探偵団の勝利
黄金仮面に変わった北小路館長は、それだけで皆の度肝を抜かせて、彼らの行動をやや鈍らせる事に成功したのだった。その間に、彼は、続いて、今度は、胸もとから拳銃も取り出して、その銃口を大げさに散らつかせたのだ。
「おお、北小路博士!なんてマネを!数々の素晴らしい美術品を眺め続けているうちに、とうとう、黒い欲望にと負けてしまったのですか」ナミコシが、落胆して、呟いた。
だが、完全に犯罪者と化した北小路には、すでに、そんな声など聞こえてはいなかったのである。彼は、拳銃の脅しで、周囲をけん制しながら、ゆっくりと、博物館とは反対側に後ずさりしていたのだった。
困った事に、ここに集結していた警官たちは、博物館を取り囲む形で配備されていたので、北小路が逃げる方角には、警官が全く居なかったのである。しかも、彼の持つ拳銃だって、まんざら、ただの威嚇だったとも思えなかった。黄金仮面の一味は、過去に何度も本気で銃を発砲しているのだ。
ある程度まで、警官たちと距離をあけた北小路は、突如として、踵を返して、走り出したのだった。
「追え!」と、ナミコシ警部も、すかさず指示を出した。
その場にいた警官たちは、いっせいに北小路を追い始めたのである。
北小路も、見掛けによらず、なかなか足が速いのだった。彼は、もともとが文武両道の学者だったのである。少し老いていたとは言え、まだまだ、若い警官に負けないだけの脚力は持っていたのだ。
こんな状況下で逃げたところで、果たして、本当に、北小路に逃げ切る勝算があったのだろうか。でも、もしかして、近くに仲間の車でも待機していて、その車へでも逃げ込む事が出来れば、まんまと追っ手を巻く事も無理ではなかったのかも知れない。
北小路は、追ってくる警官たちを振り切って、ぐんぐん走っていた。ちょうどよく、彼の進行方向には、まばらにしか通行人が歩いていなかったのだ。
だが、そのラッキーも長くは続かず、間もなく、目前には、子供たちが群がっているのが見えてきた。小学生高学年から中学生ぐらいの少年たちが、10人ほど、横に広がる形で、たむろしていたのである。
先ほども書いたように、文武両道の北小路は、そこそこに腕力にも自信があった。加えて、今は威嚇用の拳銃だって持っているのだ。その気になれば、こんな子供の集団など、ラクに蹴散らせそうなのだった。
「お前たち、そこをどけ!拳銃が目に見えないか!」全力で疾走しながら、拳銃を構えて、北小路が大声で怒鳴った。
子供たちは、すぐには、その場をよけようとしなかった。突然の事態にビックリして、瞬時には動けなかったのかも知れない。だとすれば、北小路としても、方向転換して失速するのは避けたいので、このまま、この子供たちの中に突っ込んでいって、その合間を強行突破するまでなのだ。子供たちがビビって立ちすくんでいただけだったならば、彼らに体当たりして、押しのけるのも、実に容易い事なのだ。
北小路は、拳銃を持って、子供たちの中へと突っ込んでいった。子供たちは、この拳銃を目にしただけでも、おののいて、道をあけるのではないかと思われた。
ところが、そうはならなかったのである。
北小路が接近した途端、子供たちの奥の方に隠れていた一人の青年が、さっと、自分から北小路の方へ近づいていった。その青年は、素早く、北小路の手を叩いて、彼の拳銃を弾き落としたのだ。北小路にとっても、それは想定外の出来事だった。油断していた北小路は、せっかくの銃を、使用する前に、失ってしまったのだ。
「今だ!」と、元気よく、北小路の銃を弾いた青年が怒鳴った。
この青年こそは、アケチ探偵の一番弟子のコバヤシ青年だったのである。そして、コバヤシといっしょに居た、この子供たちは、コバヤシが率いる少年探偵団だったのだ!
