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死を呼ぶ黄金仮面

 アケチにとっては、文字どおり、出鼻をくじかれる展開であった。

 自分から招いておいて、その招待客を、自分の家にも旅館にも泊めさせないなんて、いささか失礼な態度にも思えるのである。しかし、そのへんが、いかにも、浮世離れした地方の名士なのかも知れなかった。

 とにかく、いい気はしなかったものの、ひとまず、アケチは、喜三郎侯の指示に従う事にしたのであった。喜三郎侯は、アケチの為に、きちんと、近所の温泉宿に予約を入れておいてくれたのである。しかも、木場こばなどと言う偽名を用いてだ。喜三郎侯は、内輪の問題で探偵を呼んだ事を、そこまでして外部には秘密にしておきたかったらしい。

 アケチは、少しだけ湖畔亭内でくつろいでから、正午ごろには、他の宿泊客とともに、この旅館を後にした。追い出された他の宿泊客たちも、それぞれ、帰るなり、他の宿に移るなりしたようであった。

 それから間もなくして、湖畔亭には、アケチ以上の貴賓であるフランス大使一行が到着したのだった。彼らは、それはそれは丁重な持てなしを、湖畔亭の一同から受ける事となったのである。宿泊部屋は、旅館内の奥にある最上級の部屋だし、旅館自体が、完全に彼らだけの貸切なのだ。

 フランス大使のルージェール伯は、さっさく、大鳥家の家宝である十人阿弥陀を拝ませてもらう事にしたのだった。この十人阿弥陀は、大鳥家の本宅の奥部の倉の中にと、普段は保管されていたのである。その倉は、まさに、十人阿弥陀だけを置いておく為の大型金庫であった。入り口以外に余計な窓や裏口はなく、通常は、その入り口にも頑丈な鍵が掛けられているのだ。今回のような特別な鑑賞希望者がいた時だけ、その重い扉を開いたのである。

 この度の倉の開放は、実に数年ぶりのものだった。当主の喜三郎侯からして、久しぶりの拝見となるのだ。ここに、大鳥家の重要なる宝物は、海外からの貴賓の目にと晒されたのである。

 十人阿弥陀を拝見したルージェール伯の感動ぶりも、想像を上回るものだった。日本の古典美術に造詣が深いルージェール伯にしてみれば、それほどの感銘だったのであろう。

 十人阿弥陀とは、その俗称の通りの、10体の木彫りの仏像だった。藤原時代の作品だと言われている。一つ一つの仏像は小振りで、子供ぐらいの大きさしか無かったのだが、代わりに、セットの10体が、一つも欠けずに揃っていた点が、非常に希少だった。国宝指定にしてもいいほどの価値があったのである。

 薄暗い倉の中で見物してみても、この10体の阿弥陀像が、ずらりと横に並んでいる様は、荘厳で、素晴らしかった。ルージェール伯は、この隠れた日本の芸術品を、心ゆくまで鑑賞させてもらったのである。

 こうして、最大の目的を終えたルージェール伯の一行は、そのあとは、今度は、湖畔亭の名湯をゆっくり楽しませてもらう事にしたのだった。一泊して、たっぷり、日本の温泉の情緒を味わわせてもらうのだ。宿泊させる側の大鳥家の方も、こんな海外の大物を自分の宿に迎え入れる事ができて、すっかり舞い上がっている様子なのであった。

 このようにして、その日も、どうにか、とどこおりなく過ぎてゆき、いつしか、湖畔亭にも暗い深夜が訪れていた。旅館側の万全な警護のもと、フランス大使の一行も、一通りのスケジュールをこなし、最後は、あてがわれた最上級の宿泊部屋の中へと落ち着いたようなのだった。何しろ、相手は、国交の点でも最重要人物であり、わずかな無礼も許されないのだ。湖畔亭の側としても、繊細な注意を払って、彼らの守護に当たっていたのであった。

