05 白砂の古城(2)
「やばい」
足音が──近い。
まだ見える距離ではないけど、ザシュザシュと砂を突く音が後方から迫りつつあるのがわかる。
隠れる場所を探して視線を左右に走らせるも、ふたり入れるだけの空間や岩陰も見つからず、焦燥感に幸臣は歯を食いしばった。
前後とも行き場はない。逃げる道は、どこか──。
「……タカオミ」
クラウスが囁いて、岩壁を指さした。何かと思ってよくよく見れば、掴まれそうな出っ張りや亀裂が上へ続いている。
登れるかな……わからない。でも、他に行ける場所もないし。
いや、登れるかどうかじゃない、登らなきゃここで──。
岩壁は幸いゆるく傾斜がついていて、完全に垂直というわけではなさそうだ。波打つような形状のおかげもあって手や足をかける場所も多く、これならきっといけるはず。
「──クラウス、先に行ってください」
これまで散々迷惑をかけてきた。もし、ここで自分が上まで登れなかったらクラウスまで巻き添えを食うことになる。
それに、もしも自分は登りきれて、その上でクラウスが取り残してしまうようなことがあったら……それは、嫌だ。絶対に。
手振りをすると、察したクラウスが驚いたようにしきりに首を振った。でも、これは譲れない。
長々と話し合う時間はなかった。
クラウスもそれは理解していて心配そうにこちらを一瞥すると、壁の出っ張りに手をかけた。
巨体がぐっと持ち上がる。上へ上へ徐々に登っていく。
それを見送って、幸臣もクラウスの後に続いた。
「……ふぅ」
おおよそ岩壁の半分くらいまで来ただろうか。
クラウスはもう少しで岩の上に辿り着きそうな位置にいて、幸臣はその一メートルほど下。
登るのに夢中で上ばかり見ていると、どこまで進んだのかがわからず、気になって下を見れば、意外なほど遠くに地面が見えた。半分は余裕で過ぎてる。
(大丈夫、この分なら間に合う……はず)
カニの足音はあと少しというところ。
でも、だからこそ慎重に行かなくちゃ。焦って足でも踏み外したら取り返しがつかな──。
「──ッ!?」
音を立てて足元の岩が崩れた、それは幸臣ではなく──。
「クラウスッ!!」
ちょうど岩壁の上に、クラウスが両手をかけた瞬間だった。体重が大きくかかったのだろう左足をのせた岩が砕け、破片が幸臣の頭や肩に降り注ぐ。
クラウスはなんとか体を支えようとするが、慌てた拍子にバランスを失い、両足が岩肌から離れてしまった。
「──っ!」
短い呻き。彼の身体が宙に浮いた。
「くそぉっ!」
クラウスは腕だけで自分の体重を支え、足を伸ばして置ける場所を探しているようだった。けれど、足は岩肌を擦るだけ。
(このままじゃ……!)
破片が当たった場所が痛い。歯を噛んで耐えながら、なるべく素早くがむしゃらに登る。
早く、早く、早く──。
幸臣は必死に手を伸ばす。
その手はクラウスの足裏を掴み、そして、急激に加わった重量に幸臣の身体も揺れた。
重い……でも、
「お…ね、がいぃいっ!!」
渾身の力を込めて押し上げる。何に対するお願いだろう、自分でもわからない。わからないけど、でも、いつもならこんなのはきっと無理だった。
ぐらつきはない、だから早く──行って!
