08 白砂の古城(5)
「〈テイム〉か……」
シャチが怪訝そうにこちらを見つめてくる。早くとどめを刺さないのかと言いたげに背中の穴から砂を吹き出した。
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>>該当モンスターに対し、【テイム】を使用しますか? ・・・(3/3)
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(もし死なせないで済むならそうしたいけど……本当にそれでいいのかな)
幸臣はシャチを見た。
生き足掻こうって感じには見えない。むしろ、すっぱり死んでやろうってなくらいに自分の死に対して無頓着だ。
こういうのを誇り高いって言うのだろうか。だとすれば、あまり理解できない考え方だ。
でも、たとえ理解できないにしても、無視していいこととも思われない。
助かりたいだなんて欠片も思ってもいない相手に情けをかけたとして、それって正しいことなのかな。
(情けをかける、か….これも上から目線なのかな)
そもそも命を奪いたくないと思うのだって、きっと助けたいとかそんなんじゃない。単純に自分の手を汚したくないって、そんな自分本位なハリボテだ。
(嫌だな)
こんなことばかりゴチャゴチャ思い浮かぶの、本当になんなんだろう。自分の優柔不断さにほとほと嫌気がさして、幸臣はため息をついた。
(なんだってこう、人がやっと決意したってときに乱すようなことするんだろ)
どれほど恨めしく思っても、ウィンドウに表示された内容は変わらない。案を出すだけ出して、あとはお前が選べってことだ。
どうせなら自動でスキルを使ってくれれば、あれこれ悩む必要もないのに。
「……」
もう、この際使ってしまおうか。別にバチが当たるわけでもなし。
悩むのも疲れるし、悩んでも答えなんか出そうにない。別に気楽に考えたっていいはずなんだ。
「〈テイム〉」
スキルが発動する。
(これが….)
スキルの名を言い終えるのと同時に、胸から細い糸のようなものが出てきた。
身体の周りを一周してキラキラと輝き、試しに触れようとすると、糸は指をすり抜けてふわりと揺れた。
(実体がないんだ)
糸が揺れて、スルスルとシャチの方へのびていく。この糸が繋がれば〈テイム〉が成功する、感覚的にそれがわかる。
でも、直感で言えばもっと鋭敏に感じ取れることがある。
(これは……失敗する)
糸がシャチの肌に触れた瞬間、その直感を肯定するように糸が微弱に震え、端から解け始めた。
−−個別通知−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
>>【テイム】に失敗しました。
>>対象とのレベル差が大きく、加えて、対象の抵抗が強いため、成功する可能性が著しく低下しています。
>>再度、使用しますか?・・・(2/3)
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「やっぱり……」
ウィンドウは淡々と事実だけを述べてくる。
あっけなくかき消えた光が砂漠の上に散っていくのを見送って、幸臣は足元の砂を軽く蹴飛ばした。
できすぎてると思ったんだ。
使えば確実に成功するだなんて期待はしてなかった。でも、失敗したらしたで、なんとなく気が滅入る。世の中うまい話はないんだって突きつけられたような気がした。
(それとも、可能性があるだけまだマシなのかな)
システムはどこまでいってもシステムだ。
意思なんてない。それは裏を返せば、どこまでもシステマチックに正確な情報を教えてくれるってことだ。
うまくいく可能性も、うまくいかない理由も示されている。
だからこそ、〈テイム〉を成功させるために何か手段があるんじゃないかって、その期待が捨てきれない。
「抵抗する意思……これさえどうにかできれば」
うまくいったりしないかな……?
