プロローグ
深い森の中、太陽の優しい光が枝葉の隙間から差し込む。
一見のどかな光景だが、今この森にいる『二人』にとってそれはあまりにもどうでもいいことだっただろう。
森の中を横断するために大昔に作られた道。
かつては整備されていた土煉瓦による舗装もすっかり朽ち果ててしまっている。
割れた舗装の間からは多数の木が生えている。
そこを木を避けながら器用に移動する一人の少年。
そして、それを追いかける大柄な賊の男。
「くそッ!すぐ追いつかれちまう!」
「運がいいぜ!まさかこんな小僧が大金をもってるとはよ!」
少年は、あの賊を単なる肥満体かともおもったが、そうでもない。
このまま放っておいて勝手に疲れるのを待ってもいいかもしれない。
しかしどうやらそれは無理のようだ。
あの厚い脂肪の下には、かなりの量の筋肉が隠れているのだろう。
大柄な男という、障害物の多い森の中ではハンデにしかなりえない要素。
そのハンデを無視するかのように、少年と賊の男の間距離はだんだんと狭まっていく。
「くっそぉ…!」
あの賊の大男が狙っている者。
それは少年が持っている旅のための荷物。
そして彼の持つ『瓶詰めの砂金』だった。
旅のために用意したそれらを奪われる訳には行かない。
しかし…
「(このままじゃ捕まるのも時間の問題だ…)」
何か解決法は無いか、少年は足りない頭で策を練る。
息も切れ切れ、身体中も痛い。
だが、捕まるよりはマシだ。
そう考えながら走るスピードをさらに上げた。
少年の布で纏めたボサボサの長髪が風に吹かれる。
少なくとも、こんな森の奥では助けなど呼べない。
呼べるわけがない。
かといって、このままアイツに旅のために使う大切な物品を渡すわけにもいかない。
「(…あれは!?)」
少年は道の脇の水路に目を付けた。
まだ水が流れている。
恐らく森の奥から流れてきているのだろう。
逃げ道はここしかない!
「この水路を利用して…」
「なに!」
「よし、いけ!」
「あのガキ、水路に飛び込みやがった!」
水路に飛び込む少年。
なんとか体勢を保つことに成功、そのまま水路を流れて行った。
下流へと行けばこのまま逃げられたかもしれない。
しかし、この少年『ショーナ』にはある目的があった。
それはこの森のさらに奥、にあるといわれる『古代遺跡』を探すことだった。
「…クッソ!逃がしたか」
賊から逃れるため、水路へ飛び込んだショーナ。
上手い具合に賊を撒いたことを確認し水路から上がる。
下流まで流されはしたものの、多少時間をロスしただけだ。
彼の目的はただ一つ。
この禁断の森の奥にあるという、伝説の『古代遺跡』だ。
「(古代遺跡、王国の調査隊が何か調べていたみたいだけど…)」
シャーナが心の中でつぶやく。
『古代遺跡』はかつての『古代王国』跡地。
古代文明の遺産を調査するため、この地区一帯を治める『ザリィーム帝国』の調査探検隊が以前この地を訪れていた。
一般には公表されていないが、この時奴らはこの地から『何か』を持ち去ったらしい。
偶然その情報を手に入れたショーナは、それを価値のある宝だと確信していた。
「王国が動くほどの物なんだ。きっとすごいものに違いないぜ」
今まで進んできた水路の横の道。
そこを抜けると、やがて広い湖に出た。
恐らくこの湖が水源なのだろう。
湖は不気味なほど静まり返っていた。
深い森の中にあるというのに、生物の気配ひとつ感じない。
「不気味な湖だなぁ…」
そういいながら、湖の周りを歩くショーナ。
少し辺りを見渡すと、向こう岸に少し開けた場所があるのを発見した。
とりあえずそこを目指そうと進むショーナ。
湖を半周まで進んだその時…
「な、何だ!?」
突如、湖の奥底から化け物がショーナの目の前に姿を現した。
巨大な竜のような巨大な蛇とも竜ともつかぬその化け物。
赤い眼をぎらつかせながら、化け物はショーナの方を見た。
『…ッッッ!!!』
声にならぬ音を上げ、化け物は突如攻撃を仕掛けた。
沈んでいた尻尾部分を水面から出し、その先端でショーナに串刺しにしようとする。
「危ねぇ!」
危機一髪それを避け、その場から脱出を図るショーナ。
何故このような場所にあのような化け物がいるのかはわからない。
だが、少なくとも今はそんなことを考えている場合ではない。
見たところ、あの化け物は地上での活動はできない水棲生物のようなものだろう。
さっさと逃げれば何とかなるだろう。
先ほど見つけた向こう岸の開けた場所を目指すが…
『…ッッッ!!!』
それを察知したのか、化け物は先手を打った。
体を大きく捻り、鞭のように自身のその長い身体を水面に叩きつける。
その衝撃が水面に大きな波紋を発生させた。
湖の水が津波のように、ショーナに襲いかかった!
「う、うわ!?」
その衝撃により発生した津波を受け、湖に投げ出されてしまう。
泳ごうと思っても体が恐怖で引きつり思うように動かない。
半ば溺れるような形となってしまった。
しかし泳がなければあの化け物に…
「うう…
そう考えるうちにやがて体が少しずつ動かなくなり、だんだんと意識が遠のいてきた。
少しずつ体が水の中に沈んでいくのがわかる。
不思議と先ほどの化け物はもう襲ってこなくなった。
「(このまま死ぬのかな…?)」
そう思うショーナ。
しかし、不思議と恐怖心は無かった。
薄れゆく意識の中、ショーナは目の前に『何か』を見た気がした…
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