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罠にかかった魔法博士

 これは、おかしな事になってきました。

 なぜ、大木の上になど、警官の佐藤さんが捕まっていたのでしょうか。その余りに異常な状況から、逆に、この佐藤さんが嘘をついていたとも思えないのです。そして、この出来事の犯人が、もし、あの魔法博士だったとしたならば、むしろ、こんな奇想天外なパフォーマンスだって仕掛けかねない、と十分に納得できたのでありました。

 さらに、何よりも、魔法博士の正体とは、あの怪人ニジュウ面相なのです。ニジュウ面相は、人間が乗れる大型ドローンも所有していました。よって、拉致した佐藤さんのことを、魔法博士のニジュウ面相は、この大型ドローンを使って、高い木の上にまで運んだのかも知れず、その時の拉致の様子を、たまたま、遠くから北村さんが目撃していて、それをてっきりユーフォーと勘違いしてしまった、と言う事も、何となく有りそうな話なのでした。

 さて、同時期、平野宅の方では、一人だけで蔵の警備を任されていた佐藤巡査が、他の見張りがいないと確信すると、なぜか、こっそりと蔵のもとへと足を向けていきました。ただし、一本スギの上にいた佐藤さんが本物だったとしたならば、こちらの佐藤巡査は、佐藤さんに化けたニセモノだったと言う事になります。

 この佐藤巡査は、蔵の入り口の前にと立つと、そこで入り口のドアに身を寄せて、見えない蔵の内側へと、いきなり、声を掛けたのでした。

「おおい、君たち。コバヤシだよ。危機は去った。だから、もう安全だよ」

 どうした訳か、この怪しい佐藤巡査は、コバヤシくんの声を真似て、蔵の中へと呼び掛けたのでした。しかも、その声マネは、やたらとクオリティが高かったのです。

「それって、本当ですか。何があったのですか」と、蔵の中からは、若い女の声が聞こえてきました。この声は、さては、ゆりかさんかも知れません。

 この女の子の声を耳にして、外の佐藤巡査は満足げに微笑んだのでした。

「本当だとも。魔法博士は、たった今、ボクたちが捕まえた。だから、もう何も心配する事はないんだよ。さあ、この蔵の扉を開けて、君たちも外に出ておいで」

 佐藤巡査は、相変わらず、コバヤシくんの声で、そう促すのでした。蔵の中からも、外にいる佐藤巡査の姿は見えませんでしたので、これでは、本物のコバヤシくんだと、コロッと騙されてしまうのです。

 しばらくしてから、内側から施錠されていた蔵の扉は、ガチャリと音を立てて、開いたのでした。その瞬間を、佐藤巡査は見逃しません。彼は、ニヤリと笑うと、すかさず、開いたばかりの蔵の扉を引っ張ったのです。すると、あれほど厳重だった蔵の扉は、あっさり開いてしまったのでした。

 佐藤巡査は、すぐに、薄暗い蔵の中へと押し入りました。

 蔵の中は、こぢんまりとしていて、奥の方には、背の高い少女と小さな男の子が、入り口の方に背を向けて、佇んでいるのです。この二人は、平野姉弟なのかも知れません。

 彼らの姿をしかと確認した佐藤巡査は、急に豹変して、ふてぶてしい大人の声で喋り出したのでした。

「やはり、ここに居たのですね。ふん。私の目は欺き切れませんよ」それは、とても自信に満ちた声だったのです。

「その声は?お前は、コバヤシ団長と違うな?なぜ、コバヤシ団長のフリをした?」佐藤巡査の方には背中を見せたままで、小さな男の子の方が怒鳴りました。

「ふふふ。ちょっとフザケてみただけですよ。童話の『七ひきの子やぎ』だって、お母さんの声に騙されて、狼を家の中に入れてしまったでしょう?それと同じです」と、佐藤巡査。

「じゃあ、お前は狼なのか?」

「あなた方にしてみれば、そう言う事になるのでしょうね。あらためて、名乗らせてもらいましょう。私こそは、魔法博士です。ゆりかくん、約束どおり、君をさらいに来ましたよ」

 ついに、ニセの佐藤巡査は、その正体を明かしたのでした。そう、こいつこそは、あの恐るべき魔法博士だったのです。魔法博士は、超一流の手品師であり、誰にだって自由に変装可能だったのであります。

