乱入者の正体
真っ暗な森の中で、二人の夜光人間が、互いの体を掴んで、激しく揉めていました。彼ら二人の体だけがピカピカと分かりやすく光っていたので、やたらと目立って見えていたのです。
「おい、何をするんだ。やめろ。わしを忘れたのか」と、最初からいた夜光人間は怒鳴っていました。
どうやら、彼は、笑うだけではなく、人語も喋れたようなのでした。そして、その口走った言葉から察すると、この二人の夜光人間は、実際には仲間だったみたいなのです。
もう一人の夜光人間も、ゲラゲラ笑うと、ようやく、相手の夜光人間の体を手放したのでした。
「お前こそ、僕のことを、自分の本当の部下だと思ったのかな。ふふふ、残念だったね。お前の部下は、とうに捕まえたよ。そいつの着ていたスーツを、今は、僕がちょっと拝借させてもらったのさ」この第二の夜光人間は、若い男の声で、すまして、そう言いました。
「そ、その声は!」と、第一の夜光人間。
「そうだよ。やっと気付いたかい。僕だよ。アケチ探偵さ」
第二の夜光人間は、いきなり、その表皮を剥ぎ始めたのでした。いえ、剥いだのではありません。着込んでいた怪物の全身スーツを脱ぎ出したのです。
すると、その中からは、皆さんもご存知のアケチ探偵が現われたのでした。彼は、夜光怪人の着ぐるみを脱ぎ捨てて、本来のスーツ姿の探偵の正装にと戻ったのです。
「よくもまあ、次から次へと、おかしな変身スーツを発明するものだな。今回の変身は、さしずめ、夜光の怪人ってところか。でも、スーツの表面全てに、マイクロサイズの LEDライトを貼り付けて、ただ、それを光らせていただけとは、実にお粗末な仕掛けだったがな」
アケチ探偵は、あっさりと夜光人間が光る秘密を見抜いてしまったのでした。彼の話は、まだまだ続きます。
「お前は、空も飛んでみせたと言うけれど、そのトリックの方も解けているよ。タネは、宇宙怪人に化けた時も使っていた個人飛行用のドローンだ。今回も、お前は、それにぶら下がって、宙に浮かび上がったように見せかけたんだろう。しかも、それだけではない。今回のお前は、他にも、普通のドローンも多用していた。小型のドローンを、怪人の頭の形に改造して、それを飛ばす事によって、首だけが浮いているようにも見せかけたんだ。さらには、水中用ドローンまで用意していたらしいな。それを池に沈める事によって、水の中に潜む怪人まで演出してみせたんだ」
夜光人間は、無表情のまま、アケチ探偵の謎解きを聞いていたのでした。もしかすると、すでに、反撃するチャンスを見計らっていたのかも知れません。
「おい、何とか言ったら、どうなんだよ。お前の正体だって、すでに判明しているんだぜ。何なら、僕の方から、お前の名前を言ってやろうか。なあ、ニジュウ面相!そうさ。お前の正体は、ニジュウ面相だ。それとも、魔法博士と呼んでやった方が、お気に召すかい?」
アケチ探偵は、とうとう、その名を口にしてしまったのでした。
そうなのです。夜光人間の正体は、ニジュウ面相だったのでした。あの悪魔のような変装の名人の凶賊です。彼は、虎のような魔法博士や、まほうやしきの事件を起こしただけでは飽き足らず、またしても、夜光人間なんてアイディアを引っさげて、我らの少年探偵団の前に、再び、その姿を現わしたのでした。
さて、アケチ探偵と夜光人間ことニジュウ面相の対決が最大の盛り上がりを迎えていた頃、落とし穴の中にいたコバヤシくん達の姿が、ぱあっと明かりに照らされました。
コバヤシくん達が驚いて、上の方を見ると、誰かが、穴のそばに立って、穴の中を懐中電灯で照らしてくれていたのでした。懐中電灯の光が周囲にも漏れていた為、その人物の顔も、しっかりと見る事ができました。
その懐中電灯を持っていた人物とは、あの花崎マユミちゃんだったのです。言わずと知れた、探偵団最年少の、顧問の肩書きを持つ女の子です。彼女は、穴の中を覗き込みながら、ニコニコ笑っていたのでした。
