婚約破棄の現場で~授けられたものを取り上げられる~
「アリアナ・ケレストン! 公爵令嬢だからと言って、俺の命の恩人であるポリーを虐げるような女は、妃には相応しくない! よって、ここで婚約破棄し、新たな婚約者に行方不明だった俺を助けた心優しいポリーを迎える!」
唐突ですが、アーチボルト王子の誕生パーティーが開かれる王城の広間で、アリアナは婚約者であるアーチボルト王子に婚約破棄されてしまいました。
一時期、行方不明だったという王子は、助けてくれた少女を今も傍らに侍らせて、新たな婚約者として宣言しました。
ですが、アリアナは知っています。行方不明になる前から、その少女が王子と親しかったことを。
行方不明も、その少女といる為の方便だと思っていました。
「ポリーを虐げたお前をこの国に置いておくことはできない! よって、――」
カッ!!!!
王宮の広間が光に包まれ、光が収まった時、アリアナは視界が低くなっていました。見慣れた王城の広間が、まるで巨人の国に迷い込んだようです。
「キャー!! ヒ、ヒキガエル! アーチボルト・・・! アーチボルトはどこ? どこに行っちゃったの?!」
王子の恩人であるポリーの悲鳴が聞こえ、アリアナがそちらに注意を向けると、ポリーはヒキガエルから後退っているところでした。
ポリーはキョロキョロと王子の側近たちを探しますが、側近たちのいた所には、ヒキガエルが三匹、蝙蝠が一匹いて、彼らはいませんでした。
ポリーから距離を置かれたヒキガエルがポリーに向かって言います。
「ポリー。どこに行く?」
「もしかして、アーチボルト・・・?」
ヒキガエルが王子だということを、ポリーは信じられないようでした。
「そうだ! 俺だ! ――呪いもまともに解けなかったのか、あの男女!」
「どういうこと?! 呪いって?!」
「ヒキガエルになる呪いだ。そのせいで、危うく殺されそうになって、城にいられなくなったのだ!」
王子は忌々しげに行方不明の真相を語りました。
「なんて、可哀想なアーチボルト!」
「ポリー! なんと、愛い奴め!」
「・・・」
ポリーが健気そうに言いますが、アリアナの気持ちは凪いでいます。ああ、行方不明になったのは、傲慢で浮気までする王子が、魔女の怒りを買って、呪いをかけられただけなのだと。
王家も貴族も魔女とは親しくはしません。魔女の怒りを買って、今の王子のようにヒキガエルにされたくないからです。
ですが、王家としては、様々な祝福をかけてもらう為に魔女を重要な催しに呼んで、御礼の贈り物を渡します。
教会は良い顔をしませんが、庶民にとって、魔女は害虫や鼠の駆除薬、病傷人などの薬をくれる善き隣人です。魔法を使ったような出来事の相談も受け付けています。
魔女は害もあるが利のほうが大きい為、教会も強く批判できません。
王家や貴族も教会ではどうしようもできない出来事には魔女を頼ります。ヒキガエルにされる害はあっても、それ以上に魔女は利益を齎すからです。
ですから、アリアナは魔女の怒りを買った王子を完全に見捨てました。浮気で見放していた婚約者の王子に婚約破棄されても見捨てませんでしたが、再度、魔女の怒りを買った王子は死ぬまで何度も魔女の怒りを買い続ける、と思ったからです。
「ポリー! こんな姿になっても、俺のことがわかるとは、まさしく、俺を愛している証拠だ!」
「アーチボルト!」
芝居掛かった愛の劇場を繰り広げる王子とポリーにヒキガエル三匹と蝙蝠一匹が近寄ります。
王子がヒキガエルになったのなら、王子の側近たちのいた所にいたヒキガエルたち+1も、魔女の怒りを買って人間の姿を失ったのだ、とアリアナは思いました。
『でも、どうして、アーチボルト殿下の側近たちもヒキガエルになったのかしら?』
そんな疑問を持っているアリアナの耳に会場のあちこちで上がる悲鳴が聞こえてきます。ポリーの悲鳴でそっちに注意を引かれていたせいで、王子以外たち以外もヒキガエルや蛇、鴉、蝙蝠、黒猫になった者がいたようです。
「ああ、ケレストン嬢。なんという姿に・・・」
そう言う声が聞こえ、アリアナの身体が両手で大切に包み込まれるようにして持ち上げられて、いつもより高い視界になりました。
目の前に見えるのは、仲の良い幼馴染であるローレンス・ムーンサンドの顔でした。
「え?! ムーンサンド卿?!」
自分の姿も変わっていることに気付いていなかったアリアナは、事態を理解していませんでした。
「殿下に婚約破棄された上に、こんな姿になってしまうなんて・・・!」
「こんな姿って、何? ムーンサンド卿、私、どんな姿になっているの?!」
