幻紗邸 -5-
幻紗邸を後にし、人気のない公園へと移動した。
「呪われる」「人じゃない」──それらの言葉の真意を知ろうと、桂木が説明を求めた。
それに対して猫宮が、「その前に」と異質な髪色や目の色について、桂木の知るところを尋ねた。
「力が強いやつ、だっけか?」
「そうだな。特に由緒ある祓い屋の家系はな。白禽とか言霧がまさにそう」
「白禽って、さっきのやつらが言ってた祓い屋のことか?」
「あぁ。代々、力に秀でた奴だけに、白髪か緑目になるって家系だ。言霧家は、少し暗めの赤い目だ。歴代の女性当主が全員そういう特徴を持ってる」
「なるほどな……ってことは、お前も良いとこの息子だったりするのか?」
猫宮は、常人とは一線を画す鮮烈な赤い瞳を宿していた。口が悪く俗世的な一面が強いため、まったく気づかなかったと桂木は驚いた。だが、すぐに矛盾に思い当たる。もし良家の出であれば、「ぽっと出」などと揶揄されるはずがない。
「俺は……一般家庭、だな」
「じゃあ無名の家柄から出たダークホースかよ。お前すげーじゃねーか。それの何が問題なんだよ」
「残念ながら、問題大ありだ。そう手放しに褒められることじゃねぇんだよ、これが」
祓い屋たちの囁きがそれを雄弁に物語っていた。
「俺には、『そういう家柄』っていうルーツがねぇから、力の説明がつかねぇんだ」
「それって、その力は血筋によるものかが分からない、ってことだよな」
「そう。『その力はどこから来ているのか』が不明瞭なんだよ」
桂木の顔つきは徐々に厳しくなっていった。
「得体が知れないモノってのは、警戒や不信の対象になる。あんたなら分かるだろ?」
その心理が理解できた桂木は、否定もできずに黙り込む。
警戒や不信は自分や周囲を守るための自然な防衛反応である。理性だけで完全にコントロールするのは難しく、感情や本能として湧き上がるこれらは、理屈だけでは消せないことが多い。
猫宮はそれを十分に理解していた。
「これがまず前提だ。それに加えて、俺は祓い方が他とは違う」
桂木は心当たりがあった。
「『身体ひとつで祓ってた』……」
猫宮が首を縦に振る。
「だから、赤ワンピを祓ったとき、あんたが言ってたことは間違ってねぇ。祓い屋は本来、術や呪具を使う。人間は、霊力とか妖力とかって呼ばれる『力』を、直接使うことができねぇからな」
霊を祓ったときのことを思い返した。あれは力そのものを使っていたように見える。だが、猫宮が言う通りならそれはおかしい。なぜなら、「人間は、力を直接扱えない」のだから。
ならば、それはつまり、──。
「だからあいつらが言ってた『人間じゃない』ってのは……」
赤い目が桂木を見据える。
「『いっそ人外とでも言われたほうが、納得がいく』って意味だ」
思わず身体がこわばった。猫宮は人間ではない可能性があるということに。万が一にでも、猫宮が人ではないとしたら──と桂木の思考を占めた。
「俺は人間だぜ」
桂木の内心をしかと理解した上で、猫宮が「まあ信じるかはあんた次第だがなぁ」と平然と言う。それは、信じてもらおうなどとは、まるで思っていないような言い草だった。
「それと、『俺といると呪われる』ってのは、あながち間違いでもねぇ」
猫宮は強い力を有する祓い屋だ。優れた力のみならず、人ならざる者を排斥しない思想の持ち主であるゆえに、人ならざる者が惹き寄せられる。
祓い屋からすれば、猫宮の周囲は人ならざる者やそれに伴う不幸が集まりやすいと認識している。
「実際、俺が『人ではないもの』とつるんでるから、余計にな」
前も見たろ?あんたが「蛍みたいだ」と言ったあれも、動物や人じゃない。と、猫宮は語る。
短い沈黙が場を包んだ後、猫宮がその空気を断ち切るように声をあげた。
「さぁて。あんたは俺がどんなやつかを知った訳だが」
猫宮はおもむろにショルダーバッグに手を入れ、何かを取り出した。手に握られていたのは、桂木が渡した名刺だった。
「どうする?」
名刺を桂木に差し出すと、問いかけた。
