白蛇 -後-
「それじゃあ、祓います」
「なんかノリが軽くないですか!?」
(でもこの人、人じゃない雰囲気出てるし、何か凄いものが見れたりするんじゃないか……!?)
何かが出そうな、雰囲気のある神社で祓うのだ。よく霊媒師が大幣を振り回しているようなお祓いが、男の頭に浮かぶ。そんなことを考えられる程度には、男の心に余裕が生まれていた。期待を込めて、猫宮の一挙手一投足を凝視する。
猫宮は男の正面に立つと、おもむろに男の額へ右手をかざす。まるで何かを探るような視線を送りながら、指先でほんの少し触れる。準備が整った。上げた腕をそのままに、中指と親指で輪を作る。
「ん?」
見覚えのある手の形に、男が疑問符を浮かべるも、少々遅かった。
ビシッと額を弾く軽快な音と共に、男に憑いていたものが一瞬にして全て消し飛んだ。
「はい終わり」
魔法陣や呪文、儀式などを想像していた男は呆気にとられる。なぜなら、猫宮がやったのは普通の「デコピン」だったからだ。
「そんな、そんな……!!」
ファンタジーを期待していた男は、地に手をついて崩れ落ちる。祓ってもらった身でありながら、ずいぶんと失礼な態度を取り、なおかつそれを隠そうともしていない。
「なんだこいつ」
通常であれば除霊のために、様々な工程がある。例を挙げれば、水浴や精進料理などによる禊ぎなど。
今回はそれらすべてを省かれた。猫宮の力が強すぎるからこそ、デコピン程度で大抵のものを祓えてしまう。つまり猫宮が規格外なだけである。
それをこの場で唯一理解している神は、姿を隠したまま大笑いしていた。
「?」
当の本人は、神が笑い転げていることに首を傾げる。自身の力を理解していないわけではなく、制御もできている。ただ自分の力量に異常さに慣れてしまっているのだ。猫宮にとっての正常が、他者にとっては異常というそれだけこと。
眩いオーラを纏うとある男がいれば「猫宮ってそういうとこあるよね」と呟いていたことだろう。残念ながら、事の異常さを指摘する者はこの場にいなかった。
猫宮たちが騒がしかったのか、今まで大人しくパーカーのマフポケットで寝ていたおはぎが目を覚ました。猫宮の服から抜け出すと、伸びをした後、男の前を横切って見慣れぬ神社を眺め歩く。
すると急に男が喚声を上げた。
「うわっ、今度は黒猫っ!?もう勘弁してくれ!!」
気味悪そうにおはぎを見て嫌悪を示した。
「は?」
「黒猫が前を横切ったら、不幸の前兆だっていうじゃないですか!!」
猫宮の聞き間違いではなかった。
この男はきっと常に物事を悪く捉える気質なのだろう。陰気なオーラからも見て取れる。
それでも、他者を、特におはぎを謗って良い理由にはならない。
「撤回しろ」
低く唸るような声。
猫宮は敵意を剥き出しにした目で男を見下ろす。
あまりの圧に男は息が詰まって声も出ない。腰が抜けてしまい逃げることもできず、身体を震わせる。目を逸らしたくとも赤い目がそれを許さない。猫宮の逆鱗に触れたことは明白だった。
「良いか、黒猫は厄除けの象徴だ。知りもしないことに大口を叩くんじゃねぇ」
「す、すみ、すみま、せん」
怒鳴りつけるわけでもなくゆっくりと諭せば、流石に男も理解した。
「にゃーう」
おはぎが「自分は大丈夫だ」と猫宮を宥める。
「すみませんでした」
「うにゃう」
当人が謝罪を受け入れた以上、猫宮は怒りを収めるほかない。深呼吸してなんとか睨むのをやめると、「我慢できて偉い」とおはぎが顔に触れてくる。
膝を笑わせて尻もちをついている男は、些か哀れであった。
「……まぁなんだ。見方を変えてみろ。そんなに卑屈じゃあ、折角かけてもらった情けも無下にしてしまう」
染みついたものは、口で言うほど簡単に変わるものではないだろう。でも変えようとしなければ、改善されないのも明らかだ。
「あなたのネガティブ思考が、悪いものを引き寄せている。なので定期的に参拝してください。そのくらいで十分でしょう」
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帰っていったあの男は、生きているだけで負の念を生み、寄せてつけてしまう体質だ。猫宮の力で祓っても、根本的な解決には至らない。あれは生涯治ることはない類のものだ。だから定期的に落としに来る必要がある。つまり、この神社に通い続けることになるわけだ。
「信者の獲得に俺を加担させたでしょう」
「なんだ、怒っているのかな?」
姿を現した白蛇が、ご機嫌そうに茶菓子を食べていた。
この神は男をからかったせいで、勘違いを加速させたことを理解しているのだろうか。いや、理解した上で面白がっているのか。今回の神はずいぶんと悪戯好きのようだ。
加担させたのも会った際、猫宮が驚かなかったことの仕返しらしい。蛇だからかしつこさがある。
こういった手合いには、要らぬことを言って絡まれる前に、退散するに限る、と帰路に着くため一歩を踏み出した。
「私が神でなければ、お前さんを何としてでも食っていただろうな。それほど実に質の良い魂だ」
だが、不穏な神の言葉に足を止める羽目になった。
訂正が必要だ。信仰が力に直結する神と言えど、信者が一人増えたところで爆発的に力が増すわけではない。だからこそ、力を持たない至って普通の人間である、あの男を気に掛けるのか疑問だった。
初めから神の目的は、猫宮だったのだ。「面白そうな人間がいたから見てみたくなった」と言って猫宮に接触してくるヤカラはいくらでもいる。
生憎とこの神もその類だったようだ。
「めんどくせぇ」
「お前さんが望まずとも、人ならざる者との縁は一生途絶えない。諦めろ」
神に翻弄された猫宮は、おはぎを伴い帰宅後、ふて寝に身を沈めた。
★猫宮さんの質問コーナー★
Q1)神様は皆いたずら好きなのー?
A1)皆ではねぇな。融通の利かない堅物もいる。
Q2)この神様と猫宮さんが戦ったら、どっちが勝つのー?
A2)他意はないんだろうが、滅多なことは言うもんじゃねぇよ。──何にが出てくるか分かったもんじゃねぇ。
Q3)神様が食べたくなるくらいの魂ってなにー?
A3)霊的な力が強いとか、心身に何かしら珍しい特徴があるやつは、大体美味そうって言われてるな。詳しくは分からねぇ。