第六十一話 ツッツの謎とカツミの心
戦いを止めたのは一人の初老の男。
着込まれた胴着にその顔に刻まれた深い皺。
しかし重ねた歳を感じさせぬほどの鋭い眼光。
それはまさに戦士のモノ。
「勝手なことをするなとあれほど言ったであろう、カッカ」
「せ、先生…!」
「全く、他の者まで巻き込みおって…」
男は、先ほどメノウに飛び掛かったバンダナを巻いた少年にそう言った。
しかし『カッカ』と呼ばれたバンダナの少年はそれに対し不服そうな声で言い返す。
「け、けど…!」
しかし、カッカを無視し男は視線をカツミに向ける。
それを見たカツミも彼に視線を合わせた。
「先ほどの声を聞いてもしやと思ったが…」
「久しぶりだな、師父ガウド…」
「やはりお前だったか、カツミ」
「ああ」
その男を見たカツミが言った。
彼こそ、この寺院を治める者。
轟風の使い手『ガウド・ミゴー』だ。
カツミが『技』を重点に置いた戦いをするのに対し、彼は『力』に重点を置いた戦法をとる。
それが轟風の名の由来だ。
「他の者は各自、修行に戻るように」
ガウドがそう言うと他の修行生たちは皆、蜘蛛の子を散らすようにその場を去って行った。
…カッカを残して。
「なんなんすか!侵入者を追い払おうとしただけで…」
先ほどのガウドの対応に不服なのか、カッカが叫ぶ。
しかし、この寺院ではあくまで『賊の各個殲滅』が規則。
決して『客人を無差別に攻撃してよい』という規則では無いのだ。
「お前は客と賊の区別もつかんのか…」
呆れ気味にガウドが言う。
賊ならばそれ相応の殺気などを持っているもの。
それを感じることのできない時点で、カッカの実力はたかが知れている。
最も、あくまで彼は修行中の身。
そう言ったことを踏まえると仕方が無いともいえる。
「お、俺の早とちりだったのか!すまない!」
先ほどとは打って変わり、頭を下げてメノウ達に謝るカッカ。
特にツッツに対しては恐怖感を与えてしまったこともあり、特に謝罪の意を述べていた。
「まさかこんな場所に客人がやってくるとは思わなくてな」
「まぁ、確かにその気持ちはわかるさ。あたしだって昔は…」
そこまで言いかけた時、カツミはふとあることが気にかかった。
この寺院は一般人ではたどり着くことすら難しい場所に建てられている。
基本的に修行生たちは住み込み。
食品や物品などはほぼ自給自足で生活している。
買い出しなどはできる限り行わないようにしている。
それほどまでに、この寺院へたどり着くことは難しいのだ。
「(昔のあたしでも、師父に連れられてボロボロになりながらやっとたどり着いた…)」
カツミがこの寺院を訪れたのは七歳の時だった。
もともと格闘技を学んでいただけのことはあり、運動神経には自信がある方だった。
しかしそんなカツミですらこの寺院にたどり着くのは至難の業だった。
ガウドに連れられ、数日間歩きつづけ、到着後には数日間寝込んでしまったほどだった。
そんなカツミが気になったこと、それは…
『何故、ツッツに疲れがほとんど見られないのか』
と言うことだった。
確かに息を切らし、顔には疲労も見える。
しかし、それにしては明らかに『疲労が足りなさすぎる』のだ。
登山家や修行僧でも音を上げるほどの山を登ったとはとても思えぬツッツの様子。
それには違和感を感じる。
「(もし途中で体調に異変が見えたらメノウの魔法で直してもらうつもりだった。しかし、結局それは一度も無かった)」
いくら最適化したルートをたどったと言え、このようなことは絶対ありえない。
この寺院の修行生たちもここに来るだけでかなりの血の滲む努力をしているのだ。
この『違和感』は一体なんなのか…?
以前は否定したが、ツッツはやはり異能の力を持つ者たちなのか…?
