探偵バッジの秘密
その日、大友くんは、そのまま、自分の家にも、アケチ探偵の事務所にも戻ってきませんでした。彼は、それっきり、行方不明になってしまったのです。
もちろん、帰ってこない息子のことを、大友くんの両親はひどく心配しました。アケチ探偵や少年探偵団の仲間たちだって、大友くんは大切な団員の一人でしたので、彼がいなくなった事態については、とても気に掛けたのです。
この時点では、大友くんが探偵団の活動中に姿を消したとは、ハッキリしていませんでした。それでも、探偵団のサイドとしては、大友くんの蒸発については、どうも、探偵団の活動と何か関係がありそうだと、早々に目星をつけていたのです。
大友くんの両親は、翌日には、すぐに、警察へと、大友くんの捜索願を出しました。しかし、その一方で、少年探偵団の方も、敏速に、独自の捜査を開始したのです。
その日の夕方、自分の学校の方が終わり次第、少年探偵団のコバヤシ団長と三人の団員が、天野くんの家の前にと集合しました。その三人とは、花田くん、石川くん、田村くんです。花田くんは中学二年生で、残りの二人は中学一年生でした。彼らは、少年探偵団の中でも特に年長でしたので、メンバーの中では参謀を務めていたのです。この三人を全員呼び出したという事は、コバヤシ団長の方も、かなり本気になっていたみたいなのでした。
「やあ、皆、集まってくれたね」三人を前にして、コバヤシくんは言いました。
「団長。やはり、副団長はまだ行方不明のままなのですか」そう尋ねたのは、花田くんです。
「うん。警察も捜索を始めてくれたようなんだけど、まだ何も有力な情報はないらしい。事故や事件、家出など、いろいろな可能性を想定して、探してくれているらしいよ」と、コバヤシくん。
「やっぱり、うちの探偵団の活動中に消えた線が強いんでしょうかね?」こう述べたのは、石川くんです。
「警察には話していないけど、多分、その線が濃いね」コバヤシくんが答えます。
「じゃあ、犯人は魔法博士だ!きっと、副団長は魔法博士に捕まっちゃったんだよ」そう息巻いたのは、田村くんでした。彼は、大友くんとは大の仲良しでもあったのです。
「待って、待って。そう断定するのは、まだ早すぎるよ。我々は、あくまで探偵なんだ。十分に証拠を見つける前から、物事を決めつけてはいけないよ」
さすがは、少年探偵団の団長なのです。コバヤシくんは、このような事態になっても、決して沈着さは失っていないのでした。
「では、僕たちは、このあと、どうやって、副団長の行方を捜すのですか」と、花田くん。
「そこは、いつもの通りだよ。探偵の基本は、聞き込みと現場検証だ。だから、ぼくは、君たちにも、大友くんが最後に消息を絶った場所と思われる、この場所に来てもらったんだよ」コバヤシくんは言います。「でも、今回の探し人は、ぼくらの仲間である探偵団員だ。うまくいけば、別の捜索方法も使えるかも知れない」
「別のって?」
「君たちも、少年探偵団の探偵バッジは持っているよね?」
「はい」
三人の団員は、それぞれが、自分の持っている探偵バッジを出してみせました。それは、拳で握りしめてしまえる程の小さな金属製のバッジなのですが、その表面には「BD」の文字が刻まれています。これこそは、ただのバッジではなく、少年探偵団の身分証の役割も果たしていたのでした。
「よろしい。全員、肌身離さず携帯しているね。当然ながら、大友くんだって、この探偵団バッジを必ず所持していたはずだ。このバッジはね、ただの団員証ではなく、いざとなったら、自分の居場所を伝える為の緊急アイテムとしても使えるようになっていたんだよ」コバヤシくんは、笑いながら説明しました。
「はい。その話は聞いた事があります」と、花田くん。
「そうだよね。つまり、いよいよ、このバッジが役に立つ時が来た訳だ。大友くんの事だから、もし、魔法博士に捕まりそうなピンチに陥ったのならば、必ずや、このバッジの事を思い出してくれたはずさ。そして、巧みに、このバッジを使って、そのメッセージをどこかに残しておいてくれたんじゃないかと思う。これから、ぼくたちは、そのメッセージを見つける為の捜索活動をするのさ」
コバヤシくんは熱く発言していたのですが、どうした事なのか、三人の団員の方は、いまいち、ピンとは来ていないようなのでした。
「捜索するって、どうやって?」石川くんが尋ねます。
「そりゃあ、どこかに大友くんの探偵バッジが落ちていないかを探すんだよ。その為の探偵バッジなんだ。もし、悪者に誘拐されそうになったり、あるいは、怪しい人物を尾行する時などは、その移動の最中に、敵に見つからないように、このバッジを周辺に投げ捨てておく。そうすれば、後で、このバッジを誰かに発見してもらえたら、その団員が、少なくても、その地点にいた事が、他の仲間にも伝わるって手はずなのさ。おやおや、君たち、その事をアケチ先生から教わらなかったのかい。ぼくなんて、まだ駆け出しだった頃は、この方法を使って、幾度となく危うい状況を切り抜けたものさ」
