ユーフォー騒動
「ほら、君たち、早く、早く!一本スギの場所は分かっているだろう?そこに宇宙人が飛来しているかも知れないんだ。今すぐ、一本スギへ行ってみたら、その宇宙人とも会えるかも知れないんだよ」
突然、隠密行動をしていたコバヤシくん達の前に押し寄せた北村さんは、あくまで、そんな話を彼らに勧め続けたのでした。
「そうは言われましても、ぼく達は、今、少年探偵団の活動中ですし、この場所を離れる訳にもいきませんしね」
コバヤシ団長は、呆れつつ、お手上げしながら、仲間の団員たちの方にも目を向けてみました。すると、意外にも、コバヤシくんの思惑とは裏腹に、他の団員たちは、ユーフォーを見に行きたそうな雰囲気になっていたのでした。中でも、ノロちゃんは、特にあからさまにソワソワしています。
「団長。ちょっとぐらいなら、見に行っても良いんじゃありませんか」と、ついつい、ノロちゃんが言いました。
「そうですよ。不思議な現象を解明するのは、探偵団の任務の一つだと思います」他の団員も、そんな事を口にして、ノロちゃんに味方するのでした。もちろん、本音を言えば、この子自身もユーフォーを見たかったのです。
「ねえ、団長。こんな浮わついた気分では、きっと、皆、見張りに集中できないと思いますよ。先にユーフォーを調査してから、すぐに、こちらの任務に戻る事にした方がいいのではありませんか」と、冷静だった井上くんも、そんな事をコバヤシくんにと提案したのでした。
確かに、井上くんの意見も一理あるのです。コバヤシ団長は、苦笑しながら、団員たちの顔を見回しました。
「うーん、なるほど、そうかも知れないね。じゃあ、ゆりかさんの警護は、お巡りさんの佐藤さんも務めてくれている事だし、少しの間、佐藤さんにだけ、警備を全て任せて、ぼく達はこの場を離れようか。でも、一本スギを調べたら、速やかに戻ってくるんだよ」
コバヤシ団長が折れて、そのように言ってくれたものだから、団員たちは、全員、わあーっと嬉しそうな笑顔を浮かべたのでした。まだまだ、彼らは子供だったので、ユーフォーとかに、とても興味があったのです。
こうして、5人の少年探偵団のメンバーは、一時、この場を離脱して、北村さんにと連れられて、近所の一本スギの元へと向かったのでした。団員たちの引率として、コバヤシ団長も付き合っていました。やはり、コバヤシくんも、何かがあった場合のことを考えると、団員たちだけで行動させるのは心配だったのです。
そして、彼らは、ついに一本スギの前にまで、やって来ました。そこは、平野邸から歩いて、5分もかからない場所だったのです。一本スギは、太い幹を持った、なかなかの大木で、何もない原っぱのど真ん中にとズンと立っていたのでした。
「さあ、ここだ。この一本スギのてっぺんに、空から、何か巨大なものが降りてくるのを、僕は目撃したんだ」一本スギの根もとに着くなり、北村さんは、頭上を指さしながら、そう告げました。
その直後に、一本スギの頂上が、北村さんの言葉に呼応するように、ガサガサと揺れて、音を立てたのでした。
少年探偵団の面々は、思わず、ギョッとしました。
一本スギの樹上は、どうやら、風で揺れた訳ではなさそうなのです。何やら、動くものが潜んでいるような感じなのであります。
鳥でしょうか?いえいえ、大人の北村さんが、たとえ遠くから目撃したとは言っても、鳥の形が分からなかったとは思えません。やはり、この一本スギの頂上には、何か得体の知れないものが佇んでいるらしいのです。
「よし。迷っていても始まらない。この木に登って、上に何があるかを調べてみよう」きっぱりと、コバヤシくんが言い切りました。この思い切った決断力は、さすがは、少年探偵団の団長なのです。
