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9-1 番外編 とある平凡な男女の話(前)


 カツカツ、と軽快に歩く女が一人。

 大学のキャンパスを、キョロキョロと見回しながら女は楽しげにしていた。

 焦茶のストレートヘアをさらさらと靡かせ、買ったばかりでピカピカのヒールを鳴らしてサークルのビラを一枚ずつ受け取っている。


「へえ〜、大学ってすごいなぁ」


 何が凄いのかはわかっていない。

 ただ、そこの雰囲気と自分が他の大学生に交じって歩いていることが彼女に不思議な優越感を覚えさせたのだ。

 今日から新しい生活が始まる。

 どんなサークルに入って、友達を作って、何をして遊ぼうか。

 これからのキャンパスライフを思うだけで、彼女の心は踊るのだった。



※※※※※※※※※



「ねえ君、名前なんだっけ。なんか見たことある」


 サークルの新歓で話し掛けてきたのは二年の男だ。

 好青年、という言葉が相応しい男は他の新入生にも人気があった。

 ハイボールの入ったグラスをこれみよがしに鳴らして見せているが、何を見せつけられているのかはわからない。

 女も同じように烏龍茶を鳴らしてみる。

 もちろん意味はない。

 

「新井です」

「下の名前も教えてよ」

「凜花。えーと、先輩?」

「そうだよ、青葉智敦。さっき自己紹介したじゃん。ねえ、どっかで会ったことある?」

「無いです」


 たったさっき自己紹介が済んだばかりだというのに、凜花は智敦の名前も顔すら覚えていなかった。興味がないのだ。

 それを察したのか、智敦は面白くなさそうに目を据わらせた。


「凜花ちゃん。ねえ、好きな映画とかある?」

「あんま知らない」

「じゃあ……都市伝説とか」

「わかんない」

「ここオカルトサークルなのに?」

「駄目なの?」

「駄目じゃないけど……」


 得意の映画や都市伝説で話を広めようと思ったのに、知らなければ話を切り出すこともできない。

 困ったようにしている智敦が面白くて、凜花は話を広げてやることにした。

 

「じゃあ先輩のおすすめの映画教えてよ」


 それが、新井凜花と青葉智敦の出会いだった。

 


 智敦に勧められて一緒に観に行ったのは毒にも薬にもならないような、つまらない恋愛映画だった。

 偶然出会った二人が色々あって結婚し、女が難病になり最終的に死ぬ。そんな定番のようなお涙頂戴映画だ。

 女は悲恋が好きだとでも言いたいのだろうか。

 凜花は途中で寝たので女が難病にかかったところまでしか覚えていない。


「智敦君ってつまらない人間だね」

「先輩に向ってつまらないはないだろ」

「だって、こんなつまらない映画に1800円も払うなんて無駄でしょ」


 うーん、と智敦が呻る。

 多分、今まではこういった映画を見せれば大抵の女は感動していたのだろう。

 残りのポップコーンを口の中に放り込んで、ジュースを飲み干してから凜花は近くのダストボックスにそれを投げ入れた。


「次はこれにしようよ」

 

 指差したのはホラー映画。

 血塗れの男女が恐怖で引き攣った表情を浮かべているポスターはホラーだけではなくスリラーの要素も含んでいるということを伝えている。更にはR15指定だ。


「本当にこれ見るの?」

「別のにする?」

「いや、いいけどさ。気分悪くなっても知らないよ」


 怖くなって泣けば良いのだ。

 そんな事を思って、智敦はチケットを2枚購入した。



 結論から言うと、先の恋愛映画とは比べ物にならないほど、面白かった。

 グロテスクな表現はあるものの、ストーリーはしっかりとしていて、キャラクターにも魅力がある。

 いつの間にかスクリーンに魅入ってしまい、あっという間に二時間という長い上映時間が終わった。


「サスペンス要素もあって重厚なストーリーだったなぁ」

「うん、面白かった」


 感心している智敦と同じように凜花が頷く。

 そのまま二人でファミレスに入り、映画の考察をした。  

 ……それからというもの、休みの日は映画や図書館巡りやネカフェが定番になった。

 見たいものが上映していないときは、レンタルビデオ店で借りてきたものを智敦の家で見たり、どこかで本を借りてきて読んだり。

 何かがあるわけではなく、ただそんな休日を二人は飽きもせず繰り返していた。

 それは智敦が就職してからも変わらず、月に一度は必ず二人で会っていた。

 友達以上恋人未満。そんな関係に痺れを切らした智敦が告白したのは、凜花が就職した頃である。


「付き合ってもいいけど……折角だから結婚する?」

「いや、唐突すぎ!段階ってのがあるだろ」


 冗談めいた言葉に、智敦が顔を赤く染めて叫ぶ。その反応を見て、凜花は楽しげに笑っていた。

 智敦がプロポーズをしたのは、それから一週間後のことである。



※※※※※※※※※※※



 結婚してから三年が経った。

 二人の間には子供が産まれ、正に幸せの絶頂へと登っていた。

 子供の名前は智花。まだ一歳にも満たない女の子だ。


「可愛いなぁ」


 愛おしそうに呟きながら、智敦は娘の手を握った。

 小さな手が握り返してくれば、自然と表情が綻ぶ。親バカになるのも時間の問題である。


「智花ちゃんはパパ似だねぇ」


 凜花も智敦と同じように破顔する。

 その様子を見て、娘はキャッキャと笑い声をあげた。

 平和な日常だ。

 それは二人目の子供が産まれても、三人目が産まれても変わらなかった。

 可愛い子供達と仲の良い夫婦。たまに喧嘩をすることもあったが、すぐに仲直りできる。

 平凡で、何もない、順風満帆な人生。

 そんな毎日が、ずっと続くと思っていた。

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