第二十二話 砂の村センナータウン
南ザリィールでの戦いから数か月が過ぎた。
ザリィール帝国中を騒がせた反乱事件も、当事者たちの記憶以外からはすっかり忘れ去られていた。
大衆とは案外そういうものだ。
この『西ザリィール地区』の辺境の村『センナータウン』に住む子ども、『ツッツ』もその一人。
センナータウンは砂漠と荒野に囲まれながらも、井戸があるため人の生活には困らない。
砂漠と荒野のオアシスにできた村だ。
「…よし!」
そう言うと、壁にかけてあった大きめのキャスケット帽を被る。
ナイフや火打石、火種などを入れたカバンを持ち、家を後にする。
彼は主に、荒野での狩猟と物々交換で生計を立てていた。
いつも獲物を探しに行く荒野へと向かう。
一部の沿岸都市以外はほぼ荒野と砂漠に包まれたこの西ザリィール。
親を失った子供が一人で暮らすにはそうするしかなかった。
「うう…今日こそ肉が食べたい…」
最近はいざというときのために作っておいた保存食しか食べていない。
乾いた物だけではなく、何か生ものを食べたい。
そう思い、動物がいる荒野へとやってきた。
何個か罠を仕掛け、自身も辺りに動物がいないか捜索する。
草をかき分け、鳥の巣を覗き、食べられる野草を採取した。
だが捕獲可能な動物は見つからなかった。
「ああ、お腹すいたなぁ」
ツッツの声か荒野に響く。
答えるものは当然誰もいない。
枯れた風が寂しく荒野を吹き抜けるだけだった。
探すのを諦め、その場に仰向けに倒れこむツッツ。
と、その時…
「ん…?」
顔を横に向けたツッツの目に写った者。
それは、地平線の向こうから歩いてくる人影だった。
この地区に旅人など珍しい、そう思いながらしばらくその人物に目をやる。
その人物は白い布を纏いフラフラとした足取りで村を目指している。
だが…
「あ、倒れた」
途中で力尽き、その人物はその場に倒れこんでしまった。
このまま放っておくのも何か悪い気がしたのでとりあえずその人物の下へと走って行く。
「僕と同じくらいの歳かな…?」
そこに倒れていたのは白いローブに身を包んだ少女だった。
遠くからだったので先ほど見たときはよくわからなかった。
年齢はツッツとそうは変わらないだろう。
着ている服からして、神官か何かの高貴な身分の者だろうか。
近くにあった枯草の茎をひろい、ゆっくりと少女に近づく。
「大丈夫ですか…?」
枯草の茎で少女を突くツッツ。
「み、水…」
少女が目を覚まし、起き上がろうとしている。
だが、少女は次の瞬間再び倒れた。
再び生死の確認をしてみる。
息は普通にしているのて、ただ単に気絶しただけだ。
持っていた水筒に入れていた水を少女の口に流し込む。
「はい、水です」
少し口からこぼれてしまうも、徐々にその水を飲み始める少女。
水筒の中の水を飲み終えた少女はやがて目を覚ました。
「あ、ありがと…助かった…」
「よかったぁ」
「ワシの名は『メノウ』、お前さんは?」
この少女の名は『メノウ』。
かつて南ザリィールを平和へと導いた、深緑眼の眼を持つ少女だ。
だがツッツはそんなことは知らなかった。
「僕はツッツっていいます。あなたは一体どこから来たんですか?」
ツッツが訪ねる。
メノウはあまり顔色も良くない。
どうやら数日前の砂嵐の際に旅の仲間とはぐれ、そのまま遭難してしまったのだと言う。
荷物もその時ほとんど失ってしまったらしい。
「そんなことが…」
日の当たる場所を避け、近くの岩場の陰に移すツッツ。
何か食べ物でもあればいいが今の手持ちには何もない。
せめて水を汲んできて飲ませるくらいが、いま彼女にしてあげられることだ。
それと家にある薬草でもついでに持って来よう。
そう思い、ツッツは一度村に戻ろうとすした。
…だがその時、センナータウンから叫び声が聞こえた。
「一体何が…!」
村の広場を見る。
広場の高台には、剣を構えた若い男が立っていた。
盗賊だろうか…
それにしては他の仲間が見えない。
村人十数人がその場に取り残されたままだ。
「おいお前ら!よ~く聞け!」
大声で男がしゃべり始めた。
どうやらあの男は食料と水、物資を奪いに来た盗賊のようだ。
「それらさえ差し出せば大人しく帰る!約束しよう!」
今のあの男に、明確な殺意があるわけではない。
しかし盗賊の男が持つ剣、これは恐らく西ザリィール地区の軍で正式採用されているものと同じものだ。
この村にも当然自警団はあるが、その武器は古い剣や棍棒などが殆ど。
襲ってくる盗賊も当然似たような武器を使うようなものたちなのだから、本来ならばこれで十分なのだ。
だが今回はまるで話が違う。
西ザリィール地区の軍で正式採用されている武器に対抗できる武器などただの村人が持っているわけもない。
しかもそんなものを持っているということは、あの男は西ザリィール地区の軍と何らかのかかわりがあるということ。
これでは自警団といえど、下手に手出しをすることができない。
「一時間だ!その間に水と食料を用意しろ!」
その様子を見たツッツが絶句する。
軍に通報しようにも連絡手段も無い。
第一、一時間で砂漠と荒野の真ん中の村に呼ぶなど不可能。
かと言って村の自警団など役に立つかどうか…?
