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白蛇 -前-

 目の前にあるのは白蛇を神として祀る神社。

 周囲には木々が生い茂り外界とを一線している。鳥居から始まって長い参道が続き、途中に手水舎や神楽殿、灯篭が置かれている。曲がって少し先には社務所。今は人がいない。神門を過ぎて拝殿。そして最奥にある本殿。


(目が合ったような……)


 顔のすぐ下にある蛇を見れば、何が面白いのか愉快そうに目を細めて猫宮を覗き込んでいた。

 構わず一歩鳥居を跨げば、そこは神の領域。神聖さが現れているのか、参道に敷き詰められた石畳は白い。足を進めると小石が触れ転がっていく。白い石畳の上に白い小石。すぐ近くにいた野生の蛇がそそくさと逃げていった。


『ようこそ我が社へ』


 鼓膜を震わせない言葉に、境内最奥の本殿へと弾かれるように目をやった。先ほど目が合ったのも気のせいではなかったようだ。そこから、強く気高い気配がある。温厚さの中に滲む、童のような悪戯心がみえた。


「では話すとしよう」





 ──あるとき見かけない顔の男が、白蛇様の神社へとやってきた。

 仕事帰りに寄ったのか、辺りはほの暗く薄ら寒い。

 仕事でヘマを繰り返していることを嘆き、ご利益を求めていた。

 慣れない場所で頻りに周囲を見回す。

 少しでも物音がすれば飛び上がり、風や動物の仕業だと気づくと胸をなでおろした。

 小動物さながらにビクついているその様が異様に面白く、神の戯れ心が擽られてしまった。

 男が小石を踏みつけた瞬間、足元に白蛇として姿を見せたのだ。案の定男は白蛇様に害をなしたと勘違いし、脱兎の如くその場を後にした。





「ちょっと待て。悪ふざけが過ぎるだろ」

「何を言う。仮初の身体とはいえ高貴な私の姿を拝めたのだ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはない。続けるぞ」





 後日、男は非礼を詫びるため、供物を手に参じた。おまけに身体に悪しきものを憑けて。

 悪しきといっても、神からすれば軽く威嚇しただけで祓えてしまうほど、下級のものだったが。

 それを知らない男は奇声を上げて逃げ去った。





「舐瓜は一等美味かったな。毎日あれがいい」

「神主が泣くぞ」


 高価な供物によって首が回らなくなる様は見たくもない。実のところ資金は潤沢らしいため、心配は要らないのだが。


「それで?男に憑いていたモノは、もうあなたが祓ったんでしょう。俺を呼びつけた訳は?」

「説明せずとも、お前さんなら一目で分かるだろう」


 そう一方的に言い放ち姿をくらました。なんだか遊ばれている気がする。

 さて、一目とは。ここには取り残された猫宮とおはぎのみ。一体何を見ろというのかと辺りを見渡す。


 直後。


「にゃあ」


 声の方へ視線をやれば白い猫が現れた。後ろには人間の男が立っている。


「……なるほど。加担させられたか」

「あ、あの、あなたは?」


 おどおどしているこの男には負の念やら何やらが憑いていた。今も悪いものがにじみ出ている。そう、「男から出ている」のだ。

 だが男のことは一旦放置する。猫宮を見上げる白猫への褒美が先だ。

 顎下に手を伸ばし、撫でるようにくすぐってやる。この猫はただの猫ではない。


 ──助けを必要とする者を、猫宮の元まで導く案内役の白猫。


「ここまでご苦労さん」


 ──名を白玉(しらたま)


 猫宮とよく顔を合わせる猫たちの中でも、表情が読みにくく気まぐれだ。上品だが矜恃の高いお嬢様気質。そんな猫に撫でろと言われれば、何よりも優先してしまうのが道理である。


「今日も別嬪だなぁ白玉」


 苦しゅうないとでも言うように、ごろごろと喉が鳴っている。気持ちよさに、うっとりと目を細めた表情も美しい。


「え、ああの、なんで俺ここに呼ばれたんです、かね」


(この人、神社の関係者なんだろうか)


 猫宮と白玉がよろしくやっているところを見せられ、男がしびれを切らした。蛇に脅かされた苦い記憶がよみがえってしまい、今にも帰りたいようだ。

 満足した白玉はふらりと尾を揺らしてどこかへと去った。


「寝不足続きか?」

「え?」

「物事が上手くいかない?」

「あ、」

「何をやっても空回り?」

「それ、は、」

「怪我が増えた?」

「どうしてそれを」


 早く要件を済ませようと猫宮が男を質問攻めにした。聞いてはいるが男の返答自体に興味はない。


「まず言っておきますが、大抵の原因は思い込みです。呪いとかが良い例。『かけられた』っていう思い込みが作用している」

「は?そ、それじゃあ怪我も思い込みだって言うんですか!?」


 男は憤る。現実に怪我をして、時には事故に遭いかけたこともあったからだ。それを思い込みだと一蹴されれば、憤るのも当然である。


「何かが立て続けに起これば、人は呪いとかのせいにしがちです。そうだな、あなたのこれは……睡眠不足と言ったところです」

「はい!?」


 そんなくだらないものが原因か、と驚いた顔を隠せない。実際、男に憑いてるのは「ちょっとしたイヤな気持ち」の塊だ。それ自体に大した力はなく、憑けたまま普通に生活を送っている者はいくらでもいる。単純明快。要は弱り目に祟り目というだけのこと。それほどの低級だ。

 ただし、「今は」という注釈が入る。


「免疫力が落ちてるとき、風邪ひいたら拗らせるでしょう」


 睡眠不足やメンタルが不調なときに、それを憑けているのはお勧めできない。

 男は分かったような分かっていないような顔している。


(絶対分かってねぇなこいつ。説明すんの面倒だし……)


「それじゃあ、祓います」

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