「タカオミ」
心配そうに眉尻を下げてクラウスが幸臣の名を呼んだ。
その視線は「大丈夫か」と問うように、幸臣が持っている棒に向けられている。
やはり自分が──クラウスの視線が伝えてくる彼の言葉に首を振って、幸臣は伸ばされかけた手をそっと制した。
「少しだけ時間をください」
クラウスに笑みを向け、そのままシャチへ向き直る。意外そうな瞬きが帰ってきた。
「ねえ、あのさ──お試しで仲間になってみたりしない?」
言葉が通じてくれるといいなと思って。
「生の魚ばっかじゃなくて、いろんな味の料理を食べさせてあげる。約束する。だから、どうかな」
虚を突かれたようにシャチとクラウスが目を丸くした。
そりゃそうだ。さっきまで殺し合っていたのに、“仲間”だなんて言われてすぐに納得できる方がどうかしてるよ。
変なこと言ってるってのは、自分でも理解していた。正直、誰かを説得なんてしたことなんてないし話し下手だし、こんなこと向かないにも程があるって。
でも、できるかぎり努力したい。
「少しで良いから考えてみてほしい」
なるべく真摯に見えるように姿勢を整え、幸臣はひとつ呼吸をした。
「どっちかが死ななくったって、もっといい落とし所があるんじゃないかって思うんだ。お互いに納得できる道がきっとあるって。一度争ったから一生敵だなんて思いたくない」
「──」
「だから、少なくとも君が仲間になってくれた時のメリットくらい提示できなきゃダメだって思った」
鋭く、敵意を滲ませた眼差しが向けられた。そんな道はないとでも言うように、一メートルと離れていない距離で牙をギリギリと軋ませている。
片目だけの眼光は爛々として、傷を負った顔が余計に厳しく見える。近い距離にいるのに遠く隔りがあるような気がした。
「……別に特別なことじゃないんだ。考えてみてよ。砂漠だけじゃなくて、もっと他の場所にも行ける。食べたり寝たりする以外の娯楽だってたくさんある。ただ生きてるだけでも、よかったって思える瞬間なんて──」
「──ッ!!」
言葉を遮るようにシャチが咆哮をあげた。
「タカオミッ!」
凄まじい圧が鼓膜から脳へ伝播して、四肢を震わせる。
戦闘時の光景が蘇る。咆哮に乗せられた衝撃波が全身を貫いたときの痛みが身体を縛り付けた。
圧に怯んで声を出せずにいると、クラウスが幸臣を押し除けるように庇い、腕を振るうと同時に光の礫がシャチをギリギリと締めつけ始めた。
咆哮がやんだ。
息を荒く吐きつつもシャチはまったく萎縮する様子もなく、覇気を全身に漲らせている。
彼は、今もまだ僕を殺せる。
そうしないのは、彼自身の命が、この状況に持ち込んだ幸臣とクラウスに対する報酬だから。少なくともシャチはそう考えているからだ。
幸臣は呆然と見つめた。
「……ふざけるなって、ことか」
負けた相手の仲間になるなんてありえない、そんなことをするくらいならって。そういうことか。
理念の異なる人を説得することほど難しいこともない。相手が理念の異なるモンスターだったら、よっぽどの難行だ。
でも、
(それでも、僕は)
ただ自分が生きるのに邪魔だからって、邪魔な相手の命を奪うのは嫌だ。
仮に意思のない相手なら、こんなことも思わなかったかもしれない。悪意ばかりを向けてくる相手なら躊躇いこそすれ、ここまで迷うこどなかったと思う。
でも、今はそうじゃない。ここまで明確にやり取りができてるのに、わかり合えないなんて思いたくない。
嫌なものは嫌だ、絶対に。
「ふざけてるのは、そっちの方だろ……生きてれば絶対何かしら良いことあるのに、それ全部投げ捨てて死ぬのなんか馬鹿のやることだ」
仕方ないじゃないか。身勝手でもなんでも、悔いなんか残してたまるもんか。
「君からすれば僕のほうが馬鹿に思えるんだろうさ。でも、こっちにだって譲りたくないものくらいある」
知ったことではないとシャチはそっぽを向いた。
(なんだよ、それ)
