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都会の猛獣

 天野くんが自宅で黄金の虎らしき怪物を見た夜、実は、彼の家の周辺でも、不思議な出来事が連続して起きていたのでした。

 まずは、天野くんちの近所にあった小学校で、理科の教材用に飼っていたウサギの小屋が襲われました。木と金網でできた小屋だったのですが、金網は引きちぎられ、木材の板も叩き割られて、小屋そのものが真っ二つに引き裂かれていたのです。小屋の中にいたはずのウサギも、当然、いなくなっていました。

 翌朝、ウサギ小屋のこの惨状を発見した子供たちは、たいへんなショックを受けたのです。

 この事件はちょっとした騒ぎになり、先生がたは、飢えている野良犬にでも襲われたのではないか、と考えました。でも、これが野良犬だとしたら、とんでもなく凶暴で怪力の持ち主なのです。

 結局、この出来事については、それ以上の事は何も分からず、これっきりで終わりとなってしまったのでした。その後、第二の被害はありませんでしたし、ウサギの方も戻ってはきません。ただ、生徒たちの心に、イヤな不安の気持ちだけを残す事になったのです。

 それから、町のあちこちで、奇妙な目撃情報が相次いでいました。彼らは、口を揃えて、「虎を見た」と証言したのです。つまり、天野くんと同じなのであります。

 もっとも、天野くんと違っていたのは、彼らは「道を闊歩している虎を見た」と言っていたのでした。時間帯は、天野くんが黄金の虎を見た頃よりも遅くて、大体、夜の2時すぎです。だから、道を歩いていた人もまるで居らず、その目撃も、いずれも、まばらに、一人一人の形になったのでした。

 ある人は、自宅の窓から、すぐそばの車道を歩いている、この虎を目撃しました。運転中の車の中から、この虎を見つけた人もいます。また、別の酔っ払いなどは、帰り道を急いで歩いている最中に、もろに正面から、この虎と出くわしてしまい、腰を抜かす羽目にもなったのです。

 だけど、目撃されたと言うだけで、それ以上の事件は起きませんでした。何せ、こんな町のど真ん中で虎を見た、と言うだけでも衝撃的な体験だったので、誰もが、そこで一旦、思考が停止してしまったのです。ハッとした時には、虎はもう彼らの視界からは消えていました。直接的な被害も受けはしませんでしたが、一方で、皆は、この虎のことを、カメラや動画でも写し損ねてしまったのです。

 これでは、何の証拠もありません。あまりにも一瞬の出来事でしたし、虎の目撃者たちは、呆然として、むしろ、虎を見た事の方が自分の見間違いじゃないかと思って、すぐには、その事を人には打ち明けなかったのでした。

 もちろん、虎の目撃をきちんと警察に通報した人もいました。でも、警察の方には、動物園から虎が逃げ出した、みたいな連絡は入っていなかったのです。だから、警察でも、虎の目撃の話は、にわかには信じず、この件は、すぐには世間にも広まらなかったのでした。そして、実際に、その後も、どこからも虎の脱走の連絡はなかったものだから、この不思議な町中での虎の目撃情報も、それっきり放ったらかされてしまったのです。警察とは、そもそも、十分な確信のない通報だけでは、すぐに動けないものなのであります。

 ただし、天野くんちでの怪異も含めて、これらの一連の出来事については、全て、アケチ探偵の事務所の方にも伝わっていました。警察と違って、探偵事務所は、確証のない事件についても、ちゃんと取り上げてくれるのです。特に、少年探偵団のコバヤシくんは、今ちょうど、魔法博士に関わる出来事と取り組んでいる最中だったのであります。これらの不思議な出来事は、どうやら、魔法博士がらみのものだと推察されたのでした。

 コバヤシくんは、天野くんから虎の出没の話を聞くと、すぐに、少年探偵団を招集しました。コバヤシくん自身も、自ら現地に出向いて、調査も行ないましたが、一方で、少年探偵団の団員たちにも、あちこちで聞き込みをさせて、情報をかき集めたのです。こうして、どうやら、町のあちこちで不思議な虎が出没していたらしいと言う、今回の事件の全体像も明らかになってきたのでした。

 さらに、コバヤシくんは、アケチ探偵事務所の人間という事で、警察にも通じていました。中でも、ナカムラという捜査係長とは、普段から懇意にしている間柄だったのです。コバヤシくんは、このナカムラ警部にも、一連の魔法博士がらみの情報を教えて、相談に乗ってもらったのでした。そして、信頼あるコバヤシくんからの依頼でしたら、ナカムラ警部も実直に話に応じてくれたのです。もっとも、警察組織としては動けませんでしたので、ナカムラ警部は、個人の立場で、コバヤシくんに色々と協力してくれたのでした。

 かくて、コバヤシくんは、着実に、魔法博士の謎にと迫っていったのです。

 まず、ナカムラ警部に調べてもらいますと、確かに、魔法博士の正体だという雲井良太と言う金持ちは、本当に実在していました。ところが、この人物の住所や近況を当たってみますと、今はちょうど、海外に外遊中だった事が判明したのでした。近親者にも具体的な事を伝えていない、気ままな外国旅行らしいのです。いつ、日本に戻ってくるのかも、分かっておりません。

