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惨劇の夜は明けて

 湖畔亭の中は、すっかり、大騒ぎになってしまった。

 まだまだ不明な点だらけではあったが、それでも、あの監視カメラの録画映像のおかげで、何が起きたかの大筋だけは分かったのである。

 もっと敏速に賢く行動せねばいけない状況だったのであろうが、実の親たちには、この事件は、あまりにも衝撃的で残酷すぎたらしい。本旅館の当主である喜三郎侯やその夫人は、娘の危機に完全に動揺してしまい、うろたえ、泣き出して、まともな事も考えられなくなってしまっていた。

 これでは、彼らには、現場の指揮は執れそうにないのである。代わって、敏腕を振るったのが、執事の尾形老人なのだった。彼は、迷う事なく、すぐに地元の警察へ一報したのである。他の従業員たちの事も、混乱しないようにと、落ち着いて、導いたのだ。殺人が起こったと思われる脱衣場の現場保存の方も完璧だった。尾形老人は、この事件の捜査を警察がしやすいように、できる限りの用意をこなしてくれたのである。

 しかし、今夜は、やるべき事は、それだけでは終わらなかった。現在、旅館の奥の部屋には、貴賓のフランス大使一行が泊まっているのである。彼らを余計なトラブルに巻き込まない事こそが、今もっとも重要な使命なのだ。

 警察が来る前も、来てからも、従業員たちによる旅館内の警護の方は緩められなかった。特に、警備や監視は、フランス大使の一行の部屋を中心に、継続されたのだった。今度は彼らが黄金仮面に襲われなどしたら、それこそ、取り返しのつかない失態になってしまうのだ。実質上、警護は、フランス大使一行の周辺だけにと絞られてしまったのである。

 そして、早朝になれば、彼らフランス大使一行には、すみやかに、旅館から帰ってもらう予定なのであった。よって、必要以上の不安を彼らに抱かせない為にも、何が起きたかは、焦点をぼかした形でしか、彼らには伝えられなかった。こうして、実際に、何も知らないまま、翌朝には、フランス大使一行は、呑気に、旅館を出て行ったのであった。その後、特に連絡もなかったので、彼らは無事に首都の大使館の方には戻れたらしかった。

 地元の警察の方も、夜間のうちに、すぐに、湖畔亭には駆けつけてくれた。しかし、なにぶん、殺人事件なんて大事件は、こんな辺ぴな場所では、これまで起こった試しもなかったのである。しかも、死体なき犯罪ときた。そもそも、被害者が完全に死んでいたかどうかも分からなかったのである。いちおう、型どおりの捜査は行なってくれていたようだが、それでも、この事件は、地元の警官には手に余ったようで、なかなか、すぐに解決とはならなかったのだった。

 こんな具合で、相変わらず、娘の安否は不明のままだし、当主の侯爵夫妻は、もはや、気が狂わんばかりの状態にで取り乱していたのであった。旅館内も、ずっと混乱したままなのである。

 そのような有様の時、翌朝になってから、他の旅館に泊まっていたアケチ探偵が、ひょっこりと、この湖畔亭へと帰ってきたのだった。彼は、何もかもを後回しにされてしまい、今ごろになって、昨晩に起きた事件のことを知らされたのである。それで、彼も、ようやく、ここへと戻ってきたのだ。

 かくて、いよいよ、真打のアケチ探偵の出陣となったのである。

 当主の喜三郎侯も湖畔亭の従業員たちも、アケチが帰ってきたのを見つけると、藁をもすがるように、泣きついてきた。もはや、連中にとって頼れるのは、この名探偵だけなのである。しかし、アケチの方は、いささか不愉快そうな感じなのであった。

 まあ、それも仕方あるまい。こんな事件が起きたと言うのに、この連中ときたら、自分の存在をずっと忘れていたのだ。名探偵としてのプライドも、そうとう傷ついたであろう。だが、アケチが不服を抱いていたのは、どうやら、そのせいばかりでもないようなのであった。

