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本編

お読みいただきありがとうございます。

「……っ! ユリーティア様、誓って私は殿下の紅茶に媚薬等入れていません! 信じて下さい、お願いします……」

 そう懇願するメアリーには見向きもせず、当のユリーティアは指で自分の金髪を弄ぶ。

 そして、興味なさげに言った。

「知ってるわよ、貴方が犯人じゃないことくらい」

「え?」

「だって、盛ったの私だもの」

 脳が、クラクラした。彼女は、敬愛するただ一人の主人だったはずだ。そうやってメアリーは真心こめて仕えてきた。だけど、それはユリーティア本人によって打ち砕かれた。

「ふふ、一時はどうなることかと思ったけど、上手くいって良かったわ。まさかバレるなんて思わなかったのよ。

 けど、丁度良く貴方がいて助かったわ。殿下もメイドに裏切られた可哀想な令嬢として毎日会いに来てくださるし。 

 これなら、婚約者になれる日も近いかしら」

 無邪気に笑う主人に、何処までも心が冷えた。

「大丈夫よ。私がお願いして解雇くらいに留めておいたんだから。メアリーなら新しい仕事場なんてすぐ見つかるわ」

 拳が震えた。彼女は知らないのだろうか? メアリーは王太子に媚薬を盛ったなんて恥知らずな女、と両親から既に絶縁を言い渡された事を。

 もう社交界にもその話は広まった筈だから、メアリーを雇ってくれる屋敷などもうないことを。

「……じゃあ、これはもうお返ししますね」

 力なくメアリーがユリーティアに渡したのは銀のイヤリング。ユリーティアのメイドとなり、ユリーティアに慕われた時に渡されたものだ。でももう、これはメアリーが持ってはいけない。


「……そう。なら、手切れ金としてこれをあげるわ」

 投げつけられたのは、大きなサファイアがついたネックレス。こんな物をメアリーが持っていたり売ったりしたら盗賊におそわれるとはユリーティアは思わないのだろうか?


 それとも、メアリーがどうなっても構わない程に、いつの間にかメアリーは嫌われていたというのか?

「…………ありがとう、ございます」 

 よろよろと、メアリーは扉に向かった。もう、ここにはいたくなかった。

 ユリーティアにカーテシーをする。

「あ、もう殿下がいらっしゃるから、早く行って頂戴」

 ユリーティアは、もうメアリーには微塵の興味もないようだった。

 

 疲れたように笑ったメアリーの目に、光は無い。

 もうすぐ、冬が来ると確信させる寒さを感じながら、メアリーは屋敷を後にした。


◇◇◇


 それから4回冬を越えた。時間にして3年とちょっと。そして春、まだ寒さがぶり返す季節。

 ユリーティアは、ようやく漕ぎ着けた王太子との婚約を破棄されるところだった。

「もう、君にはうんざりだ……。婚約破棄してくれ、いや婚約解消しよう。ユリーティア」

「な、何故ですか、殿下?」

 夜会。シルクのドレスに身を包んだユリーティアは、狼狽しながら王太子に駆け寄る。そしてその伸ばした手を、王太子は振り払った。

「今日だってそうだ。会場に入ったら、君は他の貴族に挨拶する前にドレスを見せびらかしに何処かに行ってしまった。

 それに、今までだって密室に騎士とふたりきりになったり、メイドが少し紅茶を渋く淹れただけで罰したり、君がそんな人だなんて思わなかったよ」

 唇を震わせて、ユリーティアは言葉を紡ぐ。

「だ、だって騎士とふたりきりになっちゃいけないんだって教えてくれなかったし、それにメアリーはいつだって完璧だったわ!」

 王太子の片眉が上がる。

「メアリー……? あぁ、僕に媚薬を盛ったメイドか。

 あれも、彼女のメイド仲間から話を聞いた時不思議に思ったよ。だって誰もが彼女を慕っていた。そんな人があんな愚かなことをするのかと思ったよ。……君は気づいてないと思うけど、君の屋敷に新人のメイドが多いのはメアリー嬢の解雇を知ったメイドや執事が一斉に退職していったからだよ」

「え、え……?」

「あぁ、その様子だと気づいてなかったみたいだね」

 うろたえるユリーティアは、「で、でも」と声を荒げる。

「じゃあどうしてメアリーを解雇するのを止めなかったんですか!?」

「メアリー嬢から、書き置きがあったからだよ。『私がやりました。もう放っておいて下さい』と。だから、彼女の為にも止めなかったんだ。それに、その時は真実なんてよく分からなかったからね」

