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史上最大の盗難事件

 そして、ついに、黄金仮面の犯行予告の日がやって来た。この日、午後4時には、国立博物館の中にある国宝級の日本の美術品は丸ごと頂戴してみせると、謎の怪人・黄金仮面は豪語しているのであった。

 文字通り、前代未聞の出来事なのだ。これまでにも、我が国には数多くの怪盗が出没したが、ここまで大規模な窃盗を企んで、しかも、犯行予告まで突きつけてきた奴は初めてなのである。

 テレビやニュースは、この事件のことを、連日のように、大きく騒ぎ立てた。否が応でも、国民たちの関心は、この事件へと集まったのだ。果たして、賊は、本当に、この犯行予告を達成してみせるのか、それは皆の注目する話題となったのである。

 もっとも、国の側としても、こんな賊のふてぶてしい挑戦に屈する訳にはいかないのだ。博物館も警察も、総力を挙げて、賊の襲撃に備える事になったのであった。

 警察組織の中で、博物館の警備の総指揮を任されたのは、もちろん、かのナミコシ警部だ。

 彼は、犯行予告日だけではなく、それ以前の日から、優秀な警官たちを、博物館の警備にと当たらせたのだった。博物館の従来の守衛たち以外にも、警視庁が派遣した選りすぐりの警官が、16名も、常時、博物館内を警護する事となったのである。その上で、博物館の周辺も、その地区担当の警官たちが、昼夜を問わずパトロールした。まさに、蟻の入る隙間もないほどの厳重な警戒態勢なのだ。

 さしもの怪盗・黄金仮面も、これでは、いっさい手が出せないのではないかとも思われた。実際に、犯行予定の当日が来るまで、怪しい事は何一つ報告されなかったのである。

 こうして、やって来た犯行予定日なのだ。皆の緊張と興奮は、いよいよ最高潮にまで達したのだった。

 この日は、国立博物館の一般人の見物・立ち入りは、朝から中止にされてしまった。警察としても、一日いっぱい、国宝の警備に当たって、賊の襲撃を迎え撃つ意気込みなのだ。博物館の周りは、グルリと警官たちが取り囲み、4時までは誰も館内に近づけない布陣が敷かれた。この間、博物館の中に入るのが許されたのは、博物館長の北小路きたこうじ博士をはじめ、ごく一部の特別な人間だけなのである。

 入れてもらえなくても、博物館の周囲には、それなりのヤジ馬や新聞記者、テレビの報道者なども集まっていた。あまり部外者が増えすぎても煩わしいので、これらの第三者は適当に追い払われた。

 代わって、犯行予定時間の4時が近づくと、ちょっと心配になって来たのか、わざわざ、警視総監までもが、様子を伺いに、この警備の場にと顔を出したのだった。やって来た総監のことを、博物館の前で、ナミコシ警部と北小路館長がうやうやしく迎えたのである。

「様子はどうだね」総監が尋ねた。

「今のところ、特に異常はありません」と、ナミコシ。

「間もなく、問題の4時ではないか。さては、盗賊め、この厳戒な警護に驚いて、尻尾を巻いて逃げ出したのではないかな」総監は笑った。

「はい、あり得るでしょう。何しろ、今だって、館内には50人の警官が配置されているのです。監視カメラも作動しています。もちろん、博物館の周りにだって、これほどの数の警官が頑張っているのです。この包囲を破って、大量の国宝を奪うだなんて、とても人間ができる所業ではないでしょう」

「全く、その通りだよ。お、時計を見てみたまえ。ついに4時ではないか!何も起きてはおらんな」

「はい、そのようです、総監」

 運命の午後4時がおとずれ、その後も、静かな時間が流れていくと、警備している人々の間では、次第に緊張がほぐれていったのだった。

「よし、もう大丈夫だろう。賊の犯行予告は、やはりハッタリであった。博物館の厳戒態勢を解除したまえ。ナミコシくん、ご苦労であった。北小路博士も、どうぞ、今夜からは安心して職務にお戻りください」

 上機嫌となった総監は、隣にいたナミコシと北小路館長に、それぞれ声を掛けたのであった。

 その矢先。

「待ってください。まだ終わっちゃいませんよ!」と、いきなり、割って入ってきた声があったのだった。

 総監もナミコシらも、何事かと思って、声の方に目を向けたのである。

 その方角には、ラフな服装をした、野暮ったい感じの男がいた。この男は、何度追い払っても戻ってきた、ヤジ馬の一人だったのである。どうしても、犯行の時間まで見ていたかったらしくて、彼は、まだ、こんな場所をウロウロしていたようなのだ。

「何を言うのかね、君は!」ナミコシが、きつい口調で、その男をたしなめた。

「だから、安心するのは早すぎると言ってるんですよ。本当に国宝が盗まれていないかどうか、きちんと確かめたら、どうなんですか」警官たちに取り押さえられながらも、男は強く主張した。

