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黄金仮面の知恵

 この大真珠の警報器は、展示が始まった最初の日から設置されていたものだった。しかし、通常は、そばに必ず警備員がいたので、電源を切っていたのである。今回のように、会場内から人がいなくなった時だけ、この警報器を作動させておく取り決めになっていたのだった。

 怪盗の黄金仮面も、きっと、この会場ブースの下調べはしていたのであろうが、見物客がいる時しか偵察していなかったようで、この警備装置の存在は全く気付いていなかったらしい。

 とにかく、黄金仮面の犯行は、こうして、いきなり、あっさりと発覚してしまったのだった。

 あたり一面に鳴り渡る警報の音に、黄金仮面はさすがに狼狽したが、それでも、こいつは、すばやく、大真珠を持ち上げると、さっさと自分の服の中に押し込んでしまったのだ。その時には、慌てた警備員たちが、早くも、この会場内へと走り戻って来ていた。

「あ!お前は誰だ!そこで何をしている!」黄金仮面を見つけた警備員が、すぐに叫んだ。

 彼とその同僚たちは、急いで、黄金仮面の方へ向かっていったのである。

 しかし、黄金仮面の方も、行動は機敏だった。こいつもまた、警備員たちの方めがけて、勢いよく突進していったのだ。それは、警備員たちにとっては、想定外の態度だった。曲者が自ら向かってきたものだから、警備員たちは一瞬ためらってしまい、彼らがそうやって怯んだ隙に、黄金仮面は、警備員たちの合間をくぐって、反対側へと走り抜けてしまったのである。

「おい、見ろ!大真珠が無くなってるぞ!」一人の警備員が、目ざとく、その事に気が付いた。

 こうなると、その盗んだ犯人は、あの不審な黄金仮面だと考えて、ほぼ間違いないのである。警備員たちは、すばやく踵を返して、今逃げていった黄金仮面を追い掛けたのだった。

 黄金仮面も、全速力で逃げていた。そう簡単には、警備員たちにも追いつかれないのだ。

 しかし、まっすぐ逃走している現状では、逃げ口は、この会場ブースの正面入口しかなかった。だが、そこには、ちょうど、例の VIP の王族とその取り巻きの者たちが待機していたのである。このまま逃げていれば、黄金仮面は、この王族たちと鉢合わせになってしまうのである。

 そして、まさに、その通りになってしまったのだった。黄金仮面が、とうとう会場ブースから飛び出した目前には、自国の民族衣装をまとった王族たちが立っていた。緊急事態の為、その場所で待たされていた彼らは、当然ながら驚いた。何たって、いきなり出現した、怪しい黄金仮面が、自分たちの方へグングン近づいてくるのだ。

「何者だ、お前は!」と、王族の護衛たちが、すぐに構えた。もし、黄金仮面が、大切な王族に飛びかかってでも来ようものなら、すぐに撃退するつもりなのである。

 会場ブースの中からも、なおも、警備員たちが追い掛けてきていた。黄金仮面は、完全に挟み撃ちになってしまったのである。絶体絶命の状態なのだ。

 ところが、そこで、黄金仮面は、意外な行動を取ったのだった。

 こいつは、王族のほぼ正面で、ピタリと立ち止まったのだ。礼儀正しい直立姿勢である。のみならず、こいつは、優雅にひざまずくと、王族むけて、深々と頭を下げたのだった。高貴な相手に対する、見事なまでの美しい礼儀作法なのである。

 これを見て、当の王族だけではなく、護衛の者たちも、つい気を緩めてしまった。いや、彼らだけではなく、後ろから追跡していた警備員たちも、思わず、その場で停止してしまったのだった。

 これは、一体、何が起きたのであろうか。大真珠を盗むような本物の泥棒が、こんな行為をするとは思えない。もしかしたら、この黄金仮面は、王族をビックリさせて楽しませる為の、ちょっとしたサプライズだったのだろうか。いや、そのように考えるのが、一番シックリいきそうなのである。

