若き名探偵たち
世紀博覧会での大真珠盗難事件が起きてから数日後。
ここは、トーキョー都内の、ある小学校。時刻は、昼休みである。その六年生の教室の一つに、元気よく、一人の男子生徒が入ってきた。その手には、新聞の切り抜きを集めたスクラップブックを抱えているのだ。
「みんな、もう来ているかい!」と、その男子生徒は、教室の窓際の席へと、大きな声で呼び掛けた。そこの席には、やはり、三人の男子生徒が寄り集まっていたのである。
彼らこそは、何を隠そう、アケチ探偵が結成した少年探偵団のメンバー、アケチの探偵学校の生徒たちだったのだ。今入って来た少年の名前が、相川泰二。すでに集合していた三人の名前が、大野敏夫、斎藤太郎、上村洋一である。いずれも、小学六年生だった。
少年探偵団の団員は、同じ学校の生徒ばかりではなく、いくつもの学校からの生徒が参加していた。この小学校に関して言えば、この四人が在籍していたのである。
「やあ。みんな、早いね。そりゃあ、早く、事件のことを話し合いたかったもんね」と、相川は、笑いながら、仲間の輪の中に混ざっていったのだった。
「相川くん、準備がいいね。事件のことが書かれた新聞を、全部、切り取って、持って来てくれたんだね」大野が言った。
相川は、照れながらも、少し得意げなのだった。
事件とは、言うまでもなく、大真珠盗難事件のことだ。今や、探偵の卵となった彼らとしても、この大事件には興味津々だったのである。
「皆も読んだと思うけど、事件の詳しい内容が公表されたよね。犯人の正体が黄金仮面だったなんて、ビックリしたよ」と、相川。
「いいや。まだ、本物の黄金仮面だったとは決め付けられないよ。この事件の犯人の方が、今回だけ、黄金仮面に化けたのかも知れないじゃないか」そう指摘したのは、斎藤である。
「どっちにしろ、僕たちは、黄金仮面の調査をアケチ先生から仰せつかっているんだ。この事件は、僕たちが担当すべき事件だよ」上村が、真面目ぶって、そんな風に言うのだった。
「犯人は、まだ捕まってないらしいよ。大真珠の方も盗まれたままだ」と、相川。
「警察は、きちんと博覧会場の出口は見張っていたんだろう?犯人は、どうやって逃げ出したんだろうね?」
「脱ぎ捨てた黄金仮面のマスクとか服とかも、まだ見つかってないんだってさ」
「じゃあ、犯人は、ずっと黄金仮面の姿で居たって事なのかな?」
「そんなはずないよ。そんな目立つ格好だったら、すぐ発見されるじゃないか!」
と、四人の会話は、とても白熱している様子なのである。
「あ、待てよ。あの博覧会場の中で、黄金仮面の姿のままでも、まるで違和感のない場所が、一つだけ有るかもしれないぞ」閃いたように、相川が口にした。
「え、どこ?」
「劇場の会場の、演劇の中さ。確か、この劇場では、黄金仮面が出てくる寸劇もやっていたはずだ。この劇中の黄金仮面だったら、誰も怪しいとは思わないだろう?」
「ええ?一方で演劇に出ていて、同時に、別の場所で泥棒もするなんて、そりゃあ不可能だよ」
「いいや。ちょっと待ってよ!」ハッと気が付いて、斎藤が一枚のパンフレットを取り出した。
それは、世紀博覧会の場内しおりだった。彼は、少し前に、この博覧会に行ってきたばかりだったのである。彼は、しおりをペラペラとめくって、何かを確認した。
「ああ!やっぱりだ!その黄金仮面の演劇と言うのは、午後2時からの上演だよ。それに対して、真珠の盗難事件が起きたのは、午後1時30分ごろ。盗難事件の犯人であっても、十分に、2時の演劇の出演には間に合うよ」
「すごい!斎藤くん、よく気が付いたね!」
「だったら、犯人は、その演劇の黄金仮面役の役者さんだったって事?」
「うん。きっと、そうだよ。これで、謎も解ける。犯人は、普段は、黄金仮面の演者として生活する事で、まんまと警察の疑いの目をそらしたんだ。そして、最後まで警察を欺き通したんだよ。あまりに突飛な隠れ蓑だったから、警察も見落としたんだ」
「犯人は、あくまで黄金仮面の役者として、事件後も、堂々と会場から出ていっちゃったんだね」
「なるほど。どうりで警察の網に引っ掛からなかったはずだ」
「この事、早く、警察に知らせた方がいいよ。でも、子供の言う事なんて、まともに聞いてもらえないと思うから、アケチ先生かコバヤシ団長に、先に話した方がいいかも知れないね」
「ううん。でも、どうかな」相川が、新聞の切り抜きを再確認しながら、口ごもった。
「何か、あったの?」
「その黄金仮面の寸劇なんだけど、こんな事件も起きちゃった事だし、不謹慎って理由で、事件の翌日から上演が中止になっているんだ」
「それじゃ、容疑者の黄金仮面役の俳優も、もう博覧会場には通ってないって事?」
「そうなるね。もしかしたら、すでにトンズラしているかも知れない」
「くそう。せっかく、いい線まで突き止めたのに!」
少年たちは、それぞれに悔しがったのだった。
そして、実際に、警察があらためて会場の関係者一人一人に話を伺いに行った時には、その黄金仮面役の俳優は、自宅にはおらず、すっかり姿をくらましていたのである。
「なんだか、残念だな」大野が沈んだ声で言った。
「いいや。まだガッカリするのは早いよ」と、上村。
「どうして?」
「黄金仮面は、きっと、また必ず、何か大きな事件を起こすよ。そんな予感がするんだ」
「そうだね。その時こそ、僕たちの出番だ」
「そうさ。アケチ先生は、僕たちに黄金仮面の調査を任せてくれたんだからね。次に何かが起きた時は、きっと、アケチ先生が、僕たちにも手伝わせてくれるよ。僕たちには、それだけの度胸と能力だってある。なんたって、僕たちは少年探偵団なんだからね」
そのような期待を抱きながら、彼らは、澄んだ目を輝かせたのだった。
しかし、残念ながらも、彼らにすぐに声が掛かる事はなかった。と言うのも、それから間もなくして、仕事の依頼を受けたアケチ探偵は、ニッコウへと出張する事になり、探偵団の活動や探偵学校の方にも、当分の間は顔を見せなかったからである。