コバヤシの掛け声と同時に、少年探偵団の団員たちは、わあっと、北小路の周りを取り囲んだ。まさかの展開に、北小路も、すっかり怯んでしまったのである。そんな北小路に、考える暇も与えず、少年探偵団員たちは、いっせいに飛びかかっていったのだった。
まずは、団員代表の桂正一だ。彼は、学校では少年相撲のチャンピオンなのである。桂少年は、その恵まれた格闘センスで、北小路に飛びつくと、たちまち、彼のことを押し倒してしまったのだった。起き上がろうとした北小路を、今度は、桂の親友である篠崎始が体当たりして、再び、地面に押し戻した。探偵団発足のきっかけとなった羽柴壮二も負けてはいなかった。彼も、北小路の上にのしかかると、ぎゅうぎゅうと相手を押さえつけたのである。
こうして、探偵団のメンバーが、次々に向かってくるものだから、ついには、さしもの北小路もへたばってしまったのだった。彼が逃げ損ねたところに、とうとう、追っ手の警官たちも追いついたのである。
真っ先に駆けつけたのは、アケチ探偵だ。
「諸君、でかしたぞ。見事な活躍ぶりだ」アケチは、ニコニコしながら、少年探偵団を激励した。
「先生。僕たちは役に立てたでしょうか」羽柴少年が、興奮しながら、アケチに尋ねた。
「もちろんだとも。君たちは、全員、立派な名探偵だ」
尊敬するアケチに褒めてもらえて、探偵団のメンバーは、それぞれに、素直に喜んだのだった。
ナミコシ警部らも、アケチのそばにまで到着した。
「警部、ご紹介します。これが、我が事務所の誇る新戦力、アケチ少年探偵団です」
アケチは、楽しそうに、ナミコシらに、少年探偵団のことを説明したのだった。その最中にも、探偵団に押さえつけられていた北小路は、すみやかに、警察の方へ引き渡されたのである。
「なるほど。君たち、確かに、お手柄だったぞ。アケチくんも、全く、素晴らしい人材を育て始めたものだな」ナミコシも感心した。
「今回は、今の犯人捕獲だけではなく、この子たちは、さまざまな場所で活躍してくれました。僕は、赤井寅三に化けてからは、この子たちと一緒に、ずっと、聞き込みや見張りなどを続けていたのです。時には、子供である彼らの方が、僕の変装よりも、はるかに上手に立ち回ってくれる事もありました」と、アケチ。
「そうです。今回の事件は、アケチ先生の命が狙われていて、先生が大っぴらに行動できなかった分、この子たちがいっぱい働いてくれたのです」コバヤシも、自分の事のように、得意げに告げたのだった。
「うん?そう言えば、もし、北小路博士がこの度の窃盗団の首領だったとしても、恐らくは、彼の手下が、まだ、どこかで捕まらずに潜んでいるはずだ。彼らが、親分の仇とばかりに、また、君を殺そうと動き出す危険はないのかね?」ふと、心配そうに、ナミコシが言った。
「その点も、もう安全です。僕の事務所を屋外から見張っていた隠しカメラも、全部、発見してしまいましたから。事件も無事に解決しましたし、このあと、事務所へ戻ったら、さっそく、全てのカメラを取り外して、連中には僕の監視が出来なくしてしまう予定です。この隠しカメラを探す作業も、探偵団の皆が、とても良く頑張ってくれたんですよ。子供たちでしたら、隠しカメラを探し見つけても、遊んでいただけのように見せ掛けられましたので、完全に、敵の目も欺けたのです」
「賊どもも、今回の一件に懲りて、もう二度と、安易に、先生の暗殺を企んだりはしないでしょう。こちらにも、少年探偵団のような秘密の戦力がある事を思い知ったはずですからね。今度、大切なアケチ先生を、コソコソと暗殺しようとする輩が現われでもしたら、その時は、僕たちが、逆に、そいつをとっ捕まえてやります。我らがアケチ名探偵は、決して誰にも負けはしません。先生は永遠に不滅です」コバヤシも、威勢よく、断言したのだった。
そんな場の盛り上がりを横で眺めているうちに、どうやら、少年探偵団の団員たちも、なんだか、気分が高揚してきたみたいなのであった。
「アケチ先生、ばんざーい!」ついつい、探偵団の一人が喜びの声を出してしまった。
「少年探偵団、ばんざーい」「コバヤシ団長、ばんざーい」
探偵団の子供たちは、嬉しくなって、次から次へと、大声で叫び出したのだった。他の皆は、その様子を微笑ましげに眺めていたのである。
少年たちの明るい勝どきは、爽やかに、青い空いっぱいにと広がったのであった。




