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ゲインロス効果 -後-

「俺は猫宮」


 背中に回したショルダーバッグの中から、黒猫が顔を覗かせる。

 少しまどろんだ後、大きく口を開けて、ひとつ、あくびを洩らした。


「こっちはおはぎ」

「こいつ、あの状況でも寝てたのか。図太いな……」


 桂木は名刺を取り出すと、猫宮と名乗った男に手渡す。


「俺は桂木だ」


(ねこみやって、どっかで聞いたことあった気が……?)


 耳にしたのはそれほど遠い昔ではなかったはずだと、記憶を遡る。

 そんな桂木を他所に、猫宮があることに気づいた。


「あんた、大塚屋んとこのだったんだな」


 桂木の名刺には、道具屋大塚──通称「大塚屋」の所属であることが記載されていた。


「お前こそ大塚屋を知ってんのか」

「フリーで祓い屋やってるもんでな」


 霊を祓ってみせたことからも、猫宮が同業者であることが自ずとうかがえた。祓い屋にしてはあまりに身軽な身なりがどこか引っかかる。だが、先ほどの祓い方からして、それがこの人物の常なのだと納得するほかない。


「それに狸爺はこの業界じゃ有名だろ」

「たぬき……?」

「いや、何でもねぇ。こっちの話だ」


 一瞬、言及された人物が誰なのか判然としなかったが、恐らくは大塚屋の店主、大塚を指しているのだろうと推測した。

 孫に肩たたきを受けて喜ぶであろう穏やかな印象を持つ大塚が、狸爺であるとは、桂木には理解できなかった。


「腕が疲れた。いい加減代われ」

「お、おう。悪いな」


 説明を求めようにも、仔犬を差し出されてしまい、タイミングを失った。

 仔犬の柔らかな舌が鼻先をかすめると、思わずくすぐったさに顔がほころんだ。自宅ならば屋根があるため、雨や風に晒される心配はない。


「雨が上がったら、早く帰って温かくしような」


 そこでようやく気がついた。

 霊によって時間の感覚が狂ったのか、あたりは薄暗くなっている。

 慌てて腕時計を見ると、ずいぶんと時間が経過していた。


「うっそだろ!?もうバスがねぇ!!」


 ここは過疎地であり、既に最終バスの運行は終了している。予定外の宿泊であるため、手元の資金が十分ではない状況だ。


「あぁ今夜は野宿か……いっそのこと、やけ酒してやろうか……」


 一晩に限っては、かろうじて支払可能かどうかといったところ。さらに厄介なのは、桂木と同じような境遇にある者が他にもいるかもしれないということだ。この時間から宿を見つけるなど、果たして可能なのだろうか。

 事態は次第に悪い方向へと傾きつつあった。ついには腹を括り、涙を呑んで野宿を選ぶほかなかった。

 そんな状況の中で、救いの手が差し出された。


「ならあんたも泊るか?」


 宿泊先を事前に確保していた猫宮が、桂木に対し代替案を提示した。先ほどの悪霊の件とは別の用事があり、そのために宿をあらかじめ予約していたのだという。

 桂木としては、非常に頼りたくはあるが、いくつか気がかりな点もあった。


「急に、一人増やしたいなんて無理だろ……」

「空きがねぇから、俺と同室ならいけるってよ」


「いつ聞いたのか」と問いかけようと顔を上げ、猫宮に視線を向けたところ、スマートフォンを揺らして、電話中であることを示した。

 その手際の良さには、自然と感心させられるものがあった。


「お、おまっ、仕事早っ!」

「そんで?」

「でもなぁ……」


 猫宮の年齢は明らかでないが、推測するに二十代と桂木は考える。少なくとも三十代の桂木に比べて、明らかに年齢が若いと判断される。そのような若者に宿代をねだるつもりは毛頭なかった。ありがたい提案ではあったが、彼にもそれなりの矜持があった。しかしながら、猫宮は別の解釈をしてしまった。


