表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ついてくる女  作者: Frank
1/2

本編

僕は洗面所に立つ。まだ、明け方だからか、暗いので電気をつける。

解っている現実を認めたくは無いので明かりが点いてもスイッチから目を放せない。意を決して視線を鏡に向ける。やはりいる。現実は厳しい、世の中に一個人のやり方が通じないのは当たり前だ。会社の先輩から良く言われているが、これは例外だろう。僕の後ろには必ず、この『女』が居るんだ。

この女は、決して僕の思い違いか何かではない。確証がある。少し前に自宅に友人を何人か招いて飲み会をした。その時に一人が暗そうで他の奴らと交えて相談をしたのだ。最初は話たがらないが、友人達の説得と酒の力も加わったのか話し始めたのだ。



友人「女がいるんだ・・・。」


最初は、だれもが痴話喧嘩がエスカレートしてるのかどうなのかと思ったが違った。


友人「いや・・・、ずっとだ。今、ここにも・・・。」


異性の友人はきょとんとした。自分が何かしたのかと思ったのだろう。


友人「ああ、いや違う、君の事じゃない。俺に居る奴だ。ずっと・・・。」


全員が解らない顔をした。無論、僕もだ。その時は、仕事か何かで疲れていると思っていたが、今にして思えばもっと聞いておくべきだったと思った。


友人「ああ・・・やっぱり。お前らだってそうに決まっている。」


久しぶりに会った友人が意を決して話した事だ。否定してはならない。誰もがそう思った。だれかが聞いたのだ。少し思い出せないが、どんな奴でいつからそうなんだ?と。


友人「うん・・・。出るようになったのはここ最近で・・・すごく怖いんだ髪の毛がすごく伸びてて、昔の怖い映画にいる女の幽霊みたいな奴だ。どこに行っても必ず俺の後ろに居て、車を運転すれば後部座席だし、電車に乗ればどんなに満員でも車両のどこかに居る。電車を降りるとすぐに追いついて来て、家まで来る。素早く家に入っても家の中に既に入っているから仕方が無いんだ。枕元には文字通り立つし。こんな奴、どうしたら・・・?」


一応、その中に医療関係に携わる奴が居た。素直に精神科を受診するべきだといった。悪意は無かったのだろうが、追い詰められた友人の神経を逆撫でするには十分すぎたのだろう。持っていたビール缶を投げ付けて、鷲掴みにつかんだつまみが散らばった。ビール缶が殆ど空でケガが無かったのが幸いだった。慌てて、周りの奴らが押さえつけて落ち着かせていた。受診を進めた奴は悪気は無かったから許してくれと言っていた。興奮していた友人をなだめると疲れていたのか、寝入ってしまった。辛い悩みを告白したのと、急に身体を動かして酒が回ったのもあるのだろう。ここはひとまずお開き。という事で、その日は解散となった。寝入った友人はそのままに他の奴に負ぶさって帰って行った。僕はそれを途中まで送っていった。


今にして思えばもっと聞き出しておくべきだった。

その翌日からだ。仕事中、工場の中の隅に不気味な女がいた。それとなく同僚に聞いてみた。


「今日はお偉いさんが来るなんて朝礼で言っていたか?」と。


答えは、「そんな事ないけどどうした?」。


そんな当たり前の返事が返ってきた。変にそれ以上言わなくて良かったと思っている。他の奴の目には映らない不審な存在が居るなど言ったら、自宅に戻されて下手すれば強制休暇を取らされて解雇になっていただろう。昨日の友人のそれだとわかったのは帰りの車の中でだ。

それから一週間は文字通り地獄だった。どこで何をしてても、こいつは居る。それこそ、風呂だのトイレ関係無い。必ず居る。朝から晩まで。食事中も仕事中も移動中も関係ない。後ろに横に。最初こそ、イラついて脅しのような声をかけて見て、更にハエ叩きで思い切り叩き付けて追い出してみたが・・・ダメだった。そもそも素通りする。他人には見えないのに、自分には常について回る。本当に幽霊だ。こう思っておきながら怖いと思わないのは、先日の友人からどんなもんだかほんの少しだが知っておいたからだろうか?それでも、だ。判っていても対処が無い。常に居るが、他の人には判らないし、伝えたところで仕方が無い。


が、いい加減にどうにかしなければ・・・。気がおかしくなる。友人が言っていたが、昔のホラー映画のキャラクターか、もしくは皿屋敷の幽霊の様な出で立ちだ。こんなのが近くに居たら神経が持たない。友人にメールをしてみた。


「具合はどうだ?」と、聞いたら「治った。大丈夫!」と返信が着た。


「その女について少し聞きたい。皿屋敷の幽霊みたいな奴か?」と返してみたら返信が来ない。どうやらビンゴらしい。


どうしたものか・・・。


ちなみに、僕の職業は工場務めだ。作業中に揮発性の強い、有機溶剤シンナーなんかを使う。だから、精神科に掛かるのはまずい。労働基準や会社の基準で良く訳のわからない幻覚が見えた事になれば僕は間違いなく会社都合での解雇になるだろう。


仮に症状として訴え出たらどうなるだろう?会社務めは出来ないだろうし、社会的にもダメだろう。だから、病院はまずいのだ。


誰にも判ってはもらえない辛さは、伝え辛くて当たり前だ。それでもこれは例外過ぎる。神社か寺でお払いでもしてもらえば良いのだろうか?それで済むとは思えない。そんなこと元々していないし、していた事が会社に判れば面倒になる。何より、そこまでやって効果が無かったでは話にならない。


ため息をついてもう一度、鏡をみる。背後30センチくらいの場所にその女は立っている。こいつとの生活が始まって2週間になる。昨日は仕事中にシンナーボトルを落とすところまで行った。初歩的なミスだ。眠りも浅くなってしまった。食欲も落ちてしまって最近は職場の奴らからも心配の声がかけられた。うっかり怒鳴りそうになったが、なんとか堪えた。怒鳴ったところでどうにもならない。いっそ、おかしな幻覚に付きまとわれています。と正直に言えばいいだろうか?


