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5人のアケチコゴロウ

 なぜ、こんな奇怪な事になったのでしょうか。

 だけど、タネさえ分かれば、こんなのは、どうって事もない話なのでした。

 実は、クローゼットの中には、最初っから、アケチ探偵そっくりの人物が隠れていたのです。それを見て、はじめは鏡と勘違いしただけの事だったのでした。

 そして、今、このクローゼットの中のアケチ探偵も、堂々と、クローゼットの外にまで歩み出てきたのです。

 さて、そうなってきますと、今度は、どうして、アケチ探偵が二人いるのだろうかと言う、新たな疑問が生じてくる事になります。

「お前は誰だ!」と、事務所から入って来たアケチ探偵が怒鳴りました。こちらのアケチ探偵のことを、今後は、便宜上、アケチ探偵Aと呼ぶ事にしましょう。

「それは、こっちのセリフだよ」笑いながら、クローゼットの中にいたアケチ探偵も言い返しました。こちらのアケチ探偵は、以後、アケチ探偵Bと呼ぶ事にします。

 こうして、相まみえた二人のアケチ探偵は、お互いに一歩も引かずに、がっちりと相手を睨みつけたのです。

 と、その時でした。事務所の方から、バタバタと複数の足音が聞こえて来ました。そして、続けざま、警官たちを連れたナカムラ警部が、この寝室へと押し入って来たのです。ナカムラ警部だけではなく、そこには、ナカムラ警部の上司である志野しの捜査課長の姿も目にする事ができました。

 彼らは、寝室の中に、アケチ探偵が二人もいるのを見つけて、当然、呆気に取られているのです。

「警部!いいところに来てくれました!ニセモノです!私のニセモノが現われたのです!」すかさず、アケチ探偵Aが叫びました。

「おいおい。君は、僕の方がニセモノだと言うのかい?」アケチ探偵Bが、冷ややかに笑います。

「だって、そうじゃないか!クローゼットの中に隠れている人間なんて、怪しい人物に決まっている!」と、アケチ探偵A。

「ちょっと、君たち、待ってくれたまえよ」慌てて、ナカムラ警部が口を挟みました。「わしらは、通報を受けて、急いで、ここに来ただけだ。この状態は、一体、どうなっておるのかね?」

「まあ、皆さんが混乱したとしても、仕方がないのかも知れませんね」アケチ探偵Bが、落ち着いて、言いました。「何しろ、今夜は、ここにいる二人だけではなく、5人ものアケチコゴロウがあちこちに現われたのですから」

「ご、5人だって!」と、アケチ探偵Aも驚いていたのでした。

「そうだ。おかしな話だろう?これから、その事を説明したいと思います」

 こうして、アケチ探偵Bは、ゆっくりと語り始めたのでした。

「ナカムラさん。あなたは、昨夜、この事務所へと訪れていましたね?その時は、本物のアケチコゴロウと話を交わしたはずです。いろいろと忠告も受けたのではないかと思います」

「うむ。そうだったな」と、ナカムラ警部。

「あなたが警視庁に戻った後、すぐに、警視庁へと、アケチ探偵からの電話が掛かって来た、と聞いております」

「確かに掛かって来た。有力な情報を入手したから、至急、西タマ郡の鍾乳洞まで来てほしい、と言う内容だった」

 おやおや。これは、読者の皆さんも聞き覚えのある話ではありませんか。そう、アケチ探偵Aも、まるで同じ事を口にして、フミヨさんを外へと連れ出そうとしたはずです。

「この電話が、まず、第一のアケチコゴロウ、つまりは、電話を通したニセのアケチコゴロウだったのです」アケチ探偵Bは、ぴしゃりと言い切りました。

 ここで、読者の皆さんは、コバヤシくんもアケチ探偵からの電話を受け取っていた事を思い出したのではないのでしょうか。どうやら、この声だけのアケチコゴロウは、この時にも暗躍していたらしいのです。

「この電話の主は、きっと、声マネの名人だったのでしょう。本物のアケチ探偵が、事前に釘を刺していなかったら、ナカムラさんは、まんまと、この声マネのニセモノに引っ掛かっていたかも知れません。でも、ナカムラさんは、用心して、この電話が来たあと、アケチ探偵事務所の方に再確認の電話を掛け直してみました。そのおかげで、先ほどの電話がニセの電話だった事にも、すぐに気づく事ができたのです」

