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フィアはフィルリークに向け突撃、勢いに任せた右ストレートをフィルリークに放つ。
フィルリークは左腕で受け止めるが、聖なるオーラの力をもってしてもその威力を防ぎきる事は出来ず、大きくのけ反ってしまうが小さくバックステップを踏み態勢を整え蹴りでの反撃を仕掛ける。
フィルリークの蹴りに対し、フィアも腕を使いガードをするが聖なるオーラの力が乗せられた蹴りに対し身が焼ける様なダメージを受けてしまう。
属性相性の問題でフィルリークに対しフィアが不利である事が明確であるが、その程度の事では屈しないと言わんばかりに、苦痛な表情一つ見せる事無く素手による3連打を仕掛ける。
フィルリークは腕を使い先と同じく受け止める。ストレートとは違い軽い拳撃であった為、のけ反るどころかよろける事無くその攻撃を受け切った。
「逃すか! いっくぜぇ! 聖掌光漸拳ッ!」
フィアの攻撃を至近距離でのガードに成功し、フィアに隙が生じた所をフィルリークが残っている聖のエネルギーを右拳に収束させ、フィアの腹部目掛け振り抜いた。
「なっ、くっ、こ、この」
フィルリークの右拳がフィアの腹部にクリーンヒットすると同時に、フィルリークの右拳を覆う聖のエネルギーが解放、頭程の大きさを持つ白い球体となりフィアを襲い、受け切る事が出来なかったフィアはその身を後方へ向け大きく吹き飛ばされ、壁にぶつかり地面に落下する。
そこに砂塵が巻き起こり、それが収まる頃にはフィアが立ち上がるかと思ったが、フィルリークの放つ技が致命傷だったのか地面に倒れ込んだまま微動だしない。
残された聖エネルギーをほぼ使い果たしたフィルリークは地面に向け崩れ落ち、辛うじて片膝を立て倒れる事を防ぐも顔を上げる事もままならない程疲弊している。
「そこまでじゃ、勝者はフィルリークじゃ」
ハーデスが勝者の名前を挙げ、同時にギャラリー達から更なる歓喜の声が上がる。
自国の王女が敗北したにも拘らず勝者を賛美することから、やはり彼等魔族にとっては強さが正義であろうのだろう。
「にゃ、にゃ、にゃ、はーですさまぁ? ふぃあさまはどうしますかぁ?」
空中でふよふよとしながら試合の一部始終を眺めていたムリンがハーデスに近寄り尋ねた。
「そうじゃな、シフォンの元へ連れて行け、治療してもらうのじゃ」
「にゃ、にゃにゃん。かっこいいおにーさんはどうするんですかにゃにゃにゃん?」
ハーデスの指示を受けたムリンはフィルリークの顔をじぃーっと見、にへらと笑みを見せ空中で横方向にくるっと1回転してみせた。
「フム。お主の好きにするが良い」
ハーデスは、ムリンがフィルリークに対し好意を持ったと判断したのかそれとなく気を遣ってみせる。
「わかりましたですにゃ~☆」
ハーデスの指示を受けたムリンは、気を失っているフィアに対し転移魔法を発動し、意識はあるものの肩で大きく息をし立ち上がる事もままならないフィルリークの元に近付き、
「ゆうしゃさま~☆ だいじょうぶですかにゃん♪」
フィルリークの背後に向け、ムリンは胸を押し当てる様に飛び付く。
むにゅっとやわらかい音がフィルリークの耳に聞こえ、そのやわらかな感触もフィルリークの身体より伝わる、と思いたいが残念ながらムリンのふくよかな胸が当たったのはフィルリークが身に付ける鎧であり、フィルリーク本人はそれを感じ取る事が出来なかった。
「うわっ、な、何しやがる」
突然自分の背中より数十キロの物体が持たれ掛かって来たせいで、フィルリークは耐えきれる事が出来ず地面に崩れ、突っ伏してしまった。
「にゃん☆ むりんちゃんがゆうしゃさまをいやしてあげるのです☆」
ムリンは地面に突っ伏しているフィルリークの背中から抱き付くが。
「アンタも魔族だろ? 俺の鎧には聖属性のエネルギーがまだ残っているが」
聖属性に弱い者が自分の鎧に触れて無事では無いと思ったフィルリークがムリンに対し忠告をするが。
「はにゃ? はにゃにゃ? はにゃにゃにゃにゃん!?!?!?!?!?」
ムリンは、まるで電気に触れ身体がしびれてしまったかの様な反応を見せると、ポテッっと音を立てフィルリークの隣に転がり落ちた。
「おいおい、大丈夫か?」
フィルリークはゆっくり起き上がり、しゃがむとムリンを心配そうな目で見る。
「だいじょうぶですにゃー。ゆうしゃさまもしふぉんさまのところにおくりますにゃー」
ムリンは、フィアと同じくフィルリークにも転移魔法を発動させ、シフォンの元へ送った。
ムリンによる転移魔法が放つ薄紫色の光に包まれフィルリークはシフォンが滞在している部屋に辿り着いた。
「お初に御目に掛かりますフィルリーク様。わたくしは魔聖将を務めさせておりますシフォンと申します。フィルリーク様の御来訪は、父上より伺っております」
フィルリークが転移した先、ざっくりと診察所に近い雰囲気の部屋で職務を全うしているシフォンが、丁重なお辞儀をしフィルリークを出迎えた。
肩程まで伸ばしたふわっとするウェーブが掛かる白寄りなピンク色の髪が程良い優しさを感じさせてくれ、小さな丸いレンズのメガネが知的なイメージを引き出している。
もしも彼女が魔族で無く普通の人間であるとするならばその印象より大多数の男性からの人気を手にする事が出来ると思わせる美しさも兼ね備えていた。
「チッ、俺は魔族の手は借りねぇ!」
改めて、落ち着いた状況で魔族であるシフォンと対面したフィルリークは、彼女から丁重な対応を見せられたにも関わらず露骨な舌打ちを見せ、不快感を露わにする。
「フィルリーク様の心中はお察ししております。フィルリーク様がわたくし達の救世主であるのですが、今の今まで敵であったわたくし達魔族を救世しなければならない事は理解が出来無いと存じ上げます」
フィルリークから無礼な態度を受けたシフォンであるが、一切取り乱す様子は無かった。
「ああ、そうだ、どうして俺がお前達魔族を助けなければならない! 聖熱力さえあればさっきの魔族だってぶっ潰せた!」
フィルリークが言うさっきの魔族とはムリンの事である。
身長130cm程の小柄な体格に愛くるしい姿からムリンが魔族であるという事を忘れ思わず1人の少女と言う対応をしてしまったが、シフォンと対面し冷静となった今、ムリンは討伐しなければならない魔族であるという事を思い返したのである.