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第5章:間違った目的地

# 第5章:間違った目的地


佐藤健太郎は鳥取行きの飛行機の窓際の席に座り、茫然と眼下の雲海を見つめていた。


「どうしてこうなった?」


彼は前の座席のポケットに差し込まれた機内誌を手に取りながら呟いた。表紙には「鳥取特集」の文字。彼が本来向かうはずだった大阪ではなく、なぜか鳥取行きの飛行機に乗っていた。


「お飲み物はいかがですか?」CAが笑顔でワゴンを押してきた。


「あ、はい…コーヒーを」


健太郎はコーヒーを受け取り、プラスチックカップの熱さに指先をびくつかせた。このまま鳥取に到着してしまえば、明日の大阪支社での会議に参加できない。そのために準備した資料も、スーツケースの中で無駄になってしまう。


彼の隣には、70代くらいの老紳士が座っていた。老紳士は機内誌を広げながら、健太郎に話しかけた。


「鳥取は初めてですか?」


「はい…」健太郎は気が進まないままに答えた。「というか、実は行くつもりはなかったんです」


「ほう?」老紳士は興味深そうに眉を上げた。


健太郎は思わず、自分の置かれた状況を話し始めた。大阪支社への出張のはずが、搭乗口の案内を聞き間違え、気づいたときには鳥取行きの飛行機に乗っていたこと。明日の重要な会議があること。


「困りましたね」老紳士は同情的に頷いた。「しかし、私は思うんですよ。人生の最も興味深い出来事は、計画外のところから生まれるものだと」


健太郎は苦笑した。「今は、それを前向きに捉える余裕がないんです…」


「そうでしょうね」老紳士は微笑んだ。「ところで、私は鳥取砂丘リゾート計画の顧問をしている山口と申します。もしお時間があれば、鳥取の良さをお教えしますよ」


健太郎は驚いて老紳士を見つめた。鳥取砂丘リゾート?それは彼の会社が以前から興味を持っていた案件ではないか。ただし、営業部では「まだ時期尚早」と判断し、本格的なアプローチは控えていた。


「いえ、その…どういう偶然でしょう。実は私の会社も…」


「ああ、東京の企業さんは皆さん興味を持ってくださいますが、なかなか本気度が伝わってこなくてね」山口氏は少し残念そうに言った。「せっかくの機会ですから、明日の午前中、少しだけお時間をいただけないでしょうか」


健太郎は困惑した。大阪の会議に出なければならないのに…しかし、これはチャンスかもしれない。会社にとって、鳥取砂丘リゾート計画は将来的に大きな案件になる可能性を秘めている。


「山口さん、実は私…」


そのとき、機内放送が流れた。「まもなく鳥取空港に到着いたします。シートベルトの着用をお願いいたします」


時間がない。健太郎は決断した。


「山口さん、お話を伺えるのは光栄です。明日の午前中、お時間をいただけますか」


---


すべては18時間前から始まった。


健太郎は羽田空港の出発ロビーで、スマートフォンを片手に急ぎ足で歩いていた。本来ならもう少しゆっくり構えていられるはずだったが、寝坊してしまい、予定より30分も遅れてのチェックインとなった。


「JA302便、大阪行きの搭乗手続きをお済ませのお客様にご案内いたします…」


アナウンスが聞こえたが、健太郎は搭乗券とパスポートを片手に持ち、もう片方の手では転がすスーツケースを引きながら、セキュリティチェックの列に並んでいた。「間に合うだろうか…」彼は不安に思いながら時計を見た。


通常より混雑しているセキュリティチェックを抜けると、健太郎は搭乗ゲートに向かって小走りで移動し始めた。息が上がり、汗が背中を伝う。朝食を抜いたせいか、少しめまいがする。


「あれ?」


彼は立ち止まり、空港の案内板を見上げた。自分のゲート番号を確認するのを忘れていた。搭乗券を改めて見ると、ゲート18Bとある。案内板によれば、18Bへはエスカレーターを上がって右に進む必要があった。


