第四十三話 東の皇
時は数日前、メノウ達が港町リーキュアを旅立った日まで遡る。
黒いローブに身を包んだ謎の男。
彼は付き人の少女、『シュルム』と共にメララートの砂漠へとやってきていた。
「メララートの砂漠、相変わらず何も無いところよ…」
「約束の時間よりも少し早く来てしまったようですね…」
「『ヤツ』はまだ来ないのか?このオレを待たせるとはいい度胸だ」
謎の男の隣にいたシュルムが言った。
美しい朱色の髪、目許を覆う黒く薄い布を装着し戦闘スーツを身に包んでいる。
朱色の瞳が黒く薄い布越しに鋭く光る。
「まぁいい、ほんの少しくらい待とうではないか」
「…でも砂漠でこの格好は暑いです」
シュルムは通気性の悪い、戦闘スーツを身に纏っている。
気密性も高く、彼女の体感温度はかなりの物だろう。
全身から汗がでて少々気分が悪い。
「我慢しろ、『ヤツ』との取引はこの場所でなくてはならない」
港町リーキュアの東に位置するこの砂漠は、西ザリィールでも最も広い面積を誇る地区。
メノウ達が旅してきた、交易都市イオンシティやセンナータウンなどがこの砂漠の中にはある。
しかし、謎の男にとってはそのような物は砂漠の中の一本の針に等しい。
町に住む人々の命などあって無いような物なのだ。
その謎の男が一目を置く人物、それは…
「あれは…?」
「来たか…!」
二人が同時に、地平線の彼方へと目をやる。
地と空の狭間から、一匹の魔物が二人の元へと向かってくるのが確認できる。
しかも、ただの魔物ではない。
数十年前の魔王軍との戦い、その際に魔王軍が操っていた大型飛竜だ。
「あんな物でこの地にやってくるのはヤツしかいない」
その大型飛竜、は謎の男とシュルムの真上で止まり着陸した。
着陸のため、砂漠の中でも比較的岩場の多いこの地を取引の場に選んでいるのだ。
そして大型飛竜の背中に設けられた席から二人の人物が降りてきた。
一人はボディガードと思われる白い髪の男、そしてもう一人は…
「遅れてしまい申し訳無い、ちょっと道が混んでいてね…」
そう言って戦闘機から降りてきたのは、ビジネスマン風の東洋人だった。
180cmという中々の身体に程よい肉付きに鋭い眼。
そしてこの砂漠という地に全く合わないビジネススーツ。
時代、場所、姿、その何もかもが噛み合っていない。
異様な光景だった。
「空に渋滞などあるのかな?」
謎の男が皮肉を込めてその男に言う。
しかし、彼はそれを軽く流すと逆に謎の男にこう言い放った。
「大事なビジネスの場に子供を連れてくる、『子煩悩なパパ』に言われたくはないがね…」
彼はシュルムを指してこのことを言ったのだろう。
それを聞いたシュルムはナイフを構え、男に切りかかる。
その動作は僅か一秒にも満たない、しかし…
「何をするッ!」
シュルムのその攻撃は、ボディガードの白髪の男に止められてしまった。
ボディーガードの男の右手のグローブがナイフの刀身を掴む。
そして彼の攻撃にはじかれナイフが宙を舞う。
「助かったよ『ビャクオウ』、下がっていい」
「本当に大丈夫か?あのガキ…」
不満を言いながらも、シュルムへの警戒を解かないボディーガードの男『ビャクオウ』。
本来ならば彼のように、皆がシュルムの無礼な行動に腹を立ててもおかしくは無い。
しかし…
「いい部下をお持ちで…」
「お前もな、オオバ」
「まぁな」
謎の男もオオバと呼ばれたその男も、シュルムの行動に対し全く腹を立てる様子も無い。
それどころかオオバはシュルムに一枚の紙を渡した。
それはビジネスマン必須のアイテム、名刺。
彼の出身国であるという東洋の文字と共に、このザリィーム帝国の公用語で彼の名前と地位が記載されていた。
大羽倉棲
『東ザリィール軍閥長』兼『大羽貿易 代表取締役』
と…
「初対面の方には必ず渡すようにしているんだ、先ほどは失礼した」
大羽はそう言って名刺を渡したシュルムの頭を軽く撫でる。
ちなみに、『オオバ』とは彼のニックネームのような物。
漢字の『大羽』だと、ザリィーム帝国の公用語では発音が面倒になるため、『オオバ』と呼ばれている。
