第七十七話 信じあえる友
オオバとの戦いから約一週間が過ぎた。
城の崩壊は、世間には地震によるものと発表された。
もちろんそれでは説明のいかない事象ではあるのだが、それ以上のことは何も公にされることは無かった。
オオバは行方不明、しばらくは捜索が続くそうだが意味は無いだろう。
「…う、う~ん」
東ザリィールの港町にある病院。
その一室にてカツミは目を覚ました。
あの戦いから約一週間、彼女はずっと意識を失っていたのだ。
「ここは…?」
清潔感のあるベッドから体を起こし、辺りを見渡すカツミ。
少し広い部屋に寝ていたらしい。
室内はカーテンで数個に仕切られている。
失礼を覚悟で右隣のカーテンをめくった。
そこにはツッツが寝かされていた。
「ツッツ…」
ここで初めてカツミは、自身が病院にいることを理解した。
改めて自身の身体を見ると、体に受けた傷に包帯が巻かれていた。
軽く体の傷を摩るとまだ少し痛む。
「確かメノウは治癒魔法が使えたな…」
カツミの口から出たメノウの名。
…そこで彼女はこの場にメノウの姿が無いことに気が付いた。
一週間以上昏睡状態にあったため、まだ頭が本調子でないようだ。
あの戦いの後から何があったのか、必死で記憶の糸をたどっていく。
だが、何も思い出せない。
竜と化したオオバの腕を斬り落としたことならば覚えているが…
「メノウ…あいつにきけば…」
「呼んだか?」
左隣のカーテンをめくり、メノウが顔を出した。
いつものローブ姿では無く、上半身は裸、。
その長い髪は後ろで結ってあった。
カツミ以上に、その体には包帯が巻かれている。
右上半身と右腕、胸は完全に包帯が巻かれ、左足は骨折しているのかさらに多量の包帯が巻かれていた。
「メノウ、何か久しぶりな気がするなぁ…」
「約一週間じゃ」
「何が?」
「その間、ずっとお前さんは寝ていたんじゃ」
「そうか…一週間か…」
「それより、聞きたいことがあったんじゃないのかのう?」
「あ、ああ。そうだったな」
メノウはカツミに対しこれまでのことを話した。
オオバを倒した後、四聖獣士のザクラとビャクオウに救われたこと。
そのまま街へ行き、ヤマカワと合流したこと…
「ヤマカワさんは今どこに?」
「連日の看護疲れで寝ておる」
メノウが部屋の隅を指さす。
そのままではカツミにとって死角になっているので、少し体の角度をずらして覗く。
確かに、壁にもたれかけてヤマカワが寝ていた。
「…待て、なんで四聖獣士の奴らがあたし達のことを?」
カツミにとってこれは理解できないことだった。
いや、彼女だけでは無い。
メノウにとってもだった。
彼らを問い詰めようとしたが、既にその時にはメノウの体力も限界が近づいていた。
結果、問うことも出来ずそのまま二人のなすがまま港町の病院へと預けられたのだった。
「この街の病院はここしかないらしい。ツッツとも同室になれてよかった」
「あの二人、一体何を考えていたんだ…?」
ビャクオウとザクラにとって二人は敵のはずだ。
助ける理由などどこにも無い。
強いて言うならば、この二人はシェンやバールガンドと違い『明確な敵意』を持っていなかったということか。
ビャクオウはメノウ達を認めるような言動をとってはいた。
ザクラはツッツを攫いはしたが、直接戦闘をしたわけでは無い。
「あの二人はシェン達とは違う…か…?」
「だからといってそれが助ける理由にもならないじゃろ」
「…確かにな」
これ以上考えても仕方が無い。
彼らはメノウ達を病院に預けた後、すぐに行方をくらませてしまったのだ。
今更あの二人に聞くことも出来ない。
深いことは考えず、素直にあの二人へ感謝の意を持つとしよう。
「…ツッツはずっと眠ったままか?」
「ああ…精神的な傷が大きいとか、医者は言っておった…」
「そうか…」
