第八十五話 リボーン・悪戯狐!
ちょうどその頃。
北ザリィールの果てにある『ザリィール刑務所』、そこには国内で犯罪を犯した者が収監されている。
昔の収容所の施設を流用したこの建物は通常の方法では絶対に脱獄は不可能。
これまでに逃げ出したものは一人もいないと言われている。
軽犯罪者は各地区にある別の刑務所に送られるため、ここに入れられるのは重犯罪者や危険思想の持ち主、性犯罪者などだ。
「ここにいると心が減るんだよね…」
ザリィール刑務所の女子房に収監されているこの少女もそう。
かつて南ザリィールを荒らしまわった恐怖の悪戯狐、人斬りの『汐之ミサキ』だ。
あれから数年、彼女はこの刑務所に放り込まれていた。
生まれ故郷である東方の島国からの追手から逃れようとこの国にやってきた彼女、しかしその逃亡先でも御用となってしまった。
「あっあっあっあっあ」
彼女のいる牢獄は対幻術、魔術師用の特別房。
派手な色彩で塗られ、その上から幾何学模様が描かれた壁。
そしてその壁の向こうからは、金属を引っ掻くような高音と不気味な音楽が常に聞こえている。
「あっあっあっあっあ」
彼女は幻術を使用することが出来る。
いや、『できた』のだ。
最初はそれを使い脱獄を考えていた。
しかし、刑務所側も対策済みらしく幻術を使うことはできなかった。
幻術を使うには集中力と揺るぎなく、落ち着いた精神が必要。
それらを削り取るため牢獄は常に、気を狂わせるような環境になっている。
四六時中不気味な音楽が流れた。幾何学模様に覆われた牢獄。
常人ならば一か月もせずに発狂してしまうだろう。
「あっあっあっあっあ…」
ミサキはそれを数年に渡り耐え続けた。
しかしさすがの彼女にもそろそろ限界が近づいていた。
終ることの無い、牢獄の中でただ無駄に時間を消費するだけの日々。
最近になり、時間の感覚がうっすらと消え、独り言が多くなったような気がした。
「あっあっあっあっあ…」
時が経とうとも、その醜悪な本性が消えることは無かった。
いや、むしろそれはさらに強くなっていった。
あの時その場にいた、メノウとカツミに対する恨みと共に徐々に強みを増していく。
「復讐したい?」
その声と共に、ソイツは突然現れた。
独房の壁に寄りかかりながらミサキに話しかけた。
「…ッ!」
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか、ボクは敵じゃあないよ」
ミサキより一回りほど年下のその少女。
この刑務所という場に似合わぬ、美しい朱色の髪。
目許を覆う黒く薄い布を装着し戦闘用のスーツを身に包んでいる。
朱色の瞳が黒く薄い布越しに鋭く光る。
「勝手にお邪魔してごめんね」
「(わたしが気配を感じ取れなかった…!?)」
ミサキは目の前の殺気だけでは無く、闇の中の一筋の針ほどの気配をも察知できるほどの感覚の持ち主である。
そんな彼女ですら、この少女の気配を察知することはできなかった。
一体いつからそこにいたのか、それすらわからなかったのだ。
「落ち着きなよ、東方の悪戯狐の名が泣くよ?」
「…キミ、なにもの?」
目の前のこの少女は幻でも夢でもない。
間違い無くその場に存在している。
この発狂ルームに閉じ込められていたミサキにとって、その事実だけでも一筋の希望のように見えた。
「ボクは『シュルム』西のザリィールから来たんだ」
「西から?」
「ああ、西からね」
そう、この少女は数年前…
メノウ達が港町リーキュアを旅立ったあの日…
黒いローブに身を包んだ謎の男と共に、メララートの砂漠へとやってきていた。
東のザリィールの支配者オオバと武器の取引をしていた、あの少女だ。
「いきなりだけど、魔王軍って知ってるかな?」
「しらなーい」
シュルムと名乗ったその少女は魔王軍の目的をミサキに話した。
そして自分たちが『強い人材』を求めている、ということを…
「出してあげようか、この牢獄からね」
「出してくれるの!?ここから?!」
「ボクたち魔王軍の下僕になるならね」
「なんでも…なんでもするから出してよ!」
ミサキのその声を聞きシュルムが不敵に微笑む。
それとともに、やってきた看守がミサキの牢獄の鍵を開けた。
「…なんで看守が?」
「ボク一人だけでここまでのことが出来るわけないだろう?」
シュルムには既に協力者がいた。
魔王軍に手を貸す『人間』の協力者が…
「この国の『影の支配者』とも呼ばれる『黒幕』がボク達、魔王軍についているのさ」
「…へぇ、これは面白そうだ」
ミサキをそのまま釈放する看守。
とはいえ彼女を表門から出すわけにはいかない。
布を被り裏門からこっそりと出ることに。
「うーん、久しぶりの外だ!」
「できればキミの剣も取り戻したかったんだけどね」
シュルムはそういいながら、ミサキに剣を渡した。
一般市場で流通する最高レベルの品物だ。
とはいえ以前のミサキが所持していた暗炎剣よりはさすがに劣る。
暗炎剣はザリィール帝国側が回収し、現在はどこに保管されているか分からないらしい。
「いつかキミに渡すよ」
「気にしないでいいよ」
数年の投獄でミサキの身体はまだ本調子では無い。
ここから元の力を取り戻すには少し時間がかかりそうだ。
「それじゃあ、行こうか?」
「うん!」
こうしてミサキは、シュルムと行動を共にすることになった。
彼女はこれから、魔王軍として戦うことになるのだが。
「(うふふっ、これでようやく自由の身だ!)」
彼女の心の中には、数年前に戦った少女たちの姿があった。
メノウとカツミの二人。
あの二人に復讐ができるのであれば…
「まぁ、今はそれでいいよ」
「なんかいった?」
「いや、なにも」
ミサキはシュルムと一緒に脱出した。
そのまま、人気の無い森の中を進む。
この辺りに生息している魔物達は、既にシュルムの支配下にある。
彼女が一言、命じるだけで彼らは襲ってくるだろう。
シュルムはミサキに、この森の奥に隠れ家があると言った。
そこで今後のことを相談しようということらしい。
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