「おーい!カツミー!先に行ってるぞー」
「あ、待ってくださいメノウさん!」
そう考えるカツミを無視し、メノウはツッツを連れて崩れかけの建物の正面にある門をくぐっていった。
メノウは恐らくこの違和感に気付いていない。
自分たちが進んできた道がどれほど危険な物だったかをそもそもわかっていないのだろう。
超人的な身体能力を持つメノウ、そしてある程度はこの山に慣れているカツミ。
そしてその二人に『何故か』着いて来ることのできたツッツ。
メノウにとっては少し高い山を登った、程度にしか感じていないのかもしれない…
「(まぁ、深く考えるのはやめよう…)」
このことを話すとまた厄介なことになるかもしれない。
そう考え、カツミは自分の胸の中にしまっておくことにした。
ガウドがこの違和感に気付かないのは、メノウが魔法の使い手であることを見抜いているからか。
治療魔法を使いながら進めば、ある程度は疲労などを軽減できる。
カッカはただ単に何も気づいていないだけだろう。
「話の続きは寺院でしよう。お前さんたちにもいろいろ聞きたいことがあるしな、カツミ」
「わかったよ、師父」
カツミが渋々言った。
そのやりとりを見ていたカッカが二人に尋ねる。
「そういえばコイツと先生は一体どういう関係で?」
「あたしはガウド・ミゴーの義理の娘、『カツミ』だよ。師父から聞いてないのか?」
「聞いてない。俺は単なる修行生だからな。」
「ほら、続きは寺院でな」
そう言うとメノウ達のようにカツミとカッカは門の奥の隠し通路へと向かった。
そしてそれを追う形でガウドも続いた。
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寺院は孤冠の山の中腹、少し開けた場所に存在している。
建物自体は古くから伝わるものであるが、かつては別の用途で使用されていた寺院。
しかしかつて破棄され、人も寄りつかぬ場所となっていた。
それを若き日のガウドが見つけ寺院として蘇らせたのだ。
一方、拳のかつての源流は東方大陸に存在していた。
棄てられた寺院と東方大陸から流れ着いた流浪の拳法使い。
この二つが出会うのはある意味で必然だったのかもしれない。
「では、話の続きをしようか…」
修行場である道場にメノウ達三人とガウド、そしてカッカの五人が座る。
この道場も、かつては前寺院の僧たちが座禅の場として使用していたもの。
それをガウドが改装、修繕したのだという。
なかなかに広く、一度に数十人が組み手をするくらいの広さがあった。
「まず聞こう、なぜ今になって戻ってきた?カツミ?」
「そ、それは…」
カツミが珍しく言葉に詰まる。
「この寺院を出ていくときあれほど大口を叩いて…」
「あぁ~あのことは~!言わないでぇ~!」
そう言いながら顔を手で押さえつけるカツミ。
本人的にはあまり思い出したくないことなのだろう。
それを察したのかガウドはこれ以上の話を止め、本題に戻す。
「もう一度聞こう、なぜ戻ってきた?」
「…師父ガウド、あんたに頼みがある」
そう言ってカツミはこれまでの経緯を説明した。
ツッツが狙われていること。
東ザリィール四聖獣士との戦い。
その原因である東ザリィールの軍閥長であるオオバに会いに行くこと。
「…つまり、その娘を預ってほしいと?」
「ああ、頼む」
…少しの間、辺りが静寂に包まれる。
少し目を閉じ、考えを巡らせるガウド。
「わかった、いいだろう」
あっさりとガウドはそれを許可した。
カツミは彼の義理の娘。
そんな彼女の頼みを断る理由など無いだろう。
「やったぁ!」
それを聞き喜ぶカツミ達。
ツッツを誘い、寺院内を案内すると言い残し、道場を出て行った。
メノウは買うどの話を聞くためにこの場に残ることにした。
「…随分と変わったものだ、カツミは」
「そうなのか?」
「ああ。メノウ…と言ったか?キミは…」
「そうじゃ」
「昔のカツミは、人を人と思わぬような性格だった…」
「ほぅ」
「あれは単なる飢えた獣のようだった…」
そう言うガウド。
メノウは、カツミの過去について以前に本人から聞いたことがあった。
住んでいた村を滅ぼさ、ガウドに拾われた。
そして、寺院で修行を積んだと…
「…ワシはそう聞いたぞぃ」
「あのカツミか自分のことをそこまで話すとは」
自分を拾い、育ててくれたガウドにすらカツミは心を開くことは無かった。
かつての修業時代、彼女は寺院の者達を単なる技の練習台か何かとしてしか見ていなかったという。
人を信じることを一切知らずに育った少女、それがカツミだった。
「無理も無い。カツミは、目の前で家族も何もかもを失ったと言っていたからな…」
「あの人にそんな過去が…」
一緒に聞いていたカッカが思わず息を飲む。
その凛とした顔の裏にはそのような過去が隠されていた。
その事実に驚きを隠せぬようだった。
「しかしメノウ、キミと共に戦っていたときのカツミは私の知る『カツミ』とはまた違っていた…」
他人を常に見下し、自分の為の道具としか見ていなかった昔のカツミ。
しかし、ガウドが先ほどのカッカ達とカツミ&メノウと戦いでみたもの。
それは友であるメノウと共に戦うカツミの姿。
『道具』では無く『仲間』として他人を見るカツミだった。
「キミがカツミに『友』という存在を教えたのか?」
「ワシはカツミの友達、それだけじゃ」
「もしそうならば、私はキミに礼を言いたい…」
そう言うとメノウに深々と頭を下げるガウド。
かつて拾い子だったカツミに対し、ガウドは人の心を教えることが出来なかった。
強すぎるがゆえに、彼女には友も出来ず畏怖する者が増えるばかり。
修行を積めば積むほどその中の憎悪は増していくばかり。
自らの村を滅ぼした者に対する憎悪が…
「メノウ。キミという存在は、カツミにとってきっとかけがえのないものなのだろう」
そんなカツミに人の心をとりもどさせたのがメノウだった。
カツミの前に現れた不思議の少女。
底の知れぬメノウの力と神秘的な魅力に気づかぬうちに惹かれるようになっていった。
もっとも、メノウ本人はそのようなことはあまりわかっていないようだ。
分かるのはただ漠然と、カツミは友達である、ということだけ。
もっとも、彼女たちにとってはそれで十分なのだ。
「ありがとう、メノウ」
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