眠り続けるツッツにめをやるメノウ。
彼女を守れなかったという自責の念から怒りに任せ、ハーザットを手にかけた。
そして合成魔獣、オオバも。
しかしそんなことで罪の意識が消えることは無い。
「気持ちはわかるが、あまり思いつめるなよ」
「ああ、わかっておる…」
そうは言うが、やはりツッツをこんな目に合わせてしまったのは自分だ。
彼女が旅について来ると言った際に、無理やりにでも断ればよかった。
そう思うメノウ。
「…カツミ、一つ聞いていいか?」
「あ、ああ」
唐突な話題の転換に戸惑うカツミ。
「…お前さんはワシとオオバの話をどこから聞いていた?」
カツミはあの戦いで、途中から乱入しメノウの窮地を救った。
その少し前にメノウはオオバと、古代遺跡にルーツを持つ話をしていた。
メノウの身体の秘密…
彼女が『人間』でも『異能の力を持つ者たち』でもないという話を。
「…城を上っている途中、オオバの声が聞こえてきた」
「…そうか」
「全部、聞こえたよ」
一瞬の静寂が辺りを包む。
それを遮るようにメノウが口を開けた。
たったの一瞬のはずが、とても長い時間のようにも感じられた。
「どう思う?」
「どうって…」
「ワシの身体は半分人間で半分がドラゴン。ワシの正体はそんなチグハグの存在じゃ…」
人間の体に竜の四肢。
帝国にかつて存在した魔法により、完全に融合したそれは一見人間のそれと何ら変わりない。
しかしその性質はまるで異なる。
ドラゴンに匹敵しうるパワーと回復力。
人間の知恵と思考。
それは普通の人間から見れば間違い無く『化け物』に違いない。
「おぞましい化け物か?人の姿をした獣か?」
人間というのは排他的なもの。
自分と異なるものを排除しようとするということをメノウは知っている。
異能の力を持つ者たちであるツッツも、もしそのことが公になればまともに生きてはいられないだろう。
「どう思う!?カツミ!」
怒りと悲しみが混ざった声で叫ぶメノウ。
自分の正体を友達にだけは知られたくは無かった。
そう思って今までメノウはこのことを誰にも話さなかった。
もし話せば、仲間が自分の下から離れていく。
そう思ったからだった。
「答えてくれ!」
今までメノウと出会ってきた者達。
その中にはメノウを『化け物』と呼ぶ者たちもいた。
異常な力を目の当たりにした人間の反応。
それを彼女はよく知っていた。
「頼む、カツ…」
「うるせぇ」
カツミが一喝する。
それを聞きメノウの声が止まる。
「だって…」
「そんなこと関係ねぇよ!メノウはメノウだ!」
「ワシの正体を知ってもなんとも思わんのか…?」
「当たり前だろ。あたしも…いや、ツッツだってそう言う!」
それを聞き、落ち着きを取り戻すメノウ。
カツミはさらに畳みかけるように話を続ける。
「あたし達だけじゃない。アンタのこれまでのお仲間全員、そう言うだろうさ」
「カツミ…」
「少なくとも、あたしはそう思うよ」
そう言ってカツミは話を締めた。
それを聞き、メノウは眼に涙を浮かべる。
カツミに抱きつき、彼女の腕の中で泣いた。
「メノウ、お前は全部一人で抱えすぎなんだよ。少しは仲間を信用してもいいんじゃないか?」
「ああ…そうじゃな…」
「まぁ、お前が意外と歳食ってるのには驚いたが…」
「実質十三歳だからノーカンじゃ!」
メノウが竜の巫女となったのがちょうど十三歳の時だった。
それから彼女の成長は止まっている。
その後ずっと一人で過ごしていたり自身を封印したりしていたが、それを除けば十三歳。
…というのが彼女の言い分だ。
「へへ、怒るなって」
「ふん!…カツミ、もう少しこうしていてもいいか…?」
「ああ、いいよ」
そんな二人のやり取りを、先ほど目を覚ましたヤマカワは部屋の隅でこっそりと見ていた。
二人に悟られるよう、眼を閉じまだ寝ている素振りをしながら。
