ゴリラに追われて
ずっと、ジャングルの怪物たちの戦いに見とれている訳にもいきませんでした。大ワシがいなくなったあと、次のゴリラの標的が自分たちである事に、井上くん達は、すぐに気が付いたのです。
大ワシをやっつけて、超然と立ち尽くしていたゴリラが、ぎょろりとした目を、井上くん達の方に向けました。今度は、別の動物が乱入してきそうな気配もないのです。
「皆!急いで、逃げろ!」井上くんが、とっさに叫びました。
その声に反応して、他の仲間たちは、すぐさま、走り出したのでした。井上くんも、妹のルミちゃんの手を引っ張って、慌てて逃げました。
それにしても、この地底のジャングルに逃げ場所などはあったのでしょうか。とにかく、子供たちは、無我夢中で走りました。すると、いきなり、壁にぶつかってしまったのです。それは、ジャングルの背景が描かれていた壁なのでした。
そうなのです。やはり、このジャングルは、ただのパノラマなのでした。だから、少し走っただけで、すぐに一番はしに辿り着いてしまったのです。
後ろを振り返ると、ゴリラは、やはり、井上くん達のことを追い掛けてきていました。恐ろしい形相をして、ドシドシとゴリラは走っているのです。
「どうしよう、どうしよう」と、背景が描かれた壁の前で、子供たちは慌てました。
そんな時、救いの奇跡が起こったのです。壁の前で皆で押し合っていた井上くん達でしたが、突然、体が揺れたような感覚になりました。
次の瞬間、彼らの目の前からは、ジャングルは消えていたのです。場所が、暗い、ほら穴のような空間に変わっていました。見ると、仲間も、全員、無事に揃っているのです。
「こ、これは?」彼らは、困惑しました。
見渡せば、やっぱり、ここは、周囲が、岩肌がむき出しになった、洞窟のような場所なのです。彼らの前後には、遠くの方にまで、長い道が続いていました。
「ああ、そうか。分かったぞ。さっきの壁には、隠し扉が付いていたんだ。ぼく達は、偶然にも、運よく、その扉を押し開いて、くぐり抜けちゃったんだ」ピンときた井上くんが、そう推理したのでした。
「じゃあ、この岩の壁の向こうに、あのパノラマのジャングルがあると言うのかい?ここは、パノラマのジャングルの裏側って事なのかい?」ノロちゃんが言います。
「多分、そう言う事なんだろう。もしかすると、この洞窟こそが、最後の脱出口だったのかも知れないぞ」
「じゃあ、ぼく達、やっと、この洋館から逃げ出せるんだね!」
少年たちが希望を持ちかけた、その時でした。
いきなり、そばの岩肌が、バンと音を立てました。そして、そこには、あの恐ろしいゴリラが姿を見せたのです。ゴリラは、キョロキョロした後、すぐに井上くん達のことを発見しました。
なんて事でしょうか。井上くん達だけではなく、あのゴリラまでもが、このパノラマの舞台裏にまで出てきちゃったようなのです。
少年たちはギョッとしました。はじめは、ゴリラが、こんな場所にまで追い掛けてきた事が信じられなかったのです。先ほどまでの状況から考えますと、大トカゲも大ワシも、ただのロボットでした。でしたら、このゴリラだって、きっと、AI制御のロボットだろうと思われたのです。ロボットならば、あまり特別な行動はできなかったはずでしょう。せいぜい、あのパノラマの中をウロウロと歩き回るのが精一杯じゃないかと見くびっていました。
それなのに、このゴリラは、パノラマ内から消えた少年たちを探して、こんな裏側にまで追い掛けてきたのです。もしかすると、こいつは、単純なロボットなどではなくて、本物の野生のゴリラだったのでしょうか。
いや、そんな事をゆっくりと判断している暇もありませんでした。
「皆!とにかく、走れ!逃げるんだ!」井上くんは、すかさず、叫んだのです。
