〈3〉 ガスストーブと図書室
本日の授業が一通り終わって放課後を迎えた。
そんなある冬の日の図書室。
教室に入ってパッと見える本は、少し日焼けをしていて、この本たちが〝長い時間そこにいた〟ということをしみじみと感じる。
分厚い辞書、最近仕入れたであろう本が置いてある新刊コーナー、少し前の名作図書。
図書室の手前側には、大きく分厚い木で作られた大きな机、やたらと重い椅子が何セットか並んでいる。
この学校の図書室の床は、一面が絨毯のような柔らかい素材でできていて、この濃い紫色が、木でできた机や椅子、本棚と相まって閉鎖的ながらもどこか柔らかさを感じられる。
ここは何をするにも居心地がよくてとても好きだ。
例えば読書をするにしても、静かなので集中力を維持できて邪魔されることもない。
かといって、何一つ物音がしないのかというとそういうことでもなくて、夏の晴れている日には、窓の外から「野球部」やら「サッカー部」の掛け声や笛の音がかすかに聞こえてきたり、昇降口でたむろしながら話している人たちの声が、夏の匂いとともに生ぬるい風に乗ってくる。
雨の日には、コッコッと小気味よいリズムで窓を叩く雨粒のBGMと、薄暗い空のほどよい明るさが好きだ。
今日なんかで言うと、窓から外を見てみれば、まるで時間の流れが遅くなったのかと錯覚するようなそんな景色――つまり「地球の重力に引っ張られること」に対して、精一杯抗いゆっくりと落ちてくる雪が見える。それもいい。
その他にも、部屋が寒くならないように点けられたガスストーブの暖かさと匂いと、置かれた本から漏れ出た匂いが充満していて、こんな落ち着く環境は他になく、なので、今人を待っているということを忘れてしまいそうになってくる。
そんな油断の隙間を縫うように眠気がするりと襲ってきて……うつらうつらと首を揺らし、瞼が重くなってきて……。
―――………
「……おーい、おきろー」
耳元で小さく囁く声が聞こえる。
その優しい声とともに、生温かい息が耳にかかるのを感じて、恥ずかしくすぐったい気持ちに襲われる。
「あ、起きた」
「……遅い」
「えぇーそう? そんなに時間かかってないと思うけど」
そんなことを得意げな顔で言うもんだから、仕方なくスマホの電源をつける。
画面に表示されていた時間は、先程の意識があった瞬間から十分ぐらいしか経ってなかった。
「ほらね」
「うっさい! 行くよ」
「ははっ、へいへい」
自ずから早歩きをしながらも、後ろからリノリウムの床を歩く音がついて来ることに安心感を覚えていた。
そんなこと、恥ずかしくて誰にも言えない。
彼の呼び方が、先輩から会長に変わったからって、言えないこともある。
「おーい、待てよー。一緒に行こうぜー」
「……いつまでも待ってるよ」
僕は誰にも聞こえない声でそう言った。
そして、一瞬だけ後方の彼を見て、またすぐに早足で駆けていく。
だって、僕は知っているから。
僕が待っていたら、彼は必ず迎えに来てくれることを。
2021/02/18に初投稿。本文は当時の文章から加筆・修正を加えての投稿になります。