「祓うのに時間かけちまったのが原因だよな。じゃああんたが帰れねぇのは、俺のせいか」

「えっ、いやそういうんじゃなくてだな」


 自身に非があると言った慎ましい態度の猫宮に、責める意図はなかった桂木は、すぐに否定の言葉を述べようとした。

 だが、先ほどまでの控えめな態度とは打って変わり、平然と話を進めた。


「じゃあ迷惑料として、今回の費用は諸々俺が持つ」


 これほどまでに言われてしまっては、断る術も残されていなかった。唸っている桂木に対して、止めの言葉が投げかけられた。


「ここは地酒が美味いって聞いたなぁ」

「ご一緒させていただきます!!」


 食い気味に返事をする桂木の現金な態度に、自然と笑い声が漏れた。

 やりとりを交わしているうちに、いつの間にか雨脚は勢いを増していた。


「土砂降りだな。旅館に着くころには、ずぶ濡れにならねぇか?これ」


 たとえ宿を確保できても、ここから出られなければ意味がない。スマートフォンを取り出し、天気アプリを開く。だが、そこに表示されたのは、雨脚が数時間は続くという無情な予報だった。

 猫宮の方も同様だったらしい。画面から目を離すと、桂木の鞄へと視線をずらした。


「なぁ」


 猫宮がおもむろに口を開いた。その様子に、桂木は漠然と嫌な予感を覚えた。


「依頼品って傘だったりしねぇ?」


 案の定、猫宮の口から飛び出したのは、常識の枠を軽やかに飛び越えるようなとんでもない一言だった。


「しねぇよ!雨具だったとしても、『使ったら呪われる系』だったらどうすんだよ!使う気かよ!?」

「ひょっとすりゃあ、いけるかも」


 今回の依頼で回収したのは、少し特殊な効能を持つ香具だった。どう考えても雨具の代わりにはならない。たとえ雨具であったとしても、使わせるわけにはいかないと声を荒げた。


「モノは試しって」

「ダメに決まってんだろ!?もしかして強いやつはみんな、頭おかしいのか。それとも、規格外なお前がおかしいだけか、どっちだ!?」

「ははっ、さぁ?知らね」


 常識をわきまえているために、猫宮の突飛な言動に戸惑い振り回される。


「?」


 ふとした瞬間、猫宮の前に蛍のように淡く輝く光の玉が現れた。不思議なことに、その光を取り巻く空間だけが雨粒をはじいていた。


 りん


「良いのか」


 りんりん


 柔らかな鈴の音がした。


「助かる」


(会話……したのか?)


 宿まで雨よけの役割を果たすとの説明を受けつつ、光の玉を注視していたところ、猫宮が少し驚いた顔をしていた。


「見えてんのか」

「あ、ああ。蛍っぽい光が」


 蛍かと呟く猫宮には、おそらく姿が見えているのだろう。桂木は、霊や妖が見えるのを良しと思ったことはないが、今は歯がゆさを感じた。



 ---



 その後、ふたりは無事に宿へ辿り着き、地酒を十分に堪能しながら夜を明かした。


「まさか一杯で酔うとはなぁ。お前、酒弱すぎだろ」

「ちげぇ、あれは度数が高かったんだよ」

「どうだかなぁ?」


 昨夜は、酒に慣れていない様子の猫宮が年相応で、つい絡んでしまった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、これから引き取った品物を大塚屋へ持って行かなければならない。


「んじゃここで──」


 と別れを告げようとしたところ、猫宮が口を挟む。


「大塚の爺さん所に行くんだろ?道中、護衛でもしてやるよ」


 そう言って先を歩く。

 肩に乗ったおはぎが、愉快そうに尾を揺らす。

 勝手気ままに振る舞う猫宮に呆れながらも、仕方なく承諾の意を示した。


「ったく、しかたねーやつだな!なぁ?」


 桂木に答えるように、仔犬が鳴いた。

★猫宮さんの質問コーナー★


Q1)ジザケっておいしかったー?

A1)あいつは美味いって言ってたな。アルコールが強くて俺にはムリだった。


Q2)仔犬のなまえはー?

A2)ニッキにしたらしい。桂木 -> 桂 -> 肉桂 -> シナモンの和名ニッキ、が由来なんだと。

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