ってきた。


校長室の前に行くと、中から声が聞こえてきた。ドアが少し開いていたのだ。


「...このまま処理してしまうのが一番だ」


加藤校長の声だった。


「しかし、生徒たちが騒ぎ始めています」


林先生の声だ。


「そこは何とかしろ。これ以上問題を大きくするわけにはいかない」


「わかりました」


足音が近づいてくる。私は慌ててその場を離れた。心臓が激しく鼓動している。


「処理してしまう」「問題を大きくするわけにはいかない」―これらの言葉が頭の中で繰り返し響いた。


職員室に戻ると、山田教頭が私を見つめていた。


「田中先生、何かご用でしたか?」


「いえ、特には...」


教頭の視線が妙に鋭く感じられた。まるで私の行動を監視しているかのようだった。


その日の帰り際、私は学校の周りを歩いてみることにした。田村の家がどこにあるかはわからないが、何か手がかりが見つかるかもしれない。


学校の裏手には古い倉庫があった。普段は使われていないようで、雑草が生い茂っている。ふと、その倉庫の窓から微かな光が漏れているのに気づいた。


近づいてみると、確かに中に明かりがある。しかし、近づこうとした時、後ろから声をかけられた。


「田中先生、こんなところで何をされているんですか?」


振り返ると、用務員の老人が立っていた。私はこの学校の用務員についてよく知らなかった。


「散歩をしていただけです」


「夜の学校は危険ですよ。不審者も出ますし。お気をつけください」


老人の言葉には、警告の意味が込められているように感じられた。


家に帰ってからも、今日見聞きしたことが頭から離れなかった。田村は一体どこに行ったのか。そして、学校は何を隠そうとしているのか。


携帯電話が鳴った。佐藤先生からだった。


「田中先生、大丈夫ですか?」


「どういう意味ですか?」


「今日、校長先生から『田中先生の動向に注意するよう』と言われたんです」


私の血の気が引いた。


「それは...」


「詳しくは電話では話せません。明日、学校で会いましょう」


電話が切れた。私は窓のカーテンを閉めた。誰かに見られているような気がしてならなかった。


## 第四章 真相への階段


翌朝、学校に向かう足取りは重かった。職員室に入ると、いつもと変わらない日常が広がっていたが、私には全てが演技のように見えた。


「田中先生、おはようございます」


山田教頭が笑顔で挨拶してきたが、その笑顔が不自然に感じられる。


二限目の授業を終えて職員室に戻ると、佐藤先生が私を見つめていた。目で「後で話そう」という合図を送ってくる。


昼休み、私たちは校舎の陰で会った。


「田中先生、昨夜は失礼しました」


「いえ。それより、校長先生が何と?」


「『田中先生は新任で学校の事情を理解していない。変な詮索をしないよう、さりげなく注意してほしい』と」


私は拳を握りしめた。


「やはり、田村君のことで何かを隠している」


「実は」佐藤先生が周りを確認してから小声で続けた。「私も少し調べてみたんです」


「調べた?」


「過去五年間の生徒の転校記録を見てみました。不自然に多いんです。しかも、そのほとんどが『家庭の事情』『転居』といった曖昧な理由」


「どのくらい?」


「年間十人から十五人。普通の学校の三倍から四倍です」


私は息を呑んだ。