聞く耳すら持たれないんじゃ、お話にならない。どれだけ真剣に話したって聞いてすらくれないなら、やってられるかって話だ。
「だいたい、でかい魚の死体なんかプレゼントされたところでどうしろって? 粗大ゴミ同然じゃん」
この際、全部ぶちまけてやる。そんな気持ちが湧き立ってきた。
「本音を言えば、僕は君のことなんかどうだっていい。もう早いとこベッドに寝っ転がりたい。ご飯も食べたい。疲れた、寝たい……生き死にとか全部重すぎるし、誇りだって? そんなもん掃いて捨てちまえ……! はっきり言って、何から何までもう、うんざりなんだ」
正直なところ、説得する気なんか失せていた。
取り繕って話すのは苦手だ。色々考えたって、うまい話題のひとつも思い浮かばないし。そんな気持ちもどうせ伝わっていて、だからあんな反応になったんだろうとも思う。
説得しようとして無理なら、これ以上何ができる? そんなの、言いたいこと言ってやるくらいが関の山だろ。
「もしも君が二度と関わって来ないって約束してくれるなら、このまま離したって別に構わないと考えてる。むしろ、どっか行ってくれないかなって──でも、できないでしょ?」
できるはずがない。
「僕やクラウスを見逃すなんて選択肢、君にないはずだ。片目を奪われて許せるわけないってのは、僕だったら絶対そうだし。それに、君のプライドがきっと勝ち逃げされるのなんて許さないんだろうから」
どうせ聞きやしないと思っていたら、意外なことにシャチはこちらへ瞳を向けた。
火花が視界に映る。手の中の鮮やかな火が風に揺れてたなびく様が。
幸臣は棒を握る手を緩めた。
「でも、僕らのこと殺したとして、それで君が満足できるはずがない。こっちのが格下だから、そんな相手にもう一度襲いかかったところで恥の上塗りだ。もしかして君もそう思ったんじゃないかな」
「──」
「何を選んでも面白くないなら生きてたって仕方ない。極端だけど、その考えは理解できる気がする。負けて生かされた後の自分の生き方を想像すらできないんでしょ?」
けど、その考えを理解はできても同意はしたくない。
今まで生きてきた中で、自分が築きあげてきたのとはまったく異なる価値観だから。でも、だからこそ、惹かれるものもあるのだと今気づいた。
「正直、かっこいいと思うよ。“覚悟”って感じがしてさ。僕はそういうのを持てるほど強くないから」
風が吹いた。
「……」
握った棒から周囲に火花が舞う。幸臣は手を振ってそれを散らした。
「ひとつ決めたよ……君には悪いけど、弱い僕はどこまでも卑劣にやるしかないんだ」
考えてもみれば、一方的に武器を振りかざして説得も何もない。
(だから、もう──これは不要だ)
幸臣は棒を膝に当てる。そしてそのまま半分に折った。
「タ、タカオミ!」
クラウスが狼狽した様子で声をあげ、シャチもまた面食らったように口を開いた。
棒に纏わせたマナが解け、炎が次第に弱まってゆく。幸臣は棒を遠くに放り投げ振り返った。
「これでもう僕は抵抗できなくなった。さあ、どうする?」
相手を殺すか自らが死ぬか、相手を見逃して普通に生きるか、それとも、また別の道か。
武器を手放した以上、それを決める権利はもはや幸臣にはない。
「何を選ぶかは君が決めてほしい。なんにせよ君にとっちゃ不名誉なんだろうけどさ」
「……」
「でも、何をやってもつまらないんなら、より自分にとって得な道を選ぶのが一番じゃないかなって僕は思うよ」
真剣な目が幸臣に向けられている。
「つまりさ、高級黒毛和牛と鰻重、どっちがいい?」
「─、──??」
幸臣が言うと、シャチの目がパチパチと瞬いた。
ふざけてると思われて怒りだすのも覚悟していたけど、意外なことに、シャチはただ見つめてくるだけだ。
どんなことを考えているんだろう。内心で戸惑っていると、シャチは不意に首を揺らして息を吐いた。
(……呆れられてる?)