「その通りだ。実に、危ないところだったよ」と、ナカムラ警部。

「何たって、事務所で電話に出た本物のアケチ探偵は、たった今の電話のことを、何も知らなかったのですからね」アケチ探偵Bは笑いました。「さて、それでは、ニセのアケチコゴロウは、なぜ、ナカムラ警部のところに、こんな電話を掛けて来たのでしょうか?本物のアケチ探偵は、いろいろと推理をしてみました。そうして、辿り着いた結論が、この電話は陽動作戦のオトリではないか、と言うものだったのです」

「わしも、本物のアケチ探偵から、そのように言われたよ。だから、わしも、わざと引っかかったフリをして、最小限の人数の部下だけを、西タマへと送ってみたのだ。すると、案の定だった。西タマの待ち合わせ場所には、誰も来ておらず、派遣した部下たちは、まんまと無駄骨を折ってしまったのだ」ナカムラ警部が言いました。

「恐らく、この第一のアケチコゴロウは、ナカムラさん達を全員、西タマへと向かわせて、すぐに出動できないようにしたかったのでしょう。では、なぜ、このニセモノは、ナカムラさん達を邪魔者扱いにしたのか。どうやら、今夜のうちに、警察の介入を受けない状態で、何かを決行したかったのだ、と本物のアケチ探偵は判断しました」

「え、何を?」

「これまでの一連の事件から推測して、犯人の狙いが、アケチ探偵にと向いていた事は、ほぼ間違いありません。そこで、アケチ探偵の方も、その挑戦を受けてたつ事にして、わざと敵の罠に引っ掛かってみる事にしたのです」

「だが、それは、あまりにも危険な賭けではないのかね?」

「そうです。だから、アケチ探偵の方も、万全な準備のもと、この冒険に挑みました。ここで、第二、第三のアケチコゴロウの登場となるのです」

 アケチ探偵Bは、いったん言葉を区切り、にっこりと笑ってみせました。

「このアケチ探偵事務所は、以前にも、賊にと狙われた事があって、アケチ探偵は危うく暗殺されそうになりました。その頃から、アケチ探偵は、賊の奇襲にも色々と対処できるようにと、さまざまな仕掛けを用意していたのです。この人形も、その一つでした」

 そう言いながら、アケチ探偵Bは、クローゼットの中から、大きな物体を引っ張り出しました。それは、等身大の人形でした。しかも、アケチ探偵そっくりの姿形をした生き人形だったのです。

「この人形は特注品でしてね、アケチ探偵に瓜二つなだけではなく、遠隔操作で、目をまばたきさせたり、軽く首を振らせたりも出来るのです。遠目で見た限りでは、すっかり、生きた人間と勘違いしてしまうでしょう」

 アケチ探偵Bの説明を聞きながら、アケチ探偵Aもがく然とした表情を浮かべていたのでした。でも、アケチ探偵Bの話は、まだまだ続くのです。

「本物のアケチ探偵は、ナカムラ警部からの電話を受け取った後、頃合いを見て、この人形と自分を交代させました。自分の代わりに、この人形を事務所の椅子に座らせておいたのです。さらに、事務所の窓を開けて、賊が行動しやすいようにも、わざとセッテイングしておきました。すると、深夜になってから、賊は、見事に、このトラップにと引っ掛かったのです!」

 皆は、すっかり、アケチ探偵Bの話に聞き入っていました。

「この人形が、開けっ放しの窓の外から狙撃されたんですよ。相手は、短針銃なんてものを使っていました。音もなく、毒針を発射できる、優れものの特殊銃です。吹き矢みたいな道具だと言えば、分かりやすいでしょうか。日本では輸入禁止になっていた銃のはずなのでしたが、賊は、こんなものまで持っている、予想以上の大物犯罪者だったようですね。とにかく、本物のアケチ探偵は、この人形が身代わりになってくれたおかげで、命拾いをした訳です」

「もし、本当に狙撃されていたら、どうなっていたのかね?」ナカムラ警部が、こわごわと聞きました。

「まあ、ご安心ください。賊も、本気で、アケチ探偵を暗殺する気はなかったようです。短針銃の針に塗られていた薬物は麻酔でした。賊は、アケチ探偵を殺すのではなく、眠らせる計画で、こんな狙撃を行なったのです」

「それで、どうしたのだね」

「アケチ探偵は、狙撃された人形をすばやく調べる事で、これらの事をとっさに把握しました。そして、賊の目的が、アケチ探偵の誘拐だった事にも気付いたのです」

「ならば、それでひと段落とはならなかったのでは?」

「そうなのです。きっと、賊は、眠り込んだアケチ探偵を連れ出す為に、すぐに、事務所へも乗り込んでくるでしょう。ここで、人形と本物が交代をして、本物のアケチ探偵が眠ったフリをしながら、賊を油断させて、返り討ちにしてしまい、連中をひっ捕らえてしまうと言う戦略も出来たのでしょうが、それよりも、アケチ探偵は違うアイディアを考えました」