「ど、どうしよう…」
「なんか大変なことになっとるのぉ~」
メノウが村の方を眺める。
村の外に目をやると軍の馬が数匹待機していた。。
恐らくあの男が乗ってきたものだろう。
…数匹?
「ど、どうしたらいいんでしょうか…?」
「とりあえずお前さんはここに隠れてろ」
「…メノウさんは?」
「ワシに任せろ」
メノウが今まで戦ってきた者達に比べれば、あの男など雑魚同然。
簡単に倒せるだろう。
不安に思うツッツをよそに、メノウはさっそく村へと急いだ。
一方、盗賊の男は怯える村人など気にも留めず、時間が来るまでその場で待つ。
とその時…
「(今だ!)」
後ろの物陰から一人の村人が忍び寄る。
その村人が太い木の棒で盗賊に殴りかかろうとしていた。
幸いなことに、気付いていないようだった。
「(やった!)」
そう思う村人。
だがその時、空を割く一発の矢が村人の持つ棒を打ち砕いた。
突然の出来事に驚きその場に倒れ込む村人。
「ラーヴ!油断しすぎ!」
盗賊の男『ラーヴ』に対し、彼の仲間の女の声が聞こえた。
どこにいるのかは分からない。
声だけがどこからか聞こえている。
「ど、どうした!?」
「うしろうしろ!」
そう言われ後ろを振り返るラーヴ。
そこには、先ほど殴り掛かろうとしていた村人が尻餅をついてその場に座り込んでいた。
辺りに飛び散った木の破片などから何が起こったかを察するラーヴ。
「ちょっと気を抜いちまっただけだ、サチ!」
「気を付けてよね~」
サチと呼ばれた女が言った。
彼女は村の外の小高い丘の上から大弓を使いこの村を監視していた。
ラーヴが襲われそうになった際にそれを使い彼を守ったのだ。
「それより一時間ってのは結構長いぞ、もう少し短くてもよかったんじゃ…」
「こういうのは一時間くらいがちょうどいいの。長くなるのもあれだしね」
元々彼らは西ザリィール軍の脱走兵。
つまり、軍人崩れの盗賊というわけだ。
この辺りを根城として旅人を襲っている。
荒廃した時代にただの盗賊が正規軍の武器を入手できるはずがない。
馬や武器など、彼らが軍から脱走する際に奪った物のようだ。
「チッ!メンドクセェ…」
ラーヴが怠そうに呟き、その場に座り込む。
と、そこに…
「ちょっといいか?」
「なんだお前?」
ラーヴの前に現れたのは、深緑眼の少女メノウ。
メノウは高台に座り込むラーヴに妙な視線を送っている。
井戸で水を飲んでいたら少し遅くなってしまった。
「いやぁ、別に…」
「チッ、今俺はイライラしてんだ。暑いし時間が経つのは遅いしで…」
メノウを単なるうざったい少女と思い追い払おうとするラーヴ。
それを見た村人の一人がメノウに駆け寄った。
「きみ、何してるんだ!」
「は、早くこっちへ!」
ざわめく村人たちに腕を引っ張られるメノウ。
しかし再びメノウがラーヴの前に立ちはだかった。
「だからお前は…」
飽きれるように言うラーヴ。
だが…
「ずあッ!」
その言葉と同時に、ラーヴの腹に強烈な一撃の拳を叩きつけるメノウ。
ラーヴは手に持っていた剣を手放し、吹き飛ばされた。
「うあッ!」
建物の壁に叩きつけられを気を失うラーヴ。
それを見た村人たちは、何が起きたかわからずその場に立ち尽くすのみ。
「ほれ、早くコイツを捕まえろ」
メノウが村人たちに言った。
だが彼にはまだ仲間のサチがいる。
この状況も村の外から監視しているはずだが…
「けどこいつにはまだ仲間が…」
「ああ、大丈夫じゃよ。アイツがどうなってるか見に行くか?」
数人の村人がラーヴを縛り上げ、村の牢屋に放り込む。
その間に他の村人とツッツを連れ、メノウは村の外の小高い丘へと歩いて行った。
そこでは、大弓を放り投げたサチが一匹の馬に追い掛け回されていた。
「助けて~!」
そう叫ぶと同時に馬の体当たりを喰らい、近くの岩に叩きつけられるサチ。
そのまま先ほどのラーヴ同様村人に捕えられ牢屋に放り込まれた。
「メノウさん、この馬は…?」
「ワシの仲間、アゲートじゃ」
メノウの声に答えるようにアゲートも声を上げる。
以前の砂嵐でアゲートとはぐれたメノウ。
しかし、先ほどこの村に入る際にアゲートを村はずれの水飲み場で発見。
盗賊のラーヴの仲間がどこかに潜んでいないか探すように頼んだのだ。
「ワシとアゲートは心で繋がっているからの、近くにいるならすぐにわかる」
かつて南ザリィールを救った少女、メノウ。
そしてその相棒アゲート。
その二人の新たな旅はここから始まる。
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