 王族も、素早く、そのように受け取ったらしかった。

「うむ。あっぱれ、あっぱれ」と、空気を読んだ王族は、笑顔を浮かべて、黄金仮面に声を掛けた。

 これを見て、他の人々も、すっかり同調してしまったのだった。護衛の者たちも、警備員たちも、いっせいに安心して、気を許して、臨戦態勢を解いてしまった。だが、それが、とんだ間違いだったのである。

 周囲の緊迫した雰囲気が和らいだものだから、黄金仮面は、穏やかに立ち上がった。それから、こいつは、もう一度、王族へ一礼すると、全員に背を向けて、横にそれると、いずこへと駆け去っていったのである。

 黄金仮面が居なくなってしまうのを見届けてから、王族の一団と警備員たちは合流した。彼らは、何とは無しに、今の黄金仮面のイベントについて、語り合ってみた。すると、不思議なことに、この場にいる誰一人として、こんなイベントが用意されていた事は知らされていなかったのだった。いくらサプライズとは言っても、仕掛け人が現場に一人もいないなんて、あまりにもオカシな話なのだ。

 それで、警備員は、急いで、博覧会の事務所の方に、この件を問い合わせてみた。すると、事務所の方でも、黄金仮面のサプライズなんて、誰も知らなかったのだった。

 なんて事であろうか。やはり、あの黄金仮面は、本物の真珠泥棒だったのだ。それなのに、その肝っ玉と名演技によって、警備員たちは、まんまと騙されてしまったのであった。

 これは、とんだ失策である。警備員たちは、もちろん、すぐに、逃げた黄金仮面の捜索を始めた。だが、王族の前で油断して、逃がしてしまった後のロスタイムは、かなり致命的だとも言えた。あれからの短い時間で、かの盗賊は、目立つ黄金仮面のマスクなどはサッサと外してしまって、凡庸な見物客の格好に成りすまして、他の見物客の波に紛れ込む事が、十分に出来たであろう。

 ところが、警備員たちは、思いがけず、そうした見物客の人ゴミの中に、堂々と、黄金仮面を被った人物が混ざっていたのを発見したのだった。盗賊が、まだ呑気に黄金仮面を被っているなんて、普通なら有りえない話なのだ。でも、任務に忠実な警備員たちとしては、それでも、まずは、その怪しい黄金仮面を引っ捕えてみたのであった。

「おい、貴様!立ち止まるんだ!」と、警備員は、威勢よく、黄金仮面の人物の周りを取り囲んだ。

 その黄金仮面は、まるで逃げようともしなかった。キョトンとした感じなのだ。服装も、あのオーヴァコートなどではなく、もっとラフな軽装だった。

「仮面を取れ!それから、身体チェックをさせてもらう!」警備員は、さらに、黄金仮面を相手に威圧した。

 その黄金仮面は、おとなしく指示に従ったのだった。この人物は、仮面を取った。中から現われたのは、実に月並みな顔をした青年であった。彼は、相変わらず、呆気にとられた表情を浮かべていた。

 警備員の身体チェックは、すぐに終わったのだが、どうやら、探しものは見つからなかったのだった。

「なにか、あったのですか?」青年が警備員に尋ねた。

「それよりも、君、なぜ、こんな黄金仮面を被っていたんだ?紛らわしいじゃないか」と、警備員は逆ギレした。

「ああ、これですか。これは、ただのお土産ですよ」

「お土産?」

 青年は、ある方向を指さした。そちらには、劇場の会場ブースがあった。そこでは、現代の世相をテーマにしたミニ演劇が上演されていたのだった。その演劇の題目の一つに、黄金仮面を扱った喜劇も混ざっていたのである。青年の被っていた黄金仮面は、この劇場の会場ブースの売店で販売されていた記念品だったのだ。

 その事を知って、警備員は、思わず、ため息をついたのだった。

 よおく見渡してみれば、今の青年以外にも、黄金仮面を被った見物客を、人ゴミの中に、チラホラと確認する事ができるのである。恐らくは、この青年と同様に、演劇の売店で仮面を買ったお客なのであろう。これでは、もし、あの本物の盗賊が、胸を張って、黄金仮面のままで歩いていたとしても、見分ける事ができないのである。

