〈1〉 オレンジに沈む生徒会室
昔から憧れだった。
生徒会という存在は学校の中でも、ひときわ特殊なものだと俺は思う。
体育祭や文化祭では裏方として色々準備をしたり、委員会や部活動の集会では、大小様々な意見を聞いてそれをうまくまとめ要望を叶えたり。
そして、生徒から「学校で生活していて何か思うこと」があったら、それを聞くために意見箱を設置してみたり……。
生徒の目に触れる機会が多くあるのはどうしても生徒会長になりがちだが、生徒会というものは『組織』であり、ちゃんと見ればその凄さを担っているのが〝生徒会長だけではない〟ということが解る人にはちゃんと解るのだ。
だから、俺は高校に入ったら絶対に生徒会に入るんだって、そう思っていたんだけど……。
―――………
部活や委員会関連の資料があちらこちらと乱雑に積まれているせいで、ただでさえ狭い生徒会室が余計にせまっ苦しくて仕方がない。
放課後になってちょっと時間が経ったぐらいの今、銀色の窓フレーム越しから外の世界を見てみると、その世界は全てが橙色で染まっていた。
窓を開ければ、その橙色がそのまま教室内に流れ込んできていると錯覚するほどに暖かい風が――夏の終わりを告げるように鳴くミンミンゼミの声と一緒に入ってくる。
正四角形になるよう配置された長テーブルの一番奥――生徒会室に入った時、ちょうど後ろの窓から入ってくる日差しのせいで、逆光になり大物感が勝手に滲み出る席。
俺は今、その席に座っている。
ちなみに俺の役職はただの平生徒会委員だ。
別に「生徒会長のいない間に座っちゃえー!」といった浅はかな考えでここに座っているわけではないと予め言っておこう。
他に置いてあるパイプ椅子を見てみると、ある一つを除いたほぼ全ての座面上に、薄っすらと埃が乗っているのが見える。
お察しの通り、今この学校の生徒会はあってないようなものだった。
実質稼働しているのは、俺と最近入ってきた一年生のやつだけだ。
実のところ、先生や生徒会長、その他の生徒たちも、ほとんど活動に参加していないどころか、やらなければならない作業のほとんどを俺に押しつけて何にもしていない。
あぁ、あの日に見た憧れは何だったのか……。
無論、生徒会に入った当初の頃、こんな惨状を目の当たりにしてしまったのだから、もちろんむかついたし、やるせない気持ちに襲われたが、「逆に自分がこの現状を変えてやる!」って、当時は本気でそう思っていた。
だけど現実はそんなに甘くなかった。
誰もやる気がない中、一人だけ頑張っても何も変わらない。
それは、全く凹凸の無いつるつるの壁を素手で登るようなものだった。
なので、今はもう、自分にできることをただ実直に仕事するだけだった。
ということで今日も一人黙々と仕事をこなしていかなければならないなぁ――というわけにはいかなかった。
散々いろんなこと言ったけれど、今はそんなことなどどうだっていい。
今、頭の中にあるのはたった一つ。〝最近入った一年生がどれだけ待っても来ないこと〟である。
もしかしたらサボってるんじゃないかと思って、パトロールがてら一年生の教室とか図書室とかを覗いたけれどどこにも姿がなかった。
あいつが生徒会に入ってから一週間ほど経ったが、委員会をほったらかしたりするような姿は一切見せず、それどころか精力的に仕事をこなす真面目ぶりだった。
俺が生徒会に入ってからは、そんな奴一人たりとも見たことなかった。
橙色に照らされたカーテンが風に吹かれて、ゆらりゆらりと怪しげに動く。
なんとなく嫌な予感がする。
それだけで十分だった。
それだけでもう、俺が動くに足る理由になる。
そんな不安が足を突き動かして――ともすれば、弾けるような足取りで俺は生徒会室を飛び出していたのだった。
2021/02/20に初投稿。本文は当時の文章から加筆・修正を加えての投稿になります。