健太郎がエスカレーターを上がると、ちょうどアナウンスが流れた。


「JA302便、間もなく搭乗を締め切ります。まだ搭乗手続きがお済みでないお客様は、至急、搭乗ゲートまでお越しください」


「くそっ、間に合わない!」


彼は全力で走り出した。方向指示板に従って右折し、長い通路を突き進む。ゲート番号が見えてきた。15B、16B、17B…そして18B! ようやく辿り着いた。


「すみません!JA302便に乗ります!」彼は息を切らしながらカウンターの係員に搭乗券を差し出した。


「お客様、JA302便ですね」係員は搭乗券をスキャンし、少し困惑した表情を浮かべた。「申し訳ありませんが、搭乗手続きは既に終了しております」


「え?でも今アナウンスが…」


「先ほどのアナウンスはJA302便ではなく、JA203便のものだったかもしれません」


健太郎は絶望感に襲われた。「次の大阪行きの便は?」


係員はコンピュータを確認した。「次の大阪行きは2時間後ですが、既にほぼ満席の状態です」


その時、別のアナウンスが流れた。


「JA203便、鳥取行きの搭乗手続きをお済ませのお客様にご案内いたします。間もなく搭乗を開始いたします」


「203…」健太郎は自分の搭乗券を見た。確かに「JA302」と書いてある。しかし、アナウンスの「JA302」と「JA203」が頭の中で混同した。彼が走ってきたのは、「JA302」と聞こえたアナウンスに反応したからだ。


「鳥取行きは今から搭乗ですか?」健太郎は念のため尋ねた。


「はい、こちらのゲートからです」係員は隣のゲートを指した。


健太郎は考えた。鳥取? まったく予定にないが…大阪に行けなくなった今、どうすればいいか。上司の中村部長に連絡するべきだろうか。しかし、部長は「何が何でも大阪会議に出席しろ」と言っていた。これを報告したら、烈火のごとく怒るに違いない。


「この鳥取行きの便、空席はありますか?」彼は思いつきで尋ねた。


「はい、まだ席に余裕があります」


「予約なしでも搭乗できますか?」


「はい、可能です。ご搭乗をご希望ですか?」


健太郎は再び考えた。一度鳥取に行き、そこから大阪に移動すれば、明日の午後の会議には間に合うかもしれない。翌日一番の便で大阪に行けば…


「はい、鳥取行きに変更してください」


手続きを済ませ、健太郎はゲートに向かった。彼は誤った選択をしたのではないかという不安と、何とか事態を収拾できるという希望の間で揺れ動いていた。


飛行機に搭乗し、席に着くと、彼はスマートフォンを取り出して鳥取から大阪への移動手段を調べ始めた。しかし、思ったより選択肢は限られていた。鳥取から大阪への直行便は1日1便のみで、明日の便は既に満席だった。バスは約5時間かかる。電車も乗り継ぎが必要で、やはり5時間ほど…


健太郎は頭を抱えた。どう計算しても、明日の午後2時からの大阪会議には間に合わない。彼は中村部長への連絡を考えたが、離陸直前のアナウンスでスマートフォンの電源を切るよう指示された。


「離陸後に考えよう…」彼は深くため息をついた。


飛行機が離陸し、シートベルト着用サインが消えた後、健太郎は再びスマートフォンを手に取った。航空機モードに切り替え、メモ帳アプリを開いて状況を整理し始めた。


選択肢1:中村部長に状況を説明し、大阪会議を欠席する許可を得る

選択肢2:無理をしてでも大阪に向かい、遅刻しても会議に出席する

選択肢3:…


彼が考えていると、隣席の老紳士が話しかけてきた。


「鳥取は初めてですか?」


健太郎は気が進まないながらも会話に応じた。会話の中で、老紳士が鳥取砂丘リゾート計画の顧問だということを知り、彼は驚きと運命的なものを感じた。鳥取砂丘リゾート計画—それは彼の会社が将来的に関わりたいと考えていた案件だった。


「山口さん、実は私の会社も…」


会話は深まり、気づけば健太郎は山口氏と名刺を交換し、翌日の面談まで約束していた。「どうしてこうなった?」彼は再び自問した。


飛行機が鳥取空港に着陸する直前、健太郎は中村部長にメールを送ることを決意した。


「部長、大変申し訳ありませんが、搭乗便を間違え、鳥取に来てしまいました。明日の大阪会議には出席できません。ただ、偶然にも鳥取砂丘リゾート計画の顧問と同じ便で知り合い、明日面談することになりました。この機会を活かし、情報収集いたします。詳細は後ほど報告いたします。」


送信ボタンを押す指が震えていた。これで部長がどれほど怒るか想像すると、胃が痛くなる。しかし、もはや現実は変えられない。今できる最善策を取るしかない。


飛行機は予定通り鳥取空港に着陸した。健太郎は山口氏と別れる際、改めて翌日の約束を確認した。


「明日10時に、砂丘センターのカフェでお待ちしています」山口氏は微笑みながら言った。「何か縁があったのでしょう。楽しみにしていますよ」


健太郎はタクシーに乗り、予約していたホテル・サンドダンスに向かった。チェックインを済ませ、部屋に入ると、彼は疲れ切ってベッドに倒れ込んだ。スマートフォンを確認すると、中村部長からの着信が5件、メールが3件あった。彼は覚悟を決めて電話をかけ直した。