「それに、転校先が記載されていない生徒が半数以上います」


「記載されていない?それはおかしくないですか?」


「普通なら転校先の学校名は必ず記録するはずです。でも、『調査中』『確認中』のまま放置されている」


私たちは顔を見合わせた。これは明らかに異常だった。


「もう一つ気になることがあります」佐藤先生が続けた。「これらの生徒に共通点があるんです」


「共通点?」


「みんな、問題を抱えていた生徒なんです。いじめを受けていたり、家庭環境が複雑だったり、学校生活に馴染めないでいたり...」


田村のことを思い出した。確かに彼は内向的で、クラスでも浮いている感じがあった。


「つまり、学校にとって『問題のある』生徒が消えている」


「そういうことになります」


私たちは沈黙した。答えは明らかだったが、それを口にするのが恐ろしかった。


「証拠が必要ですね」私が口を開いた。


「でも、どうやって?」


「昨日見た倉庫。あそこに何かあるかもしれません」


佐藤先生の顔が青ざめた。


「危険すぎます」


「でも、このままでは田村君がどうなるかわからない」


その時、校舎の影から山田教頭が現れた。


「お二人とも、こんなところで何をされているんですか?」


私たちは慌てて離れた。


「職員室の打ち合わせがありますよ」


教頭の目は疑いに満ちていた。私たちの会話を聞いていたのかもしれない。


午後の授業中、私は集中できなかった。生徒たちの顔を見るたびに、「この子たちの中で、次は誰が消えるのだろう」という恐ろしい想像が頭をよぎる。


授業後、美咲が再び私のもとにやってきた。今度は一人だった。


「先生、お話があります」


「どうしたの?」


美咲は周りを見回してから、小声で言った。


「田村君から、最後にもらったメールがあるんです」


私の心臓が跳ね上がった。


「見せてもらえる?」


美咲はスマートフォンを取り出し、メールを見せてくれた。


『美咲へ。もう学校には行けなくなるかもしれない。先生たちが僕を連れて行こうとしている。もしものことがあったら、倉庫を調べて。僕の鞄がそこにある。健太』


私は手が震えるのを感じた。


「これはいつ届いたの?」


「田村君が学校を休んだ日の夜です。でも、その後メールしても返事が来なくて...」


「他の人には見せた?」


「いえ。なんだか怖くて」


私は美咲の肩に手を置いた。


「これは大切な証拠かもしれない。でも、他の人には絶対に見せちゃダメ。特に先生たちには」


美咲は頷いた。


「先生、田村君は大丈夫でしょうか?」


その質問に答えることができなかった。しかし、私は心の中で決意を固めていた。今夜、必ず倉庫を調べよう。


## 第五章 暗闇の真実


その夜、私は十時頃に学校へ向かった。懐中電灯と撮影用のカメラを持って。


学校の敷地に入るのは簡単だった。夜間の警備は厳重ではなく、フェンスを越えるのに苦労はしなかった。


倉庫に近づくと、中に明かりはなかった。昨日見た光は何だったのだろう。


倉庫のドアは古く、鍵はかかっていなかった。中は思ったより広く、様々な物が雑然と置かれていた。


懐中電灯の光を頼りに中を探していると、奥の方で何かに足をとられた。見ると、学生鞄だった。


田村の鞄だ。


鞄を開けると、教科書やノートが入っていた。確かに田村のものだった。しかし、なぜこんなところに?