「でも、誰が登るのですか」木村くんが尋ねました。
「一番身軽で、すばしっこい子がいいだろう。ノロちゃん、君は木登りも名人だったよね?君に頼もうかな」
コバヤシくんに指名されて、臆病者のノロちゃんは、とても困った表情を浮かべたのでした。
「もし、本当に、この木の上に宇宙人がいたとしたら、君が、最初に宇宙人と会った人間になれるんだよ。それって、とっても誇れる話だろう?」
コバヤシくんに、さらにそんな事をそそのかされると、調子のいいノロちゃんは、すぐにその気になって、今度は快く、木登りの任務を了解したのでした。
それから、彼らは、探偵道具の一つである縄のロープを取り出しました。そして、ロープの一端に輪を作ると、ノロちゃんは得意の投げ縄で、そのロープの輪を一本スギのはるか頂上にまで投げ上げて、枝の一つに輪を引っ掛けると、うまく、木に登る為の即席の縄ばしごを完成させたのでした。あとは、このロープを登ってみるだけです。
「ノロちゃん、頑張って。でも、気を付けてね。もし、危険な事になったら、すぐに降りてくるんだよ」
皆から応援の声を掛けられたノロちゃんは、この時ばかりは、いっぱい勇気を振り絞って、元気にロープを登り始めたのでした。他の皆も、ちょっとばかり、ノロちゃんが凄い発見をする事を期待しているのです。
ぐんぐん、縄ばしごを登っていくノロちゃんは、あっという間に、木のてっぺんまで登り切ってしまい、その体は生い茂った枝葉の中に見えなくなりました。ノロちゃんは、一本スギの頂上の枝葉の中に隠れて、何かをゴソゴソと探し続けているのです。
「おーい、ノロちゃん。何か、見つかったかーい」コバヤシ団長が、木の真下から、姿の見えないノロちゃんに呼び掛けてみました。
「えーと。ああ!木の奥の方に何かが乗っかっています。かなり大きいものだ。今、調べてみます!」と、ノロちゃんからは意外な返事が戻ってきたのでした。
これには、探偵団のメンバーだけではなく、北村さんも驚いて、少し期待し始めたのです。もしかすると、彼らは、本当に、宇宙人との遭遇者になれるのでしょうか。
「大丈夫かい。無理するんじゃないよ。危なかったら、近づくんじゃないよ」コバヤシくんは、慎重に、優しい指示をノロちゃんに与えました。
しかし、何かを発見して、興奮しているらしいノロちゃんは、ぐんぐん、その何かにと接近していたようでした。
「あっ!」と、いきなり、ノロちゃんが大声をあげました。
「おいおい!何があったんだい!」皆が、ハラハラしながら、ノロちゃんに尋ねます。
「これ、宇宙人なんかじゃないよ。普通の人間だ。大人の男の人だよ。下着姿で、縛られています。きっと、何者かに捕まって、ここに連れてこられて、隠されていたんです」
ノロちゃんが、何やら、宇宙人よりも突拍子もない事を報告しだしたのでした。
「その人、生きているのかい?とにかく、まずは、その人を助けださなくちゃ!」コバヤシくんも、動揺しながらも、落ち着いて、指示を出し続けました。
さて、樹上では、ノロちゃんが、捕らわれていた男の人の猿ぐつわでも外してあげたのでしょうか。次の瞬間、その男の人の慌てた声が聞こえてきたのでした。
「わ、私は警察の佐藤巡査だ!大変だ。私は、今朝、勤務に出る途中に、賊に襲われて、こんな木の上に監禁されたのだ。賊に、私の警官の制服も奪われてしまった。賊は、私に化けて、何か悪い事をしようと企んでいるに違いない!早く、賊の行方を追わなくては!」
その樹上の捕らわれ人の告白を聞いて、コバヤシくん達も、思わず、ハッとしたのでした。だって、この佐藤巡査とは、ゆりかさんの護衛の援軍に来てくれた佐藤さんだったと見て、まず間違いなさそうだったのですから。