だとしても、もう話せるだけ話しつくしたし。もしこれで無理なら、あとは……。
「あ……そうだ」
ひとつだけ、思いついたことがある。
(焼き魚だ。あれを食べさせられれば少しは説得力も増すんじゃないかな)
手元にはもちろんそんなものはない。この場でクランチフィッシュを狩ってきて調理するなんて馬鹿なこともできないし。
けれど、それが単なる思いつきではなくて、ひとつの“案”として思い浮かんだのは、ちゃんと考えがあるからだ。
「クラウス、あの」
砂漠に来てから不思議に思ってたことがある。
害もないし、奇妙なだけだからあまり気にはしてこなかったけど、どう考えたってありえないことが身近で、それも頻繁に起きてれば自然と目が向くものだ。
「焼き魚、出せますか?」
幸臣が串を歯で挟む仕草をしてみせると、クラウスは指を顎に当てた。
どうにも伝わっていないような感じがする。
「魚です、クランチフィッシュ。確か焼いたのがありましたよね? あれを出してほしいんです」
不思議なこと。それは、クラウスが時折見せる力。
「あなたなら、できるでしょ? |《王典》《コーラン=ロワ》で」
おそらくは、彼の持つ装備の力。
何かが必要な場面で、クラウスはどこかから物を取り出したり、その反対に、どこかへしまい込んだりする。
どこかは見当もつかない。とにかく、そういう力があるとしか思えないような場面が多々あった。
スキルを確認しても、そういった能力はなく、なら、他にありえるのは【装備】だけ。
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【装備詳細】
王典
龍による王の選定。それは万物を識る智慧を与う。
──所有者に帰属した状態です──
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最初から、これが何かは気になっていた。でも、詳細を尋ねてこれでは、何も教えられていないのと同然だ。
「──?」
だから、おそらくは。でも確信はある。
幸臣が指で魚の形を示すと、首を捻りつつクラウスが手を上げた。
「……本が」
陽光を押し固めたような輝きとともに、黒い装丁の本が掌に現れた。
白金の装飾が散りばめられ、綴じられた頁は一枚一枚が光で織られたように輝く。空中に溶けていくように輪郭が曖昧だ。
風も強くないのに本が勝手に開く。
と思えば、パラパラと頁がめくれ始め、ある場所で唐突に止まるとクラウスはその頁を指差した。
挿絵と羅列された記号……というよりかは、読み取れないだけで文字なんだろう。そして、デカデカと描かれたクランチフィッシュの絵。
「──、─」
クラウスが諦めの悪い子供を見るような目をしている。髭を撫で、苦笑を浮かべつつも空を撫でるように手を振ると、焼いた魚の串が数本現れた。
串を受け取り礼を言うと、幸臣はそのまま振り返る。
一連の出来事を目を丸くして眺めていたシャチの鼻っ面に、湯気の立つ串をすばやく寄せた。
「これ、食べてみてほしい」
冷める前にと口元をつんつん突いてやると、シャチはどことなく嫌そうな顔をして頬張った。
「何考えてんだ」ってそんな顔だ。
「でも、結構おいしいでしょ? 火入れも結構慣れてきてさ。風味付けに果汁もかけてあるんだ」
シャチは警戒するようにこちらをチラチラと見ながら食べ続けている。口に合わないこともないみたい。
最後は骨に残った細かい身まで舐めとるように食べてくれたのを見るに、むしろおいしいと思ってもらえたんじゃないかなと思うんだけど。
「どう……?」
問いかけに対して返答はわずかな硬直と瞬きのみだった。そして、すぐさま顔を背けてしまった。
肯定も否定もない。言ってた割にはって思われちゃったかなあ……。
それとも敵同士だから?
敵の施しは受けたくないとか、そういうこと?
本当は少しだけ期待してた。でも、それだけに、この反応は残念だ。
「どうしても、ダメかなあ」
期待半分、不安半分で問いかけると、シャチは眉間に皺を寄せて、しばらく考え込むように目を瞑った。
ダメなんだろうなあ……。
「──」
説得するって難しい。
これでホントに手立てがなくなっちゃったし、というか、棒も折っちゃってどうしよう。
「──、─!」
「ん?」
手に何か触れた。
シャチの鼻が掌に当たる。張りのある感触。ようやく気付いた幸臣にシャチは短く唸った。
「な、何?」
しきりに鼻を当ててくるシャチの様子に首を捻っていると、苛立った顔をして歯を剥き出した。
意味がわからない。これって、一体……?
