第七話 知らない人から食べ物をもらうな
ちょうどそれと同じころをメノウは山の上の洋館の一室で目を覚ました。
ここはザリィーム帝国の南地区『C基地』の副司令官『マイホム』の館。
つまり、メノウの敵。
普通ならメノウは牢獄のような場所に閉じ込められているだろう。
地下の冷たいの壁に包まれた牢獄や、奴隷を無造作に詰めるだけのような場所に、だ。
しかし、今は違った。
「ふぁ~」
メノウが寝ていたのはふかふかのベッドの上。
辺りを見回すと、かなり豪華な一室のようだ。
ローブはベッドの横に畳まれて置かれていた。
ミーナから受けた打撲傷を治すための包帯が巻かれているなど、誰かが手当てをしてくれたようだ。
「ここは…?」
自らの身に何が起きたかわからず、記憶を探るメノウ。
ミーナとの対戦時、メノウは吊橋に火薬が仕掛けられていることに最初から気が付いていた。
火薬の量も少なく見えた。
そのため、爆破で殺すというよりは橋を爆破させて谷に落として殺す気だったのだろう。
「そうじゃ、確かミーナとかいうヤツと戦って…」
爆風の影響を最も来ない場所を中心とし、メノウはミーナと戦っていたのだ。
ミーナが爆風の影響を軽減できたのもそのおかげだ。
「橋が爆発した後は…」
橋が爆発した後は、崖から生えていた木や草で衝撃を軽減させながら谷下へ落下。
比較的水深の深そうな地点に着水する予定だった。
だが…
「あの時、ミーナのヤツがワシにぶつかったんじゃ!」
気絶したミーナが上から爆風と共に勢いよく降ってきた。
そしてそのままメノウと衝突。
メノウとミーナは二人ともそのまま気絶してしまったというわけだ。
ミーナはそのまま流されていったが、メノウは近くの岩場に引っかかっていたため流されなかった。
そこをこのC基地の者に助けられたのだ。
「怪我はほとんど治っておる、あのミーナに受けた打撲以外は…」
メノウの身体には複数の秘密がある。
異常なパワーやスピードもそうだが、傷の回復力もその一つ。
よほどの傷でない限りは一晩ぐっすり寝れば治ってしまうのだ。
「ちょっと部屋の外へ出てみるかのぅ…」
メノウはこの時点ではここが敵の館だとは知らない。
部屋のドアを開けを外に出ようとした。
と、その時…
「わッ!」
ちょうどメノウがドアの前に立ったその瞬間、ドアが開いた。
その向こうに立っていたのはこの屋敷の主である、C基地の副司令官の男マイホム。
肥満体特有の出っ張った腹を撫でながら、彼はメノウに語りかけた。
「おぉ、お目覚めですか。ご無事でよかった」
「お、驚かすでないわ…!」
「私はあなたを介抱した者です」
そう言いながら、マイホムは不気味な笑みを浮かべた。
メノウは自身の持ち前の強力な回復能力のおかげで、以前受けた傷はほぼ全て癒えていた。
しかし、今彼女の前にいるのはC基地の副司令官マイホム。
戦いになるか…?
いや、ならなかった。
だが、彼にはどうやらメノウと戦う意思は無いようだ。
「どうですか?傷の方は…?」
「あ、だ、大丈夫じゃ、ありがとうな」
そう言いながら体に巻かれた包帯を取るメノウ。
そもそも、彼女は目の前にいる人物が副司令官だとは知らない。
多少の警戒はあるが、敵対心などあるわけがなかった。
包帯の下から現れたメノウの素肌。
シルクのような美しく白いその肌には、傷などどこにも無い。
ミーナの攻撃を受けた部分が少し青くなっている程度だった。
「そうですか、それはよかった」
マイホムがベッドの横に置いてあったローブをメノウに差し出した。
あれだけの爆風を受けたにもかかわらず、ローブには傷一つついていなかった。
このローブもメノウと同じく謎が深い。
「いろいろ聞きたいこともあるでしょう」
「お、そうじゃな」
あれから何が起こったのか?
ショーナは無事か?
ミーナは死んだのか?