桂木が望むなら名刺は返すという姿勢を示し、ここで縁を切ったほうが良いともほのめかした。思わず猫宮を見つめると、意地悪く笑みをにじませていた。時折見せる悪戯っ子ののような表情だった。
だが、その中に、ほんのわずかな諦念の色が混じっているのが見て取れた。期待など微塵も宿っていないその目に、桂木は腹の奥底から静かに沸き立つ感情を覚えた。ひとつ深呼吸をして、言葉を紡ぐ。
「言いにくいだろうに、いろいろ話してくれたんだな。ありがとーよ。だから、俺もちゃんと言うぞ」
礼を言われるとは思わず、猫宮は驚いた表情を浮かべた。だがそれも束の間、桂木から告げられるであろう絶縁の言葉を、静かな表情で待った。
「お前が霊を祓ったとき、すげー威圧感あった。爛々というかギラついた赤い目が、その……異形のそれに思えて、実は結構怖かった」
喰い殺さんばかりの鋭い眼光は、桂木の胸に深い恐怖を刻み込んだ。霊を凌ぐ強い力にも怯えた。もし自分に歯牙がむいたらと思うと、震えが止まらないほどに。
「そうか」
肩に乗ったおはぎが、猫宮を気遣うように鳴き声あげる。
猫宮は桂木を非難することなく、黙って話を聞いていた。その眼差しは、自身の手に握られた名刺に注がれていた。
「ならこれは返す」
からかい混じりの笑みを浮かべ、桂木の手を取り名刺を握らせた。そのまま猫宮の手が離れ、二度とふたりが会うことはなかった。
赤い目を瞼の下に隠した姿が、桂木の最後に見た猫宮だった。
──そうなるはずだった。
手を離そうとした猫宮を、桂木が掴み返したのだ。
「っ、何だ……?」
瞠目する猫宮に構わず、桂木は言葉を発した。
「だからって『これ』はちげーだろ」
桂木より幾歳も若いこの男が、諦めを当然のこととして受け入れていることに憤りを覚える。同時に、そうさせてしまう自分たちにも怒りが湧いた。
「何怒ってんだよ」
掴まれた腕を引こうとしても、桂木の腕は微動だにしない。
「お前と関わって結果的にひどい目に遭ったとしても、それってイコールお前のせいってわけじゃないだろ」
縁を切るのは間違っていると言う。全てが猫宮の責任ではないとも。
「いや、危ない目に遭っても良いってわけじゃねーんだけど、なんつーかなー、確かに幽霊も妖も怖ぇよ?俺、無駄にちょっと見えるだけのビビりだから」
でなければ今頃ヘビースモーカーになどなっていない。
「あー、そんで、人間止めてるレベルでお前がすごい力持ってて、そのせいで危ない奴って周りが怖がってるってのも分かった。確かにそんな話聞いたら、離れて行っちまう気持ちも理解できる」
平然と関りに行くのは、同等以上の強者か変わり者か、愚か者くらいだろう。
「けど俺はな、お前の強さとか得体が知れないとか潜在的な危険性とか、そういうこと以前に、知っちまったから」
自他共に認める臆病者である桂木が、今や揺るがぬ眼差しで猫宮を見据えている。一度は恐れ慄いた赤い目を、見つめ返している。
「会ったばっかだけど、お前が俺のくだらねー話を聞いて笑ってるのも、実は酒が全然ダメなのも、おはぎのこと大好きなのも、実は結構押しに弱いのも、大変な力のせいでひどい扱いされてる割に人付き合いが好きなのも、あぶねーやつから守ってくれたのも含めて、お前って人間のことを知ってる」
あ゛ーと唸り声を上げ、はっきりと言う。
「ごちゃごちゃ言ったけど、結論、縁切らねーから」
ふたりのほかに誰もいない公園に、沈黙が続く。
「……あんた友達少ねぇだろ」
ようやく言葉を発したかと思えば、突然の嫌味を放った。
「小っ恥ずかしいことをペラペラと」
「なんだ、と、──」
桂木はすかさず応酬しようとしたが、猫宮の耳と首裏が真っ赤に染まっていることに気付いた。にやにやと笑いながら猫宮の肩を叩く。
「そうかそうか、猫宮くんは照れちまったか~」
「るっせぇ……!」
猫宮は名刺を再び受け取り、おはぎを頭に載せて首の裏を覆ったが、耳までは隠し切れていなかった。
「にゃあ」
おはぎが満足気に尾を揺らした。
いよいよ次回辺りから、白禽が本格的に登場──!?
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