理解が及ばず、クラウスの顔を見る。すると、頭の悪いおマヌケに向けるような呆れ返った顔をされた。
そんな顔で見られる謂れないんだけども。
「タカオミ」
「クラウス?」
自分と幸臣を交互に指差し、次いで幸臣とシャチを同じように指差す。クラウスが柔らかく笑みを浮かべてする仕草に、幸臣は首を傾げた。
ぶすくれた顔。シャチの目の下あたりがひくひくと震えてる。
クラウスとシャチとを交互に見るうちに、なんとなく意図が理解できてきた。
頬が徐々に緩むのを感じる。
幸臣が気づいたことにシャチもまた気づいたのだろう。
心底嫌そうなしかめっ面……でも、つまりこれって、
「オッケーってこと……?」
「……」
「え、そういうことでいいの? ホントに?」
シャチが渋々頷いた。
「 ホントの本当にいいんだね? やっぱりダメなんて今更無しだよ? 男たるもの二言はなしで頼むよ? ね、いい?」
「──!」
しつこいと言うようにシャチが鳴いた。
「おっけ、了解」
シャチの鼻先に手を添えて、集中する。
何が決め手だったんだろう。不思議だ。
というか今更だけど、かなり細かく言葉が通じてるのがすごい。
スキルか何か……いや、それは今は置いとくとして、
「いくよ、〈テイム〉」
身体から光の糸が伸びる。腕を伝ってスルスルと伸び、シャチの鼻先から胸元へと伝っていく。
くすぐったそうにシャチが目を細めた。けれど、仲間になるというのは嘘ではなかったようで、暴れる気配は見せなかった。
糸は幸臣のマナとシャチの経脈とを繋いで心臓へ伸びる。荒々しいマナの奔流に先端が揺れる感覚が糸から伝わってくる。
シャチの心臓からマナの経脈を巡り、一周を終え、再び幸臣のところへ戻る糸。それを受け入れた瞬間、糸が輝きを増し、シャチと幸臣の相互に明確な繋がりができたのを感じた。
不思議な感覚だった。
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>>モンスター:デザートオルカ(Lv.21)の【テイム】に成功しました。
>>経験値取得。【星の先駆者】、【黄金律】の活性化により取得経験値が増加します。
>>レベルアップ。
・浅桜幸臣(Lv.8 >>>Lv.14)
・クラウス=ルイス・ゴルドシュファルツェ、(Lv.11 >>>Lv.15)
>>戦闘経験および熟練度向上により、【スキル:身体強化】を取得しました。
>> デザートオルカ(Lv.21)は一定以上の体長を持っています。条件を満たしたことにより、自動的に【スキル:スケールチェンジ】を付与します。
>>テイムしたデザートオルカ(Lv.21)に命名しますか?
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「やっ、た……やった!」
〈テイム〉が成功したことを知らせるウィンドウが出た瞬間、幸臣の胸に広がったのは喜びよりも安堵に近いものだった。
「よかったぁ……」
ウィンドウがゆっくりと消えていく。それを見送ると同時に、幸臣はへなへなとその場に座り込んだ。
疲れた……でも、よかった。本当に。
幸臣はその場にへたり込んだまま、大きく息をついた。全身の力が抜けて、足が力を入れようとするとぶるぶる震えて思う通りに動かない。
張り詰めていた緊張が一気にほどけ、腰が立たなくなってしまったのだ。
「はは、立てないや」
情けなく笑いながら空を仰ぐ。命の危機は去った。もうしばらくは戦う必要もない。そう思うと、どうしようもなく安堵が胸を満たしていった。
そのとき、影がすっと近づいてくる気配がした。大きな、頼りがいのある影──クラウスだ。
彼は大きな手を差し出してきた。幸臣はそれを掴もうとしたものの、まだ指が震えてうまく力が入らない。
すると、クラウスは短く笑って、ぐいっと腕を引いた。
「うわっ」
次の瞬間、幸臣の身体はあっさりと持ち上げられ、無理やり立たされた。
思わずよろめきそうになったところを、その前にクラウスが抱きすくめてくれた。ねぎらうように大きな手が背中に添えられてぽんぽんと叩いた。
(オーバーだなあ)
それともこっちが慎ましやかすぎるだけなのかな。