クラウスが右足を岩の隙間に引っ掛け、そのまま上体を岩の上に乗せる。
一瞬、手にのしかかった体重に歯を食いしばって、それでもなおも押し上げると、クラウスの全身か岩の上へ乗り上げた。
支えていた手を元の場所へ戻す。
肩の筋肉が痛い。震えてうまく力が入らず、というより、極度の緊張から全身の力が抜けかけて幸臣は岩肌に身体を寄せて息を吐いた。
耳鳴りがする。血圧が上がってるのかもしれない。頭がぼんやりとしていて……。
「タカオミ」
静かな声色。クラウスが横合いの何かを捉えて顔を顰めた。
何が……そんな風に思いながら、差し伸べられたクラウスの手に掴まる。
ぐっと引き上げられる身体。反動でクラウスの上に倒れ込みながら、幸臣は視界が回るような気持ち悪さに耐えていた。
「でも、良かったぁ……」
酸欠気味の頭を振って、ゆっくりと身体を起こす。ふらっ……とまた倒れ込みそうになったところをクラウスの腕が支えてくれた。
そのまま手をついて恐る恐る淵から下を覗くと、クラウスが顔を顰めた理由がその時になって、ようやくわかった。
幸臣たちが先ほどまでいた場所に、たむろするように数体のカニがいる。そのすべてがこちらを睨み、ハサミを振り上げてガチガチと噛み合わせているのだ。
幸い見ていることしかできないらしい。ここまで登っては来れないようで、ウロウロと動き回るカニの姿は少しだけ滑稽にも映った。
でも、近くで見るとハサミはより凶悪な形をして見える。
もし、アレが自分の身体に突き立てられたなら、少しでも遅れていたら、
「……死ぬところだった」
あっけなく死んでいた。
カニたちは、もとの窪地の方へ帰っていく。ようやく、自分たちではここまで届かないとわかったらしい。
諦めがいい。というより潔い、いっそ潔すぎるくらいに。
無情だ、自分達が彼らにとってどれほど取るに足らない存在かってことだ。
巣に近づいて、手の届く距離で騒ぐ羽虫をはたき落としてやろうって、そんな程度のことだったのかもしれない。
そんな風に、片手間に殺されていたかもしれないんだ。
「……」
影の怪物のときですら、もう少しマシ……というのは変だけど、少なくとも、アレにとって自分は執着の対象ではあったようだった。
でも、ここでは違う。自分が生きてきた社会とは決定的にかけ離れて、自他の生き死にに意志や感情の介在する隙間がない。
すべてが自然の成り行きなんだ。少なくとも、あのカニやクランチフィッシュはそうだった。
「……厳しいな」
なんとか肩の力を抜いて、顔を上げて空を見る。雲の流れ……風に吹かれてゆったりと東の空へ進んでいく。
不思議と落ち着いていた。動揺も一瞬のことだった。
偶然だとしても奇跡だとしても、生きてここにいるならいいやってそう思う。
けど──。
(強くならなきゃ)
奇跡を奇跡のままにはしておかれない。それはそうだ。
「タカオミ」
クラウスが背にそっと手を添えて声をかけてきた。
逆光にかげった眼差しの中で、気遣うような色が滲んでいる。けれど、幸臣が振り返ると同時に、その色は瞬きとともに失せた。
幾ばくかの驚きを浮かべて、パチパチと目をしばたたかせる。
「……ありがとう」
首を傾げるクラウスに微笑みかけて、幸臣は立ち上がった。
日が西に傾いてきている。日没まではまだ少し時間があるように思えるけど、猶予はあまりないかもしれない。
幸臣はクラウスの手を引いて、岩の上を歩き始めた。
砂漠の陽は落ちるのが早い。
いや、それとも、気づかないうちに感じている以上の時間が経ってしまっているだけなのかな?
空は茜に藍が混じっている。拠点に戻ろうと急いでいた足を止めて幸臣は乱れた息を整えた。
まだ岩場は抜けられておらず、拠点のオアシスまでも遠い。日没までには間に合うと思っていたけど、どうにも無理みたいだ。
距離がうんぬんじゃない。それだったら走れば数分とかからないと思う。
──問題は。
幸臣は岩の上に身体を伏せ、ゆっくりと下を覗き見た。
砂の上をゆっくりとカニが行き交う。夜が近づくほど動きが活発になるようで、多分、行動範囲も広まるんだろうな。
ほとんど途切れることもないし、見つからずに移動するだけでもかなりの時間がかかってしまっていた。
どうしよう。
暗くなれば注意も払いにくくなるし、このまま無理に戻ろうとして強いモンスターと出くわすようなことがあったら最悪だ。
じゃあ、ここで夜を過ごす?
