大友くんの追跡
我らが少年探偵団は、皆で話し合って、順番に、天野くんの警備に当たる事を決めました。その日の当番の団員は、自分の学校の方が終わり次第、すぐに、天野くんの元へ駆けつけます。天野くんの側とも打ち合わせていますので、護衛の団員が来てくれるまで、天野くんは、放課後は自分の学校の前で待っているのです。そして、両者が落ち合うと、これで、安心して、二人はいっしょに天野くんの家まで帰宅するのでした。少年探偵団の団員たちは、天野くんの専属のボディガードとなったのです。
天野くんを無事に家にまで送り届けてからも、少年探偵団の任務は終わりません。そのあとは、彼らは、時間が許す限り、天野くんの家の警護に当たったのです。天野くんが不審者に襲われないかどうかを守っているだけではなく、家の周辺で怪しい事が起きていないかどうかも、さりげなく、見張り続けるのでした。少年探偵団のメンバーは、師匠のアケチ探偵やコバヤシ団長から、すでに、そうした活動の手ほどきも受けていましたので、皆、実に手慣れたものだったのです。
ここまで厳重な護衛がついていれば、さしもの魔法博士も、もはや、天野くんに手を出す事はできないだろうとも思われました。しかし、魔法博士の狙いは、必ずしも、天野くん一人だけとは限らなかったのです。
その日の、天野くんの警護を務めた少年探偵団の団員は、大友久くんでした。中学二年生の、探偵団の中でも一番年上だった少年です。
彼もまた、決して気を緩める事もなく、細心の注意を払って、自分の任務にと当たっていたのでした。天野くんの事は、何事もなく、きちんと自宅にまで送り届けました。あとは、少年探偵団の勤務時間内である夜9時まで、天野くんの家の周りを見張っていたら良いのです。少年探偵団のメンバーは、皆、未成年なので、夜の仕事は9時までと、団の規約で決められていたのでした。
昨日も一昨日も、当番の団員たちは、忠実に、天野くんちの警備に当たっていましたが、今のところ、不審な事は何も起きておりません。だから、今日も、穏やかに1日が終わるのではないかと思われました。
ところが、天野くんちの周辺を、念入りに、ぐるぐると巡回していた大友くんは、ふと、その怪しい人物を見つけてしまったのです。
その人物とは、一見、作業服を着た普通の青年でした。ちらっと目にしただけならば、きっと、ただの運送会社の配達員か何かなのだろう、と見過ごしてしまった事でしょう。でも、大友くんは、その青年の怪しい部分を、決して見逃しはしなかったのです。
その作業員らしき青年は、大友くんより200メートルほど先の道路のはしに座り込んでいました。よく見ると、白墨を使って、アスファルトの道路の表面に何かを書いているのです。道路工事の作業員ならば、そのような仕事にだって従事するかも知れませんが、大友くんには、作業服の種類の違いから、この青年が土木作業員ではなかった事が、すぐに分かりました。このへんの微妙な違いを鋭く見分けられる事もまた、探偵の重要な技術の一つなのです。
では、この青年は、こんな道路のど真ん中で何をしていたのでしょう。そんな疑問が湧いてくると、ますます、この青年のことが怪しく思えてきたのです。
青年の作業員が、ゆっくりと立ち上がりました。そして、背後から大友くんに見られていた事など知らなかったかのごとく、スタスタと前の方へと歩き去ってしまったのでした。
大友くんは、この謎の作業員に悟られないように、さりげなく前進しました。そして、作業員が座っていた辺りにまで辿り着くと、何気なく、道路に書かれていたものをチラ見してみたのです。
大友くんは、心の中でハッとしました。
道路に書かれていたものとは、なんと、矢印だったのです。大友くんは、否が応でも、天野くんの体験した話を思い出しました。天野くんもまた、地面に書かれた矢印のあとを追い掛けたばかりに、まんまと、魔法博士の罠に引っ掛かってしまったのです。
と言うことは、あの作業員風の青年は、魔法博士の手下だったのでしょうか。だとすれば、この矢印の先にうかつに進んだりすれば、大友くんもまた、魔法博士の術中にはまってしまう恐れがあります。でも、一方で、この貴重な手掛かりを、わざと避けてしまうのも、何となく惜しいのです。
そこで、大友くんはピンときたのでした。
彼は、矢印の先を追うのではなく、反対に、矢印の後ろ側の方に目を向けました。
すると、そこには、いかにも運送業者が使いそうな、小型のトラックが停まっていたのでした。荷台が箱型になったトラックです。これを発見できて、大友くんもニンマリとしたのでした。
彼の考え方は、こうです。矢印の先に罠が仕掛けられていると言うのであれば、当然、矢印の出発した側には、罠を仕掛けた人物の拠点があるはずなのであります。罠を仕掛けている人物が荷物の配送員で、その拠点が運搬用トラックだと言うならば、まさに、これほど、ピッタリな隠れ蓑はないとも言えるでしょう。
大友くんは、迷わず、小型トラックの方へ走り寄りました。幸いにも、その周辺には、配送員の仲間どころか、誰も歩行者は見当たらないのです。さらに都合がいい事に、このトラックの荷台の背後の扉は開きっ放しになっていたのでした。