愛の劇場を繰り広げていた王子とポリーも、アリアナの驚く声で二人のほうを見ました。
「ハハハッ!! ケレストン嬢。お前も間抜けな姿になったな!」
「キャハハ~! アタシを虐めたから、そんな姿になったのよ~!」
ヒキガエル王子たちがアリアナを嘲笑います。
「・・・」
ローレンスはヒキガエル王子の発言を無視しました。
「え? ムーンサンド卿。間抜けな姿って、どういうこと?」
「可愛い手乗りサイズになっただけだよ」
「手乗りサイズ?! た、確かに物が大きくなったように見えたけど・・・」
アリアナにショックを与えないよう、ローレンスはオブラートに包みまくった言い方をしていましたが、意地の悪いヒキガエル王子が口を出してきました。
「ムーンサンド卿! ちゃんと、蝙蝠だと言ってやれ!」
「え?!! 蝙蝠~?!」
王子の側近たちの一人と同じく、アリアナは蝙蝠になってしまったのでした。
ですが、ヒキガエル王子の発言から見て、王子の側近たちの一人も間抜けな姿になっているということです。類友どころか、一人だけ間抜けな姿と嘲笑われている蝙蝠に。
「ウフフ~」
ポリーは驚愕するアリアナを嘲笑しています。
「ケレストン嬢。婚約破棄されたからには、もう自由の身だ。僕と結婚してくれないか?」
「ムーンサンド卿。で、でも。私、蝙蝠よ。跡継ぎも望めない身体なのよ」
「跡継ぎなら養子をとればいいじゃないか。どんな姿になっても、愛しているよ。ケレストン嬢」
アリアナの返事も待たずにローレンスは蝙蝠アリアナの額に口付けました。
婚約者でもない男女が口付けをしている所を見られれば、結婚しなければならないほどの悪評になります。結婚しても、ふしだらな二人だと後ろ指を差す者もいます。つまり、事実上の既成事実です。
アリアナの身体が光に包まれ、元の人間の姿に戻りました。ローレンスが両手で包み込むように持たれていなければ、落とされるところでした。
「ケレストン嬢?!」
既成事実を作った本人が、今の現象に一番に驚きました。
「嘘?!」
次に嘲笑っていたポリーが声を上げました。
「あれ? 私の手、元に戻っている?」
人間に戻った本人は戸惑っています。
「ケレストン嬢!」
「ムーンサンド卿!」
奇跡を喜ぶ二人をよそに騒ぐヒキガエルが一匹。
「ポリー! 早く、俺にも口付けしろ!」
ヒキガエル王子はポリーに命じました。
「わ、わかったわ・・・!」
ポリーは急ぎながらも、嫌々、ヒキガエル王子に口付けました。いくら好きな相手とはいえ、病原菌がいそうな蝙蝠に口付けしたローレンスもすごいですが、ヒキガエルに口付けするのも難易度が高いです。躊躇なく口付けられたローレンスの難易度はMAXだったかもしれません。
なんとか、ポリーが口付けたのに、ヒキガエル王子はヒキガエルのまま。
「どうして?! どうして、元に戻らないんだ?! ポリー! まさか俺のことを愛していなかったのか?!!」
喚くヒキガエル王子。
「そ、そんな~! アタシ~、アーチボルトのこと、愛しているのに~!」
怒鳴られて泣きベソをかくポリー。
「あら~。神の試練が終わったから来てみたら、完全に失敗しているわね~」
ムチムチの女装している男がそう言いました。王城の広間にいなかったことは、誰もが証言できるほどのインパクトのある姿です。
「おい、魔女! ヒキガエルに戻ってしまったじゃないか! 褒美をやったというのに、約束を破りやがって!」
『この女装男が魔女?!!!』
ヒキガエル王子の言葉でこの場の人々の心の中は一致しました。
「人間の姿に戻した時、アタシは神の試練は残っているって、言ったわよ。そこまでしてあげたのに、妃にする約束は破るわ、神の試練は無視するわ、神サマが試練を課すのも頷ける人柄ね」
妃にする約束と聞いて、全員が嘘にも程があると思いました。ヒキガエル王子はヒキガエルになる何年も前からアリアナという婚約者がいて、そのアリアナとは今、婚約破棄したばかりで、ヒキガエルになって行方不明になる前から今の浮気相手がいて。二股の挙句、元に戻るために女装男の魔女に結婚をチラつかせる、これは明らかに結婚詐欺でした。
魔女の言う神の試練が嘘でも、魔女の怒りを買ってヒキガエルにされてもおかしくない事案です。
しかし、王子の側近たちだけでなく、婚約者だったアリアナ、それ以外の人々の姿も変わってしまっています。
動物になってしまった人々と人間のままの人々。その違いはわかりません。
魔女が言う通り、神の試練とやらがあったのでしょう。