嫌だけど……でも、それが一番現実的かもしれない。
とはいえ、幸臣たちが今いるのは岩の上だ。こんな吹きさらしの場所で夜なんて迎えたら、寒くてとても耐えられない。
{どこかないもんかなあ)
いい感じに風が凌げてモンスターから身を隠せて、ふたりで余裕を持って入れる、たとえば、洞窟とか──。
そんなふうにキョロキョロと周囲を眺めつつ進む。
日が少しずつ地平線に沈んでいくにつれて赤みを増す光。周囲の岩がまるで炎の海のように赤々と輝いていた。
だからこそ、周りが赤いぶん、それが逆に目立ったのかもしれない。なんとなく違和感のあるものが目に映った。
薄茶色の長方体の……岩?
砂の上で傾いて、身体を半分、朱色の岩にめり込ませるようにして立っている。周囲の波打つ岩と比べて随分と異質な気がした。
自然の創り出したものとは違って、あの長方体は誰かに意図して造られたような形……というのかな。ありのまま言うと、建造物の残骸に見える。
慎重に岩を降りて、幸臣は周囲を警戒しながら直方体に近づいた。
(やっぱり)
朱色の岩にめり込んだ箇所、その継ぎ目を確認して幸臣は確信を持った。
やっぱり、これは誰かが作った建物だ。
「クラウス、来てください!」
周囲を警戒してくれていたクラウスを呼んで、幸臣は岩と直方体の継ぎ目を指さした。つられて、そちらを見るクラウスが驚いたように目を見開く。
長方体の側面、そこには窓のような穴が空いていた。直方体の長辺と並行に四つ。少しだけ小さいけど、人ひとりなら十分通れるくらいの大きさに見える。
あそこからなら、中に入れるはずだ。
少し高い位置にあるけど、問題ない。レベルアップのおかげか身体も軽いから、これくらいなら……。
「ほっ!」
縁を掴んで、身体を持ち上げる。穴から中を覗くと、斜めに傾いた部屋のなかにはこれといって目立つようなものは見当たらず、生き物の気配も感じられなかった。
「大丈夫そう、登ってきて」
クラウスを手招く。身体を引き上げ、建物のなかに全身が入ると、少しだけヒンヤリと涼しく感じた。
家具の類はなく、何もない殺風景な四角い空間だ。それが斜め二十度くらいかな、傾いていて、平衡感覚が乱されるような妙な気持ち悪さがある。
外壁と同じ薄茶色の壁や床を擦ってみると細かい砂が指についた。
もともとは真っ白な建物だったのかもしれない。今は見る影もないけど。
(なんだか……物悲しいな)
部屋は複数あるらしく幸臣が入ってきた穴と対側に入り口があって、その向こうは同じような四角い空間だった。
ただ、こちらは少しだけ様相が違っている。
少しだけ家具が残されているのと、窓が岩に塞がれてしまって薄暗い。
部屋に入ろうとしたとき、後ろでクラウスが遠慮がちに呼ぶ声がした。
「ん?」
何事だろう? まさか……いや、今のは危機に瀕しているというか──。
そんなことを思いつつ振り返って見てみれば、
「……なるほど」
納得の光景が広がっていた。
なんとクラウスのお尻が、栓のように穴にハマってしまっていた。
「──、─……ッ!」
クラウスが穴の縁に手を置いてグッと力を入れるものの、ずりずりと僅かに入り込むだけのようで、それ以上は進まない。
やっぱり無理だと言うように荒く息を吐ながら首を振り、クラウスは気恥ずかしげに眉を下げた。
「……タカオミ」
助けを求めるジェスチャー。
目を逸らすクラウスに苦笑を向けて、幸臣は彼の両脇に手を差し込み、後ろに引っ張った。
「せーの!」
部屋に響く二人の声。数回の奮闘のすえ、ついにクラウスの身体が抜けた。勢い余って二人は地面に転がり込み、また、その拍子に穴の縁が崩れて、わずかながら壁に亀裂が走った。
……大丈夫かな? 崩れたりとか。
「──」
頭を下げるクラウスに幸臣は首を振り、微笑みを返して立ち上がる。
少しでも明るいうちに、この建物全体を見て回ろうかなと思っていたけど……やめた。
隣の部屋だけ見てみて、安全そうなら、今日はそこで過ごせばいいや。
陽も完全に落ちてしまって暗いし、もし藪蛇を突くようなことがあってこの建物を出なきゃならなくなったら、それこそ、行き場がなくなっちゃう。
気づかず余裕がなくなっていたのかもしれない。
クラウスはそれを察して──?
