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動くソフォクレス像

 天野くんちの居間で、コバヤシくんが、天野くんのお母さんを相手に、すっかり長話をしていた最中に、そこへ、花田くんら三人が、激しく動揺した様子で、飛び込んできました。

「だ、団長!大変です。力を貸してください!」花田くん達は、完全に気が動転していて、うろたえながらも、コバヤシくんにすがりついてきたのでした。

 コバヤシくんの方も、何が起きたのかが分からなくて、驚いてしまったのです。そこで、彼は、さっそく、花田くん達に事情を聞いてみました。で、彼ら三人だって、決して嘘はついていなかったし、かなり上手な説明もしたのです。しかし、それでも、あまりにも異常な内容のお話でしたので、それを聞かされたコバヤシ団長は、やはり、首をひねり、渋い表情にならざるを得なかったのでした。

 とは言え、コバヤシくんは、あくまで少年探偵団のリーダーでしたので、どんなに突拍子もない話でも、ひとまずは、団員たちの話は、素直に信じてくれたのです。

 かくて、今度は、コバヤシくんも、花田くんら三人と連れ立って、あのセタガヤ区にある洋館にと侵入してみる事になったのでした。

 とにかく、善は急げなので、すぐに、洋館へ向かってみる事にしました。だけど、果たして、団長が一人増えたところで、あのお化け屋敷のような洋館に再び挑戦してみて、大丈夫だったのでしょうか。

 いえいえ、そこはご安心ください。

 コバヤシくんは、いざ出発する前に、警察とアケチ探偵事務所の方にも、きちんと電話で連絡を取っておいたのです。コバヤシくん達の方が、一足先に洋館には到着するかも知れませんが、それでも、間もなく、警察や探偵事務所の応援だって駆けつけてくれる事でありましょう。

 それに、コバヤシくんは、この手の冒険は、かなり場数を踏んでいたのです。彼は、おおよその事態には対応する自信がありましたし、実際に、うまく乗り切るだけの経験と能力があったのでした。

 こうして、コバヤシくんと三人の少年探偵団員は、あのセタガヤ区の洋館のところにまで、大した時間も開けずに、戻ってきたのです。ちなみに、先ほどまで洋館の門の近くに停まっていた小型トラックの姿は、今度は見当たりませんでした。

 コバヤシ団長は、部下たちから、とても不思議な体験を聞かされていたにも関わらず、平気で、ぐんぐんと洋館の中へ突き進んでいきました。そんなコバヤシくんの後ろを、三人の団員たちも、おっかなびっくり、ついて行ったのでした。

 洋館の中は、相変わらず、まるで人の気配のない、ガランとした空き家のままなのです。

 ついには、コバヤシくん達は、大広間ホールにまでやって来たのでした。

「ここで、副団長の声が聞こえたと言うのかい?」と、コバヤシくん。

「そうです」花田くんが答えました。

「でも、今は何の音も聞こえないし、静まり返っているね」

 そう、今の大広間には、何の異常も見当たらなかったのでした。

 仕方がないので、コバヤシくん達は、さらに洋館の中を前進してみる事にしました。すると、今度は、例の蛇壺があった部屋にと辿り着いたのです。

 先ほどの恐ろしい蛇の群れを思い出したのか、三人の団員たちは、今まで以上にビクビクしていました。ところが、いよいよ、この部屋の中に入ってみると、やはり、この部屋も、空き家の状態であり、そこには何もなかったのでした。床一面に広がっていた、あの大量の蛇ですらも、すっかり消えて、無くなってしまっていたのです。

「本当に、ここに蛇がいたのかい?」と、コバヤシくん。

「本当です。あそこに大きな樽があって、そこから沢山の蛇が流れ出て来たんです」花田くんは、戸惑いながら、この部屋の奥の方にある小部屋を指さしました。

 少年たち全員の目が、そちらへと向きます。そして、彼らは、腑に落ちない表情になったのでした。

 なぜならば、奥にあった小部屋には、樽など置かれていなかったからです。かと言って、全くの空っぽだった訳でもありません。代わりに、等身大の白い石膏像が、どんと真ん中に飾られていたのでした。

