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虎の牙

 眠り込んでいた大友くんは、じょじょに目が覚めてきました。

 頭がハッキリしてきた大友くんが、まず気が付いた事は、周囲が妙に明るかった事でした。どうやら、今の彼は、トラックの暗い荷台の中にいた訳ではなかったようなのです。

 それから、荷台の中の金属の床とは違って、今の床も、ひどく柔らかかったのでした。それもそのはずです。目を向けてみると、大友くんの真下には、ふさふさした赤い絨毯が敷かれていたのでした。

 目覚めてきた大友くんの意識が、かなりハッキリしてきました。眠ってしまう前の状況も、だいぶ思い出してきたのです。彼は、ガバッと起き上がりました。寝転んでいた状態から、上半身だけを真っ直ぐ立たせたのです。目隠しはされていません。猿ぐつわも噛まされていないのです。ただ、両腕だけが、後ろ手に縛られていたのでした。

「勇気ある少年よ。お目覚めかね」そんな老人の笑い声が聞こえてきました。

 大友くんは、ハッとして、声の方に顔を向けます。それだけではなく、しっかりと、今の周辺の様子も確認したのでした。

 場所は、とても広い部屋の中なのです。きっと、大広間ホールだったのでしょう。その中央の床に、大友くんは寝かされていたのでした。床一面に高そうな絨毯が敷かれていただけではなく、広間のあちこちにも美しい家具や装飾品などが置かれており、天井には、まばゆいばかりにシャンデリアも輝いていました。まるで、王宮か豪邸の一室みたいな空間なのです。

 そして、大友くんが目を向けた方角には、10人ちかい人間が立ち並んでいたのでした。

 その中心にいたのが、今、大友くんに声を掛けてきたらしい老人です。独特なべっ甲メガネに、印象的な八字ヒゲ、黒のオーバーを羽織って、頭髪は、黄色と黒の二色のまだら模様になっています。恐らく、この怪老人こそが、あの謎多き魔法博士で間違いなさそうなのでした。

 さらには、魔法博士以外の並んでいた人物たちはと言えば、彼ら全員が、真っ黒な全身タイツを着込んでいて、頭もすっぽり覆う黒の覆面を被っていました。頭の上から足の先まで真っ黒な、奇怪な格好いでたちをしているのです。多分、この人たちは、魔法博士の助手だったのだと考えられるのでした。マジックの裏方を務めるに当たっては、このように、黒い服装で身を包んで、個性や存在は消していた方が良かったのであります。

「お前が、例の魔法博士だな!」大友くんは、少しも臆せずに、怪老人に向かって、怒鳴りつけました。さすがは、勇敢で肝が据わった副団長なのです。

「その通りだ。わしが魔法博士だよ」と、怪老人は、すんなりと、自分の正体を認めました。「君は、アケチコゴロウ探偵が主催する少年探偵団で副団長を勤めている大友久くんだね。わしは、君のことも、すでに調査済みだよ」

 そう言われて、大友くんも、ちょっとドキッとしたのでした。そこまで知られていたとは、探偵団側としても、少し、魔法博士のことを甘く見過ぎていたようなのであります。

「君たち探偵団が、天野くんの護衛をしていた事は、とうの昔に気付いておったよ。わしは、勇気のある少年たちが大好きなのだ。だから、今度は、天野くんだけではなく、君たち探偵団も相手に、知恵比べをする事に決めたのじゃよ」魔法博士は、楽しそうに告げました。

「それで、僕を誘拐して、こんな場所に連れてきたのか」と、大友くん。

「その通り。君は、面白いほど簡単に、わしの仕掛けたトラップに引っ掛かってくれた。あんな怪しいトラックに、恐れずに平気で乗り込んできた勇敢さも、賞賛に値する。そこで、君のことを、特別に、わしの屋敷へと招待してあげたのだ」魔法博士は、ケタケタと笑いました。

 しかし、大友くんだって、決して負けてはいなかったのです。彼は、少しも怯んではいませんでした。

「この場所が、お前のアジトだと言うのかい。だったら、それこそ、お前は、とんだミスをしちゃったみたいだね」大友くんは、得意げに言い返しました。「僕は、この屋敷がどこなのか知っているよ。ここは、セタガヤ区にあった無人の洋館だろう?ほら、以前にも、お前が天野くんを連れ込んだと言う、あの洋館さ。僕には、それが、すぐに分かるんだぜ。だって、僕も、この洋館の中には、調査で立ち入った事があるんだからね」