大胆な大友くんは、トラックの真後ろに回って、この荷台の中を覗き込みました。荷台の奥の方には、暗がりの中、かなり大きな木箱が、一つだけ、積み込まれているのです。横長で、大人ひとりが入れそうなほどの大きさがあって、配達用の荷物だとしても、いかにも不自然なのでした。やはり、このトラックは、魔法博士の秘密の拠点だったのでしょうか。
大友くんは、このあと、思い切って、荷台の上に駆け上がり、その中へと侵入してみたのでした。
実は、彼は、少年探偵団の中でも、勇猛さで知られた副団長だったのです。コバヤシ団長の頼れる片腕でもありました。だから、彼としては、この程度の冒険は、恐れずに実行しても、当然だったのです。
もしかしたら、このトラックは、本当に、ただの運送業者の配送車だったのかも知れません。だけど、そうだったとしても、トラックの荷台に無断で上ったのがバレて、注意されたところで、その時は、子供の悪気のないイタズラのふりをして、素直に謝ってしまえばいいのです。それで、多分、大した問題にもならないでしょう。そのへんの上手な融通がきく辺りも、少年探偵ならではのメリットなのであります。
さて、大友くんは、薄暗い荷台の中を進んで、奥の方まで潜り込みました。それから、そこにあった木箱の内側を、箱の外張りの板の細い隙間から覗いてみたのです。
大友くんは、ひどく驚いて、声を出しかけました。
と言うのも、木箱の中身とは、キラキラ光っている黄金の虎の像だったからです。恐らく、コバヤシ団長や天野くんが見たという虎の像と同じものと考えて、間違いないでしょう。つまり、このトラックは、やはり、魔法博士の移動用の拠点だったようなのであります。
それにしても、魔法博士は、なぜ、このトラックに黄金の虎を積んでいたのでしょう?この虎の像を使って、またしても、皆をあっと驚かすマジックでも企んでいたのでしょうか。
大友くんが少し考え耽っていた、そんな時、荷台の入口の方から、コツコツと足音が聞こえてきたのでした。どうやら、このトラックの運転手、すなわち、魔法博士の子分が戻ってきたみたいなのです。
さすがの大友くんも、ちょっと躊躇しました。ここで、荷台の中にいるところを相手に見つかってしまえば、怒られて、外に追い出されてしまいます。また、最悪の場合ですと、少年探偵団の一人だとバレて、何かヒドい目に合わされてしまう危険もあるでしょう。
そこで、大友くんは、反射的に、木箱の影に身を隠してしまったのでした。もはや、それ以外に取るべき手段が思い浮かばなかったのです。
でも、運よく、帰ってきたトラック運転手は、荷台の中の大友くんの存在には気付かなかったみたいなのでした。ただし、運転手は、不注意な一方、あっさりと、荷台の扉をすぐに閉めてしまったのです。
大友くんは困惑しました。この荷台の扉は、きっと、外からしか開く事ができないでしょう。つまり、大友くんは、うっかり、このトラックに閉じ込められてしまった事になるのです。いや、それだけではありません。トラックは、鈍い音を立てて、ガタガタと動き出したのでした。この車は、走り出してしまったのです。
こうなったら、大友くんとしても、腹を決めるしかありませんでした。彼は、このまま、荷台の中で揺られて、トラックの到着先までついていく事にしました。恐らくは、そこに、魔法博士の真のアジトがあるのです。その場所を判明させる事ができれば、それは、まさに大友くんの大手柄となるのであります。
そうと決心すれば、勇敢な大友くんは、今度は、すぐに尾行の準備に取り掛かる事にしました。探偵道具の一つであるペンライト(懐中電灯)を取り出して、自分の周囲を明るく照らします。自分の位置と現状を早急に探偵団の仲間に伝えられないかと、まずは、携帯電話を取り出してみたのです。
ところが、なんて事でしょうか。スマホの電波は圏外になっています。要するに、この荷台の中では、電話の類は使えないみたいなのです。ここはトーキョーの市内なので、普通だったら、電波が届かないなんて事は考えられないでしょう。ひょっとしたら、この荷台の四方の壁は、電波をしゃ断するような材質で出来ていたのかも知れません。
だとすれば、大友くんは、うまく相手の懐に飛び込んだどころか、逆に、すっかり敵の虜になってしまったようなのです。
でも、本当に、もう、荷台の外と連絡を取る方法はなかったのでしょうか。何と言っても、大友くんは、少年探偵団の副団長なのです。少年探偵としての知恵と秘密の探偵道具を駆使すれば、どうにか、このピンチをうまく切り抜けられそうな気もしなくはないのであります。
だけど、そうやって、考え込んでいる最中に、大友くんは次第に眠くなってきたのでした。
果たして、それは油断や疲れによる眠りだったのでしょうか。もしかしたら、大友くんがこの荷台の中に潜り込んでいた事はとうに魔法博士にはバレていて、この荷台の中には催眠ガスが流し込まれたのかも知れません。
そう。実は、大友くんは魔法博士を出し抜いたつもりでいても、本当のところは、魔法博士の方が、最初っから、大友くんを巧みに誘導して、彼を捕まえてみせたのだ、とも考えられるのです。




