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7-7 冷めた紅茶


「死のうと思ったときもあったよ」


 粗方話し終えた弥一が、あっけらかんと言った。


「でも、俺が死んだって何も変わらないって思ってさ」

 

 だからもう良いんだ。

 そう続けると、弥一は冷めた紅茶を飲み干した。

 眉間に皺を寄せている天音を見て、口元に緩やかな笑みを浮かべている。


「お前と会って、願い事を叶えてくれるってなったとき、俺は本当に何も思い浮かばなかったんだ」


 ただ生きて、衣食住揃っているということは、死んでしまった人達に比べれば申し訳ない程に幸せだ。

 それを謳歌しようとは思わない。

 それ以上を求めるつもりもない。

 だから、幸せになれなんて言われても、どうしようもなかった。


「でも、あの子の人生が変わったとき、思ったんだ」

「……モールで助けたガキのことか」


 ああ、と弥一が頷く。


「お前がいれば、今度は誰かを本当に救うことができる。お前が俺に力を与えてくれるかもしれないって」


 船に乗る前に、久しぶりに予知夢を見た。何者かによって船が沈められる夢を見て、2つ目の願い事は「力」を要求しようと決めたのだ。

 弥一が思っていた通り、神の力を手に入れる事ができた。

 その話に、天音が首を振る。

 

「私の力を貸しているだけだ。天界に帰れば使えなくなる能力なんだぞ。わかってんのか?」

「わかってるよ。この力を乱用しようとは思ってないから安心して」


 近くにいる人や、予知夢で見た災害を救えればそれでいい。

 天音がいなくなったら、また前みたいにひっそりと生きるだけだ。

 だから、3つ目の願い事もきっと自分以外の誰かに使うだろう。

 難しい顔をする天音を前に弥一はまた笑ってみせた。


「なんて顔してるんだよ」

「私はお前を幸せにしろって言われてるんだ」

「言っただろ、俺は充分幸せだって」

 

 天音の表情が更に険しくなる。

 怒りとも悲しみとも言えないその顔に、弥一は困惑して視線を下げた。

 

「お前はそればかりだ」

「……そうだな」

「本当は幸せになりたくないだけなんだろ」


 俯いた視線をあげることができない。

 多分、天音の言うとおりだから。

 黙っていると、天音が小さく息を吐いた。


「……弥一、あの惨劇は確かにお前のせいだ」


 びくり、と弥一の肩が震える。


「お前が予知夢なんか言い触らさなければ信者なんてものは集まってこなかった。全部お前の独善と自己満足の結果だ」


 そのとおりだ。

 天音はよくわかっている。

 さっきの表情は、きっと呆れていたのだ。

 口を開きかけた弥一に、天音は言葉を被せた。


「だがな、お前のおかげで救われた奴もいる」

「……そんなこと、なんでお前にわかるんだよ」


 ただの憶測ならやめてくれ。

 優しい言葉なんていらない。

 そう言いたげな弥一に、天音は話を続けた。


「私が魂の回収に行ったんだよ。その集団自殺の現場にな。誰もお前のことなんか責めていなかった」


 弥一が思わず顔を上げる。

 ようやく顔を上げた弥一に言い聞かせるように、天音はゆっくりと当時の事を振り返った。


「馬鹿な事をしたと思って、連れて行く最中に話をした。皆、お前の予知夢で助けられた事があると言っていた」


『パワハラを受けていて辛かった。でも弥一様は良い転職先が見つかると辞める決心をくれた』

『妻に逃げられてしまった時に相談に行ったら、弥一様はちゃんと妻に謝るべきだと教えてくれた』


 そんな内容ばかりで、天音は呆れたが彼等の顔は嬉しそうであった。


 弥一は神じゃない。

 そう言ってやったが「やっぱりか」と納得するばかりで、誰も彼も驚いた様子はなく「あんな子供に神様なんてやらせて可哀想だった」などと言うのだ。

 ただ現状を受け入れることができず、死ぬ理由を探していた者たちが集まったのが、あの惨劇の真実。

 結局、弥一の前で死んだ者たちは弥一がいなくても死んでいたのかもしれない。


「お前は充分人助けをしてきた。だから、最後の願い事は自分のために使え」

「俺のため……」


 自分のためとは、何なのだろう。

 天音の紅い瞳へ問い掛けるように見つめる。

 その目は反らされることなく、弥一を見つめ返してきた。


「例えば夢を見ないようにする、なんてどうだ」

「……それは、できない」


 意外だと言いたげに天音が目を丸くした。


「もしまた大災害が起こるような事があれば、俺は予知する事ができるかもしれない。だからこの能力は手放せない」

「お前は本当にそれでいいのか」

「ああ。それに、悪夢もあまり見なくなってきたんだ」


 罪悪感が無くなった訳ではない。

 しかし、何故かわからないが天音が隣にいてくれると悪夢も予知夢も見ることがないのだ。

 それが弥一にとって一番幸せな事なのだ。

 そんなこと、口が避けても言えないが。

 まだ腑に落ちないような顔をしている天音に弥一は言った。


「俺の願い事、考えてみるよ」

「……わかった」


 それだけ言うと、天音も残っていた紅茶を飲み干した。

 

「今度、お前の事も教えてくれる?」

「気が向いたらな」

「なんだよそれ。ズルいなぁ」


 弥一が笑うと、天音も釣られて軽く笑った。


 空になった食器を台所へ持っていく。

 窓を少しだけ開ければ、また金木犀の香りが風に乗って入ってきた。

 もう少し身体が回復したら、天音と紅葉狩りにでも行こうか。

 そんな事を考えながら、弥一はぼんやりと窓の外を眺めた。

 

 

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