1-7 冤罪
隣の男は女と似た紅色の瞳をしていた。
狐のように鋭い目付きと高い鼻。灰みを帯びた深緑の長い癖っ毛を後ろで纏め、濃紺の着流しと淡い水色の薄い羽織を靡かせて、弥一の隣にスンと姿勢良く立っている。
恐らく、これは人では無い。
男は弥一を目の端で見やった。
「ご苦労だったな人間。あとはこちらに任せなさい」
「ちょ、ちょっと待ってください。一体何なんですか?」
「お前は気にしなくていい事だ。あの女はこちらで処分する」
「は……、処分って」
聞き終わる前に男が女に歩み寄る。
うずくまっていた女が急いで立ち上がり、狭い部屋の壁伝いに空いた穴の方へ走った。
が、男が軽く手を振ると、先程の氷の塊が女の体を強く打ち、その場に女が倒れる。
もう立ち上がる気力も無いのか、女は小さく震えて体を丸めた。
「最期に何か言いたい事は?」
女の鋭い眼光が男を睨みつける。
「私は……何も、やっていない!」
「往生際が悪いな」
ふう、と男が呆れたように溜息をつき、手を上げる。
一瞬だけ、女の視線が弥一の方へ向いた。
綺麗な紅色の瞳が、恐怖と諦めで滲んでいるように見えた。
それは弥一の思い込みだったかもしれない。
しかし、そんな疑いを持つ前に弥一は女の前に駆け寄り、手を広げていた。
「もうやめろよ!何もやってないって言ってるじゃないか!」
抵抗ともいえない女の抵抗と、あまりにも一方的な攻撃。
厄介な女だとは思ったが、放っておくことなどできなかった。
「そこを退け。その女が消えた所でお前には関係の無い話だ。どうせすぐに忘れる」
「嫌だ」
「そいつは罪人だ。庇って何の得がある?」
「でもこいつは、何もやってないって言ってる。それに俺は、誰かが目の前で死ぬのはもう嫌だ」
男の紅い瞳が細められる。
上げていた手が下ろされるが、また氷の塊が飛んでくる事はなかった。
それどころか、壊れていた部屋の内装が逆再生のように綺麗に治っていく。
「この人間は見ず知らずのお前を体を張って守ってくれた。何か思うことは?」
「……こいつ、とんでもない馬鹿だ」
「そうじゃない!もっと言うべきことがあるだろ!」
男は深い溜息をつくと、今まで一切崩さなかった表情を一気に崩した。
眉を顰めて口をへの字に曲げ、腕を組んで難しそうに唸り声をあげている。
「その人間はお前の命の恩人だ。彼に恩返しをするというのなら、お前を見逃してやる」
「私は何もしてないって言って……」
「彼の願いを三つ叶えて幸せにしろ。それが出来たらお前の罪はなかった事にしてやる。また天界に戻る事ができるだろう」
女の言葉を遮り、男がやや早口でまくしたてる。
一体、彼は何を言っているのだろうか。
願いを叶えるだの、天界だの、意味のわからないワードに弥一は困惑した。