息を整えながら顔を見上げると、クラウスはいつものように喋らないまま、けれどもその琥珀の瞳は、まるで「よく頑張った」と言っているかのように、にこにこと細められていた。
それを見て、つい口元が綻んだ。
「……ありがとう」
クラウスは何も言わず、けれど満足そうにまた背を軽く叩いてくれた。
足の震えはいつのまにか無くなっている。
幸臣は周囲を見渡した。砂漠のところどころに戦闘の痕跡が残っている。あんな戦いを自分がしただなんて、いまだに信じられないけど、事実は事実だ。
(これで、やっと終わった)
ひとまず、今日はもう誰とも戦いたくない。それくらい疲れた。
光の礫による拘束が解かれて、シャチの巨体が地面に落ちる。飛んだ砂が幸臣の顔にかかったのもあまり気にならなかったくらいには限界が迫っていた。
砂を払う間、じっとシャチが見つめてくるのを幸臣は感じていた。
「……」
戦いを終えた後の静けさが一瞬訪れると、幸臣は改めてその存在の重みを再認識した。
よくよく見れば、かなり痛々しい傷だ。片側の瞼から顎にかけて大きく裂けていて、眼球がどうなっているかは素人目ではわからない。
痛みを感じているような様子もないし、無事な反対側の目ばかり見ていたせいであまり気にしないまま後回しにしてたけど、これは……。
「──」
背を叩かれた感触に顔を上げると、クラウスが頷き返してきた。
「お願いできますか?」
頼まれるまでもない、と、シャチの身体に手を触れたクラウスがゆっくりと小節を詠む。
すると、周囲の空気がわずかにあたたかく感じられるようになり始め、光が被膜のようにシャチの身体を覆った。
それを受け入れるように目を瞑ったシャチが、深く息を吐いた。
傷はかなり深そうだ。
なかなか癒えていかないのを気にしたのか、クラウスが強く力を込めるように顔を顰めると、光が陽光を凌ぐほどに強まった。
掌を中心に波打つ光がクラウスの背を影に染めている。
幸臣は光が消えるまでの十数秒間、ただじっとその様子を見守り続けた。
「……どう?」
光がやみ、クラウスが手を離す。
怪我の様子を確かめると、外見的には傷自体はしっかり塞がっているのがわかった。
けれど、やっぱり完全には治せなかったようだ。
目の上から顎あたりまで白っぽい傷痕がくっきりと残っていて、さらには、
「目の色が……変わってる」
傷ついた方の目が元と比べて色素が抜け、銀色に変わってしまっている。視力は問題ないのかと指を振ると、瞳は正確に指を追って動いた。
見た目以上の変化はなさそうだけど……この場合、そういう問題じゃない。顔の傷をどう思うのかは本人次第だ。
かける言葉も見つからず押し黙っていると、シャチが小さく唸り声を上げた。
「うぇっ!?」
鼻先でドンと押されて、体勢が崩れかけたところを咄嗟に伸ばされたクラウスの腕につかまった。
「な、何? なんで!?」
馬鹿なことをと言うように、シャチは幸臣に見せつけるようにして傷のある左側の目を向けた。
気にするどころか、むしろ誇らしげな様子に意味がわからず眉を顰めると、今度は腹を立てたように尾ビレで砂を叩いた。
「タカオミ」
クラウスが苦笑しつつ首を振る。
戦いの勲章として傷跡を誇る。自分の価値を高めるものと考え、シャチは何の憤りもなく、あるがままに受け止めている。
幸臣の感じたことは当たらずとも遠からずということだろう。
「……いいの?」
意味のない問いかけだということは理解していた。許すも許さないも、はななら考慮していない相手に、これを聞くのはただの自己満足だって。
幸臣の心情を知ってか知らずか、シャチは口の端を歪め、
「──ぐえっ!!?」
気がついたときには、幸臣は地面に引き倒されていた。
みぞおちがじんじんと痛い。頭突きを食らわせられたらしい。
涙目で見上げるとシャチがフンと息を吐いた。威嚇するでもなく、敵意を向けているわけでもないけど、気に食わなそうに睨みつけてきている。
(なんなんだ、一体)
気に食わないのはこっちの方だ。いきなり、こんなことされる筋合いがあるもんか。
腹の立つまま睨み返すと、シャチは何故か顔を寄せてきた。
「ち、ちょっ……!」
のけぞりつつ顔を背けようとするも、銀色の瞳は幸臣を逃さず、威圧するように見開かれた。虹彩に引き攣った自分の顔が映りこんでいる。