「それにしても、コバヤシくんも、今回は、なかなか頭を振り絞ったらしくて、かなり策を巡らしたようですが、それでも、最後は私の勝ちだったようですね。コバヤシくんは、君たちを隠すに当たって、陽動作戦を企みましたが、そんなものには私は引っ掛かりませんでした。そう。こちらの蔵の中はオトリで、本物の君たちは車に乗せて、どこか別の場所へ保護したように見せ掛けたらしいのです。ところが、実は、外へ連れ去ったように見せた君たちの方が替え玉だったのでしょう?そして、わざとらしいオトリだった蔵の中の君たちこそが、本物だった訳です。私が陽動作戦ごときはすぐに見破るだろうと考えて、あえて二重の陽動作戦を仕掛けたのかも知れませんが、それすらも、私にかかっては、全て、お見通しだったのです」

 魔法博士は、勝ち誇ったように説明してみせたのでした。どうやら、今回のゆりかさん護衛作戦には、こんな秘密のトリックがあったらしいのです。そして、それを見事に看破して、ここまで辿り着いた魔法博士は、実に嬉しそうな様子なのでした。

「さあ。そんな事なのですから、君たちも、もう諦めて、おとなしく私に捕まりなさい。そんな風に、蔵の隅の方へ逃げていても、もはや無駄ですよ。私の勝ちを認めるのです」

 魔法博士は、横柄な態度で、ぐいぐいと、二人の子供たちの元へと近づいていきました。二人は、すっかり怯えてしまっているのか、身を寄せ合って、まるで動こうともしません。それから、ついに、二人のそばにまでやって来た魔法博士は、まずは、男の子の方の肩に、強く手を乗せたのです。いまだ反対側を向いている彼らを、自分の方へと寄せる為です。魔法博士が引っ張った事で、ようやく、男の子は振り返りました。

「あっ!お前は、平野のうちの息子ではないな!」魔法博士が、思わず、叫んだのでした。

 そうなのです。振り返った男の子の顔は、平野一郎くんとは、まるで別人だったのです。上品な一郎くんとは違い、ヤンチャな顔つきをしていました。背格好が同じだったものだから、こうやって、きちんと顔を見るまで、魔法博士も、この事に気付けなかったのでした。

「残念だったな、魔法博士。オレは、一郎くんなんかじゃないよ。アケチ別働隊の隊員の一人で、安公って者さ。悪いが、この蔵の中にいたオレたちも、本物ではなかったんだよ」一郎くんの替え玉だった少年が、魔法博士に向かって、そう怒鳴りました。

 実は、こう見えて、この安公は、もう18歳を過ぎた青年だったのです。一郎くんの替え玉などと言う危険な任務は、少年探偵団の子供たちには任せられません。そこで、アケチ青年別働隊の中でも特に体の小さな彼、安公が、この役目に抜擢されたのでした。

 そして、探偵の卵なだけに、この安公も、なかなか、すばしっこいのです。魔法博士が呆気に取られて、少し動揺した隙に、安公は、あっと言う間に、魔法博士のそばを離れて、バッと駆け出してしまったのです。彼は、たちまち、蔵の入り口まで走って、そこから外へ走り逃げてしまったのでした。

「ああ、畜生!だが、待てよ。と言う事は、こちらの娘の方も?」うろたえながらも、魔法博士は、急いで、もう一人の少女の方へと顔を向けました。

 しかし、その時には、その少女の方も、素早く走り出していたのです。やはり、彼女も、並みの反射神経ではなく、まんまと、魔法博士の手から逃れてしまったのでした。

「その子も、ゆりかさんなんかじゃないよ。アケチ青年別働隊の一人で、ひでちゃんって言うんだ」蔵の外から、安公が、魔法博士に向かって、得意げに教えました。

 それは、ここまで来ると、魔法博士の方でも推測できていた結論だったのです。それでも、遅れをとった魔法博士は、このひでちゃんにも、まんまと逃げられてしまったのでした。

 ひでちゃんも、バアッと、蔵の入り口を駆け抜けました。そして、蔵の外へと逃げ出してしまったのです。

 次の瞬間、扉が開きっ放しだった蔵の入り口には、上から、鉄格子になった蓋がガタンと落ちてきたのでした。まるで、檻の出口のような蓋なのです。もともとの蔵の扉よりも、ずっと頑丈なのであります。

 こうして、がく然としていた魔法博士は、すっかり、蔵の中に、一人きりで閉じ込められてしまったのでした。

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