 これには、先ほど、沢山の蛇を目の当たりにしたばかりの花田くんたち三人も、呆気にとられてしまうのが、当然なのであります。また、この奥の部屋で、以前に、黄金の虎の像を目撃したコバヤシくんだって、同じような、おかしな気分に浸っていたのでした。

 にしても、覗くたびに、中にあるものが変わってしまうとは、この部屋は、なんて、不思議な空間なのでしょうか。まさに、手品師の使う魔法のボックスみたいなのです。

 さて、話を戻しますが、この部屋の中にあった石膏像とは、古代ギリシャの詩人ソフォクレスをモデルにしたものでした。ソフォクレスの実物大の全身像なのです。ただし、いかにも模造品らしく、多少のアレンジが入っており、像がまとった衣装キトンは、足の先まで届いた、ダボダボなものなのでした。一見すると、観音像の体型フォルムっぽくもあるのです。

 コバヤシくん達は、この怪しい石膏像を、警戒して、遠巻きに観察したのでした。今のところは、特に何の異常もないようなのです。

「おかしいな。さっきまでは、間違いなく、樽があったんです」花田くんたち三人は、口々に、断言しました。

「君たちが嘘を言っているとは思っていないよ。でも、不思議な話だな。君たちの証言が事実ならば、君たちが洋館を後にした僅かの時間に、何者かが、蛇の樽とこの像を置き換えていった事になる。それにしても、何の為に?」と、コバヤシくん。

 彼は、ゆっくりと、石膏象のそばへと近づいてみました。それを、他の三人の少年団員は、慌てて、押しとどめたのでした。

「団長、危ないです!どんな罠が仕掛けてあるか、分からないです」

「うん。それは、十分、承知しているよ」コバヤシ団長も、石膏象のほんの手前で立ち止まったのです。

 と、その時でした。

 ガタガタガタ。

 なんと、ソフォクレス像は、自ずから、大きく揺れ出したのです。もちろん、ただの石膏像が動くはずがありません。この像には、きっと、何らかのカラクリが仕掛けてあるか、あるいは、中に何かが隠れているのです。

 ギョッとしたコバヤシくんは、素早く、後ずさりしました。怯えた、残りの三少年も、コバヤシくんの近くに身を寄せます。

「また、蛇でも出てくるのかな」震えながら、誰かが呟きました。

 でも、おっかないし、危険なので、自分から、この像に近付いていって、理由を確かめる訳にもいかないのです。

 コバヤシくんたち四人は、もうしばらくの間、揺れ動くソフォクレス像を凝視し続けていました。もし、この像が危険な状態になったりすれば、その時は、すぐにでも走り逃げ出せるように、彼らは、すでに身構えているのです。

 そして、ついには、激しく横揺れし過ぎたソフォクレス像は、そのまま、手前へと引っくり返ってしまったのでした。横倒れしただけではありません。固い床にモロにぶつかってしまった石膏像は、表面にヒビが入り、思いっきり、ハデに割れてしまったのです。

「あ!副団長!」コバヤシくん達は、それぞれが声に出して、叫びました。

 そうなのです。砕けたソフォクレス像の中から出てきたものとは、大友くんなのでした。大友くんが、目隠しと猿ぐつわをされ、さらには、全身も荒縄でグルグル巻きにされていたのです。彼は、その状態で、内側が空洞になったソフォクレス像の中に、閉じ込められていたのでした。

 コバヤシくんたち四人は、急いで、大友くんのそばに駆け寄りました。それから、彼を拘束していた縄やアイマスクなどを、手際よく、外してあげたのでした。

「大丈夫かい。大友くん」コバヤシ団長が、大友くんに優しく声を掛けます。

 幸い、大友くんは、拘束されてはいましたが、他にケガなどはなかったようでした。彼自身が心配していたような、透明人間の状態でもなかったのです。

 それでも、よっほど怖かったのか、大友くんは、泣きながら、わあっと、コバヤシ団長の体に抱きついたのでした。コバヤシくんも、彼の心情を察して、優しく抱き留めてあげました。他の三人の団員も、大友くんの無事を喜んで、抱き合う二人のそばに、そっと寄り添ったのでした。

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