 そうなのです。大友くんは、魔法博士の事件が起きてからすぐに、コバヤシ団長に連れられて、あのセタガヤの洋館を、いっしょに探検してみた事があったのでした。そして、さすがは副団長だけあって、その時に目にした洋館の中の間取りも、きちんと覚えていたのです。

「それにしても、驚いたもんだな。ついこないだまでは、完全な空き家だったのに、いつの間にか、こんな人の住める状態にまで改装していたとはね。さすがに、自称・手品師だけはあるよ」大友くんは、あざ笑いつつ、それでも感心してみせました。

 すると、魔法博士の方は、突然、大笑いしたのでした。

「ははははは。なるほど、少年探偵団の優等生だけはある。そこまで見抜いてくれたかね。こちらとしても、説明の手間が省けると言うものじゃ。だが、言っておくが、わしのマジックは、この程度のものではないぞ」魔法博士は、眼鏡の奥の鋭い目を光らせながら、言いました。

「へん。手品なんて、どうせ、必ずタネがあるものなんだ。見破れないはずがないよ。最後は、必ず、全ての謎を僕たちが解き明かして、お前の鼻を明かしてやるさ」

「ほほう。大した自信じゃな。では、わしが虎に変身してみせた魔法も、君には解けたのかな?」

「もちろんさ。そんなの簡単だ。コバヤシ団長が言っていたよ。この館の中で、虎に変わってみせた時は、プロジェクションマッピングを応用した立体映像を使っていたんだろう?きっと、他の場所に出現した虎だって、みんな、同じような立体映像だったんだ」

「おやおや。果たして、そうなのかな。立体映像は、背後に壁などのスクリーンの代用物がなければ、投影できないと思うのだがね。夜の道路を歩いていた虎については、プロジェクションマッピングでは説明しきれないんじゃないのかな」

「でも、人間が虎に変身するなんて、絶対にあり得ない。たわいもないトリックだった事は明らかなんだ」

 大友くんが頑固に言い張るものだから、魔法博士も少し不敵な笑みを浮かべたのでした。

「よかろう、そこまで断言するのならば、君に面白いものを見せてあげよう」魔法博士は、助手の方に顔を向けました。「おい。この少年を連れて、案内してあげるんだ」

 それから、大友くんは、魔法博士の助手の一人に体を掴まれると、無理やり立たされたのでした。それだけではありません。魔法博士が、ゆっくりと、このホールの外へと向かって、歩き出したので、その後をついて、大友くんも歩かされる事となったのです。

 ホールの外は、長い廊下となっていました。この廊下もまた、大友くんは、しっかりと見覚えがあったのでした。確かに、セタガヤ区の洋館の中の廊下なのです。しかし、この廊下も、以前、目にした時のような空き家の状態ではなく、きらびやかに装飾が施されていて、電灯もさんさんと灯っていたのでした。

「よくもまあ、ここまで飾り付けたもんだ。でも、それが、どうやら、お前たち一味の命取りになりそうだな。僕は、ここを逃げ出せたら、すぐに仲間を連れて、ここに戻ってくるからね。その時までに、これほどの量の家具は簡単には外へ運び出せそうにないだろうから、再び廃屋に戻して、僕たちを驚かそうとしたって、住み着いていた跡があちこちに残っているに違いなくて、お前たちがこの場所を寝ぐらに使っていた事実は、今度こそ、すっかり、皆にもばれてしまうんだ」

 魔法博士の助手に引っ張られて、歩かされている状態でありながらも、大友くんは、得意げに喋り続けました。大友くんがどんなに饒舌に話しまくっていても、魔法博士たちの方は、急に黙り込んでしまい、何も言葉を返そうとはしなかったのでした。

 その時です。突如として、凄まじい吠え声が聞こえてきました。それは、猛獣の鳴き声なのです。普段は聞いた事のないような、激しい唸り声なのでした。

 大友くんは、思わず、ゾクッとしました。でも、彼は、そう簡単に怯んだりはしませんでした。大友くんを怖がらせる為に、この程度の脅しの演出もあるだろう事は、彼の方でも、十分に想定の範囲内だったのです。