「マユミちゃん。どうして、ここに?」ビックリしながら、コバヤシくんが彼女に尋ねました。
「もう!ヨシオ兄ちゃんったら、ひどいよ!肝だめしは今日だったのね。それなのに、あたしには教えてくれなかったんだから!あたしだって、参加したかったのよ!」マユミちゃんは、いきなり、そんな事を言い出したのでした。
「それはね、マユミちゃんは、まだ小学四年生だろう?こんなドキドキするような催しものには、さすがに誘う訳にはいかなかったんだよ」
「そんなのヘリクツよ。あとから肝だめしの事が分かって、もう間に合いそうになかったものだから、あたし、悔しくてさ、アケチ探偵の事務所に言いつけに行ってやったのよ」
「何だって?」
「そしたら、アケチ探偵も、驚いていたのよ。『それは危険かも知れない』って。だから、あたし、アケチさんと一緒に、ここに来ちゃったのよ。アケチさんは、肝だめしをする会場の場所までは、知らなかったみたいだし」
コバヤシくんにも、事情がだいぶ飲み込めてきたのでした。彼は、確かに、師匠のアケチ探偵にも、肝だめしに関する詳しい内容は教えていなかったのです。
そして、この肝だめしに乗じて、ニジュウ面相が再び暗躍するであろう事を、アケチ探偵は十分に予測して、前から警戒していたのでした。それで、彼は、すぐに、この場所にと駆けつける事ができたのです。まさに、敏腕な名探偵ならでは直感と行動力なのでした。
「まさか、お兄ちゃん達が、こんな事になっていたとはね。でも、あたしが助けに来てくれて、良かったでしょう」マユミちゃんが、胸を張って、言いました。
「うんうん、分かった、分かったから。で、そこに、アケチ先生もいるのかい。アケチ先生に伝えてくれよ。ぼく達は、ここにいるから、早く助けてくれって」コバヤシくんは、マユミちゃんに呼び掛けました。
「アケチ探偵は、悪者と戦っている最中よ。でも、安心して。ナカムラのおじさん(ナカムラ警部)も、すぐここに、駆けつけてくれるから。大丈夫。お兄ちゃん達のことは、ナカムラのおじさんが救ってくれるわ」マユミちゃんは、ケロッとした顔で、そう言うのでした。
その直後です。
「コバヤシくーん!もしかしたら、近くにいるのかい?」そんなアケチ探偵の大きな声が、いきなり、落とし穴の底にいるコバヤシくんにも聞こえてきたのでした。
「先生!いまーす!ここです、ここでーす!」と、コバヤシくんも、勇んで、返事をしました。
今、この二人は、落とし穴の上と下にと、分かれてしまっております。アケチ探偵の方は、夜光人間と対峙して、ちょうど奮闘している最中でした。彼は、目の前の夜光人間と睨み合っていて、まさに、今にも一触即発の硬直した状態だったのです。
「良かったあ。じゃあ、コバヤシくん、いつものアレをお願いするよ」アケチ探偵が声を張り上げます。
「分かりました!」コバヤシくんも、元気に答えたのでした。
彼ら二人は、本当に、心の奥から気持ちが通い合った名コンビだったのです。だから、ほんの少し、言葉を交わしただけでも、相手の意図がすぐに汲み取れたようなのでした。
次の瞬間、コバヤシくんは、大声で怒鳴りました。
「行きますよ。目覚めよ、コゴロー!」
その声は、地上にいるアケチ探偵にも、はっきりと聞こえていました。そして、コバヤシくんのこの掛け声を聞いた途端、アケチ探偵の身に変化が起き始めたのでした。
名探偵の表情は、がぜん、勇猛になり、彼の体格そのものも、ムキムキと盛り上がってきた感じがするのです。
そう、アケチ探偵は、実は二重体質の持ち主なのでした。彼は、コバヤシくんから「目覚めよ、コゴロー!」の合言葉を聞かされる事で、頭脳明晰なアケチ探偵から、怪力無双のコゴローに変身する事ができたのです。
「よーし、来たぞ、来たぞ。力がみなぎって来たぞ!やい、ニジュウ面相。そろそろ、今回のバトルも決着をつける事にしようぜ」コゴローに変わったアケチ探偵は、ワクワクした様子で怒鳴ったのでした。