「もしもし、佐藤です」


「佐藤!どういうことだ!」部長の怒鳴り声が受話器から溢れた。「大阪会議を欠席だと?冗談じゃない!」


「申し訳ありません…」


「言い訳は聞きたくない。だが、鳥取砂丘リゾートの話は本当か?」


「はい。山口顧問と明日10時に面談します」


電話の向こうで、部長が深いため息をついた。「わかった。それなら仕方ない。むしろ、それは予想外の収穫かもしれん。」部長の声のトーンが少し和らいだ。「その山口顧問から、できるだけ多くの情報を引き出せ。特に、投資規模と参入条件だ」


「はい、わかりました」


「そして、面談後すぐに報告しろ。詳細なメモを取るんだ」


「はい」


「佐藤」部長は少し間を置いた。「偶然とはいえ、チャンスをものにするのも仕事だ。頑張れ」


「ありがとうございます」


電話を切った健太郎は、再びベッドに身を投げ出した。なんとか最悪の事態は避けられたようだ。明日の面談に向けて準備をしなければならない。彼はスーツケースから資料を取り出し、鳥取砂丘について急いでリサーチを始めた。夜遅くまで準備を続け、彼はようやく就寝した。


翌朝、健太郎は早起きし、最高のコンディションで山口氏との面談に臨むため、入念に準備をした。ホテルのレストランで朝食を取り、タクシーで砂丘センターに向かった。


10時丁度、彼は約束のカフェに到着した。山口氏は既に席についており、彼を見つけると手を振った。


「おはようございます、佐藤さん。よく来てくださいました」


「おはようございます、山口さん。お待たせしませんでした?」


「いいえ、私も今来たところです」


二人はコーヒーを注文し、鳥取砂丘リゾート計画について話し始めた。山口氏は熱心に計画の詳細を説明し、健太郎は真剣に耳を傾けた。話が進むにつれ、この計画が彼の会社にとって本当に大きなチャンスになり得ることを確信した。


面談は予想以上に長引き、正午を過ぎていた。山口氏は立ち上がって言った。「せっかくですから、砂丘をご案内しましょう。実際に見ていただいた方が、計画の壮大さがわかります」


健太郎は喜んで同意した。二人は砂丘に向かい、壮大な砂の景観を眺めながら、さらに話を深めた。山口氏は様々な場所で足を止め、「ここにホテルを」「ここにレストランを」と、リゾート計画の青写真を砂丘上に描き出した。


健太郎はすっかり魅了された。「素晴らしい計画です。ぜひ協力させていただきたいです」


「ありがとう。実は明後日、関係者会議があるんです。佐藤さんも出席してみませんか?」


「ぜひ出席させてください」健太郎は即答した。


彼らがホテルに戻ったのは午後3時頃だった。健太郎は部屋に帰るとすぐに中村部長に電話をかけた。


「部長、面談の報告です」


「どうだった?」


健太郎は詳細に報告し、部長も大いに興味を示した。明後日の関係者会議についても報告すると、部長は即座に許可を出した。


「よくやった、佐藤。この偶然を活かしたな。明後日の会議も出席するといい。大阪会議の件は私がうまく取り繕っておく」


「ありがとうございます」


電話を切った後、健太郎は安堵と興奮が入り混じった気持ちで、窓の外を見た。偶然の搭乗ミスが、思わぬ形で仕事の大きなチャンスにつながった。


彼は改めてスケジュールを確認し、明後日の会議に向けた準備を始めた。部屋のデスクに向かい、資料を整理していると、スマートフォンが鳴った。ホテルのフロントからだった。


「佐藤様、フロントでございます。お荷物の件でご連絡いたしました」


「荷物?」


「はい、空港からお荷物が届いております。お預かりしておりますので、お時間のあるときにお受け取りください」


「わかりました。すぐに行きます」


健太郎は首をかしげながらフロントに向かった。彼は全ての荷物を持って来ているはずだった。


フロントに着くと、彼の名前が書かれた黒いスーツケースが置かれていた。


「これは…」


彼は混乱した。これは彼のスーツケースではないが、ネームタグには確かに「佐藤健太郎」と書かれている。


「どうしてこうなった?」


健太郎は再び呟いた。彼の思考は、さらに過去へと遡っていった…。

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