 と、その頃、この湖畔亭の大浴場に、こっそりと訪れている二人組の姿があった。それは、あの噂の大鳥家の一人娘・不二子と、その侍女・小雪である。

 貴賓のフランス大使一行は、すでに入浴を済ませてしまったし、他に宿泊客はいないものだから、今の大浴場は完全に無人で、好き勝手に入浴できる状態なのだった。つまり、悪戯な不二子は、今までだって、旅館が貸切になった時は、秘密裏に、この大浴場に浸かっていたのであった。せっかく、自分ちに、こんな立派で広い風呂場があるのだから、こんな機会があれば、家族や従業員にも内緒で、存分に大きな温泉を満喫したいものなのである。

 入浴するのは、不二子一人だけだ。侍女の小雪は、見張り役なのだった。不二子が、お嬢さまらしい華やかな顔立ちの美人ならば、小雪は、不二子より少し年上の、庶民らしい慎ましやかな雰囲気の美人であった。二人は、美女コンビとして、この地方でもよく知られていた名物娘だったのだ。そして、真面目な小雪が、不二子のワガママにいつも振り回されていたと言うのも、とても有名な話なのだった。

 だからこそ、この日の事だって、そんな出来事の一つだったのだと、皆は当然のように考えたのである。内緒で大浴場に入りたいなんて、きっと、不二子が言い出した話なのであり、小雪は、不二子に無理やり押し切られて、この彼女の身勝手に付き合ったのだと、誰しもが思ったのだった。

 そして、その飛んでもない事件にと繋がったのである。

 もっとも、そもそもは、この大浴場自体が、あまり安全な場所だとも言えなかったのだ。と言うのも、この大浴場では、つい最近も、あの吸血鬼のごとき怪人に外から覗き込まれる、と言う騒動が起きたばかりだったからである。

 さて、話を進める事にしよう。

 真夜中に、突如、湖畔亭内で、絹を裂くような女性の悲鳴が響き渡った。それは大浴場の方から聞こえてきたのだった。もちろん、旅館内にいた従業員たちは、何事かと思った。彼らのうちの何人かは、急いで、大浴場の方へ向かった。すると、彼らは、廊下を駆けている途中で、小雪と鉢合わせになったのだった。

 小雪は、顔を真っ青にして、ガクガクと震えていた。対峙した従業員が、小雪に理由を聞くと、彼女は、おびえた泣き声でこう訴えたのである。

「お嬢さまが、不二子姫さまが大浴場の脱衣場で殺されました!」

 その頃には、もっと沢山の従業員が、小雪のもとに集まっていた。本宅の方からも、早くも、喜三郎侯や執事の尾形老人らが駆けつけていた。彼らは、小雪の話にびっくりして、慌てて、大浴場の方に向かったのである。

 大浴場の脱衣場にたどり着いてから、彼らは、さらに心臓が止まりそうなほど驚いたのだった。

 なぜなら、脱衣場の床は、大量の血で赤く染まっていたからである。その匂いや色彩から、その赤い液体が鮮血であった事は、一般人の彼らにも、明白に分かった。しかし、この場所に、不二子嬢の姿は、どこにも見当たらなかったのである。この鮮血が、本当に不二子嬢のものだったのかどうかも、まだ言い切れなかったのだ。

 かくして、彼らは、動揺しながらも、再び、小雪に詳しい事情を訊ねたのだった。

「私は、不二子姫さまに連れられて、あの無人の大浴場へ浸かりに行ったのです。私は、あくまで、浴場の外の廊下で見張っている番兵役でした。姫さまは、一人で、この脱衣場の中に入られたのです。しばらくすると、中から、バタバタと動き回る音と、姫さまの切羽詰まった悲鳴が聞こえてきました。私は、急いで、脱衣場に入ろうとしたのですが、戸が開きません。どうやら、中から突っかいがされていたらしいのです。私は、必死になって、何とか、戸をこじ開けました。そしたら、脱衣場は、この有様だったのです」

