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1-6 マシュマロとココア

 ニットの柔らかな質感が肌を包む。

 華やかな匂いが香って、女は首を傾げた。嗅いだことが無い匂いだからだ。

 まるで異国の花のような、不思議な香り。

 潜り込んだ布団の中も、同じ匂いがした。

 部屋を満たしていたまろやかな香りは、いつの間にか甘くてほろ苦い香りに変わっている。

 これも知らない匂いだ。

 しかし、どちらも嫌な気はしない。

 だからなのか、段々と瞼が重たくなってきた。

 酷い眠気だ。だが、眠るわけにはいかない。

 この弥一という男の素性も知らないし、もしかたら飲み物に毒を入れてくる可能性だってある。

 気は抜けない。

 重たい瞼を決して閉じる事無く、女はじっと弥一の後ろ姿を睨みつけていた。


「おまたせ。とりあえず、これ飲みなよ」


 立て掛けておいたちゃぶ台を組み上げて、女の前にマグカップとシナモン入りの瓶を差し出した。

 マグカップの中は、暖かなココアの上にマシュマロを乗せた物だ。

 しかし、それを見た女は怪訝そうに首を傾げた。


「なんだこれ。泥水か?」

「え?ココアだけど……。シナモンもあるから好みで掛けてね」

「ここあ……しな、もん?」


 まだ要領を得ないのか、女は眉間に皺を寄せたまま、ココアが入ったマグカップと弥一を交互に見つめた。

 恐る恐るカップを触ってみると、指先が暖かくなる。

 しかしそれを口に入れる気にはなれず、カップの中に浮かぶ白いマシュマロを見つめた。 

 そんな女を横目に、弥一は自分の分のココアを飲み込む。

 それに釣られてカップを口元まで運ぶと、甘い香りと温かな湯気が鼻を擽った。

 少しだけ、口に含む。

 それから女は大きく目を見開いて弥一を見た。


「美味しい?」


 弥一の問いには答えず、女は視線を逸らして、また一口ココアを飲み込んだ。

 少しだけ間を置いて、再び弥一を見やる。

 女の美しい赤色の瞳が、少しだけ揺らいだ。


「温かくて、うまい。……と思う」

「そっか。良かった」


 また女が目を逸らす。

 少しずつゆっくりとココアを飲む仕草は野良猫のようだとも思った。

 微笑ましくもあり、緊張もする。

 それでも、こんなふうに誰かと向かいって何かを飲んだりするのはすごく久し振りで、弥一はそこはかとなく嬉しさを感じていた。


「きみ、名前は?なんであんな所で倒れてたの?」

「………どうでも良いだろう」


 厄介な女を連れ込んでしまったのではないかと、ほんの少しだけ思った。

 突然背後から襲ってきた上に何も喋らない。

 何か事情があるのかもしれないが、何だか嫌な予感がして、弥一は軽い溜息をついてマグカップを置いた。


 瞬間、突然背後で爆発音がした。

 反射的に後ろを振り返る。

 それから目に入ったのは、異様な光景だった。


 キッチンは跡形も無く消え去っていて、瓦礫の欠片すら転がっていない。

 まるで最初から何も無かったかのように、ぽっかりと大きな穴が空いて、吹き晒しになっている。

 遠くでは街灯の小さな光が、チカチカと点滅しているのが見えた。

 冷たい夜風が体全体を通り抜けていく。


 目の前の状況は理解できた。しかし、一体何故こんなことになったのかがわからない。

 ガス漏れか?それとも風で何か飛んできたのか?それなら何故瓦礫も何も無いのか。

 いくつか思考が浮かんだが、それを考える間もなく、不自然な氷の塊が弥一の顔を横切った。

 頭の後ろで窓ガラスが割れた音と何か重いものが壁に当たった音がする。

 その音の方へ向き直ると、女が壁際でうずくまっていた。

 

「こんな所に隠れていたとはな。見つからない訳だ」


 男の高圧的な声が、弥一のすぐ隣で聞こえた。

 

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