「(いい友を持ったな…二人とも…)」
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同日、同時刻。
中央ザリィール、王都への検問所。
王族や貴族たちの住む、この王都はザリィール帝国で最も栄えている都だ。
騎士団の戦士達が街を守り、王族の住む城を親衛隊が守護する。
それだけでは無い。
このザリィール帝国の東西南北に存在するそれぞれの地区は全て王都を守るための防衛ラインに過ぎない。
「職をもらいに王都へ行こうとしたのはいいが…」
「やっぱり混んでるわ」
検問所にできた列に、並びながらつふやく二人。
それは元東ザリィール四聖獣士のヒャオウとザクラだった。
あの戦いの後、オオバの敗北により四聖獣士の権力も消滅。
無職となった二人は仕事を求めて王都を目指していたのだ。
「社長が負けるとは信じがたい…もしかしたら…?」
「そんなわけないわ、流石に死んだでしょ」
ザクラが、ビャクオウを軽く笑い飛ばす。
オオバを主君として認めていたビャクオウと違い、ザクラはただ単に金のために仲間に加わっただけ。
魔物を操る資質が偶然会ったため、破格の待遇で四聖獣士に入ることが出来たのだ。
主君であるオオバに対しては、雇い主以外の感情は持っていない。
「…それもそうだ」
「まぁ、私たちは東ザリィールの四聖獣士。働き口くらい見つかるでしょ?」
「だといいがな」
彼らは一年ほど前、軍閥長であったオオバと共に四聖獣士として王都を訪れたことがある。
詳しくは彼らにも知らされなかったが、何やら国の要人を集めての会議に出席するためだったらしい。
ザリィール帝国の軍閥長全員が招集命令を受けたが、当時それに応じたのは南ザリィールの元軍閥長であるイーガリス。
そしてオオバの二人だけだった。
オオバは東ザリィール四聖獣士、イーガリスは南ザリィール四重臣をボディガード兼権威の象徴としてその会議に同行させていた。
一年前のことを軽く思い出す二人に、同行者が声をかけた。
「きっと見つかりますよ」
「…それにしてもお前は一体何を考えているんだ?」
「そうよね、私たちがあのメノウって子たちを助けたのもあなたの依頼があったからだし…」
ザクラとビャクオウが崩れゆく城からメノウ達を助けた真の理由。
それはこの少年に大金で依頼されたからだった。
「…そうですね、まぁいろいろあるんですよ」
「いろいろ…ねぇ…」
「それより、次ですよ。検問の順番」
「あ、本当だ」
二人は身元がはっきりしているだけあり検問をすぐに抜けることが出来た。
元とはいえ、流石は四聖獣士と言ったところか。
同行者の少年の身元もビャクオウが保障した。
中央ザリィールの領地に入る一行。
しかし…
「では、僕はここで下させてもらいますよ」
「ああ、そう言う約束だったな」
少年との依頼内容。
それはメノウ達の救出だけでは無く、中央ザリィールまで依頼主である少年を送り届けることだった。
前金は既に渡してあるため、残りの金をビャクオウ達に渡す少年。
「じゃあ、私たちは王都へ向かうわ」
「ええ、お達者で」
「それにしても、別に身分隠さなくてもよかったんじゃないの?」
「ふふふ、そうですね。でもさっきも言いましたが、いろいろあるんですよ」
「そう…」
「おい、もう行くぞ」
会話を続ける二人に、止めるよう言うビャクオウ。
それと同時に彼らは王都へと向かうっていった。
だが、この少年は違う。
二人が去った後、少年は地平に映る山々を眺める。
「…メノウさん、まだ貴女には生きていてもらわないと困りますからね」
その少年…
いや、かつての南ザリィール四重臣の一人『ヤクモ』は一人小声で呟いた。
「ふふふ、そろそろ本格的に動き出しましょうか…」
応援ありがとうございました!
次回から新章に入ります。