 おやおや。これはまた、一体、どういう事なのでしょうか。

 もしかすると、雲井氏の海外旅行という情報自体が実はフェイクで、ほんとは、雲井氏は、まだ国内にいて、今は魔法博士にと扮して、こっそりと活動していたのかも知れません。

 でも、実際のところは、何が真実だったのかは、まだ何とも言えない段階なのでした。

 次に、コバヤシくんは、魔法博士が潜伏していたと言う、セタガヤ区のあの怪しい洋館についても、その持ち主が誰なのかを、ナカムラ警部に調べてもらいました。

 ひょっとすると、あの洋館の所有者は雲井良太だったのではないかとも睨んだのですが、その推理は思いっきり外れでした。あの洋館の主人とは、イギリス人の一般人だったのです。しかも、その人物は、今は本国のイギリスの方に戻っており、長い間、音信が途絶えていたのでした。つまり、あの洋館は、現在は廃屋も同然だった訳です。

 そうなりますと、魔法博士は、この空き家だった洋館に勝手に入り込んで、彼もまた、不法侵入を犯して、天野くんにイタズラを仕掛けた事になります。これは、立派な問題行為、れっきとした犯罪なのです。

 そこで、魔法博士に嫌疑をかけて、ひっ捕らえようと言うのであれば、次は、天野くんの体験が、彼の作り話などではなく、間違いのない事実だった事を立証しなくてはいけなくなってきます。

 コバヤシくんは、今度は、きちんと、警察の承諾をもらって、ナカムラ警部にも同伴してもらって、例の洋館へと侵入してみる事にしたのでした。

 洋館は、相変わらず、人の気配もなく、何も家具は置かれておらず、無人の空き家のままだったのです。

 それでも、コバヤシくんには、どうしても、もう一度、確認しておきたい場所がありました。それが、天野くんの前で、魔法博士が出没して、虎に変身してみせたと言う、あの小部屋なのです。

 ナカムラ警部といっしょに、コバヤシくんが、その部屋に踏み込むと、部屋の中には、こないだ、目にしたはずの黄金の虎の像すら、消えて、無くなっていました。これはまた、どうした事なのでしょうか。もしかすると、あの虎の像は、現実に、天野くんちの庭へと移動していたのかも知れません。

 だけど、そんな奇妙な状況になっていた事については、コバヤシくんにとっても、ある程度、想定内なのでした。それよりも、彼には、別に調べておきたい事があったのです。

 コバヤシくんは、ナカムラ警部にも協力してもらって、怪しい小部屋の天井のあちこちを、色々と調査してみました。すると、ついに、彼の睨んだ通りのものが見つかったのです。

 それは、何か、機材を取り付けたかのような跡でした。天井の片隅の壁に、ネジを刺した穴のようなものが、幾つも発見できたのです。これで、コバヤシくんも、とても満足したのでした。

「やはり、この館に、魔法博士は潜んでいました。天野くんは、一つも嘘は話していません」コバヤシくんは元気に言いました。

「でも、何を根拠に、そう言い切れるのかね?」と、ナカムラ警部。

「この部屋の天井には、機材を設置していた跡がありました。これは、小型の投影機を取り付けていた痕跡です。つまり、天野くんが見た魔法博士とは、実際は、プロジェクションマッピングを応用した立体映像だったのです。だから、映像そのものに加工してあったから、虎への変身も可能だったのです」

 コバヤシくんは、見事に、魔法博士の魔術の種明かしをしてみせたのでした。もちろん、彼が、この事に気付けたのは、虎井博士の研究所で、同種のマジックを見せてもらったおかげなのです。

 こうして、魔法博士をめぐる騒動は、少しだけ、前へと進展したのでした。だけど、解決と言うまでは、まだまだ、ずっと程遠い状態なのです。

 何よりも、今なお、魔法博士にしつこく付け狙われている天野くんの事が心配でした。そこで、コバヤシくんは、天野くんには、少年探偵団のメンバーの警護をつける事を思い立ったのでありました。

 昼間は、天野くんの近くには、常に、少年探偵団の団員の誰かが、護衛につきます。夜も、大人であるアケチ青年別働隊の隊員が、天野くんの警護に当たるのです。これで、天野くんの身も、少しは安全になったと言えましょう。もし、万が一、またしても、魔法博士が出没するような事でもあれば、その時は、少年探偵団の方でも、メンバー総動員で、全力を尽くして、立ち向かえば良いのです。何たって、彼ら少年探偵団だって、アケチ探偵が認めてくれた、立派な名探偵チームなのですから。

 さて、このようにして、神出鬼没な魔法博士を相手に、少年探偵団も、いよいよ、本格的に動き出した訳なのですが、しかし、実際には、この事件は、この先、さらなる恐ろしい事態へと展開していく事となったのでした。

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