動き出した阿弥陀像
黄金仮面を悪用した窃盗団の首領は、ハッと、柔らかいベッドの上で目を覚ました。同時に、自分は、今は、郊外にあるアジトで休んでいた事も思い出したのである。
時計を見て、もう半日も眠っていた事を知り、彼は、慌てて起き上がったのだった。
彼は、ガウンから着替えると、黄金の仮面も被って、手ばやく、黄金仮面の姿にと戻った。この館内では、他人に姿を見られる心配はないはずだったが、それでも、彼は、用心のために、すぐに黄金仮面の格好になる癖がついていたのである。
食事をとって、お腹も満たしたかったが、今の彼は、それ以上に、落ち込んだ心を充実させたい気分になっていた。彼は、コツコツと階段を下りて、まずは、地下室へと向かったのである。
この洋館には、けっこう、広い地下室が設けられていた。黄金仮面の怪盗は、地下室の前のドアを開き、その暗い地下室の中へと入っていったのだ。
すると、見よ!その地下室には、あの大真珠・シマの女王と、十人阿弥陀が、置かれていたのであった。いずれも、この黄金仮面が盗んだ貴重品なのだ。彼は、この洋館の地下室を、自分が盗んだものを並べておく美術ルームとして利用していたのである。
地下室の薄暗い電灯に照らされている大真珠と十人阿弥陀を眺めて、黄金仮面は、つい、うっとりしてしまったのだった。この2点が揃っていただけでも、この美術ルームは素晴らしい見栄えなのだ。
だが、本来なら、ここには、国立博物館の国宝だって、ずらりと並べられていたはずなのだった。それが実現しなかったものだから、今は、この美術ルームの中はまだ空白の場所だらけであり、ガランとしていたのである。
なぜか、大真珠と十人阿弥陀以外には、小桜縅の鎧武者も、人型に立て掛けた状態で、入口のそばに置かれていたのだった。と言っても、この鎧は、芸術品でも価値ある骨董でもない。どうやら、黄金仮面の部下が湖畔亭で着ていた安物を、ここまで持ってきて、脱いで、置いていったものらしいのだ。
黄金仮面は、ちょっと不機嫌な様子になった。こんな模造品の鎧をここに飾られていたら、この黄金仮面の美術ルームの品格までもが下がってしまうのである。
黄金仮面は、なんとなく、無意識で、鎧武者のそばへ寄っていった。その時だった。
彼は、並ならぬ人の気配を感じたのだ。ハッとした彼は、慌てて、背後を振り返った。すると、そこでは驚くべき事が起きていたのである!
黄金仮面の背後には、十人阿弥陀の仏像があった。しかし、先ほど見た時とは、その配置が大きく変わっていたのだった。十人の阿弥陀像は、もと居た場所から移動して、黄金仮面を取り囲むように、その後ろにグルリと並んでいたのだ。
あり得ない話である。黄金仮面にしてみれば、まるで、「だるまさんが転んだ」の鬼になって、他の子供たちに接近されてしまったような衝撃の感覚なのだ。
この館は、確か、無人であった。このように、仏像を勝手に動かす人間などは居ないはずなのである。
その時、さらに黄金仮面をビックリさせるような出来事が起こったのだった。
黄金仮面のすぐ近くで、明らかに、何かが大きく動く音がしたのだ。ギョッとした黄金仮面は、そちらに目を向けた。そこには、例の模造品の鎧武者があったのだが、その鎧武者がガシャガシャと揺れていたのである。
これには、さすがの黄金仮面も度肝を抜いた。彼は、意味不明な悲鳴をあげて、反射的に飛び跳ねた後、その場に座り込んでしまったのだった。だが、ほんとは、それは無意味な発音の悲鳴などではなかった。驚きすぎた彼は、つい、お国の言葉で叫んでしまったのである。
鎧武者の脅威は、なおも終わりはしなかった。その鎧武者は、黄金仮面の見ている前で、のしのしと歩き出したのだ。鎧武者の向かう先には、台の上に置かれた大真珠があった。鎧武者は、その大真珠のもとにまで到着すると、そこで勢いよく両手を振り下ろしたのだ。鎧武者の手は、大真珠を直撃した。たちまち、大真珠は打ち砕けて、その破片が四方へ飛び散ったのだった。
「おお!なんて事を!」今度は、黄金仮面も日本語で叫んだ。
彼は、今起きている事が信じられなくて、まだ、ア然としたまま、床に座り込んでいたのだった。