「違うアイディア?」

「どうせ、狙撃班なんて、賊の一味の中では、下っぱの方でしょう。でしたら、ここは、わざと誘拐班に捕まってしまい、賊のアジトまで連れて行ってもらった方が、収穫があるのではないか、と考えたのです」

「でも、それは少し危険ではないのかね?せっかく、人形を身代わりにして、眠らずに済んだと言うのに」

「はい。だから、ここで、第三のアケチコゴロウにも登場ねがったのです」

「第三のアケチコゴロウ?」

「ええ。実を言いますと、アケチ探偵は、すでに、人形以外にも、人間のそっくりさんの身代わりも手に入れていたのです。この人物には、以前にも、自分の影武者になってもらって、助けられた事がありました。この影武者さんは、それ以来、ずっと、この事務所の中に、隠れて住んでもらっていたのです。アケチ探偵が、隠密行動などを取りたい時などに、アケチ探偵の替え玉となって、この事務所で留守番をしてもらえるようにね」

「ああ!じゃあ、その人が、アケチ探偵の代理を務めたのだね?」

「そうです。彼に、麻酔で眠らされたフリをしてもらったのです。事務所の中に侵入してきた賊たちは、そんな事も知らずに、この影武者さんを本物のアケチ探偵だと思って、連れて行ってしまいました」

「だとしても、これは、かなり危ない作戦だったのではないのかね?」

「そうですね。影武者さんにも、色々と訓練は施していましたが、それでも、実は眠っていなかった事が賊にバレてしまう恐れはあったでしょう。ただ、相手に本気で殺す意志がない事は分かっていましたので、命の心配まではないだろうと思っていました。それに、アケチ探偵の方だって、襲撃してきた賊を追跡する為の尾行班も用意していたのです」

「尾行班だって?」アケチ探偵Aが、驚いた声を出しました。「少年探偵団は、当分の間は、捜査には参加させない方針になっていたはずだぞ。一体、誰が尾行を担当したと言うのだ?」

「おいおい。アケチ探偵が育てているのは、少年探偵団だけではないんだぜ。それとは別に、青年別働隊というのも存在するんだ。こちらの方は、刑務所や少年院から出所した若者ばかりを中心に、彼らの更生も目的にして、組織していてね、こちらのチームには、少年探偵団よりも、もっと難しい危険な仕事なども任せていたんだ。賊を尾行してくれたのは、この青年別働隊のメンバーさ」

 アケチ探偵Bの簡潔な説明に、アケチ探偵Aも、すっかり言葉を失ってしまったのでした。

「賊も完全に油断してしまったのか、青年別働隊の尾行の車が、自分たちの車をつけていた事に、まるで気が付かなかったようでした。賊は、替え玉のアケチ探偵を連れて、自分たちのアジトへと、まるで無警戒に戻っていったのです。そこは、この事務所から、ほとんど離れていない場所に建っていた、空き家のビルでした。どうやら、連中の本部アジトと言うよりは、前線アジトの一つだったみたいです」

「ふん。で、そのアジトの中には、もう踏み込んだのかい?」アケチ探偵Aが、ふてぶてしく、聞きました。

「いいや。賊は、すっかり、影武者のアケチ探偵を本物だと信じ込んでしまったようだし、バレない限りは、そのままにしておく事にしました。すでに、そのアジトの場所は割れていますし、見張りや援軍を周辺に配置して、いつでも、中に乗り込めるような状態にしておいてね。幸い、今でも、影武者のアケチ探偵の身は無事なままのようです」

「なぜ、すぐに、そのアジトを取り押さえなかったのかね?」ナカムラ警部が尋ねました。

「賊の次の一手を知りたかったからですよ。すると、無人になっていたアケチ事務所には、フミヨが先に帰ってきました。僕は、その頃から、もう、このクローゼットの中に隠れて、様子を伺っていたのです。そして、ほんの先ほど、こちらにいるアケチコゴロウさんが、いきなり、この事務所へと帰ってきた次第なのです。彼が第四のアケチコゴロウならば、僕が第五のアケチコゴロウだったと言う事になります。こうして、今晩は、面白い事に、5人ものアケチコゴロウが勢揃いする事になったのです」

 かくて、アケチ探偵Bは、満足げに、大まかな事情を話し終えたのでした。

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