 王太子の冷たい声に怯え、腰が抜けたのかペタンと座りこむユリーティア。今の一瞬で老けてしまったかのように、彼女の大輪のような美貌は今は陰っている。

「わ、私は悪く……」


 助けを求めるように周りを見るユリーティアの目に映ったのは、蔑むようにユリーティアを見下す貴族たち。彼等は、小さな違和感の正体の答え合わせをするように、ギリギリユリーティアに聞こえる声量で話し始めた。

「わたくし、ユリーティア様をお茶会にお招きしたのですが、前はそれ程でも無かったのに、その時はやたらと文句が多くて、服も奇抜でしたわ。公爵令嬢ですから表立っては言えませんでしたが……ねぇ?」

「私も思いましたわ。なんだか最近爵位を鼻にかける様な言動が多くなったのではなくって?」

 ヒソヒソ、ヒソヒソ。それは微かに聞こえる憐憫の嘲笑。

「わしは王弟なのだが、彼女がわしの顔を見ても誰か分からなかった時はびっくりしたぞ。この間までは分かっていたのに」

「あぁ、彼女の家庭教師も嘆いていましたよ。最近まともに授業を受けてくれないと」

 ヒソヒソ、ヒソヒソ。今まで見えてなかった真実が浮き彫りになる。

「そう言えば、学園では平民の少女を虐めているそうじゃないか?」

「えぇ、悪質な悪戯をしているようですわ。何でも『殿下にすり寄るだなんて、この恥知らず!』と言って。ですがその平民の方は能力を買われて殿下と同じ生徒会に属しているのでしょう? 距離が近くなるのもしょうがない気がしますが」

「それに、私が見てた限り平民の方は適切な距離の範疇でしたわ。むしろ、ユリーティア様の方が……」

 ヒソヒソ、ヒソヒソ。その声は止まることを知らず広がっていく。


 どうして、こんな事になったのだ。そう項垂れたユリーティアは、閃く。

 そうだ、メアリーがいなくなってこんな事になったのだ。メアリーが戻ってきてくれれば、また王太子の婚約者になれる。

 メアリーだって、ユリーティアを敬愛していたのだから、また仕える事が出来ると知ったら、泣いて喜ぶだろう。


「で、殿下! 私に時間を下さい」

「へぇ、どうして?」

「わ、私の子を、連れ戻してくるのです。そうすれば、私はまた……」

 うっとりと、自分が持て囃されていた過去を思い出し酔いしれるユリーティアは、カーテシーもせず退出した。

 その様子を見た王太子は、ボソリと呟く。

「……そういう所が、嫌いなんだよ」


 夢見る少女に、そんな言葉は届かない。


◇◇◇


「レオンさん、こっち洗濯終わりました」

「ありがとう、メアリーさん。そろそろご飯にしましょうか」

「この匂いは……っ、シチュー!」

 鼻をピスピスと動かし嬉しそうに笑うメアリーを見て、レオンの顔も綻ぶ。

 そんなメアリーの体に、弾丸のような速さで何かが抱きついた。

「ママ、早く食べに行こ!」

 ちいちゃな男の子がニパッと笑う。

 仲良く笑う3人を見て、何処からともなく笑い声が聞こえた。

 それは、メアリーがメイドだった頃の仲間たち。


 そう、メアリーは今辺境に建てられている教会に身を寄せている。神父であるレオンにあの後彷徨っていた所を保護してもらったメアリー。その対価として何か出来ないかとレオンにかけあった所、孤児院のような役割も果たしている教会で、子供たちのママのような存在になって欲しいと言われた。

 可愛い子供達と、優しいレオンと一緒に暮らす毎日は楽しかったし、そんなレオンに恋をし、晴れて恋人に成れたときは、天にも昇る心地だった。

 そして、「あんな所辞めてきてやったわ!」とメイドや執事であった仲間たちが押しかけ女房のようにやってきてからは、メイドや執事達の両親からの支援や人手不足解消、協会の修繕によって、益々教会は賑わいをみせている。