 小雪の話を聞いた限りでは、脱衣場の中で、不二子が暴漢に襲われたのだとしか思えなかった。しかし、脱衣場には、血の跡だけで、犠牲者の姿も加害者の姿もないのだ。仮に、不二子が被害者だったとしても、その遺体は見つからないし、犯人の侵入経路も分からないのであった。

「そうだ!この脱衣場にも監視カメラが取り付けてあったはずです。その録画映像を見てみましょう!」閃いたように、小雪が提案したのだった。

 この湖畔亭には、各所に、防犯用の最先端の監視カメラが設置されていた。楽屋泥棒ならぬ脱衣場泥棒を防ぐ為に、実は、脱衣場にもカメラの一つが取り付けられていたのである。もちろん、デバガメ犯罪になりかねないので、そのカメラは、なるべく、入浴客の方に向かないような角度にと配置されていた。さらに、カメラが写した映像は、旅館の警備室で同時進行で観察する事もできたのだが、やはり、これに関しても、脱衣場のカメラを覗く事は、まず無かったのだった。

 ただし、この監視カメラには、録画の機能も備わっていたのである。この機能に関しても、普段は全く使用していなかったのだが、今晩だけは、重要な貴賓であるフランス大使を泊めていた事もあって、珍しく、フルタイムで全監視カメラの映像を録画していたのだった。小雪は、その事を思い出したようなのであった。

 一同は、すぐさま、警備室の方へ向かい、警備担当者たちに事情を話して、たった今の脱衣場の録画映像を再生してもらう事にした。この再生を行なうと、カメラでの現行の監視も録画の方も停止してしまうのだが、この際、緊急事態なのだから、止むを得ないのである。

 彼らは監視カメラのモニターの前に集まり、固唾を飲んで、その再生映像を見守った。

 すると。

 脱衣場の再生映像は、肝心の時間になると、不二子嬢の美しい顔や姿がチラチラと写り始めた。今のところは、彼女もにこやかな様子なのである。リラックスして、衣類を脱いでいる最中みたいなのだ。ふと、映像に、不審なものが写った。キラリと丸いものが光っていた。金色なのだ。それは、何なのであろうか。と、考える暇もなく、今度は、はっきりと、ナイフの刃が、画面に大きく写し出されたのだった!続いて、不二子嬢の目を見開いた表情が、画面を横切った。音は聞こえないものの、彼女は、この時、襲われたみたいなのだ。

 モニターの鑑賞者たちは、この再生映像を、がく然としながら、見物し続けた。

 おぞましい事に、ばあっと、モニターのレンズいっぱいに、鮮血が飛び散った。とうとう、不二子嬢がナイフで刺されてしまったらしいのだ。そのあとも、モニターには、不二子嬢の体の一部がチラリと見えたり、血まみれのナイフの刃が瞬間的に写ったり、血が舞ったりした。もはや、不二子嬢が何者かの手によって、メッタ刺しにされてしまった事は、確実そうなのである。

 この再生映像の鑑賞者たちも、すっかり、顔が真っ青になってしまったのだった。

 再生映像は、最後の最後で、ようやく、ナイフの持ち主の姿を写し出した。先ほどの、キラリと光った丸いものが、また写ったのだ。今度は、その輪郭もクッキリと写されていた。それは仮面なのである。誰かが被っている、黄金のマスクなのだ。そう、そいつは黄金仮面だったのである。

 なんて事であろうか。この不二子嬢を襲撃した犯人は、あの黄金仮面だったのだ。この都市伝説の怪人は、盗みだけではなく、人まで殺す化け物だったのである!

 モニター内の黄金仮面は、監視カメラの存在に気付いたらしく、いきなり、カメラの方に、その不気味な顔を真っ直ぐに向けた。それから、スーッとカメラの方に寄って来ると、仮面がどアップになってしまった直後に、その仮面はピタッと消えて、見えなくなってしまったのであった。

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