子供たちは、わあーっと走り出しました。当然ですが、ゴリラがいない側の方角へとです。暗かったけど、道はだいぶ奥まで続いていたようでした。
今まで以上に真剣な逃走なのです。意外にも、怖がりすぎたノロちゃんが、一番先頭になって走っていました。ルミちゃんは長くは走れないので、ついには、井上くんが彼女のことを抱えて、頑張って、連れていったのです。
子供たちの後ろからは、ドタドタと慌ただしい音が聞こえてきました。振り返るまでもなく、明らかに、あのゴリラが追い掛けてきているのです。そうである以上は、子供たちもただ無心で逃げ続けるしかなかったのでした。
道は、えんえんと、どこまでも続いています。同じ広さの道が続いていた為、洞窟というよりも、何だか、坑道を走っているようにも感じられてきました。でも、余計な事を詮索している余裕はありませんでした。
「ねえねえ、どこまで走らなくちゃいけないんだい?」音をあげ始めたノロちゃんが、ゼイゼイと息を切らしながら、言いました。
「とにかく、逃げ切れるまでだよ。あのゴリラに捕まったら、大変だぞ」と、井上くん。
「なんで、こんな洞窟が、この場所にあったんだろう?」
「もしかしたら、地底のパノラマを増築する為の工事の最中の空間だったのかも知れないな」
「それにしたって、この洞窟は広すぎるよ。いくら走っても、キリがない」
「確かに。これだけ走れば、いい加減、館の中か屋外に通じる出口でもありそうなものなんだけど」
そんな会話を交わしながらも、彼らは、ずっと休まずに走らなくちゃいけないのでした。背後からは、相変わらず、あのゴリラが、一定の距離をあけて、ついてきているのです。
「あ、あれは!」と、ノロちゃんが何かを見つけました。
彼らの少し前方の空中に、何かが飛んでいるのです。握った拳ぐらいの大きさで、まぶしく光っています。虫かコウモリでしょうか。いや、違います。それは、小型のロボットだったのです。パノラマ内のアニマトロニクス(動物型ロボット)とは違って、本当にメカニックな容姿のロボットなのでした。それが、井上くん達のことを先導するかのように、彼らの少し前のあたりで浮遊していたのです。
「ああ!あのロボット、見た事があるよ。マユミちゃんが持っていたポケット小僧だ。緊急連絡用のミニロボットだよ」井上くんが言いました。
「え?なぜ、そんなものがこの場所に?」と、ノロちゃん。
「分からない。だけど、もしかすると、ぼく達を助けに来てくれたのでは?」
このピンチの状況では、もはや、そのように信じたいのです。井上くん達は、自分たちの前方を飛ぶポケット小僧に、いちるの希望を託して、そのあとを追ったのでした。
すると、永遠に同じ風景が続くかと思われた、この洞窟にも、ようやく、変化が起きたのです。井上くん達が進んでいる前方に、何やら、人らしきものが群がっているのが、うっすらと見えてきました。ひょっとすると、救助に来た大人や警察の人たちでしょうか。そんな風に想像すると、子供たちも、急いで、前方の人影のところまで到着しようと、少し元気が湧いて来たのです。
ところが、彼らの期待は裏切られました。
前方でたむろしていたのは、人間ではなかったのです。全員、毛むくじゃらのケダモノなのでした。それは、子供ぐらいの大きさの猿たちで、八匹ほどが、道の前方を占拠して、通せんぼするように立ちふさがっていたのです。
猿という事は、背後から追いかけてきている例のゴリラとも、まんざら無関係でもないのかも知れません。もしかして、この猿たちは、あのジャングルの王さまのゴリラの家来だった、と言う事もありえます。
どうやら、井上くん達は、せっかく、何とか、ここまで逃げて来たと言うのに、残念ながらも、ここで詰んでしまったようなのでした。




