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7-6 惨劇


 俺が夢を見れなくなれば、信者は離れていってくれるだろうか。

 俺と関わらなければ、皆はもっと幸せになれるんじゃないか。

 俺はそんなことを考えるようになっていた。

 このとき初めて、夢を見るのが怖いと思ったのだ。

 この予知夢のせいで散々な思いだってした。

 誘拐されたり、恐喝されたり。

 だから俺は、いっそ夢なんて見れなくなればいいと思ってしまったんだ。


 俺のその願いは叶ってしまった。

 たまたま夢を見なかっただけかもしれないけれど。

 俺は嬉しかった。だけど、家族や信者は違う。

 俺が予知夢を見なくなったとわかったとき、両親はまず信者に知られまいと偽装工作を始めた。

 まるで俺が予知夢を見たように振る舞い、願い事を言ってくる信者には「そのうち幸せが訪れる」と適当なことを言ってはぐらかす。

 そんな事をしているうちに、一部の信者が疑い始めた。

 

「弥一様は、もしかして夢を見ていないのでは?」

「弥一様が夢を見ないなんて……まさか未来がないということか?」

「世界の崩壊だ!!」


 噂は日に日に大きくなり、遂には予知夢を見ないということは、先がない、世界が崩壊すると皆が口々に言い始めた。

 そして、決定的な事が起きてしまった。

 

 俺の住む町は海沿いの田舎町だ。 

 殆どが俺の信者で、皆が顔見知り。

 そんな閉鎖的な町を大型の台風が襲った。

 浸水や家屋倒壊、停電などの被害と数名の死者。

 それを予知できなかった俺を、信者は一斉に責めるだろう。

 そう思っていた。

 そうであれば、俺は少しは救われたのかもしれない。

 でも、実際はそうはならなかった。


「やっぱり、世界の滅亡が近いんだ……」


 信者は口を揃えてそう言った。

 違う、そんな事はない、と俺が否定しても誰も信じようとはしなかった。


「弥一様は怯える我々を気遣っているのですね」

「ああ、なんてお優しい御方だ」

「やはり神の名に相応しい。私達は貴方様の御加護の中にいれて幸せです」


 町の人達が集まった避難所の中で、俺は自分の無力さを悔やんだ。

 もっと、人を動かせる力があれば。

 助けられる力があれば。

 これで被害を止めることが出来たのかもしれない。

 

 それから、一週間程経ったころ。

 幹部と呼ばれる信者の一人が、俺を誘拐した。

 薬で眠らされて、目を覚ました時には両手を拘束され、椅子の上に座らされていた。

 目の前には30人程度の信者たち。

 俺は何が起きているのか理解できないまま、薬でぼうっとする頭と呂律の回らない口で両隣に立つ幹部に話しかけた。


「なにを、しているんですか」

「我々は貴方と共に旅立つ道を選びました」


 その時の彼等の目は何処か遠くを見ているようだった。

 視点の定まらないその目を信者たちに向け、大きく手を広げて、一人が叫ぶ。


「破滅がすぐそこまで迫っています!」


 よく見ると、彼の手にはナイフが握られていた。

 

「その破滅に呑まれれば、我々は地獄へ行くこととなるでしょう!ですが、神は今、我々を導いてくださる!」

「神である弥一様と共に逝けば、我々は楽園へと誘われるであろう!!」


 俺は首を振った。

 そんなことはない。そう叫びたいのにうまく声がでてくれない。

 手を伸ばして止めさせたいのに、力が入らず、拘束を解くことができない。

 

「やめて、くださ……」


 やっと言いかけたとき、隣りにいた幹部の一人が自らの首を斬った。

 それを合図に目の前にいた信者たちが、一斉に同じ動きをする。

 次々と倒れる信者たち。痛みに呻く声や、叫ぶ声が響く中で、俺は制止の声を上げ続けたが、聞く者は一人としていなかった。


「さあ弥一様。我々をお導きください」


 最後に残った幹部が俺にナイフを向けた。

 血生臭い空気の中で銀色の刃先が薄暗い照明に反射している。


 結局俺は、止めることができなかった。

 あと俺に出来ることは彼等の望む通り、ここで死ぬことだ。

 目を閉じると、ナイフを振りかざす気配がした。


──瞬間、勢いよくドアが蹴破られ、怒号が室内に響き渡った。


「警察だ!大人しくしろ!」


 大勢の警察官がなだれこんでくる。

 幹部は捕まる前に自殺を図ろうとしたが、走ってきた警察に取り押さえられた。

 その光景を最後に、俺は気を失ってしまった。

 

 次に目を覚ましたのは、病院のベッド。

 どうやら俺は、二日間眠ったままだったらしい。

 目を覚ましてからしばらくして、警察が事情聴取をしに来た。

 あの場にいた信者たちは、幹部の一人を除いて全員が死亡。

 その幹部は逮捕されたということを聞かされれても俺は「そうですか」と答えるのが精一杯だった。

 暴走した信者たちの集団ヒステリーということで事件は片付けられ、俺はただの被害者として警察や看護師からは「大変だったね」と慰めの言葉と同情の眼差しを受けた。

 こんな惨劇が起きたのは、予知夢を見たくないと願った俺のせいなのに。

 

 その日の夜から俺は予知夢を再び見るようになった。

 だけど、もう誰にもその話はしない。

 救えないのなら、無責任に手を出してはいけない。

 俺は神様なんかじゃ、ないのだから。

 本当の神様なら、皆を救えたのだろうか。



 退院してからは、家を出て遠い親戚の家にお世話になった。

 高校にまで行かせてくれた親戚の叔父さんと伯母さんには今でも感謝している。

 せめて学費の足しになれば、と俺はバイトに明け暮れて高校卒業と共に親戚の家を出た。

 それからはずっと、なるべく人に関わらないように働く場所を転々としながら暮らしている。

 予知夢は歳を重ねるごとにあまり見なくなった。

 だけど、代わりにあのときの惨劇が夢でフラッシュバックする。

 俺にとって睡眠は恐怖の象徴になってしまった。

 

 だけど、睡眠を取らなければ生きていけない。

 どうしても眠れない期間は高収入のバイトで少し稼いでからしばらく仕事を休んだ。


 そうしながら、昔よりは普通の生活を送る中で俺は天音と本当の神様に会った。

 

 

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