鳥取砂丘でパンツ一丁

第8章：予期せぬ代役

# 第8章：予期せぬ代役

佐藤健太郎は木の温もりを感じるカウンターに肘をついて、冷えたビールジョッキを手に取った。居酒屋「旬菜」の賑やかな喧騒の中、彼は同僚の送別会に参加していた。

「どうしてこうなった？」

健太郎はビールの泡を見つめながら呟いた。本来なら、彼はこの送別会の後、家に帰ってゆっくりと休むはずだった。明日は普通の一日で、いつも通りオフィスで仕事をするはずだった。しかし、運命の歯車は既に狂い始めていた。彼はまだそれを知らないだけだ。

「乾杯！」中村部長の声がテーブルの向こうから響いた。「鈴木君の栄転を祝して！」

「乾杯！」参加者全員がグラスを掲げた。

健太郎も自分のビールジョッキを持ち上げ、同僚と杯を交わした。海外転勤が決まった鈴木が照れくさそうに笑っている。

「健太郎、元気ないね」隣に座っていた山田が健太郎の肩を叩いた。「何かあったの？」

「いや、ちょっと疲れてるだけさ」彼は苦笑した。「最近、残業続きでね」

「わかるよ。俺も鳥取出張の準備で忙しいんだ」

「鳥取？何しに行くの？」

「鳥取砂丘リゾート開発の件さ。地元の観光局との商談があるんだ」

健太郎は頷きながらビールを一口飲んだ。彼の会社は地方の観光開発に力を入れ始めていた。鳥取砂丘リゾート開発は、その中でも大きなプロジェクトだった。

「大変そうだね」健太郎は言った。

「まあね」山田は笑った。「でも、楽しみでもある。鳥取の海鮮料理が食べられるし」

会話は続き、お酒が進むにつれて、宴会の雰囲気はさらに盛り上がっていった。席を移動して様々な同僚と話す中で、健太郎は少しずつリラックスしていった。週末の疲れが溜まっていたこともあり、普段より多めにお酒を飲んでいた。

時計は午後9時を回っていた。健太郎はトイレから戻る途中、山田の姿を見つけた。彼はカウンター席に一人で座り、何か考え込んでいるようだった。

「どうした？」健太郎は声をかけた。

「あ、健太郎…」山田は顔を上げた。顔色が悪く、額に汗をかいている。「ちょっと気分が…」

「大丈夫か？」健太郎は心配そうに尋ねた。

「なんか、急に熱っぽくなってきたんだ」山田は弱々しく答えた。「頭も痛いし…」

「医者に行った方がいいんじゃないか？」

「そうだね…でも、明日の出張が…」

その時、中村部長が近づいてきた。「おい、山田。顔色が悪いぞ」

「すみません、急に体調が…」

部長は山田の額に手を当て、眉をひそめた。「これは高熱だな。明日の出張は無理だ。医者に行けよ」

「でも、明日のプレゼンが…」

「心配するな。代わりは…」部長は周囲を見回し、健太郎に目を留めた。「佐藤、お前が行け」

「え？私がですか？」健太郎は驚いて声を上げた。突然の指名に、酔いが一気に醒めるのを感じた。

「ああ。山田の資料はもう準備できているんだろう？」部長は山田に尋ねた。

「はい、すべて揃っています」山田は弱々しく答えた。「USBに入れて…」

「それなら問題ない」部長は決定的な口調で言った。「佐藤、明日の朝一で羽田から鳥取へ飛ぶ。山田の航空券をお前に変更しておく」

「わかりました…」健太郎は渋々同意した。突然の出張指示に内心では混乱していたが、上司の命令に逆らう選択肢はなかった。

「頼むぞ。鳥取砂丘リゾート計画のプレゼンは重要だ。失敗は許されないからな」

部長が去った後、山田は申し訳なさそうに健太郎を見た。

「すまない、佐藤。急に押し付けてしまって…」

「いいよ、仕方ないさ」健太郎は山田の方を向いて微笑んだ。「とにかく、しっかり治せよ」

「ありがとう」山田は弱々しく笑った。「資料は全部揃ってるから。USBに入れておくよ」

「了解。でも、内容をレクチャーしてもらえるかな？」

「もちろん。ここで少し説明しようか」

二人はカウンター席に戻り、山田は鳥取砂丘リゾート開発計画の概要を説明し始めた。しかし、彼の体調は明らかにどんどん悪化していた。話す声も弱々しく、時々咳き込んでいた。

「やっぱり、今日はもう帰った方がいいよ」健太郎は提案した。「資料を見れば、なんとかなるさ」

「いや、最低限のことは…」山田は頑固に説明を続けようとした。

「山田、無理するな」テーブルの向こうから、先輩の鈴木が声をかけた。「佐藤は優秀だ。資料さえあれば大丈夫だろう」

「そうだな…」山田はようやく諦めた。「じゃあ、USBを渡すよ。あとは資料を見てくれ」

山田はバッグから小さなUSBメモリを取り出し、健太郎に手渡した。

「これに全部入ってる。プレゼン資料も、補足資料も、過去の企画書も」

「わかった。ありがとう」健太郎はUSBメモリをポケットに入れた。「とにかく、早く帰って休んだ方がいいよ」

山田はタクシーで帰ることになり、健太郎は彼を見送った。送別会は引き続き盛り上がっていたが、健太郎の心は既に明日の出張のことでいっぱいだった。彼は中村部長に近づいた。