コバヤシ団長が、ここまで詳しく解説しても、三人の部下たちは、まだ、浮かない表情をしていたのでした。
「団長。副団長が、もし、このバッジを目印として投げていたのでしたら、わざわざ探しに出かける必要はありませんよ」ひょっこり、花田くんが言いました。
「え?どうして?」と、コバヤシくん。
「だって、僕たちが貰った、この最新型の探偵バッジには、GPS(位置特定システム)の発信装置が付いているのですから。バッジのある場所、つまり、バッジの持ち主の団員が現在いる地点は、いつでも、探偵事務所の方で確認ができるんです」
「な、何だって?そんな話、ぼくは聞いてないよ」コバヤシくんが、ついつい、うろたえました。
「ああ、そうか。団長は、古いバッジを持ったままで、新しいバッジと取り替えていなかったんですね。だから、この事を知らなかったんですよ」
コバヤシくんは、すっかり赤面して、黙り込んだのでした。少年探偵団の団長でありながら、一人だけ、こんなバッジの新機能をずっと知らないでいただなんて、とんだ失態なのです。
「事務所の方に問い合わせたら、昨日の夕方から、副団長のバッジの GPS の発信は途絶えているそうです。きっと、この時点で、副団長の身に何かが起きて、バッジも壊されるかどうかしたのかも知れませんね」石川くんが言いました。
「とりあえず、副団長のバッジの GPS の最後の発信地点でも当たってみましょうか」と、田村くん。
団員たちは、コバヤシ団長抜きで、勝手に話を進めています。コバヤシくんは、ちょっと寂しい気持ちにもなってきたのでした。
その時です。
「あのう。あなたたちは、少年探偵団の皆さんですね」
背後から、コバヤシくんたちに、そう話し掛けてくる女の声がしました。振り向くと、そこには、天野くんとそのお母さんが立っているのです。自宅の中にいた二人は、玄関まで出てきたらしいのでした。
「ああ。天野くんのお母さんですね。こんにちは」コバヤシくんたちは、礼儀正しく、挨拶しました。
天野くんのお母さんも、とても心配げな様子なのです。
「息子から聞きましたよ。この度は、皆さんのうちの一人が居なくなってしまったそうですね。まだ見つからないのでしょうか。大丈夫なのですか」と、お母さん。
「そうそう。その件なのですが、天野くんのお母さんにも、少しご説明しておいた方がいいかも知れませんね。こちらからも、お母さんに色々と伺いたい事があります」ハッとしたように、コバヤシくんが言いました。
彼は、素早く、三人の団員たちの方にも顔を向けました。
「ぼくは、先に、天野くんのお母さんへの聞き込みをしておく事にするよ。その間、君たちも、各々、独自に捜索活動をしていてくれないかな」
コバヤシくんは、部下の団員たちに指示すると、自分は、天野くんのお母さんたちと一緒に、天野くんちへ入っていってしまったのでした。あとには、花田くんたち三人の団員だけが残されました。
そもそも、この三人は、コバヤシ団長も一目おく、もっとも優秀で勇敢な少年団員たちなのです。コバヤシくん抜きでも、十分に動き回れたのであります。
と、コバヤシくんと別れた矢先に、花田くんの携帯電話に、急に着信が入りました。花田くんは、すぐに通話に出て、きびきびと対応したのでした。
「誰からだった?」通話を切ったばかりの花田くんに、間髪いれず、石川くんが尋ねます。
「探偵事務所からだった。団長の携帯電話に繋がらなかったものだから、代わりに、僕の方に連絡してきたんだよ」と、花田くん。
「団長って、最新の機械に疎くて、携帯電話の電源だって、よく消しっ放しにしているもんね」田村くんが笑いました。
「で、事務所からは、何の用事だったの?」
「副団長のバッジの GPS からの発信が、今しがた、復活したんだってさ。話によると、僕たちのいる場所のすぐ近くかららしい。一体、どうしたんだろうね」
「たった今、副団長が、GPS が機能する場所にまで移動したって事かな?」
「いやいや、もっと何か、裏があるのかも知れないよ。敵の罠だとか。ここはちょっと、慎重になった方がいいよ」
「でも、せっかく、GPS の特定ができたのに、これを調べないなんて手はないよ!」
「だったら、これから、GPS の発信元へ行ってみよう。十分に警戒して臨めば、きっと心配はないよ。団長も呼んできた方がいいかな」
「いいや。団長は、今、聞き込みの最中だ。途中で邪魔をしたら、悪いよ。まずは、僕たちだけで、発信元の様子を探ってこよう。何よりも、少しでも時間をロスすると、せっかくの GPS の情報も古くなって、役に立たなくなってしまうかも知れないからね」
かくして、勇敢なる少年探偵団の三人組は、ひとまずは、自分たちだけで、GPS の謎の発信情報を調べてみる事に決めたのでした。