今のメノウには知りたいことがたくさんあった。
「どうです?軽く食事でもしながら。もう体の方も大丈夫のようですし…」
マイホムはそう言うと、館の食堂へとメノウを案内した。
広い館内には不思議と人っ子一人いない。
人の気配も全く無かった。
だが、食堂にはすでに料理が用意されていた。
巨大なテーブルの上に所狭しと置かれた料理の数々。
「病み上がりの身体には少し厳しいかもしれませんが」
「いや、せっかくじゃ。いただこう」
そう言いながら皿に置かれた料理を口に運ぶメノウ。
大きな葉で巻かれた肉の料理だ。
香料がきついが、まずいものでは無い。
続けて茶を飲む。
甘味が強いお茶だ。
「(少し味が濃いのう…)」
テーブルに置かれた料理は、お世辞にもあまりいい趣味とは言えなかった。
ゲテモノでこそ無いが、部屋の周りに置かれた高級な美術品や絵画。
それらに比べると明らかに料理だけが浮いている。
「この絵は…?」
そんな中、飾られていた一枚の絵がメノウの目に留まった。
この世界に存在するものとは思えぬ生物が書かれた絵。
この部屋で最も目立つ場所にそれが飾られていた。
「これですか?数十年前に現れた『魔物』の絵ですよ」
「魔物…」
『魔物』と言われる存在。
最近はほとんど見なくなったが、かつてはこの世界に存在したという生き物。
生物の理を超越した存在だといわれている。
「まあ魔物の実物なんて、今となってはほとんど見ることなんてできませんがね」
そう言いながら料理を口に運ぶマイホム。
ついでに言うと食器の並べ方も汚い、異様な光景だ。
言い方は悪いが、典型的な成金趣味だ。
もっとも、食事形式をあまり知らないメノウは違和感を感じてはいないのだが。
少し味が濃い、程度にしか。
「まだまだたくさんありますからお好きなだけどうぞ」
「どうも。じゃが…」
「遠慮せずに、『メノウ』さん?」
気味の悪い笑みを浮かべるマイホム。
今までの紳士的な雰囲気から一転攻勢、その場の流れが変わる。
「…そういえば、お前さんは何者じゃ?」
「ふふ…」
「何故、ワシの名を?」
「自己紹介が遅れました。私はマイホム、ザリィーム帝国の南地区C基地の副司令官です」
マイホムはメノウにこれまでの経緯を語った。
司令官ミーナを裏切り、作戦中に謀殺しようとしたこと。
その際にミーナと互角以上の力を見せ、爆発に巻き込まれても死ななかったメノウに目を付けたこと。
「元々、C基地は私の治めていた基地でした。それをあの小娘が…」
「つまり、お前さんはザリィーム側の人間じゃと…?」
「おっと。私はあなたと敵対する意思はないです」
「無い、とは…」
もし敵対する意思があるならば、メノウを助けたりなどしない。
彼がメノウを助けたのには確かな理由があった。
「ここで一つ提案があります。私たちと手を組みませんか?」
マイホムの狙い、それはメノウを仲間に引き入れることだった。
メノウはザリィーム帝国の南地区の四重臣であるブルーシムやミーナよりも実力は上。
いや、最低でもB基地の四重臣よりも上だとマイホムは判断したのだ。
「このC基地は支部基地の中で最大の兵力を持ちます。私たちが手を組めばこのザリィーム帝国の南地区を支配…」
「興味無いな」
マイホムの提案を切り捨てるメノウ。
「そういうのは嫌いなんじゃ、すまんな」
「お、お待ちください!」
「介抱と料理については礼を言おう、ありがとう」
そういうと、メノウは席から立ち上がりこの場から去ろうとする。
このままいてもどうせ無駄な話を聞かされるだけだ。
この場で始末してもいいが、介抱や食事を提供してもらった恩もある。
敵とはいえ、一度くらい見逃してもいいだろう。
そう思うメノウ。
だが…
「まぁ、そう思うなら仕方ないですな…」
「…ッ!」
マイホムの言葉と共に、メノウの身体から急激に力が抜けていく。
意識はハッキリとしているが、不自然と力だけが抜けていくのだ。
身体が異常に熱くなり、呼吸も苦しい。
異常なほど全身から発汗、
「かッ…」
呂律もまわらなくなるメノウ。
その場に崩れるように倒れこんでしまった。
メノウの視線に合わせ、彼女の顔を掴みマイホムが話しかける。
「知らない人に食べ物をもらってはいけないと教わりませんでしたか?」
「うぅ…」
マイホムは食べ物に強力な薬物を仕込んでいた。
香料が強いものに入れ、薄味の物には薬品をいれないことで警戒心を薄めていた。
元々、匂いのキツイものならば多少の薬品が混ざっても、よほどのことが無い限りバレはしない。
また、辛みの強いものを多く料理として出すことで、多量の飲み物を摂取させるのもマイホムの狙い。
辛い物を食べた後には飲み物も欲しくなる。
糖分の多い飲み物ならば、同じく薬品を入れてもばれ難いからだ。
「いくら強くてもしょせんは子ども、たやすく騙せますね」
「ああっ…」
「コイツを地下室に閉じ込めておきなさい!」
先ほど料理を運んできた従者に命じるマイホム。
メノウを担いだ従者はそのまま地下へと続く扉へ入って行った。
「後でゆっくり可愛がってあげますよ…」
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