「部長、明日の出張の詳細を教えていただけますか？」

「そうだな」部長はグラスを置いた。「朝一の便で鳥取へ飛び、午後2時から鳥取県観光局でプレゼンだ。宿泊はホテル・サンドダンスに予約してある」

「わかりました。で、プレゼンの内容は…」

「基本的には、我が社の観光開発の実績と、鳥取砂丘での開発ビジョンだ。詳細は山田の資料を見てくれ。何か分からないことがあれば、明日の朝までに連絡しろ」

「はい」

健太郎はその後もしばらく送別会に残ったが、心ここにあらずだった。明日の急な出張のことを考えると、早く帰って準備をしたくなった。

「すみません、私はこれで失礼します」彼は周囲に声をかけた。

「え？もう帰るのか？」鈴木が驚いた声を上げた。「まだ早いだろう」

「明日、急に出張になったので…」

「なるほど、山田の代わりか」鈴木は理解を示した。「気をつけて行ってこいよ」

「ありがとうございます」

健太郎は会計を済ませ、居酒屋を後にした。外の空気は涼しく、彼は深呼吸をした。時計は午後10時半を指していた。自宅に戻り、明日の準備をする必要がある。彼は駅に向かって歩き始めた。

家に着くと、彼はすぐにUSBメモリをパソコンに差し込んだ。そこには山田が言った通り、プレゼンテーション資料や補足資料が整然と保存されていた。彼は資料を開き、内容を確認し始めた。

鳥取砂丘リゾート開発計画は、彼の想像以上に大規模で野心的なものだった。総投資額は数十億円に上り、自然環境との調和を重視した持続可能な観光開発を目指していた。彼の会社はその設計と運営コンサルティングを担当することを提案するつもりだった。

「これは本当に重要なプロジェクトだ…」健太郎は呟いた。プレッシャーを感じずにはいられなかった。

資料を読み込む中で、彼はメモを取り、質問事項をリストアップした。明日のプレゼンでは、相手から様々な質問が飛んでくるだろう。できる限り準備しておく必要がある。

時計は午前0時を回っていた。健太郎はコーヒーを入れ、さらに資料に目を通し続けた。山田が作ったプレゼンテーションは良くできていたが、いくつか気になる点があった。彼は修正を加え、自分なりのメモを追加した。

「少し眠っておこう…」

彼は午前2時頃、ようやくベッドに横になった。明日は朝早く起きなければならない。彼は目覚まし時計を3つセットした。1つは携帯電話、1つはデジタル時計、そしてもう1つは電池式の小さな目覚まし時計だ。これで安心だ。

しかし、彼は興奮と不安で眠れなかった。明日のプレゼンのことを考えると、胃がキリキリと痛んだ。これは彼にとって大きなチャンスだが、同時に大きな責任でもある。失敗すれば、会社の評判にも関わる。

健太郎はベッドで何度も寝返りを打った。窓の外からは、時々通り過ぎる車の音が聞こえてきた。彼は時計を見た。午前3時15分。まだほとんど眠れていない。

「このままじゃダメだ…」

彼は起き上がり、キッチンに向かった。温かい牛乳を飲めば眠れるかもしれない。電子レンジで牛乳を温め、ゆっくりと飲みながら、彼は窓の外の夜景を眺めた。東京の夜は、完全に暗くなることはない。遠くに見える高層ビルの明かりが、星のように瞬いている。

牛乳を飲み終えると、健太郎は再びベッドに戻った。少し気持ちが落ち着いてきた。彼は目を閉じ、明日のプレゼンの流れを頭の中で整理し始めた。資料の内容、話すべきポイント、予想される質問…。いつの間にか、彼の意識は徐々に薄れていった。

健太郎が次に目を覚ましたのは、けたたましい目覚まし時計の音が鳴り響いたときだった。しかし、それは彼がセットした時間より2時間半も遅かった。

「どうしてこうなった？」

彼は混乱と焦りの中で、この状況が彼の人生の歯車が狂い始めた瞬間だと知る由もなかった。彼の思考は、さらに過去へと遡っていった…。

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「では今日の会議はこれで終わります。お疲れ様でした」

会議室から同僚たちが出ていく中、健太郎は資料を片付けていた。時計は午後6時を指している。今日は鈴木先輩の送別会があるので、少し急いで仕事を終わらせなければならない。