「タカオミ、タカオミ!」
──なんて、考えすぎだろうか。
いつの間にやら、となり部屋に入っていたクラウスが両手に何かを抱えて、それを幸臣に見せてきた。
「壺?」
こくこくと頷き地面にあぐらをかくと、クラウスは脚に壺を挟んで蓋に指をかけた。開けて中身を見てみれば……トロリとした液?
穴から差し込む薄明かりに当ててみれば、あたたかみのある薄茶の色味に透明感もある。そして、甘い香り。
「これって、蜂蜜!?」
思わず頬が上がってしまった。甘いものかあ、いつぶりだろ。
クラウスも似た笑みを浮かべている。壺を傾けると幸臣に手を出すよう指で示し、手のひらの上に少量垂らしてくれた。
「あまい……」
舌から鼻へ抜ける特有の風味。思わず相好を崩して息を吐いた。
クラウスなんか勿体無さそうに蜜のついた指を口に含んでいる。視線があって、きまり悪そうに目を伏せた。
(別に恥ずかしがらなくても)
王様って大変だ。
名残惜しそうに壺を眺めるクラウスの肩を叩いて、幸臣は立ち上がった。まずは、隣の部屋の探索と一応の安全確保がしたい。
隣の部屋は薄暗く、クラウスが出してくれた光球を明かりがわりに探索する。
建物の状態から考えるに結構古いはずなのに、家具やカーペットは埃こそ被っていても然程朽ちたりはしていない。テーブルや椅子も普通に使えそうだし、カーペットも虫食いとかがまったくなくて驚いた。
部屋の角には棚があって、そこには倒れた動物の木彫りやカゴ、色が濁って中身の見えない瓶が数個置いてある。
あとは、一番下の段に円形の跡があるけど、そこだけ不自然に埃がないのを見るに、あの蜂蜜の壺はここから取ってきたものらしい。
「あれ?」
床に古い写真が落ちている。拾い上げると、そこには誰かの微笑む顔がぼんやりと残っていたが、埃に覆われてその輪郭は曖昧だった。
ここの住人の写真かな。
「写真立てとか……は、ないか」
このまま床に置くというのも忍びなくて、棚の埃を払い写真を置いた。
他には特に目を引くものはない。床の上は埃で白く、幸臣やクラウスの足跡以外には何の跡もないし、周囲の音を探っても鳴き声なんかはまったくない。
静かなものだ。
モンスターなんかより、むしろ幽霊の方が出てきそうで怖いくらい。
一応、この部屋のもうひとつの出入り口から外を覗いて、よりその気持ちが強まった。
上下に続く階段が、部屋から差し込む光で浮かび上がっている。
なんだか見ているうちに心臓が変にドキドキしてきて、一歩後ずさると、
「──タカオミ」
「わッ!?」
驚きのあまり大声をあげると、振り返った先でクラウスが目を見開いて身体を強張らせていた。
「な、何?」
床から剥がしたカーペットを持ち上げたまま、出入り口を指差すクラウス。
しばらく頭が働かず呆けてそれを見つめていると、クラウスは出入り口を塞ぐようにカーペットを持ち上げて、こちらをチラチラと見た。
「あ、ああ、ごめん!」
光が漏れて、外からモンスターが寄ってきたら事だ。特に光源のひとつもなくて、モンスターが彷徨くこのあたりだと命取りになる。
クラウスの言いたいことがやっと理解できて、幸臣は素早く近くに寄り、協力してカーペットを取り付ける。
部屋の天井近くに浮いた光球が大きくなって、部屋を明かりが満たした。
「やっぱり、凄い」
魔法──自分もあんなことができたら絶対便利なのに。
それに、戦闘面でもきっと役立つはず。
光球を見つめる幸臣の視線に気づいて、クラウスが首を傾げる。
「──、──!」
合点がいったように手を打って、光球とはまた別に〈ライトニング〉で手に光を纏うと、それを指差した。魔法が気になっていることに思い至ったようだ。
クラウスは返答を待たず、膝をつきながら、その場にゆっくりと腰を下ろした。目の前の床の埃を手で払い、ぽんぽんと叩く。