その時、倉庫の外で足音が聞こえた。私は急いで懐中電灯を消し、物陰に隠れた。


ドアが開き、複数の人影が入ってきた。


「新しい子の荷物はここに置いておけ」


聞き覚えのある声だった。林先生だ。


「これで何人目だ?」


別の声。山田教頭のようだった。


「今年度で五人目です」


「ペースが早すぎる。もう少し間隔を空けた方がいい」


「しかし、校長からは『問題のある生徒は早めに処理しろ』と」


私は息を殺して聞いていた。彼らの言葉は私の最悪の想像を確信に変えた。


「次は誰だ?」


「二年B組の高橋美咲を考えています。田村の件で騒いでいるようですし」


私の血が凍った。美咲が危険にさらされている。


「あの新任教師、田中も怪しい動きをしている」


「ああ、校長も気にしていた。処理した方がいいかもしれんな」


足音が近づいてくる。発見されるのは時間の問題だった。


その時、倉庫の奥から別のドアの存在に気づいた。こっそりとそちらに向かい、なんとか外に出ることができた。


心臓が破裂しそうなほど鼓動していた。私は急いで学校から離れ、自宅に戻った。


家に着くと、まず佐藤先生に電話をかけた。


「佐藤先生、大変です」


「田中先生?こんな夜中に」


私は今夜の出来事を全て話した。電話の向こうで佐藤先生の息遣いが荒くなるのがわかった。


「信じられません...でも、やはりそうだったんですね」


「美咲が危険です。そして私たちも」


「どうしましょう?警察に?」


「でも、証拠が...田村の鞄だけでは」


私たちは一晩中話し合った。しかし、決定的な証拠がない以上、警察も動いてくれないかもしれない。


翌朝、学校に行くのが怖かった。しかし、美咲を守るためには行かなければならない。


職員室に入ると、いつもと変わらない風景があった。林先生も山田教頭も、昨夜のことなど何もなかったかのように振る舞っている。


しかし、彼らの視線が私に向けられているのを感じた。昨夜、倉庫で私が聞いていたことに気づいたのかもしれない。


一限目の授業中、美咲の席を見つめた。彼女はいつもと変わらず授業を受けているが、時々不安そうな表情を見せる。


授業後、私は美咲を呼び止めた。


「美咲、今日は早く帰った方がいい」


「えっ?」


「詳しくは説明できないけど、しばらく学校を休んだ方がいいかもしれない」


美咲は困惑していたが、私の深刻な表情を見て頷いた。


「わかりました。でも、田村君のことは...」


「私が必ず何とかする。約束する」


美咲が帰った後、私は佐藤先生と再び会った。


「もう一度、倉庫を調べる必要があります」


「でも、今度は警戒されているでしょう」


「だからこそ、今夜しかチャンスがない」


## 第六章 隠された地下室


その夜、佐藤先生と一緒に学校に向かった。二人の方が安全だと判断したのだ。


倉庫に着くと、今度は鍵がかかっていた。しかし、古い鍵で、少し工夫すれば開けることができた。


中に入ると、昨夜私が見つけた田村の鞄はなくなっていた。やはり、私が倉庫にいたことに気づかれていたのだ。


「何もありませんね」佐藤先生が呟いた。


「いえ、昨夜気づいたもう一つのドアがあります」


倉庫の奥のドアを開けると、階段があった。地下へと続いている。


「地下室があったんですね」


私たちは慎重に階段を降りた。地下室は思ったより広く、いくつかの部屋に分かれていた。


最初の部屋には、大量の生徒の荷物があった。鞄や制服、私物が山積みになっている。その数は、佐藤先生が調べた"転校生"の数を遥かに上回っていた。


「こんなに...」佐藤先生の声が震えていた。


次の部屋に入ると、机があり、その上には大量の書類が置かれていた。生徒たちの個人情報や、"処理計画"と書かれたファイルもあった。


ファイルを開くと、そこには恐ろしい内容が記されていた。


『問題生徒処理プログラム』


学校の評判を守るため、問題を起こす可能性のある生徒を"適切に処理"するという内容だった。処理方法は複数あり、"転校"という名目での他県への転送、"家庭の事情"での長期欠席、そして最終手段として...


私は最後の項目を読むことができなかった。


「これは...人身売買ですね」佐藤先生が震え声で言った。


「何?」


「この書類を見てください。処理された生徒たちの多くが、遠方の『特別施設』に送られている。そこは...児童労働施設のようです」


私の手から書類が落ちた。


「田村君も...」


その時、階段から足音が聞こえてきた。私たちは慌てて書類をまとめ、別の出口を探した。


幸い、地下室には裏口があった。私たちはそこから外に出ることができたが、証拠の書類は持ち出すことができなかった。


学校から離れた場所で、私たちは息を整えた。


「警察に行きましょう」佐藤先生が言った。


「でも、書類は持ち出せませんでした」


「私たちの証言があります。それに、地下室の存在だけでも十分おかしいです」


翌朝、私たちは地元の警察署を訪れた。最初、警察官は私たちの話を信じなかったが、詳細な証言と地下室の存在を伝えると、真剣に取り合ってくれた。


その日の午後、警察の捜査が始まった。


## 第七章 露見


学校に警察が来た時、職員室は騒然となった。加藤校長の顔は青ざめ、山田教頭は落ち着かない様子でうろうろしていた。


「どういうことですか、これは」林先生が私に詰め寄ってきた。


「さあ、何でしょうね」


私は平静を装ったが、内心では不安でいっぱいだった。証拠を掴めているのかわからない。


警察は数時間かけて学校を捜索した。地下室からは大量の証拠品が押収され、関係職員への聴取も行われた。


夕方、加藤校長、山田教頭、林先生、そして用務員の老人が逮捕された。


その後の捜査で、恐ろしい真実が明らかになった。


桜丘高校では十年以上前から、"問題のある生徒"を組織的に学校から排除するプログラムが実行されていた。表向きは転校や家庭の事情による退学とされていたが、実際は違法な児童労働施設や、最悪の場合は人身売買組織に売り渡されていたのだ。