 そうこうするうちに、大真珠の盗難の知らせを受けた警察本部から、捜査官もやって来た。捜査の指揮をとるのは、捜査第三課でも敏腕ぶりで知られていたナミコシ警部だ。彼は、アケチ探偵とも過去にも何度か共闘した事がある、旧知の間柄であった。

 さて、警備員たちから、さっそく詳しい状況を聞かされたナミコシ警部は、窃盗犯の奇抜で奇想天外な犯行ぶりに、すっかり呆れてしまったのだった。この犯人は、とてもマトモじゃないのである。

「この博覧会の出入り口には、どの通過点にも、最新式の監視カメラが設置されています。真珠の窃盗犯は、このカメラに撮影されるのを恐れて、すぐには場外へは逃げ出さず、まだ会場内に潜伏していて、脱出のタイミングを伺っている可能性があります。今からでも遅くはありませんので、この会場を閉鎖して、今いる見物客全員の身体検査を行ないましょうか」同行した刑事の一人が、ナミコシに提言した。

「おいおい。今、この博覧会場の中に、どれだけの見物客が居ると思っているんだ?全員のチェックなんて、とても一日では不可能だよ。それに、会場の閉鎖など行なったら、見物客の余計な不安を煽り、パニックだって招きかねない。そうやって、会場内が混乱などしたら、それこそ犯人の思う壺だ。犯人は、その暴動の隙を見て、うまく逃げかねないぞ」と、ナミコシは、すぐに却下したのだった。

「では、どのような手段をとりましょう?」

「犯人は、展示用のマネキンに化けて、会場内に侵入したと言う話だな。つまり、入場用のチケットは持っていなかった訳だ。出口の係員たちと至急連絡を取って、今後、会場外へ出て行く客からは、チケットの半券を回収するようにしたら良い。半券を出せない客は、犯人の可能性があるから、それらの人物だけを入念にチェックするんだ。これなら、さほど時間も取らないし、混乱も起きないだろう」

「なるほど。さすがは、警部!」

 かくて、ナミコシのアイディアは、すぐに採用されたのだった。応援に駆けつけた警官たちも手伝いに回って、お客のチケットの半券回収が実施された。お客たちにヘンな疑惑を持たれないように、半券の回収には適当な理由がつけられた。これが、思った以上に、スムーズに進行したのだった。

 ほとんどのお客は、半券を捨てずに、まだ持ち続けていた。ごく稀に、半券を無くしてしまったお客もいたのだが、それらのお客は、少し調べただけで、あっさりシロだと判明した。また、半券を盗まれたとか、奪われたとか言うようなお客も、特に現われはしなかったのだった。

 こうして、この日は、博覧会が閉館するまで、出口での半券回収が続けられたのだが、とうとう、最後の一人のお客が帰るまで、不審者は引っ掛からなかったのである。もはや、会場内には、見物客はゼロだった。すなわち、大真珠を盗んだ黄金仮面は、いつの間にか、居なくなってしまった事になるのだ。

 会場内が無人になってからも、警察の捜査は続けられた。犯人が脱ぎ捨てた黄金仮面のマスクやオーヴァコートが、どこかに隠し捨てられているのではないかと探索されたのだが、それらの廃棄品は、ついに、博覧会場の中からは発見する事ができなかった。

 ほんの僅かの時間、目を離しただけだったのに、あの黄金仮面の犯人は、見事に、どこかへ逃げ去ってしまったのである。この怪人は、本当に、煙のように消えてしまったらしいのだ。

 しかし、実のところ、ナミコシ警部を始めとする捜査員たちは、もっと大事な場所を探し忘れていたのではなかったのだろうか。そう、黄金仮面が、そのマスクを外さなくても、平然と潜り込めたような場所が、明らかに、あの博覧会場の中には存在していたのである。

 だけど、ナミコシ警部らは、その事にずっと気付かずに、結局は、以後の時間は、博覧会場の出口の監視カメラが写した見物客の映像、それも膨大な量の映像を、ずっと見返す事に費やしてしまったのであった。

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