悪魔の結託
大真珠・シマの女王を盗み出した黄金仮面は、意気揚々と、夜の街道を疾走していた。彼は、鮮やかに、世紀博覧会の会場から脱出していたのである。そして、今は、人気のない道路を、ひたすら、自分のアジトに向かって、走っている最中なのだ。
「黄金仮面くん、お見事です。あなたのお手並み、とくと拝見させて頂きましたよ」突如として、そんな男の声が暗い空に響き渡った。
黄金仮面も、ハッとして、立ち止まったのである。
そんな彼の目の前に、新たな怪人が出没した。顔には黒マスク、体には大きなインバネスコートを羽織った、奇妙な人物なのだ。その男は、黄金仮面の方を見ながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「お前、だれだ?」黄金仮面が、はじめて口を開いた。たどたどしいが、確かに日本語なのだ。どうやら、この黄金仮面は、言葉も喋れないような異世界の怪物でもないようなのである。
「おやおや。私のことを、ご存知ありませんか。さては、この国の人間ではありませんね?となると、あなたは、やはり、私が睨んだ通りの人物かも知れませんね」可笑しそうに、第二の怪人が言った。
「お前、名前を、名乗れ」と、黄金仮面。
「私の名前は、ニジュウ面相。分かりますか?あなたの同業者ですよ。この日本の国を拠点としている泥棒です」第二の怪人は告げたのだった。
そうなのだ。この怪しい人物こそは、日本一の怪盗と言われるニジュウ面相だったのである。
黄金仮面は、ギョッとして、身構えた。
「いえいえ。あなたの戦利品を横取りしようと言うのではありません。むしろ、逆ですよ。あなたは、その華麗な盗みの手口から推察して、あの有名な犯罪者じゃないかと、私は目星をつけました。そして、もし、それが正解でしたら、私は、ぜひ、あなたと手を組みたいと考えているのです」
思わぬ話を持ちかけられて、黄金仮面も、つい立ちすくんでしまったのだった。
「どうです?あなたは、かの人物ですか?」ニジュウ面相が、静かに尋ねた。
黄金仮面は、じっと相手を睨んだまま、ピクリとも動かないのである。
「どうやら、当たっているみたいですね。でしたら、私と一緒に参りませんか。あなたでしたら、十分に我が組織に加わる資格があります。あなたに、私の仲間をご紹介いたしましょう。そして、この日本の国で、ともに、巨大な闇の一大帝国を築き上げるのです」
ニジュウ面相は、怪しく笑った。そして、黄金仮面の方も、なにやら、ニジュウ面相の話に興味を抱き始めた感じなのだった。
ニジュウ面相たちが集う悪の結社・暗黒星のアジトとなっているプラネタリウム会場。
そこでは、たった今、一つの議題がまとまったばかりなのであった。議題とは、すなわち、彼らが巻き起こす、新しい犯罪計画が、また一つ、実行する事が決定したのを意味しているのである。
会場の天井には、美しい星空が広がり、中央の投影機のそばには、議長のニジュウ面相が立っていた。これで今日の会合も終わったかと思っていた観客席の仲間たちに、ニジュウ面相がさらに話し掛けた。
「皆さん、聞いてください。本日は、もう一件、大切な議題があります」
ニジュウ面相のこの発言に、観客席は若干どよめいたのだった。
「と言いますのは、実は、この暗黒星に、新たな仲間を加えたいと考えているのです」
観客席の悪人たちは、ひとまず沈黙した。ニジュウ面相の話に、関心を持ったらしく、ニジュウ面相の方をずっと注目しているのである。
すると、ニジュウ面相の隣に、次第に人影が浮かび上がってきたのだった。けっこう背の高い人物だ。しかし、それ以上に特徴的だったのが、顔がボッと浮き上がって見える点だった。それもそのはずだ。その人物の顔は、ピカピカした金色の仮面だったのである。つまり、ここに出現した人物とは、あの黄金仮面だったのだ。
その事で、周囲の観客席にいたメンバーは、再び、どよめいたのだった。
「ご紹介します。黄金仮面くんです」ニジュウ面相が、声高らかに紹介した。
その事で、観客席の仲間たちは、なんとも複雑な反応を示したのである。
「皆さんも、世紀博覧会でのシマの女王の窃盗事件はご存知じゃないかと思います。この黄金仮面くんこそが、その偉業を成し遂げた当事者なのです。しかも、それだけではありません。この黄金仮面くんの正体を聞いたら、皆さんも、ますます驚かれる事でしょう。この黄金仮面くんは、それほどの世界的な大犯罪者なのです。そんな彼を、我が組織に迎えられるなんて、素晴らしい話だとは思いませんか」ニジュウ面相が、熱弁した。
「で、この仮面野郎を仲間にして、どんな犯罪を企もうと言うのだ?」観客席から、そんな質問が飛んできた。
「黄金仮面くんの得意分野は窃盗です。彼は、この国じゅうの名高き宝物を盗み集めて、最高の私設美術館を作る事を目論んでいるのです。いかがです?実にスケールのでかい野望だとは思いませんか」ニジュウ面相は言った。
ところがである。
「くだらん!」そう怒鳴って、いきなり席を立ち上がったのは、クモ男だった。「オレがやりたい犯罪は殺人なのだ。それも、とびっきり芸術的な殺しをな。そんなオレに、コソ泥の手伝いをしろと言うのか!そんなの、愚弄としか考えられんわ!オレは、この案件はパスさせてもらうぜ」
それだけ言い放つと、クモ男は、ふてぶてしい態度のまま、この会場の入り口から出て行ってしまったのだった。
ニジュウ面相は、あざけるような笑顔になった。
「まあ、犯罪と言っても、皆が皆、なんでも得意という訳でもないでしょう。協力したくないメンバーがいると言うのであれば、それでも別に構わないのです。残った者だけで、計画に取り組むまでです」そして、ニジュウ面相は、黄金仮面の方に顔を向けた。「ご安心ください、黄金仮面くん。あなたの夢は、必ずや、私たちが実現させてあげましょう」
ニジュウ面相は、今度は、はっきりと声を出して、大きく笑ったのだった。