座ってくれ、ということらしい。
オアシスで頼んだときには時間的がなかった。でも、今なら十分余裕がある。
幸臣が少し離れた位置に正座をすると、クラウスは意外そうな顔をして距離を詰めてきた。膝の触れそうな距離にいて、ちょっとだけ緊張する。
それを見透かされたのだろう、ふっと微笑んだクラウスは幸臣の膝を叩き、もっと楽な姿勢をするようにと示した。
指示通りに体勢を変える。
鷹揚に頷くクラウスが大きな手を幸臣の胸に当てた。
魔法とは自己の理解に他ならない。
始めたばかりで分かった風なことをと言われるかもしれないけど、マナを知覚した瞬間の驚きは筆舌に尽くしがたいものだった。
胸に当てられた手から感じる温かさに気がついたのは、目を瞑って集中するクラウスに倣い、瞑想を始めてから少し経ったころだった。
布越しに感じる体温とは別に、手から流れ出た何かが心臓に渦を巻き、ゆっくりゆっくり全身を還流する。
一度は血液かとも思った。けど、違う。
──これが。
心臓と脳、へその下──丹田っていうんだっけ──を結び、全身を流れる熱が脈を打った。
熱の流れに意識を向ける。自分の身体だけでなく、クラウスの手のひらをも巡る流れ。胸に当てられた手との境界線がなくなっていくような不思議な感覚がある。
深く静かな瞑想の中、周囲の音も時間の流れも溶けていった。世界が遠のき、静寂の中に流れる熱だけが存在している。
──もっと深く……もっと。
「──タカオミ!」
不意に名前を呼ぶ声がした。誰かが焦ったように呼んでいる。
薄れていた意識を引き戻されるように目を開くと、目の前にはクラウスが驚きと心配が入り混じった顔で何事かを言っていた。
「どうし──」
言葉は続かなかった。肺が悲鳴を上げるように酸素を求め、喉の奥が詰まったように咳き込み始めた。息を吸おうとしてもうまくいかず、苦しい音が漏れる。
いくら集中してたからって、こんな……。
背中を撫でるクラウスの手。
その温かな手の感触が、少しずつ呼吸を取り戻させた。ようやく、空気がスムーズに肺へと流れ込んでくる。
「あり……がとう」
まだ心配そうな顔を浮かべるクラウスに幸臣は苦笑を向けた。息はだいぶ落ち着いてきたけど、まだ脂汗が止まらず、強張った身体が嫌な疲労を訴えている。
長く息を吐いて身体を後ろに倒す。そしてそのまま、床に仰向けで寝転んだ。埃が舞い上がって、光球の放つ白い光にキラキラと輝いている。
──疲れた。
これだけでこんなに疲れるものなのか。ゆっくりと呼吸をして汗を拭った。体力が戻るのを待ちながら、試しにさっきと同じように目を瞑ってみる。
けど、難しい。あの熱はどうにも感じなくて、もう一度長く息を吐く。
クラウスの力だけじゃなくて、それとはまた違う力も確かに感じられたのに……まだ、協力してもらわないと無理みたいだ。
(先行き、長いな)
一朝一夕じゃ無理なのは覚悟してた。これを続ければ、いずれは自分も……できるようになるのかな。不安だな。
(頑張らなくちゃ)
本当に頑張らなくちゃいけない。
※下記、読まなくても大丈夫です。(魔力、マナという用語に関して)
本文に書かないかもしれない設定ですが、本作における「魔力」は、マナ(MP)の支配力を意味しています。
魔力が高ければスキルの使用時に応用が効きやすく、たとえば、消費魔力を増大させてスキルの威力を調節したり、スキルそのものの解釈を広げられるほか、同威力のスキル使用時、魔力が高い方が消費魔力を抑えることもできます。
また、本文の中で「魔法」という単語が出てきますが、主人公の心情に照らしてなんとなくで使い分けているだけなので、意味に違いはないものとお考えください。技術や魔法、戦闘技能が包括されてスキルというカテゴリーが与えられているイメージで書いています。