何が何やらわからないまま身体をこわばらせていると、シャチの目が小馬鹿にするように細められて唐突に離れた。
「へぁ……?」
満足げな顔をするシャチを呆然と眺め、幸臣は浅く呼吸を繰り返した。
意図は……よくよく考えてみれば、少しくらいは想像がついた。
(気にするなってことかな)
あんな乱暴で威圧的な励ましが、この世に存在すればだけどさ。あるいは、ウジウジしている幸臣の様子が鼻についたか。
でも、おかげでなんとなく喉のつっかえが取れたような感じがする。
幸臣がそっと鼻先を撫でようとすると、シャチはすばやく払いのけた。
「馴れ合いはしないってことね。わかったよ」
手をついて立ちあがる。身体が砂だらけだ。銀色の目がチラッとこちらに向けられたのを、幸臣は苦笑で返した。
「さて」
もう気にしないことにする。気にして、また同じ目にはあいたくないし、あまり良好といえない関係性に、これ以上ヒビが入っちゃことだ。
(だから……)
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>>テイムしたデザートオルカ(Lv.21)に命名しますか?
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あとは、これが決まれば全部解決だ。いつまでもシャチって呼ぶわけにもいかないし。
「でもなあ」
変な名前をつけようものなら、どうなるのかなと。また頭突きをされちゃ敵わない。
「う〜ん」
どんな名前がいいか考えながら、ふと視線を落としたとき、意識したわけでもないのに唐突にウィンドウが切り替わった。
「ん?」
新しい通知が来たのかと読んでみれば、そこには思いもよらない内容が記載されていた。
──“ネラ”。
それは名前だ。
ウィンドウの中央にその名は記されている。他でもない、シャチ自身が提案する形で。
「ネラ、か……」
幸臣がその名を呼ぶと、シャチの尾がかすかに揺れた。
今考えたというには妙にしっくりくる。
(モンスターにも名前があるものなのかな?)
まあ、でも、提案されたなら異論はない。別の名前をわざわざつけるなんて、嫌がらせにも程があるし。
「そっか。じゃあ、そうしよう」
ウィンドウに向けて念じる。
−−個別通知−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
>>提案を承諾。
>> デザートオルカ(Lv.21)を、個体名“ネラ”として契約獣一覧に登録します。
>>熟練度が規定値を超えました。
>>【スキル:交感】の一部機能を開放します。
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「ということで、ネラ……でいいのかな?」
伸ばした手をシャチ──イースァの鼻が押し返した。
それが肯定なのか、それとも拒絶や無関心なのかはわからない。
でも、今はこれで十分だ。
「よろしく」
「……」
返答はない。完全に無視を決め込んでいるみたい。
幸臣はため息をついて、構わず歩き始めた。
まずはオアシスの方へ戻ろう。戻って身体を休めたい。
そう思って踏み出したものの、
「……あれ?」
脚の力がふっと抜けて、支えをなくした身体が地面に倒れ込んでいく。
自分のことじゃないみたいだ。ぼんやりとそれを眺めながら思った。
(……まずいなあ)
幸いだったのは、下が柔らかな砂だったことだろうか。
誰かの焦る声、「大丈夫か」と、確かにそう聞こえた気がした──。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【契約獣一覧】
ネラ Lv.21
HP :53/111
MP :21/78
筋力 :140
俊敏 :130
魔力 :62
神聖 :15
幸運 :16
【種族】
デザートオルカ
【位階】
幻獣
【装備】
−
【スキル】
潜坑 砂礫操作 砂匣ソニックサージ 念波 スケールチェンジ
【特性スキル】
黎獣の仔
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シャチやイルカの嗅覚はほとんどないらしいですね。