 そんな幸せの中で思うのは、ユリーティアのこと。

 ユリーティアのことがもう気にならないのか、と聞かれたら否だ。しかしもう気にしたってメアリーにはどうも出来ないのだ。

 彼女はきっとこれから上手くいかないだろうが、教会の様式にのっとって祈るくらいしかメアリーには出来ない。


 うん、とメアリーは気持ちを切り替える。

 さあ、教会に入りましょう、とメアリーは男の子や、ワラワラと集まって来た子供達の背を押す。

 メアリーも入ろうとした所で、慌てたように元執事長がかけてきた。

「大変です、メアリー様。ユリーティア様が来ています」

「……なんですって?」

 さっき思い出していた所で来たのだから、なんてタイムリーなのかと溜息をついてしまう。いつかは対峙するかもと思っていたが、もう時間が経ったから大丈夫だと思ったメアリーが甘かったらしい。

「私が対応します。貴方は子供達の面倒をお願いします」

「分かりました、お任せ下さい」

 そう言ってよく状況を飲み込めていない子供達を連れて行く元執事長の背を見送り、メアリーは玄関に向かう。その手を、レオンがとった。

「一緒にいきましょう」

「で、でもレオンさんを巻き込むわけには、」

 言い淀むメアリーにレオンは笑いかける。

「僕は貴女の恋人、でしょう?」

 その言葉に泣きそうになりながら、メアリーは精一杯の笑顔を返す。

「はい、レオンさん!」



「――遅いじゃない、メアリー」

 クッキーを平らげながら、ユリーティアはソファーに座っていた。

 子供達の為にと焼いたクッキーを貪り食う様に、やっぱりこの人は何処か子供じみている、とメアリーは思った。


「何か御用ですか?」

「あぁ! 貴女に良い話を持ってきたのよ。メアリー、貴女をまた私のメイドにしてあげるわ」

「お断りします」

 すぐさま断ったメアリーに、ユリーティアは驚いたかのようにクッキーをポロリと落とす。

「あ、お給金も前より上げるわよ?」

「いいえ、私は戻りません」

 静かに首を振るメアリーに、ユリーティアは泣きそうな顔をする。

「どうしてよ、私の事好きなんでしょ? 光栄じゃない!?」

 駄々をこねる幼子を諭すように、メアリーは語りかける。

「……貴女を、支えすぎたことは重々承知しております。貴女のお世話をする日々は私にとって代えがたい程に幸せでした」

「だったら――!」


「でも、それはひとえに私はユリーティア様を敬愛していたからです」

 あの日、メアリーの善良な心は死んでしまった。

「ごめんなさい、ユリーティア様。私は、貴女がいない幸福を、ここで見つけてしまったんです」

 涙を流しながら、ユリーティアはメアリーに縋り付く。

「いや、嫌よメアリー! 私を見捨てないで、ずっと側にいて、私を叱りつけて、私を一番にして!」

「……もう、無理です」

 レオンは、何時でもユリーティアを捕まえられるようにピリピリと緊張している。

 ユリーティアがそう簡単に諦めることはないと知っているメアリーは、「じゃあ、」とユリーティアに言った。


「明日の午後4時、セレモント学園の西教室に来て下さい」

「……っ! うん、待っているわメアリー!」

 パァッと嬉しそうな顔になったユリーティアには返事をせず、レオンの手を取りメアリーは退出する。 

 ユリーティアは無邪気な笑顔のまま、元メイド達に連れられ教会から去った。


 レオンは、ユリーティアが帰ったあと、メアリーに話しかける。

「あんな約束して、大丈夫なんですか? 彼女の執着ははっきり言うと異常です」

「大丈夫です」


 彼女は、もうきっとメアリーを追いかけて来なくなる。


 ――何故なら、乙女ゲームの世界のユリーティアは、そうやって王太子を諦めたからだ。


◇◇◇


 ここが某乙女ゲームの世界だと気づいたのは、メアリーが4歳の頃。唐突に前世、妹が乙女ゲームをプレイしていたのを思い出した。

 そして、記憶を思い出したメアリーがやろうと思ったのは、悪役令嬢として平民のヒロインを虐め、最後は断罪され王太子に拒絶され心を病み、植物状態になってしまうユリーティアを助けたい、だった。

 特別思い入れのあったキャラではない。ただ前世、世話好きで、妹にお節介と言われる程だったメアリーは、哀れなユリーティアを放って置けなかったのだ。


 それに、本編には登場しないはずのメアリーという『異分子』が加われば、彼女の結末を変えれると思ったのだ。

 それから、12歳からユリーティアの下で働き始めた。メアリーの両親は、公爵令嬢の所で働いたら箔が付くと喜び、お給金も良かったためメアリーを躊躇いなく送り出した。


 メアリーは、母を早くに亡くしたユリーティアの母となれるように、時に叱りつけ、時には重役の名前が分からないユリーティアに耳打ちし、何処か世間に疎いユリーティアに常識を説いた。

