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仔猫

「猫セラピー半端ねぇ」


 猫宮は平日の真昼間からダラリと寝ていた。遊び盛りの子どもたちは、学校で懸命にテキストと格闘しているであろう時間。

 彼らがいない今、公園には老人や犬の散歩をしている人間が、ちらほらといる程度。大の大人が公園の芝生の上で寝転がっていても、注意する者は誰もいない。


「今日は何だか、いつもより猫がいるような……?」

「あの人の周り、猫多くね?」

「猫集会?」


 何かを言っている者もいるが、猫宮の耳には届いてていない。

 寝そべる猫宮のそばにはおはぎだけでなく、たくさんの猫が集まっていた。ざっと数えて十匹前後。どこで寝ても、気がつけば猫に囲まれている。何故かは猫宮にも分かっていない。単純に落ち着くのか、同類の気配でも感じているのか。


「今日は惰眠で忙しい日だな」


 神ださえ祓える祓い屋としてとても優秀な猫宮にも、何もしない日がある。他の祓い屋たちが尽力しているか、今日が平和なのだろう。だから、毎日依頼が来るわけではないのだ。今日のようにのんびりできる日もある。

 祓い屋の仕事は嫌いではないが、やはり猫たちと怠惰に寝て過ごす時間が一番心地よい。


「にゃー」


 おはぎ以外は皆初めて会った猫たちなのだが、警戒する様子がない。おはぎがリラックスしているのも相まっているのだろう。気を許してくれるのは嬉しいことだが、些か心配になる。

 ぶち猫が仰向けに寝転がって腹を見せてきた。


「何だ。撫でろって?」


 手の届く範囲であったためお望み通り撫でてやる。ごろごろと喉を鳴らす様子に、他の猫がまた寄ってきた。

 脇腹近くにいる茶トラが、頭を何度も押し付けてくる。遊びたい盛りの仔猫くらいには元気がある。


「お前結構甘えただな。仔猫か?」


 たまにイイところに頭突きが決まり、ぐふっと猫宮の声が漏れていた。頭を撫でている間は大人しくなるが、他の猫に構って撫でるのを止めた途端、頭突きが再開する。


「こいつ、しぶといな」


 他の猫はある程度構えば、満足して去っていくか寝るのだが、この茶トラはなかなか満足する様子がない。


「にゃあ〜」

「良いじゃねぇか。相手になってやる」


 猫宮対茶トラの戦いが始まった。が、十分程度で猫宮が根を上げた。茶トラは猫宮の手をおもちゃにして遊んでいる。


「癒されんなぁ」


 肩付近で丸まって寝ていたキジトラが伸びをしたせいで、猫宮の顔に尾が触れる。


「くすぐってぇよ」


 その近くにいるサバ白が大あくびしたのきっかけに、猫宮へあくびが伝染り他の猫たちも釣られてあくびをしだす。


「ははっ、全員伝染ってら」


 祓い屋の依頼には、危険を伴う事例が少なからず存在する。祓う対象が大妖怪であればあるほど、危険手当がつけられる。だから死傷率が高い依頼は、総じて報奨も高い。

 人ならざる者が相手なら猫宮に負けはない。しばしば堕ち神等の退治依頼を受ける猫宮は、高給取りというわけだ。だからこそ、今日のように時間をつくることができる。そしてそれは、おはぎや猫たちと過ごすためにある。

 つまりは、平穏のために危険な仕事をする。矛盾しているが、穏やかな生活が得られるのならば猫宮に不満はない。


「にゃーうー」

「どうしたおはぎ。嫉妬か」


 他の猫に構い過ぎたのか、不満そうな声を上げて猫宮の胸元に頭を擦り付けてくる。


「ほっといて悪かっ──うぶっ」


 頭から背中までひと撫ですると、猫宮の顔を目掛けて飛びついた。

 おはぎの腹が顔に乗り、意図せず猫吸いになってしまった。

 太陽のような匂いが眠気を誘う。そのまま眠りに落ちかけたが、おはぎの甘えた声と前足を交互に踏む動作によって、再び甘やかしにかかる。


「お客さん、かゆいとこはあるか?」


 顎をくすぐるとごろごろ喉を鳴らし始めた。


「柔けぇな」


 よく伸びる柔らかい頬ゆっくりこねて、耳の付け根を優しくさすると、尻尾がゆらゆらと揺れる。


「お前はどこ触っても気持ちよさそうだな」


 反応の良さに接待かと疑いそうになるが、とろけた顔は本物だ。本当にどこも心地よいのだろう。

 しばらくおはぎを構い倒していると、毛色の違う仔猫がいることに気づく。

 サバトラの仔猫は猫宮に興味があるようだ。だが警戒しているのか、遠くから見ているだけでなかなか近寄ってこない。


「にっ……!」


 目が合った途端、木の陰に隠れてしまった。急かすことなくのんびりと構えていれば、顔を覗かせてまた猫宮を観察していた。


「おいで」


 手招きしてみれば、驚いて飛び上がりはしたが、今度は目が合っても隠れる様子はない。


「すげぇ歩き方だな」


 カエルのように飛び跳ねながら嬉しそうに近づいてきた。他の猫と匂いを嗅ぎ合って挨拶を交わす。たまにいる、仔猫が見えない猫のことを不思議そうに見て、また他の猫へと挨拶をしに駆け回った。


「にゃ」


 仔猫を見守っていると、ついに猫宮の匂いを嗅いできた。手や足など身体をひと通り嗅いで回る。満足したのか猫宮の顔をのぞき込む。至近距離で目が合っても動じる様子はない。

 頬に顔を寄せたかと思えば、突如猫宮の耳たぶを吸い始めた。


「ん!?」


 流石に驚いて離そうとしたのだが、仔猫であることや耳たぶを吸うこと、そして仔猫が──霊であること。親猫の愛情を知る前に死んでしまったと察せられた。

 なら満足するまで愛情を注いでやれば、この仔猫は成仏できるだろう。


「……」


 凝視してくるおはぎからそっと目を逸らした。そこに羨望の色が含まれていたことから、いつかは真似るであろうと推察される。

 仔猫の興味を耳たぶから指に移させて、吸うのを止めさせる。猫じゃらしやボールなどのおもちゃが手元になく、手で遊ぶことにした。




---




 仔猫は茶トラよりもわんぱくで、一日中猫宮たちとまどろんでは遊びに興じた。すっかり辺りは暗くなり、月が顔を出していた。

 頬を揉みほぐしていると仔猫がうっとりし始めた。撫でるのを止めると、もっと撫でろというように手を掴むが、眠気に負けつつある。


「もう、逝くんだな」


 小さな身体が淡い光に包まれる。別れの時がやってきたのだ。


「にー」

「楽しかったか」

「にっ」

「そうか」


 次の生では、溢れんばかりの愛を受け取れますようにと、おはぎが自分の鼻先を仔猫の鼻先に寄せる。

 仔猫は、月明かりに溶け込むように天へと旅立った。

おはぎによって無事、もう片方の耳たぶも吸われたのだった。


★猫宮さんの質問コーナー★


Q1)おはぎは猫宮さんが好きなのー?

A1)にゃー


Q2)猫宮さんはおはぎが好きなのー?

A2)好きだな


Q3)他に欲しい子はいたー?

A3)おはぎ以外を考えたことはねぇな。





「『よければ評価してください』……って何だ?」

「んにゃー?」

「おはぎも分かんねぇか」

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