ダメだ、ダメだ。なんとかしなくては・・・。気分が悪くなるのを覚悟で、鏡越しに女を見る。身長は150cmと少しくらいだ。膝まで隠れるずたずたのワンピース。顔は・・・長い髪で判らない。それでも女とわかるのは、女性特有の体格だからか?スタイルは悪く無いだろうが、こんな化け物では気味が悪いだけだ。では、こいつは一体何なんだろうか?こいつには目的の様なものが存在するのだろうか?近くに居て不快感を与えるだけの存在。意思疎通が出来るか出来ないかと言えば、出来ないが正解だろう。話しかけても反応が無い。ついてくるな、言っても存在はする。物理的に排除しようにもすり抜けてしまうし、狭い空間だと背中にぴったりと張り付いているか、満員電車のような空間でも荷物置き場のような場所に膝を抱えてただ待つのだ。広い空間だと、概ね距離は開くくらいか?


色々と考えを巡らす。それでも考え付くのは一つだけだ。何故、友人から僕の処に着たのか?これを解き明かさないとどうにもならない。


相談したいが、自分に居た変な女が僕の処に居るとわかったところで友人とはあれから音信普通だ。無理も無い。辛い病気が治った矢先にもう一度同じ病気にかかれと言われても判ったなどという奴は居ないだろう。対処法が無いのであれば尚更だ。

考えれば考えるだけ対処が出来ない存在。目眩がした。どうしたらいい?その解決の手段があれば・・・。寝室に戻ってベッドに倒れこむ。目を上げるとベッドの脇に立っている。案の定だ。


少し、眠ったのだろうか?時計を見ると2時間ほど経過している。今日が休日だったのが幸いした。が、空腹にもならない。このままもし僕が死んだら、こいつはどうするのだろうか?別の奴にでもついていくのだろうか?


・・・? 僕はふと、思いつく。


こいつはそういうものなのだろうか?そうだったとしたら、対処がある。あの日からウチには誰も来ては居ない。僕は独身で一人暮らしだ。僕の考えが当たったとしたらこの女を対処できる。それで済むなら安いものと思い、おもむろに工具箱を車のトランクから取り出し、アパートのトイレに向かった。


配管工「どーも。○○様で間違い無いでしょうか?お手洗いのお水が流れにくくなっているとお聞きしたのですが?」


僕「はい。今日の朝になったらどうにも流れが悪くなっていて・・・。どうすればいいかわからなくて・・・。」


配管工「そうですか。では、失礼します。あー、何か直そうとかしました?ネジがかなりきつくなってます。」


僕「ええ、ドライバーで少し。でも、水周りのことはさっぱり判らなくて・・・。ここは業者さんに任せたほうがいいと思いました。」


配管工「そうですね。あちこち錆びても居ますし、このままではその内にダメになってたでしょう。パーツを一部取り替えますが、それだと少しお値段上がってしまいますが?」


僕「かまいませんよ。余計にダメになってしまうなら、今回で綺麗にしてしまったほうがいいと思いますし。」


配管工「判りました。では、3点ですか・・・。交換パーツ費用で3000円程上乗せになりますが?」


僕「ええと、8千円ですね?大丈夫ですよ。それで済むなら・・・。」


そういうと、業者の人は作業を始めた。てきぱきとしていている。僕は一万円札の準備をした。30分程度たった頃か?作業が完了していて水は流れる様になっていた。確信はある。でも、賭けだ。これがこの女をどこかへ追いやる手段と判明した訳じゃない。だが、今はこれ以外に助かる方法が思いつかない。


配管工「お返しは2000円ですね?では、ありがとうございます。」


僕「はい。どうも、ありがとうございます。本当に・・・。」



少しだけ業者の人は、不審な顔をしていたがそのまま作業用のワゴンに乗って、次の場所へ行った。僕は家の中を見渡す。あの女はどこにもいない。念のため、洗面台に行って立って見た。誰もいない。

・・・思ったとおり。最後に家から出て行ったものについていくのだ。

あの夜の飲み会で僕は家を最後に出た。だから、僕の処に居たのだ。

そして今は、あの業者の人について行ったのだろう。


【住む家があって最後に出て行ったものについていく】、という存在なのだ。


僕は悪い事をしているのだろうか?厄介な存在を何も知らない人に押し付けただけだ。では、友人はどうだろう?厄介な存在を僕に押し付けて治った瞬間に音信不通になった。仮にもういなくなったと言ったところで返事が来るとは思えない。


あの女は一体なんだったのだろうか?ずっとついて行って人を気分を悪くするだけの存在というのはわかるが、そんなものをどうにかできる方法も無い。


良い事なのか?悪い事なのか?それで計れない存在と言うのは判る。

これからあの業者の人はどうするのだろうか?僕と同じように意味を解いて、誰かに押し付けるのか?それとも苦しい思いをして自分のところへ置いておくのか?仮に誰かに押し付けてしまってそれを責める権利などあるのだろうか?


底辺高校卒業の10年昇進無しの工場勤めの僕なんかにそんな事が解りっこない。でも、いなくなった事が原因なんだろう。安心したら空腹になった。


僕はハンバーグが好きだ。チーズが乗ったものだが。久しぶりに好きなものを食べてゆっくりとした休日を過ごすことにする。車に乗って馴染みのファミレスへ向かう。明日も仕事だ。英気を養おう。明日から元気に働きにいけるだろう。


終わり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