 アケチが現われると、それこそ、地元の警官たちの方が、より深い敬意を払って、アケチの事を迎合した。アケチの名声は、こんな地方にまで、満遍なく伝わっていたのである。

「アケチ先生。この事件につきましては、トーキョー本署の方から、専任の捜査官が派遣される事となりました。彼らが到着するまでの間、先生にも調査のご協力をお願いいただけないでしょうか。黄金仮面が絡んでいるらしいと言う事で、トーキョーからは、ナミコシ警部も一緒に来られるそうです」警官は、丁重に、アケチに告げた。

「ナミコシさんだって?あの人は、窃盗とか万引きとかが専門で、殺人の担当とは違うだろう?」と、アケチは、呆れたように言い放ったのだった。

 そのうち、早くも、ナミコシ警部と本署の捜査官たちは、この湖畔亭にと到着したのであった。それほどまでも、アケチにこの事件の報告が行くのは遅かった訳なのだ。

 知り合いだったアケチとナミコシは、顔を合わすと、軽く挨拶をかわした。お互いに、相手の実力は認め合っているのである。かくて、アケチとナミコシの二大探偵による、事件の合同捜査が始まる事になったのだ。

 調査中、アケチの態度は、ずっと不機嫌であった。犯行現場の脱衣場を調査しても、監視カメラの録画映像を拝見しても、絶えず、鼻であしらうような態度だったのである。

「どうしたのかね、アケチくん。やけに不快そうな様子だが。この事件の何かが、気に入らないのかね?」

 さすがに、アケチの態度の悪さが目につくので、ナミコシも彼に尋ねたのだった。

「当たり前です。こんなの、皆で騒ぎ立てるほどの事件でもありませんよ。調査をすればするほど、それが確信に変わっていきましたので、僕の方は、もう、これ以上、捜査に加わる気はありません」アケチは言った。

「何だって!君には、すでに、この事件は解決済みだと言うのかね?」

「そうです。はじめっから、目星はついていました」

「では、君の推理を教えてもらえないかね?」

「いいでしょう。でしたら、旅館の主だった人物を集めてください。彼らにも、この事件の真相をご説明します」

 こうして、早くも、アケチによる事件の種明かしが始まったのだった。

 大鳥家の家族や屋敷の使用人、さらに、旅館の従業員らが、一同に、旅館の大広間の方に集合した。彼らを前にして、いよいよ、アケチが、事件の真実を語り出したのである。

「まず、最初に告げておきます。今の僕は、大変に腹立たしく思っているのです。このような事件が起きたのに、僕にすぐに知らせてくれなかったからではありません。犯人が、こんな騒動を起こした事に対して、苛立っているのです。僕には、早い段階で、この旅館で何かが起きる事は分かっていました。しかし、ここまで大げさな事をするとは想像していなかったのです」

「アケチくん。それって、どう言う意味なのだね?」アケチの隣にいたナミコシが、不思議そうに尋ねた。

 アケチが頭脳明晰なのは承知だが、今、彼が語っている事は、あまりにも説明不足なのである。

「僕は、この事件が起きる以前から、この旅館の当主の大鳥氏に雇われていたのです。案件の内容は、娘の不二子さんについてでした。つまり、今回の事件の被害者と見られている人物ですね。大鳥氏の話によれば、娘の不二子さんは、ここ最近、謎の人物に付け狙われていたと言うのです。このように聞けば、皆さんは、そのストーカーこそが、今回、不二子さんを殺して、その死体を盗み去ったのだ、と考えたかも知れません。でも、僕は、最初の時点から、それとは異なる結論を導き出していました」

「異なる結論だって?」

「そうです。だから、今回の事件も、不二子さんは、全く、被害者などではありません。むしろ、彼女こそは、この事件の、いや、事件と呼ぶのもバカバカしい悪ふざけの共犯者だったのです」

 アケチの意外すぎる発言に、大広間の中は、すっかり、呆然となってしまったのだった。

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