幽霊探し -前-
猫宮のスマートフォンに依頼のメールが届く。
「『幽霊探し』ねぇ?」
猫宮は少し都会寄りの人通りがある場所で、依頼主を待っていた。
「あっごめんねネコちゃん」
階段を駆け下りる音が近づく。その人物は、足元にいた猫との衝突を回避して一言詫びを入れると、走るのをやめて早足に変える。
「お待たせしましたー!」
駅の改札口から、猫宮に声がかかる。
「すみません、私が待ち合わせ場所指定したのに、遅れてしまって」
少し息を切らして謝っている、黒髪ボブの華奢な女子学生が、今回の依頼主だ。制服のままでいるあたり、学校終わりにここへ直接来たのだろう。
「俺が猫宮。こっちがおはぎ」
猫宮の頭から、首にかけて身体を乗せたおはぎが、挨拶とばかりにひと鳴きする。
「おわっ!ウルフカットだと思ったら、ネコちゃんだったんですね!今回はよろしくお願いします。猫宮さん、おはぎちゃん」
お互いの挨拶もほどほどに詳しい説明を聞く。
「礼を言いたいそうで。訳を聞いても?」
「はい。大丈夫です。数日前、通学時間帯の混雑で人にぶつかってしまって、電車待ちしていた私が線路に落ちそうになったんです」
落ちる恐怖で身がすくんでいたが、笠を持った旅装束の男が依頼主の腕を掴み引き戻したおかげで、怪我もなく済んだ。その場で礼を言おうとしたものの、一瞬で男の姿を見失った。周囲の人に男がどこへ行ったのか尋ねるも、誰一人男を目撃しておらず。男は笠を持った和装で旅人のように見えた。今の時代にそのような身なりをしていれば、記憶に残るはずだ。
「だからあの男の人は、幽霊だったんじゃないかと思ったんです!」
「普通は怖がるんだけどな。「大発見」みたいな顔しやがって」
探している相手が生きた人ではないと判断したために、こうして猫宮へと依頼するに至った。
「あの幽霊さんはストレートの長い髪で、濃い紫色でした。ちらっと切れ長の目が見えて。『大丈夫か』って声をかけてくれて、すっごくカッコよくって!」
「……吊り橋効果はご存知で?」
「知ってますよっ!」
素っ気ない猫宮の指摘に、ロマンがない!と異議を唱える。
「確かに、危ない目に遭いかけましたけども!!心臓バクバクでしたけども!!とにかく、会えば分かります!」
一瞬の出来事が忘れられないと頬を染めて、夢見る少女になっていた。
本命はそっちか、と猫宮が察する。
「今回の男以外で霊を見た経験は?」
「いえ、ないんです。だから、幽霊さんとの出会いには何か、運命的なものが──」
「死にかけたときに見えたってやつは結構いる」
「ちょっとは夢を見させてくださいよー!!」
ロマンスをことごとく切り捨てる猫宮に、依頼主が何かを訴えているが、当人は素知らぬ顔。近くにいた野良猫たちにも、あくびをされる始末。
依頼主のすぐ横にいる男性の霊に反応を示さない様子からして、どうやら本当に見えてはいないらしい。
『あ、お兄さん俺のこと見えてるよね?未練ないんだけど、成仏の仕方が分からなくて──あっ』
羽虫を手で払う素振りをして、依頼主の前で霊を祓ってもやはり反応はない。当時、偶然見えただけかもしれないが、旅装束の男は霊ではない可能性が出てきた。
また、相手が旅人だとすれば、いつまでもこの地域に留まっているとは限らない。すでにこの街を立っていた場合は手の打ちようがない。
「でも、まぁ大丈夫でしょう」
「え?」
明らかに難しい依頼だというのに、猫宮には見つけられる算段があるようだ。一人と一匹でどうやって探し出すのか、少女には見当がつかない。
「あいつらの協力があれば三日もかからない」
「そんなすぐに見つかるんですか!?相手は幽霊ですし、あと『あいつら』って一体──」
「もう会ってますよ」
「『もう会った』??」
はて、ここに来るまでに誰に会ったか。親、友人、学校の教師、同じ時間に電車に乗る人、最後に猫宮とおはぎが頭に浮かぶ。少女には心当たりがなく白旗を上げたとき、ある事に気が付いた。
猫宮たちを中心に猫が集まっている。
辺りを見渡してざっと二十匹前後。この数は気のせいではない。先ほど少女が衝突しかけた猫の姿もあった。
「もしかして……いやいや、まさか」
猫が幽霊捜索を手伝うなど、使い魔でもあるまいしできるわけがない。仮に探し出せたとしても、猫からどう情報を聞き出すというのか。動物と会話できる魔法の力があるとすれば、その人間はもはや夢の国のプリンセスだ。ありえない。
だが、そのまさかだった。
「頼んだぜ、お前ら」
およそ二十匹の猫たちが、猫宮の声に応え散じる。
あまりのファンタジーな光景に少女の興奮が収まらない。
「黒猫プリンセス!?」
「は?何言ってんだ」
突然意味の分からないことを言われた猫宮は、思わず怪訝な顔をする。おはぎにも少女の発言の意図は分からず、猫宮と共に首を傾げた。
その時少女は、猫宮が実は黒猫の化けた姿なのではないかと、勝手な妄想を繰り広げていた。
★猫宮さんの質問コーナー★
Q1)猫たちは猫宮さんの知り合いー?
A1)そうだな。ご近所さんみたいな感じだ。
Q2)黒猫プリンセスってなにー?
A2)俺が聞きたい。男ですらなかったぞ。
Q3)猫宮さんって女の子なのー?
A3)クソ違います。目の医者に行け。
Q4)猫宮さんは黒猫なのー?
A4)どうも人間様です。