公の場でもその名で通しているため、現在では皆がそう呼んでいる。
「ごちゃごちゃ言っていても仕方ないから、本題に移ろう」
「そうだな、オオバ。新型の兵器についてだが…」
謎の男がオオバと取引をする理由、それは彼と武器の取引をするため。
オオバは東のザリィールの軍閥長という高い地位についている。
さらに、貿易会社ほか多数の会社を持つ男。
いわゆる『軍産複合体』と呼ばれるものだ。
謎の男はオオバから武器を買う。
それが彼のやり方だ。
「成程、大体理解した。今までの製品よりもコストパフォーマンスに優れたいい出来だ」
「どれほどの数をお望みかな?」
「今までと同じ量だけ買わせてもらおうか」
そう言って懐からペンを取り出し、謎の男の持つ契約書その他諸々にサインをしていく。
最後に自身の名の書かれた判を押し、取引は終了した。
金はいつも通り流せばよい。
「それにしてもオオバ、お前はしたたかな男だ」
「いきなり何を?」
「表向きは平和主義者、しかし裏の顔は死の商人。このオレでもそこまではせん」
オオバの武器販売は東ザリィールでもトップシークレットの事項。
彼は表向きは平和と平等を歌う、ザリィーム帝国で最も『善』と呼ばれる男。
『悪』と呼ばれる謎の男とは対極に位置する存在だ。
「とんでもない、私は平和は大好きだ。この言葉に嘘は無い」
「ふふ…」
「『私の見える範囲の平和』以外に興味は無い、がな…」
そう言ってオオバはビャクオウに命じ、彼にある物を持ってこさせた。
数枚の書類の入った鋼鉄製のケースだ。
ケースを開けるとその中の書類をオオバが直々に謎の男に手渡す。
「実は取引に遅れたのはこの書類を作成していたからでね…」
大型飛竜での移動中に作り上げたというこの書類には、謎の男の求める情報が書かれていた。
それは『異能の力を持つ者たち』についての情報だ。
オオバの従える『東ザリィール四聖獣士』の一人、ザクラが異能の力を持つ者たちの少女を捕まえたこと、その他情報など…
この少女とは当然、ツッツのことだ。
「ほう、異能の力を持つ者たちの小娘を捕まえたか。それもスペックも中々だ…」
「後日そちらに送りますよ」
「それはちょうどいい、すぐにでも頼みたいくらいだ!」
「もちろん料金は…」
「足元を見るな!当然払う!」
「契約成立、ではこの書類に…」
先ほどとは逆に、謎の男がオオバの差し出した書類にサインと判を押していく。
それらをすべて終え、今日の取引は終了した。
軽い雑談を交わす二人。
しかし数分の会話を終えると…
「それでは、私は帰りますよ」
「オレはこれから別の客の相手があるのでね、この場に残ることにしよう」
「では、また…」
そう言うとオオバとビャクオウは大型飛竜に乗り込むと、先ほど来た方向へと帰って行った。
あの方角はちょうど東ザリィールの方角だ。
それを眺める謎の男とシュルム。
取引開始から終了まで、僅か十分の出来事だった。
「なぜあのような男と取引を…?」
シュルムが問う。
何故、あのような男と取引をしているのか。
それがわからなかった。
普通の客とは違い、オオバには地位という魅力的な物もある。
それは金では決して変えない代物だ。
「ヤツを殺してその地位や利益、その全てを奪ってしまえばいい、そう考えているな?シュルムよ」
シュルムは黙って頷いた。
しかし、謎の男はそれを否定するように言い返す。
「オオバ、ヤツは利用価値がある。利用するだけしてその後に殺す!」
「成程…」
「もっとも、ヤツも中々したたかな男だ。しばらくは優秀なビジネスパートナーとしての関係を続けることとなるだろうがな…」
この取引の最中、オオバは表情を変えず常にビジネススマイルを保っていた。
そして一滴の汗もかかず、取引相手である謎の男にその手の内を一切晒さなかった。
東ザリィールの皇と呼ばれる男『大羽』。
彼の持つ秘中の秘、それは謎の男さえも知らない物だった…
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