「だが、今の今まで、何も起きていないのだよ。わざわざ、確認する必要は・・・」

 そう言いかけたナミコシを、警視総監が制した。

「いや、この人の言うことも一理ある。ナミコシくん、念の為だ、最後の仕上げとして、もう一度、館内の国宝の状態をチェックしてきたまえ」総監は言った。

 ナミコシも、ちょっとムッとはしたのだが、総監命令では、従うしかないのである。どうせ、何事もなかったとしても。

「君、名前は?」いちおう、その男にナミコシは尋ねてみた。

「へい。赤井寅三と言います。お見知り置きを」男は卑屈に答えたのだった。

 全く、この赤井なる男は何者なのだろうか。ただのヤジ馬だとばかり思っていたが、もしかすると、賊の関係者である可能性もゼロではない。ナミコシは、警官たちに、この男を逃がさないようにしておく事を指示してから、北小路館長たちと一緒に、博物館の中へと向かったのだった。

 北小路博士は、言うまでもなく、鑑定士の資格の持ち主であった。他にも、今、この場には、3人の鑑定士がいた。彼らは、あらためて、館内の国宝、名画やら仏像やらの点検を始めたのである。

 すると、なんて事であろうか。まさかの、驚くべき事態となったのだ。

「こ、この絵は本物ではありません。完全な模造品です!」「この仏像も真っ赤なニセモノです!シロウトが作った木像に、絵の具を塗っただけの代物です」

 3人の鑑定士は、動揺しながら、次々に、本物の国宝かと思われた展示品のウソを見破っていったのだった。北小路館長に至っては、あまりの事に、衝撃が強すぎたのか、呆然と立ちすくんでしまっているのだ。

 このようにして、一通りの展示品の鑑定が終わった結果、見事に、100点以上の国宝がニセモノと入れ替わっていたのが分かったのだった。つまり、賊は、確かに、今日の4時までに、真の国宝を盗んでいた事になるのだ。

「そんな、信じられません。昨日のチェックの段階では、紛れもなく、これらの国宝は本物だったのです!いつ、すり替えたと言うのでしょうか」鑑定士の一人が、必死に訴えた。

「今朝だって、館長が、きちんと館内は見回ったはずです。一体、どんな魔法を使ったのか、まるで分かりません」別の鑑定士も、悲痛の声を漏らしたのだった。

 しかし、誰よりも、ナミコシ警部が一番うろたえていたのである。まんまと、怪盗に全ての国宝を奪われてしまったなんて、完全に、ナミコシのミスだと言えるのだ。博物館の外には、警視総監だって居るのに、この有様では、とても合わせる顔がないのである。

「そうだ!あの男だ!国宝のチェックをしろと言った、赤井という男が、きっと、何かを知っているに違いない!あいつを早く捕まえるんだ」ナミコシは、ハッとして、怒鳴ったのだった。

 彼は、数人の警官を引き連れて、急いで、博物館の外に飛び出した。彼が、警視総監のもとへ戻ってくると、あの赤井寅三は、相変わらず、総監のそばで、くつろいでいたのだった。

「へへへ。警部、どうでしたか」ナミコシの姿を見るなり、赤井は、いやらしく笑って、話し掛けてきた。

「おい、貴様!怪しいヤツめ!この場で逮捕する!」思わず、ナミコシは叫んだ。

「ちょっと待ってくださいよ、ナミコシ警部」と、二人の間に入った者がいたのだった。警視庁捜査課勤務の今西刑事である。

「あ、今西くん。君は、昨晩から、博物館内の警備に当たっていたはずでは?」と、ナミコシ。

「ええ、そうです。今、確認したら、本物の国宝は盗まれていたのでしょう?」

「え!なぜ、君も、それを知っているんだ」

「僕も、この赤井くんに、その事を教えてもらったばかりなんです。ちょうど今、総監とも、その件で話し合っていたところでした」

 ナミコシは、目を丸くした。警視庁の刑事はもちろん、総監とも気安く話せる、この赤井という男は、一体、何者なのだろうか。

「そうだ!監視カメラだ!この博物館には、いくつも、監視カメラを取り付けてあった。その録画映像を見れば、窃盗の瞬間が分かるはずだ」ハッとしたように、ナミコシが言った。

「いいえ、ダメですよ、警部。多分、監視カメラの映像は何の役にも立ちません。敵が、監視カメラだって手玉に取ってしまう事は、湖畔亭で、さんざん思い知らされたはずでしょう?」と、赤井。

「な、何で、貴様が、そんな事まで知っておるのだ?」ナミコシは、さらに驚かされたのだった。湖畔亭で賊にしてやられた具体的な内容こそ、それこそ、知っている人間は、数えるほどしか居ないはずなのである。

「ははは。ナミコシさん、まだ分かりませんか」赤井が、声質をガラッと変えて、笑い出した。それは、ナミコシも聞き覚えのある声だった。

 赤井は、突然、自分の顔をクシャクシャといじり出した。頭のカツラが取れて、顔に厚く塗ったドーランも拭き落としていったのである。

「僕ですよ、僕。アケチコゴロウです」変身した赤井が、爽やかな声で言った。

 そう。そこに居たのは、まさしく、アケチ探偵なのであった。この赤井という人物は、アケチの変装だったのだ。

 その事実を知って、ナミコシも、すっかり驚いてしまったのだった。

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