鎧武者も、十人の阿弥陀像も、そんな黄金仮面の事をあざ笑うかのように、彼の方に顔を向けていた。黄金仮面は、まだ、事情が飲み込めていないような様子なのである。
「ははははは。君をからかうのは、そのぐらいでヤメておく事にしようか。安心したまえ。その鎧武者も仏像も、ニセモノだよ。中には人間が入っているのだ。それから、鎧武者が壊した大真珠もダミーだった。本物は、事前に、この館の外に持ち出しているので、少しも破損はしていないよ。僕たちはね、この館に忍び込んで、君が爆睡しているうちに、それだけの仕掛けを施しておいたのだよ」
今度は、そんな男の声が、入口の方から聞こえてきたのだった。
そこに居たのは、アケチコゴロウであった。アケチ探偵が、勝ち誇った表情で、この美術ルームの入り口にと立っていたのである。
「先生!」「アケチ先生!」
急に、仏像たちが、そんな可愛い声を出して、アケチのもとへ走り寄っていった。最後に、鎧武者も、ゆっくりと、アケチの隣にまで、歩み寄ったのだ。
「先生、大成功でしたね」その鎧武者が、聞き覚えのある青年の声で、明るく、アケチにと話し掛けた。
その声は、コバヤシ助手であった。そう、この鎧武者を着込んでいたのは、彼だったのである。そして、10人の阿弥陀仏に化けていたのは、少年探偵団のメンバーなのであった。
「黄金仮面。会うのは、意外にも、これが初だったね。はじめまして。僕は探偵のアケチコゴロウだ。どうやら、やっと、君に一泡ふかす事ができたみたいだね」アケチ探偵は、笑いながら、黄金仮面に自己紹介したのだった。
黄金仮面も、だいぶ事情が分かってきたらしく、落ち着いた様子で、アケチの方を見ていた。
「それにしても、あれほど、他人の防犯システムの事は手玉に取ってきた君が、自分のアジトの警備も、最新の防犯システムに任せっきりだったとは、意外だったよ。防犯システムは、完璧のようで、けっこう盲点も多い事は君が一番ご存知だと思ったんだがね」
アケチの言葉を、黄金仮面は、声も出さずに、じいっと聞き入っていた。
「この館の場合は、建物が空き家になってから時間が経ちすぎて、従来の電源がすでに使えなくなっていたのが欠点だった。急いで、この館を復活させたかった君は、もとの電源を直して繋げるのではなく、発電車をこの館に持ち込んで、その車の発電で、館じゅうの電気を動かしたのだろう?だから、この発電車さえ見つけて、電気の供給を切ってしまえば、それで、この館の防犯システムも全て停止してしまい、館の中にも、いくらでも入り放題になった。そうやって、僕たちは、難なく、ここに侵入したのさ」
「このアジトの、場所は、どうやって、探し出した?」黄金仮面が、ようやく、たどたどしい日本語で聞いてきた。
「僕の手の者は、ここにいるコバヤシくんと少年探偵団だけで全てじゃないんだよ。僕の事務所を見張っていてさ、若い女の人も僕の事務所に住み込んでいたのに、気が付かなかったかな?彼女も、ただの家政婦なんかじゃなくて、立派な女探偵だったのさ。フミヨさんと言ってね、僕に負けない探偵の腕前の持ち主だ。昨日は、彼女も、この少年探偵団とは別の場所で、博物館を監視していたのさ。君の替え玉の北小路館長の方に、警察の一同が集中してしまった頃、反対側から警官姿になって逃げていく君の姿を、フミヨさんだけが発見していた。彼女が、逃げた君のことを追跡して、この場所を探し当てたんだよ」
「そんな事、信じられん。わたくしは、尾行を、警戒して、夜中じゅう、トーキョーの中を、車で、走り回ったのだ。十分に、追跡者を巻いたと、確認してから、この場所にと、帰ってきたのだ」と、黄金仮面。
「今の時代は、GPS(位置特定システム)という便利なものがあってね。最初こそ、君の車を自身で追い掛けていたフミヨさんだったけど、君が怪しいと確信しきった彼女は、その時点で、手段を切り替えて、君の車に GPS 装置を取り付けて、自分は引き返したのさ。君は、追跡を欺く目的で、都内で、何度か、無意味な場所で車を停めたりしたのだろう?その時に、こっそり、GPS 装置を車に付けられちゃったのさ。あとは、その GPS の発信を調べれば、この場所だって簡単にあぶり出せたんだよ」
アケチは、実に明快に説明してみせたのであった。