 だが、人は施されていく内に、それをうざがる傾向にある。メアリーは前世、恋人に尽くし、そして捨てられた。

 別れたあとメアリーの大切さがようやく分かった元恋人は縋ってきたが、メアリーは絶望し電車に飛び出した。


 ユリーティアも、メアリーを何処か疎ましく思っていたのだろう。だから、メアリーに罪を擦り付けたのだ。


 前世の恋人に裏切られた記憶がフラッシュバックしたメアリーは、ユリーティアに抱いていたいろんな愛情が消えた。


 それはユリーティアに対する裏切りだと、思う人もいるだろう。だけど、先に裏切ったのは彼女達。メアリーのいない人生を選んだのはそっちなのだ。

 それに、と考えるメアリーの脳裏に浮かぶのは、レオンや子供達、元メイドや執事達。メアリーは知ってしまった。愛情をあげたら、それ以上の愛情が返ってくる涙が出るような幸福を。

 尽くすのではなく、本当は愛されたかっただけなのだ、メアリーも。



「やっぱり行かないほうがいいと思います、メアリーさん」

 不意に思考の淵から引っ張り出された。心配そうにこちらを見るレオン、状況は分からないがママであるメアリーを心配するように見つめる子供達。

ずっと求めていたメアリーの居場所。

 ユリーティアが帰ったあと、食事を済ませてソファーに座っていたメアリーがボーっとしているから、心配をかけてしまったのだろう。

 思わず、笑みが溢れる。

「本当に大丈夫です。私はユリーティア様とは会いません」

「え?」

「これを、西教室に置いておくだけです」

 メアリーの膝に乗っていた箱の中には、あの日渡されたサファイアのネックレスが入っている。

「これは、手切れ金として渡された彼女のものです。ユリーティア様は、自分の所有物(装飾品)を渡した相手のことも、所有物だと思うんです。だから、これを返せば、ようやくわかってくれると思います」

 ユリーティアに貰ったイヤリングを返したメアリーに、イヤリングの代わりとしてきっとユリーティアはもっと高価なネックレスを渡したのだろう。

 自分のお気に入りの人形に、自分のつけている大事なリボンをつけるような感覚なのだろう。


 ゲームでは、王太子に婚約指輪を突き返されたことでユリーティアは王太子はもう自分の物ではないことを悟り、心を病んだ。

 あの結末を変えたかった筈なのに結局はメアリー自身がその結末に導いていると考えるとなんとも皮肉だが、遅かれ早かれ、きっとユリーティアはこんな結末を迎える事になっただろう。

 ユリーティアが上手くいかなくなったのは、メアリーのせいではない。ユリーティアの、変えることの出来なかった性根のせいだからだ。


「ごめんなさい、ユリーティア様」

 教会の祈祷室にいると信じられている神に祈る。そうすると、レオンが手を握ってくれた。

「僕は、貴女の半生を聞いたことしかありません。でもだからこそ、僕は貴女の味方でいます。勿論、他の皆も」

 周りを見ると、メアリーが泣いたと思ったのか心配そうにメアリーに子供達が声をかけてくる。


「――ありがとうございます」

 私は、間違えてきた人間だったけど、きっとこの幸福は、間違っていない。

 そう無条件に信じられる程、そこは温かい光に満ちていた。


 そして、もうユリーティアが此処に訪れることは無かった。


◇◇◇


 それから一年後、今日はレオンとメアリーの結婚式。子供達、それから色んな仲間に見守られながら、今日二人は夫婦となる。

 プロポーズは、レオンから。指輪を出し、「結婚してください」と頬を真っ赤にするレオンに、メアリーは返事の代わりとキスをした。


 草が青々と茂っている中、教会の前にメアリーはいた。白いウエディングドレスに身を包み、入場の合図がかかるのを今か今かと待っている。早く、扉の向こうにいるレオンにあいたくてしょうがなかった。


 その時、遠くの丘の上に誰か人が二人いる気がした。前世から、目だけはいいのだ。

 一人は座っている……いや車椅子に乗った人で、もうひとりはその側に立っている。きっと車椅子を押した人なのだろう。

 車椅子に乗っている人の、輝く金髪と、首筋に光る青い光が妙に目を引いた。


「…………」

 見つめている間に、入場の合図がかかった。メアリーはもうそこには目を向けず、教会の扉を開ける。

 歓声が上がり、花びらが舞う。


 愛する人の下へ。その足を一歩進めた。

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