田村は幸い、まだ県内の施設にいることがわかり、無事に保護された。しかし、過去に"処理"された多くの生徒たちの行方は未だに分からないままだった。


この事件は全国的なニュースとなり、教育界に大きな衝撃を与えた。


## 第八章 そして新しい朝


事件から三ヶ月が経った。桜丘高校は一時的に閉鎖され、全教職員の入れ替えが行われた。私も新しい学校への転任が決まった。


最後の日、私は美咲と話をした。


「先生、ありがとうございました」


「私は何もしていないよ。君が田村君のことを心配してくれたからこそ、真実がわかったんだ」


美咲は涙を流していた。


「田村君は元気ですか?」


「ああ、新しい学校で頑張っている。君にもよろしくと言っていたよ」


事件の真相を知った時、私は教育というものについて深く考えさせられた。学校は生徒を守るべき場所であるはずなのに、その学校が生徒を傷つけていた。


しかし、美咲のような生徒がいる限り、教育には希望があると信じている。困っている友達を心配し、おかしいと思ったことに声を上げる勇気。それこそが、本当の教育の成果なのかもしれない。


佐藤先生とは今でも連絡を取っている。彼女は新しい学校で、生徒たちのために全力で働いている。


私たちの間では、あの事件のことを"消された教室"と呼んでいる。本来なら生徒たちで賑わっているはずの教室から、一人また一人と生徒が消えていく。そんな悪夢のような出来事が、現実に起こっていたのだ。


## エピローグ 記憶の継承


一年後、私は新しい学校で再び教壇に立っていた。新しい同僚たちは皆、桜丘高校の事件を知っており、私のことを"英雄"と呼ぶ人もいた。


しかし、私は英雄ではない。ただ、目の前の生徒が困っている時に、見て見ぬふりをすることができなかっただけだ。


ある日、授業中に一人の生徒が言った。


「先生、もし学校で変なことが起こったら、どうすればいいですか?」


私は少し考えてから答えた。


「まず、一人で抱え込まないこと。信頼できる人に相談すること。そして、おかしいと思ったことは、恥ずかしがらずに声に出すこと」


「でも、先生たちが信用できなかったら?」


「その時は...他の大人に相談するんだ。親でも、警察でも、誰でもいい。君たちを守ってくれる大人は必ずいる」


生徒たちは真剣に聞いていた。


桜丘高校の事件は、日本の教育界に大きな影響を与えた。各地で同様の隠蔽体質が問題視され、学校の透明性を高める取り組みが始まった。


しかし、完全に問題がなくなったわけではない。今でも、どこかで同じような事件が起こっているかもしれない。


だからこそ、私たち教師は常に気を付けなければならない。生徒の小さな変化に気づき、声なき声に耳を傾ける。それが、二度と"消された教室"を作らないための、私たちにできる唯一のことなのだ。


田村は今、新しい学校で友達もでき、元気に過ごしている。彼は時々私に手紙をくれる。そこには必ず「ありがとう」と書かれている。


でも、感謝されるべきは田村の方だ。彼の勇気ある最後のメールがなければ、真実は永遠に闇の中だったかもしれない。


美咲は今、生徒会長を務めている。「困っている生徒がいたら、必ず助ける」と宣言し、実際に多くの生徒の相談に乗っている。


佐藤先生は新しい学校で教務主任となり、学校の透明性を高める活動を続けている。


私たちはあの事件を忘れない。そして、同じことが二度と起こらないよう、警戒を続けている。


学校は本来、生徒たちが安心して学び、成長できる場所であるべきだ。しかし、時として大人の都合や組織の論理が、その本来の目的を歪めてしまうことがある。


桜丘高校の"消された教室"は、私たちにとって忘れてはならない教訓となった。生徒一人一人を大切にし、彼らの声に耳を傾け続ける。それが、教育に関わる全ての大人の責任なのだ。


雨の日、私は時々桜丘高校の前を通る。今は別の学校として生まれ変わり、子供たちの笑い声が響いている。


その笑い声を聞くたびに、私は心の中で誓う。


二度と、子供たちの笑顔を奪うような"消された教室"は作らせない。


そして、もしそんな場所を見つけたら、今度も必ず立ち向かっていく。


なぜなら、子供たちの未来を守ることこそが、教師としての私の使命だから。

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