「佐藤君、ちょっといいか？」

振り返ると、そこには中村部長が立っていた。

「はい、何でしょうか」

「今度の鳥取プロジェクトだが、山田が担当することになった」部長は言った。「彼をサポートしてやってくれ。若手の育成も兼ねてな」

「わかりました」健太郎は頷いた。実は彼自身も鳥取プロジェクトに興味があったが、まずは山田のサポート役として経験を積むのも悪くないだろう。

「それと、今夜の送別会には出席するな？」

「はい、もちろんです」

「よし。では、そこで」部長は背を向けて歩き去った。

健太郎はデスクに戻り、残りの仕事を急いで片付けた。山田は隣の席で電話をしている。彼は鳥取プロジェクトに関する資料を読みながら、メモを取っていた。真面目な性格で、仕事熱心な男だ。年齢は健太郎より2つ下の30歳。

「山田、鳥取プロジェクト、頑張れよ」健太郎は声をかけた。

「ああ、ありがとう」山田は電話を切って振り返った。「実は緊張してるんだ。こんな大きなプロジェクト、初めてだから」

「大丈夫だよ。資料作りなら俺も手伝うし」

「助かるよ。実は来週、現地視察と打ち合わせがあるんだ」

「鳥取か…いいな。カニとか砂丘とか」

「仕事だよ、観光じゃないんだから」山田は笑った。「でも、少しは観光もできるかな」

二人は雑談をしながら、残りの仕事を終わらせた。午後7時、オフィスを出て、送別会の会場へと向かった。

居酒屋「旬菜」は、会社から徒歩10分ほどの場所にあった。風情のある木造りの内装で、カウンター席と小上がりの座敷がある。健太郎たちが到着したとき、既にいくつかのテーブルには同僚が集まっていた。

「お、来たな！」鈴木が手を振った。「こっちこっち」

健太郎と山田は鈴木のテーブルに向かった。海外転勤が決まった鈴木は45歳。会社の中堅として信頼されていた。健太郎も入社以来、よく彼に助けてもらっていた。

「鈴木さん、おめでとうございます」健太郎は席に着きながら言った。

「ありがとう。まあ、単身赴任になるから大変だけどな」鈴木は苦笑した。

「奥さんは？」

「子供の学校のこともあるし、しばらくは日本に残るよ。週末に電話でも何でもして、なんとかするさ」

会話は続き、次々と同僚が集まってきた。やがて中村部長も到着し、送別会が本格的に始まった。

「乾杯！」中村部長の発声で、全員がグラスを掲げた。「鈴木君の栄転を祝して！」

「乾杯！」

健太郎もビールジョッキを持ち上げ、乾杯に参加した。鈴木は照れくさそうに笑いながら、一人一人と杯を交わしていった。

時間が経つにつれ、お酒も進み、宴会は盛り上がっていった。健太郎は普段より多めにお酒を飲んでいた。ストレスが溜まっていたこともあり、つい杯を重ねてしまう。

「健太郎、最近どうだ？」鈴木が隣に座り、声をかけてきた。

「まあ、なんとかやってます」健太郎は答えた。「鈴木さんがいなくなると寂しいですよ」

「そうか？」鈴木は笑った。「でも、お前なら大丈夫だ。仕事もできるし、これからどんどん頑張れよ」

「ありがとうございます」

「それにしても、山田の様子がおかしくないか？」鈴木は山田の方を見ながら言った。

健太郎も視線を向けると、山田は顔を赤くして、何度も額の汗を拭っていた。お酒で顔が赤くなっているのではなく、どこか具合が悪そうだった。

「ちょっと確認してくる」健太郎は席を立った。

山田に近づくと、彼は明らかに体調が優れない様子だった。

「どうした？」健太郎は声をかけた。

「あ、健太郎…」山田は顔を上げた。「ちょっと気分が…」

「大丈夫か？」

「なんか、急に熱っぽくなってきたんだ」山田は弱々しく答えた。「頭も痛いし…」

健太郎は心配そうに山田の様子を見た。顔色は悪く、目も潤んでいる。これは単なる酔いではなさそうだ。

「医者に行った方がいいんじゃないか？」

「そうだね…でも、明日の出張が…」

その時、中村部長が近づいてきた。「おい、山田。顔色が悪いぞ」

「すみません、急に体調が…」

部長は山田の額に手を当て、眉をひそめた。「これは高熱だな。明日の出張は無理だ。医者に行けよ」

「でも、明日のプレゼンが…」

「心配するな。代わりは…」部長は周囲を見回し、健太郎に目を留めた。「佐藤、お前が行け」

「え？私がですか？」健太郎は驚いて声を上げた。

こうして、彼の運命は思わぬ方向へと転がり始めた。その夜、彼は山田から資料を受け取り、明日の準備を始めた。しかし、彼はまだ知らなかった。この突然の出張が、彼を一連の予想外の出来事へと導くことになるとは。そして最終的に、彼は鳥取砂丘の真ん中で、パンツ一丁の状態で立つことになるとは…。

「どうしてこうなった？」

それは彼の人生における不条理な一連の出来事の始まりにすぎなかった。彼の思考は、さらに過去へと遡っていった…。