「訳のわからないことをほざきやがって! 今度こそ、ちゃんと元に戻せ!」
「王子サマが神の試練を失敗したから、王家の血を引く人間は自分自身に課せられた神の試練に合格するまでそのままよ。それぞれ、合格基準は違うから、頑張って合格しなさい。”神から王権を取り上げられた一族よ”」
動物に変わった人々には共通点がありました。皆、王家の血を引く者でした。アリアナも何代も前に王家の血が入っています。
魔女に言われてようやく、自分も王家の血を引いていると、気付いた者もいれば、王家の血筋だと言われていながら、動物になっていなかった者もいました。
アリアナは訊きました。
「魔女様。でも、それでは他国に嫁いだ者たちも動物になっていませんか?」
「なっているでしょうね。他国の者も、神サマから見たら、この国の王家の血筋ですもの。頑張って神の試練に合格するか、この国みたいに他の一族に王座を譲るしかないわね」
「「「ええーー?!!!!」」」
万雷の声でした。神による国の簒奪――王権の他家への移譲が、この国どころか、この国の血を引く他国の王家でも起きているということです。
「これからアタシたち魔女は、この国の王家が神サマによって王権剥奪されたことを伝えに行くわ。人によっては、そこのお嬢ちゃんのように簡単に元に戻れるし、この国以外はそれほど被害は出ないはずよ。だって、この国の王家は王権を取り上げるか決めようと、神の試練を与えられるほど、酷い一族だったもの」
魔女はそう言い残して、姿を消しました。
人々は愕然としました。
王家が神によって王権を剥奪されるような、罪を犯していたということ。
このことは魔女たちによって、他国も知ることになること。
この国は終わりだと、貴族たちは思いました。
しかし、翌朝には黒猫になった人々は元の姿に戻りました。
翌日、教会に問い合わせがされ、王権に相応しくないと見做された一族でも、王権に相応しい行動をしていた者は一夜だけ黒猫の姿になり、何もしなかった者は蝙蝠として一月過ごし、金や貴金属を愛する者は鴉として一月、傲慢な者はヒキガエルとして余生を過ごし、慈悲の無い残虐な者は蛇として余生を終える、と答えられました。
アリアナのようになんらかの条件を満たした者は、神の試練に合格した瞬間に元に戻ったそうです。
動物になった人々は必死に生き方を悔い改め、神の試練に合格したそうです。
王権はというと、ヒキガエル王子が魔女に夫として与えた孤児の少年に授けられました。王位継承順位の高い王子が自分の代わりに相応しいと認めたと、神が見做したからだそうです。
彼は魔女の頼みを聞いて、継母と異母妹、父親に虐待されていた少女を助けた善良な者でした。
黒猫だった人々や蝙蝠だった人々は、同じ血を引く王家を止められなかった自責の念から、孤児だった少年を積極的に支えて、国に貢献しました。
アリアナとローレンスも夫婦で、新しい国王夫妻を支えました。
そんな彼らを、女装男の魔女が水晶玉越しに見て微笑んでいます。
そして、バチンと空に向かってウィンクをしました。
その空には虹色の雲が浮かんでいて、新しい王家を神が祝福しているようでした。
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ヒキガエル王子が元の姿を取り戻した時、せめて教会に行って神の試練について尋ねていたら、神の試練は不合格になっていなかったかもしれません。
教会に行ってヒキガエルになったことを相談していれば、それでも、今のようにはならなかったかもしれません。
しかし、ヒキガエル王子は教会にも行かず、魔女が教えてくれた神の試練について詳しく知ろうとしませんでした。
ヒキガエル王子が神の試練について知っていたとしても、合格できた確率は低かったかもしれません。
ですが、結果的にヒキガエル王子は神の試練に失敗し、婚約破棄されたアリアナは心から愛してくれるローレンスと結婚し、ヒキガエル王子の身代わりにされた孤児の少年が王位に就きました。
魔女に国境はありません。
神にも国境はありません。
ただし、神が王権を取り上げようとすると、王権を授けた者の子孫全員に神の試練がかかってしまう、コントロールできない被害が出ます。
魔女は神が能力を奮ったら災害になる些細な出来事の解決を担っています。
教会は神や国のおこないを記録し、神の御心に沿うよう、人々を導いています。でも、時々、腐敗します。魔女はそうなっても、気にしません。魔女の仕事は神の代わりに人々に細やかな手助けをすることで、人々を導くことは領分ではないからです。