 しかし、ここで、魔法博士が、派手に笑い出したのでした。

「勇敢なる少年よ。ついたよ。君に、この館にある最大のタネをお見せしよう。このドアの先だ。さあ、遠慮しないで、入りたまえ」魔法博士は言いました。

 彼らの前には、大きなドアが立ちふさがっていたのです。さっきの恐ろしい唸り声も、何やら、このドアの向こうから聞こえてきたようなのでした。大友くんは、急に黙り込み、息を飲みました。

 でも、これまで、さんざん強がってきた大友くんなのです。今さら、尻込みする訳にも行かないのであります。彼は、覚悟を決めて、魔法博士の開けてくれたドアをくぐってみたのでした。

 さあ、そこには何があったのでしょうか。

 そう、ドアの向こうは、これまた、見た記憶のある部屋だったのでした。かつて、天野くんが窓から侵入してみて、中で、少女の人形と遭遇したと言う部屋です。もちろん、大友くんが、コバヤシ団長と探検した時は、この部屋も、全くの空っぽの状態だったのでした。それが、今、拝見してみると、やはり、他の部屋や廊下と同様に、きれいに飾りつけられて、照明も輝いていたのです。

 部屋の奥の方には、さらに、小部屋へと繋がった入り口がありました。そこもまた、以前は、魔法博士が虎に変身してみせたり、黄金の虎の像が置かれていた部屋なのです。その部屋は、明かりもついておらず、暗がりだったのですが、どうも、何かが居たようなのでした。そして、例の唸り声も、この部屋から聞こえていたようなのです。

 さすがに、大友くんも、今度こそは本気でビビってしまいましたが、魔法博士とその助手は、力づくでも、大友くんを、その部屋の方へ引っ張っていきました。

「さあ、少年よ、よおく拝みなさい。これが、わしの魔術の一番のカラクリだ。全て、君が目にした通りの真実なのだ」魔法博士が、胸を張って、叫びました。

 同時に、大友くんは、魔法博士の助手によって、顔をぐんと小部屋の方に押し付けられたのでした。彼は、無理やりにでも、小部屋の中にあるものを、はっきりと見せつけられてしまったのです。

 果たして、そこには何があったのでしょうか。

 部屋の中にいたモノは、大友くん目がけて、再び、うおおおっと大きく吠えました。それは、動物だったのです。そこには、なんと、鉄格子の檻の中に閉じ込められた虎がいたのです。明らかに成獣の虎でした。その体の長さは2メートルはあり、大友くんよりも遥かに大きいのです。

 これには、あれほど勇ましかった大友くんも、とうとう参ってしまい、恐怖で顔を引きつらせ、足もガタガタ震えてきたのでした。

「どうだ!これこそは、わしがインドより取り寄せた猛虎ヨーガだ。わしの可愛い可愛いペットじゃよ。まごう事なき本物のベンガルトラなのだ。さあ、これが、本当に、ただの立体映像なのかどうか、とくと確認するが良い!」魔法博士が、大声で講釈しました。

 そして、この恐ろしい虎もまた、大友くん向かって、さらに激しく吠えたのです。大友くんの頭がすっぽり入ってしまいそうなほど大きく、口を開いていました。その口には、太くて鋭い牙がズラリと並んでいるのです。この牙で、天野くんちの庭の松を噛みちぎり、小学校にあったウサギ小屋を噛み壊したのでしょうか。

 ほんの数10センチ先の目の前で、こんな虎のリアルな口の中を見せつけられた大友くんにとって、それは恐怖以外の何ものでもありませんでした。どう考えても、この虎は、立体映像や偽物などではないのです。この恐るべき猛獣は、確実に、この場に存在していたのであります。

「どうだね、大友くん。わが虎は気に入ってくれたかね。さあて、せっかく、ここまで招待してあげた訳だし、君には、わしのマジックをもっと堪能してもらおうかな。今度は、君に、透明魔術を披露してあげよう。喜ぶがいい。君自身を透明人間にしてあげるのだ」

 顔面蒼白になって、すっかり戦意を喪失していた大友くんは、すでに何も耳に入ってこない状態でしたが、魔法博士は、なおも、そんな事を愉快そうに語り続けていたのでした。

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